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第四幕 竜王、イブリア 4

 ミントはベッドの中で横になっていた。

 先程、ゾアーグに言われた言葉が頭の中で反響していた。

 ……私の父は、ドラゴンであるイブリア…………?


「おい」

 何者かに呼ばれる。

 ゾアーグだった。

「ミント、出るぞ。財布と外套だけ持てっ!」

 ミントは寝ぼけ眼で言われた通りにする。

 すると、ゾアーグは彼女を背中に抱える。

「行くぞっ!」

「…………、ど、何処に……!?」

「窓だ。窓から逃げる。ハルシャ達が時間を稼いでいるっ!」

 窓が開かれ、ゾアーグは跳躍する。

 ミントは、ゾアーグの背中から降ろされる。

「少しでも、遠くに逃げろっ! 怪物が襲撃してきたっ! 俺達三名で攻撃を止めるっ!」

「ア、アダンと、ラ、ラッハは、それに他の人達も…………っ!」

「なんとかする。後は任せろ。とにかく、お前だけは絶対に生き残れっ!」


 頭痛が激しくなる。

 ミントは熱にうなされたまま、夜の街を彷徨っていた。

 場所によっては、夜盗が出る。

 何処に向かえばいいか分からない。


 しばらくの間、街を彷徨い続けていた。

 とにかく、何処かへと逃げ続けていた。

 一体、何処に向かえばいいのか分からなかった。

 悪夢の中を永遠に彷徨っているような気分だった。

 どれ程の時間、歩き続けたのだろう。

 一時間くらいだろうか、それとも、数時間くらいだろうか。

 心の消耗が激しい。

 頭の中が混乱していた彼女は、何もかもが分からなくなり始めていた。

 ふと、ミントはある人物を見つける。


 露店だった。

 まだ開いている。

 デス・ウィングは、コシャリという名前の米とパスタ、豆を混ぜた屋台料理を口にしていた。


「お前も一つどうだ?」

 彼女は酒瓶を差し出す。

「こっちはビールだ。私は酔えないからお前にやる」

 そう言うと、彼女は閑散(かんさん)としたバーに誘った。

「しかし、今日はそれなりの収穫があったぞ」

 どうやら、このバーは二階が宿屋になっているらしい。彼女は今日は、このバーに泊まっているみたいだった。

「収穫、ですか…………」

「ああ…………」

 二人は二階に上がっていく。

 部屋の中で、デス・ウィングは、布に包まれた荷物を見せる。


「ギデリアに散策に行ってきたんだ。焼け跡、破壊痕から、沢山の宝物が手に入った。でもまあ、多くは彼女達に持っていかれたみたいだけどな」

 それは、透明な瓶の中に液体に付けられて入っていた。

 彼女はごとり、ごとりと、それをテーブルに置いていく。

 それは人体の部位だった。

 虫がたかっているものもあった。内臓もあった。手首の骨もあった。

「ああ、そうそう。これは綺麗な顔をしていた」

 彼女は、ベッドの下を漁る。

 そして、瓶詰めにされたそれを見せた。

 その瓶の中には、オークの男の生首が入っていた。


「ゾ、ゾアーグッ!?」

「ふふっ、なんだ? 知り合いか?」

 彼女は脚を組んで、楽しそうに笑う。

「そう言えば、このバーは五階建てでな。屋上がある。そこから先程のお前達の戦いが見えたぞ。あれは魔女ルブルの作り出した、縫合ゾンビだろうな。それにしても、沢山、人の悲鳴が聞こえたなあ。沢山、死んだんだろうなあ。どれだけ死んだんだろうなあ。夜が明ける前に、向かってもいいかもなあ」

 彼女はとても楽しそうだった。


「げ、外道…………、……っ!」

「綺麗に残っているだろう? 見事に首を落とされたらしいな? 腐敗が早まる前に瓶に詰める事が出来て、良かった」

 ミントは、思わず、デス・ウィングにつかみ掛ろうとする。


 更に、デス・ウィングは仕舞っている物を取り出す。

 人間の頭蓋骨だった。


「なあ、これは駄目なんだよな。所々、ヒビ割れて、歯も取れて、下顎が無い。余り良質なものじゃないな。私のコレクションにならない」

 そう言うと、彼女は頭蓋骨を地面に転がす。

 その後、頭蓋骨をブーツで踏み潰して、粉々にした。

「さて、ミント。私はお前の正体が知りたい。お前は一体、何者なのだろうな? 興味があるんだ。お前は本当に何者なのだろうな? 得体が知れないな?」

 今日の昼頃だろうか、生きていた頃のゾアーグに、自分の父は竜王イブリアでは無いのかと言われた。ゾアーグはそれを追求したがっていた。ミントにも分からない。もしかすると、母は彼女を『処女懐胎』によって産んだとされているが。何か分かるのかもしれない……。でも、ゾアーグは死んだ。

「あ、貴方が殺したの……!?」

「お前の知り合いなんだな? お前、財布を持っているか? 財布にある金の半分で、その生首は売ってやる」

 ミントは財布を取り出して、紙幣をデス・ウィングに向かって投げ付ける。

 死の翼は笑い続ける。

「確かに売ったよ。その金で私はこの街の骨董屋を巡るとするよ。ああ、それと」

 意味深な事を付け加える。

「棚の中に、ミノタウロスの戦士の死体があるんだが。保存に困っている。何しろ、グチャグチャだからな。巨大な怪物相手に引き裂かれたのかもな? 強い戦士だったんだろうな、その誇りは死に顔にも刻まれているよ」

 ……ハルシャ……っ!?

「そしてそうだ。弓使いのトカゲ男のバラバラ死体。あれはいらなかったから捨ててきた。なあ、拾ってきた方が良かったか? 人間で言う処の若者みたいだったが……」

 ……アダン……っ!?

 ミントの怒りは膨れ上がっていた。

「この人非人(にんぴにん)がっ!」

「ミント」

 デス・ウィングは、棚に置かれていたパイン・ジュースの瓶を手にして、それを口に入れる。

「彼らは単なる死体だ。こんな風に無残に人体の一部だけが残されている。なあ、ミント。彼らに来世はあるのか? 来世の世界で、英雄になって生まれ変わるのか? 私はこの国の宗教に興味がある。彼らは来世で幸せなのか?」

「魔女ルブルも、メアリーも……っ! お前も同じっ!」

 ミントは叫んでいた。


「何故、貴方は……、貴方達は悪人なのですかっ!?」

 ミントは激昂しながらも、素朴に。

 とても素朴に訊ねた。

 死の翼は腕を組みながら答える。

 その超然さは、怒るミントを慄かせる程だった。


「お前の好きなものはなんだ?」

 彼女は質問に対して、質問を返した。

 ミントはそれを聞かれて、しばらくの間、沈黙した後に答える。

「私は花や木や、人の温もりが大好きです。太陽が、自然が、この空や大地がとても大好きです。生きている事に、日々、感謝しています。私は人を愛しています」

 ミントは、自分でも一体、何を言っているのか分からなかった。

 ただひたすらに、眼の前にいる相手の言っている事を打ち砕いてやりたかった。

 込み上げてくる悲しみを押し殺したかった。


「それはお前の宗教か?」

「違います。私の考えた、人生観ですっ!」

 デス・ウィングは鼻を鳴らす。

「私は人間の不幸や死が愛しい。勿論、私以外のな」

 彼女は歌うように、邪悪な事を述べていく。

「死は甘美だ。そう、“私は死ねない不死者”だ。だからこそ、死に惹かれる。そして、他人の悲劇に惹かれる。絶対的な安全圏から、それらを観ている事が好きなんだ。最前列からな」

「何を……、貴方の言っている事は理解しかねます。人一人の人生は素晴らしいっ! 誰だって生きているっ! 命がある。心があるっ! 温もりがあるんですっ! 貴方がこのように、収集してきた人達にも、人生がありましたっ! メアリー達が凌辱している、アンデッド達も、人としての人生があったのですよっ!」

 ミントは精いっぱい叫んでいた。

 でなければ、呑みこまれそうだった。

 根本的に、こいつも、メアリーも、何かが壊れているし、歪んでいるのだ……。


「ははっ、お前が何を言っているか、まるで分からないんだよ」

 デス・ウィングは口元を指で押さえる。

 まるで、この世界の悪そのものが……、悪意そのものが人の形をして、そこに立っているかのようだった。彼女の背中には禍々しい翼があり、彼女の耳の上には二つの歪んだ角が生えているように見えた。

 魔女ルブルよりも、異常性を放つ魔女の恋人であるメアリーよりも、この女は底が知れない…………。


「だが…………」

 彼女はホルマリンの瓶を撫でながら言った。

「お前は私への怒りを、本当は、メアリー達に向けたいんだろう? それから、お前は自分自身に対して憤っているな? なあ、ミント。私には分からない。こうやって死体を収集する事と、人に来世で幸福になる事を望む事、それにどのような差異があるんだろうな? 死者の魂を弄んでいる事にどのような違いがあるんだろうな?」

「お前は、お前は、あの大悪魔ミズガルマよりも邪悪な感じがする。私が伝え聞いている、あの悪魔よりも…………」

「そうだろうな」

 彼女は笑う。

「私は悪意だ」

 デス・ウィングは、収集してきた死体の一部を見る。どうやら、心臓の一部みたいだった。彼女は、死に対し微笑む。

 何て言うか、……悪魔よりも、より悪魔らしい……。

「そんなに私が嫌いか? ミント。お前は私を殺せるか? なら、私はお前に興味を持つ。私は死ねない。死にたくても死ねない。だから全て退屈なんだ。人間は全部、人形劇に見えるんだ。全部、価値の無いガラクタに思える時もある。でも、私は人間が好きだ。彼らの持つ不幸や絶望が私はとてつもなく、愛しいし、美しい」


「……何を言っているのか、分からないわっ」

 ミントは、必死で、拒絶する。


 ミントは杖を取り出した。

 外套の中に仕舞っていたものだ。

 ゾアーグが叫んで、窓から逃がしてくれた時に、外套は持っていけと言った……。

 ミントは、眼の前の存在に対して、酷い恐怖感を抱いていた。

 杖の先から、炎が灯っていく。

 死の翼は、指先を向ける。

 ミントの杖が、吹き飛ばされる。宿の壁に当たり、転がった。

 ミントは一体、何をされたのかまるで分からなかった。ただ、分かったのは、……戦ったら、本当に絶望的な程に勝てないだろう。あの魔女達よりも、勝機など一欠けらも存在していない……。そして、こいつは存在が悪だ。この世界に存在している闇そのものだ。


「私はお前の不幸を観てみたい」

 デス・ウィングは述べる。

 ただただ、述べる。

 そして、彼女は椅子から立ち上がった。

「さて、もう夜も更けてきたが。どうする? あの変な羽が生えている奇形の化け物のいた場所に戻るか? 多分、お前達の隠れ場所だった処なんだろう?」

 ミントはそれを聞いて、頷いた。

「貴方の事は嫌いです。……でも、もし奴が生きているのなら、私が倒さなければ……」

 そう言うと、彼女は落ちている自身の杖を手にした。




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