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第六十四幕 それぞれの想いは夜想曲のように。 2


 夜空を見ながら、ジェドは曇った顔をしていた。


「ミントさんに、振られました」

 バルコニーには闇の天使イルムが腕を組んで佇んでいた。

 まるで、ジェドを待っていたかのようだった。


「ミントさんの隣にいる資格さえも、俺には無いような気がするんです……」

「ふーん。あら、そう」

 イルムも一緒に夜空を見ていた。

 風が強い。


「ミントさんには、ハルシャさんが必要です。俺じゃなくて…………、俺は男として……、それに、いくら俺にも分かります……。脈なんて無いんだって…………、ミントさんに男として見られていない……」

 ジェドは酷く落ち込んだ顔をしていた。


「ふうん。なら、この私と付き合ってみる?」

 イルムは淡々と訊ねた。


 ジェドは胸を鳴らす。心臓がバクバクと鳴っていた。


「か、からかわないでくださいよっ!」

「ミントと肉体関係を持ちたかったんでしょ?」

「そ、それだけじゃないです、い、一緒にデートとかも、その…………」

「男女の関係は、まず一緒に寝てみてから、身体の相性を確かめてみて、付き合ってみようか、って始めるのも多いらしいけど。その、貴方は何と言うか、かなりピュアなのね?」

「お、俺は、その……性欲でドロドロしてますよ……」

「でしょうね? 童貞だし」

 イルムの言葉のナイフに、ジェドは渾身の一撃を喰らったとばかりに仰け反る。

 イルムはとてつもなく、小悪魔っぽい顔付きになった。

 明らかに嫌な事を企んでいる顔をしていた。


「ふふっ。性交渉が無くてもいいんだったら、私と付き合ってみる?」

 そう言うと、イルムはジェドの首筋を、そっと、その指先でなぞる。

 女性に触れられただけでも、感情が爆発してしまう思春期の少年をジェドはすぐに体現する事になる。


「はうあ!? ほ、ほ、ほ、本当に、この俺でいいんですかあ!??????????」

 ジェドの声は裏返っていた。

 ただ、心の中であらん限り喜んでいた。


 そう言えば、イルムをまじまじと見ていると、凄く美人だ。

 メアリー、デス・ウィングに近い容姿。

 それに、何処となく、ミントの持つ面倒見の良さも持っている。

 完璧な美女だ。

 ジェドの妄想、ジェドの理想を詰め込んだような美女だ。


 イルムはつまり、ジェドにとって、妄想の理想像が現実の前に姿を現している、という事になるのだ。


 ジェドの理想は、もはや手を伸ばせば、手に届く事にある。


「でも、私と付き合っても、童貞のままよ?」

 イルムは少し意地悪く言う。

「え、え、え、え…………、はあああっ!?」

 ジェドは困惑し、言葉が裏返っていた。

 付き合うというのは、形だけなのか。それ以上はさせてくれないのか。そう言えば、先程も性交渉が無くても、と言っていたか、ジェドは付き合ってもいい、という言葉に反応して、その意味を考えていなかったのだが……。


「まあ、キスくらいは出来るか。私の裸を見て楽しむのも…………、デス・ウィングと同じように、あまり私の服の下は期待しない方がいい。デーモンの中には、肉欲を持って肉体を形成している者もいるけれども、そもそも、私の方は実体化した思念体と言っていいしね。ファンタジックな世界の夢魔や肉欲の悪魔みたいなものとは違うわ。残念だけどね。突き詰めていくと、私が身に付けている、この服だって、デス・ウィング同様、私の身体の一部なわけだし」


 イルムの説明に対して、ジェドは、かなり落胆する…………。激しく、激しく落胆していた。

 女の肌、身体……。そして、少しだけ心が動かされ始めていたイルムという存在。


「その、……なんで、イルムさん…………、こ、こんな俺に、その優しいんですか?」

「それは。私は貴方でもあるからよ」

 イルムは更に、魔性の女的に、ジェドの心を弄ぶように告げる。


「ジェド……。貴方は末端とは言え、英雄なのよ。極めて歪んだ形とは言え、デス・ウィングやメアリーにも気に入られた。そして、この私。貴方の思念も、精神の欠片も、私の肉体の一部を形成しているのかもしれない」


「ごめんなさい。……イルムさんも、怖いです……」

 ジェドはひざまずいて、両手の祈りを捧げるような形にする。


「ふっ。貴方の方から、この私を振るか。いい御身分ね?」

「う、う、う、その、すみません…………」

 ジェドは更に頭を深々と下げる。


「さて。なら、ジェドの彼女探し手伝わないとね」

 イルムは両手を広げる。


「そこら辺の女でもナンパして、いいから、さっさと童貞を捨てろ」

「えっ、俺、その…………内気で非社交的で…………」

「まず、百人に声をかけろ。99人に軽蔑され気持ち悪がられて、石をブン投げられるかもしれないけど、百人目はいけるかもしれないでしょ。デートだの、将来のプランだのは、さっさと童貞を捨てて、女心が分かってきてから、決めろ」

「スパルタっすね……。っていうか、……えぐいっす…………」

「一生、女の肌を知らずに死ぬのがいいのね? この先、貴方が近々、戦死しない保証なんて何処にも無いでしょう?」

「そ、それは、それは、本当に分かっていますっ! 志半ばで、俺の人生って、何も無かったなあ、って思いながら、今を生きていますっ!」

 ジェドはわなわなと震えていた。

 イルムは少しSっぽい顔付きをしていた。


「ははっ……。それにしても、俺、元々は、冒険の始め、ミントさんと会う前に、ハーレムを作りたくて、帝都に来たんです」

「今、作れているじゃない? みんなから、貴方は好かれている。ミントからも、メアリーからも、デス・ウィングからも、この私からも。男にも好かれているわ。ハルシャもガザディスも貴方を気に入っている。何が不満なのかしら?」

 イルムはおどけるように言う。


「“良いお友達”って感じじゃないですか……」

「人生は思い通りにいかないものよ。夢の形もね。妄想と現実の違いってわけ。貴方は万能な英雄になりかったけれども、末端とは言え、英雄になれた。少なくとも、未だ、来世や転生、他の各種宗教的な妄想に浸り、現実で生きる事を諦めた人々に比べれば、遥かに良い人生を歩んでいるって事よ。


何も報われなかった、と思い込んでいるけれど。

何もかも、報われなかったわけじゃない。


そういうものよ。生きる事って」


 何処か何もかもを見通すように、人間の営みそのものを空しくさえ思っているかのように、イルムは述べていくのだった。


「さてと。貴方の故郷の近く。南の方にあるドロルレーンという街が地獄になった。炎に焼かれて、住民の多くが死んだわ。また、戦乱が近付いているわね」

「は、い……」

 ジェドは故郷を失っている。

 そして、暗黒のドラゴンとの戦いも経験している……。

 血と炎の臭いは覚えているつもりだ。


「男として成長しなさい。ハルシャに近付きたいのなら」

 イルムのその言葉に、ジェドは思わず姿勢を正した。


「また、ルクレツィアが戦場になるわ。ミントが好きなら。大切に想うなら。英雄になりたいなら、ジェド、男として成長しなさい。強くなれ。覚悟を決めるしかないわ」


 そう言うと、イルムは部屋の中へと戻っていった。

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