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第四幕 竜王、イブリア 2


「ルクレツィアの国は、滅ぼすべきか?」

 竜王(ドラゴン・ロード)、イブリアはそんな事を考えていた。


 彼は、この大地の主だった。

 だが、彼が見守る者達が堕落し、背徳が続いていこうとするのならば、彼はこれまで容赦なく粛清を続けてきた。硫黄の渦を落とす事によって、その地を荒廃させてきたのだ。彼は自らが、この凍土の砂漠の持ち主だと考えている。だが、他の者達によって蹂躙され続けられては困る。


「正しき者が50名どころか。10人にも満たない。そのような場所は滅ぼしてしかるべきだろうか?」


 この大地は腐り切っている。

 彼はそんな事を考え、計略を巡らせていた。

 ミズガルマ……。

 彼が散々、この世界を荒し回ってくれた。そして、自分は身動きが取れない。それによって自らが苦しめられる。この大地は自分の領土なのだ。


 かつて、彼はある可能性を、ルクレツィアに対して贈った。

『受胎告知』を授けたのは、ルクレツィアの者に希望を与える為だった。

 それがまだ実ったという、朗報は聞かされていない……。



「あのクソメイド、殺してやるっ!」

 グリーシャは失われた左腕を再生させる為の準備をしていた。

 彼女は怒りの余り、自身の所有物である、壺などの調度品を投げては破壊していた。

 ピラミッドの中の、彼女の自室は、惨憺(さんたん)たる惨状へと変わっていた。破壊された家具などが散らばっていた。


 グリーシャは決意する。

 あのメイド姿の女に復讐する為に。

 自らの故郷、野蛮な大地へと向かわなければならない。


 グリーシャの臀部(でんぶ)から、獣の尾が生える。

 頭部からは、獣の耳が伸びた。

 彼女は竜王イブリアの神官を務めていたが、実際は、別の思惑があった。



 血や死体は見慣れている。


 ミントは、幼い頃の記憶が甦る。

 何度でも、そう何度でも、夢に見て、その度に眩暈と吐き気に襲われるのだ。


 ミントは、幼い頃に、王宮にいた…………。


 彼女は分からない。


 何故、あんな光景を見せられるのか。

 様々な種族が共生する中で、当然、人種差別も貧富の格差も存在した。


 彼女の育ちは、裕福なものだったと思う。


「ミント。君は特権階級として生きているんだよ。そして、俺もね♪」

 端正な顔の男は言う。


 彼は国王の息子だった。

 そして、立場上、彼女の兄のような存在ではあった。


 だが、彼女は彼が本当に、本当に大嫌いだった。


 彼女が兄として慕っていた人物は他の者を迫害するのが大好きだった。

 リザードマンの生皮を剥いだり、エルフの少女を生きながら数時間に渡って焼殺した。


 ミントはやがて、過去の全てから逃げるように、この恵まれた王宮を去った。……逃げ出した。

 此処は、自分の居場所では無いのだ、と……。


 その時に、養育係をしていたミノタウロスの戦士であるハルシャには、随分と、面倒を見て貰った。

 ハルシャがいたからこそ、ミントはこの世界は生きるに値する光があるのだと信じる事が出来た……。


 ずっと、彼がミントを助けてくれた。


 今回も、そうだ……。



「もし、この国の全て、この世界の全てが、まやかしであり、偽りばかりで塗り固められているものだとすれば、お前はどうする?」

 デス・ウィングは腕組みをしながら、楽しそうな顔をしていた。

「私達の信仰が間違いである、と?」

 ミントが、少し不機嫌そうな顔になる。

「そういう事だな」

 死の翼は含み笑いを浮かべる。

 

 太陽の光が降り注いでいた。

 ルクレツィアの国は、凍える永久凍土の砂漠と違って、蒸し暑い。この太陽も神の恵みなのだと聞かされている。


 露店が次々と開いていく。

 野菜や果物、牛の乳を売る者、伝統工芸品を売る者達が店を出していた。

 ラクダを貸している者もいた。

 すっかり、朝の空気が漂っている。

 ミントは商店街の途中で、食事に作るものや、食べやすい果物や菓子類などを買っていた。袋の中に詰め込んでいく。

 

「この国では医薬品が高い……。入院費はもっとお金がかかります……」

 彼女は少し落ち込んでいる顔だった。

「特権を持っている者がいるらしいからな」

「貧困層は病気になっても、医薬品が買えずに死んでいきます。デス・ウィング、貴方もその現場を見て欲しい……」

「ああ、調べたが、どうやら保険証を作れない為に馬鹿高い値段を吹っ掛けるそうだな? 特に入院しようものなら」

「その通りです…………」


 ミントは考える。

 路地裏にはホームレスが多い。

 山賊をやって暮らしている者達もいると聞く。彼らは国の外に放逐されている為に、盗み、脅す事でしか生きていけない。

 彼らには信仰はあるのだろうか。信仰は救いになるのだろうか。


 貧民たちは、貴族達を妬んでいる。

 黄金の宮殿に住む事を、彼らは望んでいる。

 けれども、来世においては、よりおごそかな宮殿に住まう事も約束されている。なので、彼らの憎しみや妬みは信仰心によって終わる。


 そして、聖典のように死後の世界を描いた書籍も、ルクレツィア中では売られていた。ある時は人生論の本として、ある時は、小説の形式を取っていた。

 鐘が鳴った。

 礼拝の時間だ。

 正午を過ぎる前に、礼拝の時間は訪れる。その前に、人々は集まって、礼拝の準備をしているみたいだった。


「ミント」

 デス・ウィングは言う。

「なあ、『墓所』を見せてくれないか? この国には墓所があるんだろう? 来世を願って死んだ者達が英雄となって祀り上げられている。彼らは死後の世界で幸福になれる事を願って死んでいったんだろう。そして、彼らは死後の世界で英雄となって何処かの異世界で生きているんだろう? 私にはそのような信仰に強い興味があるんだ」

 死の翼はとても楽しそうに笑う。

「『墓所』ですか? 私に案内させたいんですか…………?」

「お前なら、おそらくは、その場所に行ける権限を持っているんじゃないかってな」

「…………はい、……確かに、私なら……、でも…………」

 ミントは口篭る。

 出会ったばかりの彼女を信用していいのだろうか。だが、不思議な魅力が彼女にはある。魔性、とでも呼んで良いものだろうか。

「ええ、しばしお待ちください。……それと、そろそろ、ハルシャ達の処に戻らなくては、少し長話になってしまったので、彼ら、怒っているかも…………」

「ふふっ、そうか。良い返事を待っているよ」

 デス・ウィングとミントの二人は、また会う事を約束する。

 そして、ミントはハルシャ達の下へと食糧を届けに向かっていった。

 


 ルクレツィアに太陽を作ったのは、竜王イブリアだった。

 凍える砂漠から、国民が凍え死なぬように、イブリアはその力によって、国を照らす太陽を生み出したのだった。もう数百年も前になるだろうか。

 その後に、イブリアは眠りに付いた。

 数百年が経過した後に、彼はルクレツィアという国を見て、その腐敗に眼を疑った。彼は人々は正しき道を行うだろうと信じ、眠りに付いたのだった。

 だが、彼の予想は完全に間違っていた。


 今は、腐敗と堕落により、計略は続いている。

 大悪魔ミズガルマと、ルクレツィアの国王、ひいては黄金を求める貴族達の手によって、ルクレツィアは堕落の一途を辿っていった。


‐正しき者が、十名もいない。国など、いっそ硫黄の渦に変えてしまおうか?‐


 眠りから覚めた後、更に、百年以上は見守り続けてきたのだが、一向に国民はよくならない。というよりも、上部の者達の心が腐り切っている。貧富の格差は増え続けている。そして、竜王の作り出そうとした信仰なるものは、いつの間にか、ねじ曲げられてしまった。

 宗教家が政治家と結託して、富を得ている。

 その構図は理解している。


 ルクレツィアは滅ぼすべきなのか?

 それが、百年程度、イブリアが悩み続けている事だった。

 彼は見守るという事を続けていた。

 

 大悪魔ミズガルマ。

 彼の手によって、堕落している。だが、イブリアのつかんだ情報によっては、その大悪魔を召喚したのは、そもそもルクレツィアの王や貴族だと聞かされている。……巫女である、グリーシャは役に立たない。自らの手で探りを入れる必要があるのかもしれない。


 彼は人間の少年の姿へとなった。

 これから、帝都へと潜入しようと考えていた。

 伝統的な民族衣装である、ガラビアを身に纏っていた。身分は中流層以上といった処か。


「さて、私自らが向かうとするか…………」

 彼は首を傾げていた。

 グリーシャは数年程前に、突如、現れて、イブリアに仕える事を望んだ。そして、彼女は彼の神官となった。極めて、疑わしかった。あの女は何か策謀を練っている気がする。ミズガルマからの間諜(スパイ)では無いみたいだが、ならば、何処からやってきたのか?



 ルクレツィア王は板挟みにされていた。

 自業自得とは言え、現世の世界において、富や財、権力を手放すのは惜しい。しかし、何が自業自得なものか。

「このわしの父も、祖父も、大悪魔より富を得ていた。今更、竜王に所有権を要求されても困るというものだ」

 髭面のルクレツィア王は、高級なリンゴ酒を一気に飲み干す。

 後戻りは出来ない。

 あの汚らしい服の金髪の女、あの下郎はどうにかして始末しなければならない。そして、可能ならば、竜王イブリアも始末しなければならない。


 強大な力がいる。

 権力をより強固にする為にだ。


 全体主義の政治を終わらせるつもりは無い。

 そもそも、国民は信仰によって満足しているのだ。ならば、今の体制を崩す事は国民自らが不幸になる。ルクレツィア王はそのように考えていた。


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