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第六十六幕 イルムの暗躍。

 イルムは自身の本拠地である、呪性王の聖堂へと降り立つ。

 あの獣人の監視は、ホロウという黒装束、黒マントにカラス面の悪魔に任せる事にした。


 ……カードを揃えていこう。


 ミントからはジェドを。

 アリゼからはエボンを。


 イルムは呪性王に一人の人物を秘かにかくまっていた。


 そこは無人になっている部屋の一つだった。

 多少は豪奢な様相だが、人の出入りする気配は無い。いわば、何も入れていない物置といった処か。


「さて、この私の為に働いてくれるかしら?」


 ねじれた翼を持っている、歯茎が剥き出しの凶悪な面相を持っている黒色の肌の男が、部屋の奥にうずくまっていた。

 悪魔の将軍ロギスマ。

 魔王ミズガルマの片腕だった男であり、帝王ジャレスを支え続けていたデーモンだ。

 彼はミント達との戦いで死亡したと思われていたが、肉体が四散し消滅する事なく、しぶとく生き延びていた。


「イルムよお。黒い天使、何故、お前はこの俺を匿う?」

「女騎士アリゼに先を越されたけれども、この私も世界を支配したいからね。その為には、アリゼのように、私の軍団、手駒が必要ってわけ」


「でも、ミントに宣言しちまっているんだろう?」

「ええっ。私は策略を練ったりするのは苦手なのよね。騙したりだとか」

 イルムは、少しだけ、メアリーを思い出す。

 イルムからしてみると、メアリーは嘘の上手い策略家だ。

 チェスなどのボード・ゲームが上手いように、戦略を練ってくる。


 イルムは自身が力ばかりが具象化した存在でしかない事に強い劣等感を抱いている。そんな自分はただただ、権力を手にしなければならない。空っぽな自分を埋めなければならない。


 一体、自分は何を求めて生きていくのだろう?

 一体、自分は何の為にこの世界に誕生したのだろう?


 イルムはそんな空洞のような心を満たすものを、ルクレツィアの支配と、ミントや彼女の周辺の者達に固執する事によって自身の意味を見出そうとしていた……。



 魔女ルブルとメアリー。

 ドラゴン魔導士ザルクファンドは、それぞれ過去に北の兵士訓練場であるギデリア。西のエルフ達の集落であるプランドランを強襲して殺戮を行った。その罪は赦されたわけではなく、それぞれイブリアの命によれば、その地区の統治。ミントの命令によって、資源確保の任を追っている。


 魔女とドラゴン。

 両者とも、ルクレツィアとは別の世界からの訪問者という事で、ルクレツィアの復興の為のリソースの確保と、別世界からの脅威に備える任を負っている。


 ならば、過去にロギスマはアレンタの村を、エボンはドロルレーンを破壊した罪状があるという事になる。イルムはミントに則って、二人にも同じような処遇を与えようと考えていた。


 すなわち、統治の為に働け、と。


 ただ、それはあくまでイルムの手駒としてだが。


「さてと。貴方を匿って上げているんだから、その分はしっかり働いて貰うわよ。本来ならば、ロギスマ、貴方は第一級犯罪者として、処刑され、二度と再構築出来ないようにされているわ」

 イルムはロギスマの首根っこを掴まえるように、彼に道案内をさせる。

 場所としてはミズガルマの宮殿跡地に近い。


 巨大な地底湖の中だった。

 地底湖を二人は進んでいく。


「貴族達の遺産は本当に此処なのね?」

「ああ、ホントだ。パラダイス・フォールは壊滅し、ジャレスも死亡したが、兵器開発の研究は続いているぜ。もっとも、俺は久しく連中には会っていないが」


 かつての宮廷貴族の生き残りは官僚として引き続き帝都に仕えている事になるが、不正が行われないようにドラゴン達が見張り続けている。


「だが、ザルクファンドに気を付けろよ。奴はつねに監視を続けている。天使さんよぉー、あんまりドラゴンの連中を舐めない方がいい。本当に連中ってのは、頭がキレるんだ。とてつもなく、不快な事になあぁああぁ」

「くくっ、ロギスマ。アリゼとかいうイカれた女が出てきてくれたのは、私にとっては好都合だわ。私には私の計画を進めていかないといけないからね」


 ロギスマは言う。

 もし、帝都奪取を計画しているならば、障害となりえるのはミントや魔女達、ハルシャなどではなく、他でもないドラゴン魔導士のザルクファンドが一番の難敵になるであろうと。


 ドラゴンの強靭な肉体。

 凶悪な重力魔法の使い手。

 そして知己に満ちた頭脳だと。

 

 ある意味で言えば、権力者であれば誰でも構わない竜王イブリアなどよりも、よほどあのドラゴンの魔法使いは凶悪な壁として立ちはだかるであろうと。


 そこは暗い地底湖の奥だった。


 研究施設のようなものが設置されていた。


「『アナタージャ』の奴は今でも研究に没頭しているだろうよ。なんせマッド・サイエンティストだからな」


 研究施設は地底湖の中にあった。

 蒸気を発し続けている大きな研究所だ。

 ロギスマは扉の前に立って、何やら合言葉を言っていた。

 扉は開かれる。


 中から、ほわほわとしたおっとり系の少女が現れる。

 栗色の髪の少女だ。魔法使いのローブを身に纏っている。


「おい。リュートルノ。あのイカれた科学者はどうしてる?」

「ロギスマ様じゃないですか。お久しぶりですね」

「現呪性王のギルド・マスター様もおいでだ、丁重に扱えよ」

「はーい」


 リュートルノと呼ばれた少女はドタドタと駆けながら研究施設の奥へと入っていく。


 イルムはこの少女は何なのか? と、首を傾げる。見た処、人間のようだが、実際はよく分からない。


「入っていいらしいぜ」

 ロギスマはイルムを呼んだ。


 少し天然臭い少女に部屋へと案内される。

 そこには眼鏡を掛けた優男が何やら解剖図の絵を真剣に睨んでいた。


 ロギスマとイルムが部屋の中に入る。

 優男は眼鏡を取って椅子を回した。


「やあ。私の名はアナタージャ。この子は助手のリュートルノ。貴方は呪性王の使いの者だね?」

「いえ。ギルド・マスター自らが来て上げたわ。貴方は一体、此処で何をしているのかしら?」

 アナタージャは、この優男は飄々とした表情で答えを返さない。


「単刀直入に聞くわ。何の研究をしている?」

 イルムは恫喝するように睨み付ける。


「ふふっ。それは勿論、生体解剖による個々の生物の研究と…………」

「と?」


「多次元世界。そう、多次元宇宙の研究だよ。この世界、ルクレツィア以外の研究をね」

 優男はイルムやロギスマには理解不可能な事を口にする。


 確かにイルムは知っている。

 この世界が無数の宇宙、無数の世界によって成り立っているものであり、凍土の砂漠の世界ルクレツィアもその一つでしかないのだと。そして、暗黒のドラゴン、サウルグロスは別の世界からやってきて、この世界を手中に収めようとし、帝王ジャレスは死後に転生する度に別の宇宙に向かいパワーアップして何度も、この世界に戻ってきた。

 この世界は、無数の世界の下に成り立っている。


 デス・ウィング、ルブルやメアリーなども別の世界から来た者達だ。

 そして今や、竜王イブリアやザルクファンドなどは臨在する異世界へと訪問し、ルクレツィアにとって必要な資源を探し求めている…………。


「ああ。そうだ。その女騎士、アリゼって奴がやっている事って、私は賛成だな」

「あらそう?」

 イルムは少しだけ楽しそうな顔になる。

 混沌と崩壊が撒き散らされていくのは悪い状況ではない。少なくとも、自分にとっては。

 ミント達の懊悩する姿が見られるのならば、それはとても素晴らしい事だった。なので、イルムは何処かでアリゼを面白がっている部分もある。

 だが、眼の前の男。

 彼は、また少し違う理由かもしれない。


「貴方も帝都から虐げられた者達のお仲間だから?」

「それもある」

「それも? 他には何が?」

「彼女の言っている事は別に間違っていないんじゃないか? これまでの権力構造が変わったからと言って、結局、この世界はよくなっていない。むしろ、かの王女の能力の無さのせいで、以前のバザーリアン国王の統治よりも悪くなっている側面もある」

「それには大賛成だわ。だから、私が権力を握りつもりでいるわ」

 イルムは飄々と返す。


「私はかの女騎士にも、君にも味方にはならない。私はこの世界の命運に興味があるだけだからなあ」

 アナタージャは顎に手を当てて笑う。


「このルクレツィアがどうなっていくのかを見届けたいんだ。なあ、天使、お前はこの世界が憎いかい?」

 優男は探るように訊ねる。

 イルムはその言葉に対して、意外な程、すぐに答えが出た。


「分からないわね」

 イルムは強く腕を組む。


「誰か強く憎んでいる者は?」

「それも分からない」

 イルムはミントの顔を思い浮かべていた。


 イルムは自分が好きとか、他人が好きとか、そんな事さえも深く考えた事なんて無い。自分はミントを憎んでいるのだろうか? ただただ、生きる目的、理由それ自体にしているのではないのか。


 おそらく、アリゼは、そして彼女の取り巻き達はこの世界に対して、とてつもない怨恨、憎悪、復讐心を抱いているのだろう。エボンを見れば、すぐに分かる。


「そうか。俺も誰も憎んでいないし、誰も悪くないと思っている。だからこそ、もっと面白い事が必要なんだ。この下らない世界をより面白くする為にね」

 そう言って、


「何を言っているか分からないけれども、お前とは気が合いそうね。そうね、お互いの目的を話しましょう」

「いいとも」

 アナタージャは笑う。


 そして、二人は互いの計画を話し合うのだった。

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