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第六十二幕 大悪魔ゾア・リヒターとの取り引き。

 現在、アリゼが根城にしている廃墟には、大量のゴブリン達が生息していた。彼らは主に雑食性で、昆虫もよく口にする。苔などもよく舐めているみたいだった。


 ゴブリン達をアリゼが任命した赤いフードの男が、指揮していた。

 アリゼは、男を抱き締め、ねぎらいの言葉をかける。


「女騎士様。お出かけになられるのですか?」

 赤いフードを被ったゴブリンの一体が、アリゼにうやうやしく礼をする。

「うん、ちょっとね。ボルボッド。言語教育はどの程度、行き届いているのかしら?」

 赤いフードのゴブリンは少しだけ困った顔をする。

「まだ、一割程度、と言った処ですかね。へへっ、まだ、まだ、簡単な読み……書きが出来るくらい、ですぜ」

 くねくねと、ボルボッドは奇妙に身体をくねらせる。


「上等、上等。帝都を征服した暁には、貴方達も帝都の住民になれるわよ。だって、貴方達はもう神聖と清らかさの中にいるんですもの」

「それよりも、我々の多くの者達は、ひひっ、ひひっ、神の国を望んでいるのです。アリゼ様の恩寵によって、神の国に召されるのです。この、わたくしめも、それを待ち望んでいる。王女を謀殺せんと、死んでいった同胞達は、もう天の世界に登った事でしょう。俺も、俺も神の国に行きたいのであります、ひ、ひひひっひひっ!」

 ボルボッドは喚き喜んでいた。


 ゴブリン達の間では、アリゼに対する熱狂的な信仰が根強くなっているみたいだった。彼らは自ら自爆テロに志願して、死後に神の世界に行けるのだと信じて、アリゼが命ずる事なく自らの集団が作り出した爆薬を手にして、死にに向かうのだ。


 …………、殺せ、自らの命を持って、奴らを殺せ。

 アリゼが行う演説を、ゴブリン達はそのまま文字通りの意味で実戦していた。


 アリゼの後に、ヴィラガと、エボン・シャドウの二人が続く。

 アリゼが両手を振り上げて、彼女に付き従うゴブリン達に礼を行う。

 ゴブリン達は手を付き上げて、礼を返す。


 背後では、ただひたすらに、アリゼ万歳、女騎士様万歳、歌姫様万歳、といったゴブリン達の声が高らかにオペラを奏でていた。彼らは地の底を生きていたが、天の国を目指して、これから行われる革命パーティーによって神の世界に行けるのだと本気で信じているのだった。


「アリゼ様……、やはり、そのようなお召物ではいささか……」

 ヴィラガが、少し困惑したように呟いた。

 アリゼは胸元と腹と太股を大胆に露出させた鎧を着込んでいる。これでは、とても鎧とは言えない。

「あらあら、カーディガンでも取ってくる?」

「……不用意に肌を晒されるのは…………」


 アリゼはヴィラガの首筋を指先で撫でる。


「別にいいじゃない? 貴方もかなりの軽装だから。心配いらないわ。安々しく傷付けられる女では無いの」

 そう言うと、アリゼはステップをしながら、先に入り口から外へと向かっていった。

 エボンはアリゼの肌を見ながら、にやにやと笑っている。

 ヴィラガは心の中で舌打ちしていた。


 独占欲、なのだろう……。

 ヴィラガは、そう自覚し、そして自重する事にした。

 ……アリゼ。わたしはお前を心の底から愛している。……たとえ、この関係が、対等なもので無くても……。


 主人と従者。

 この関係は覆らない。


 彼女の為に、彼女の仇名す者達は打ち滅ぼし、素っ首を落として土産としよう。


 ……………………。



「ミントは完全に寝込んで丸一日も起きなくなったわね。馬鹿な子」

 イルムは腕組みしながら、壁に寄り掛かっていた。


「爆弾の破片を抜いたのに。まったく、墓参りなんてして。何を考えているのかしら。熱だって出ているわ」

 イルムはそう言いながら、ミントの書斎に向かい、書類に眼を通して行く。


「小娘がっ! 貴方に何が出来るっていうの? この国を? 帝都を?」

「イルムさんは、ミントさんの事が大好きなんですね」

 ジェドが背後で笑っていた。


「ふん。別に好きじゃないわよ、あの馬鹿」

「イルムさーん、それ、典型的なツンデレの反応ですよぉ……っ!」

「……っ! ……そうかもしれないわね」

 イルムは両翼を靡かせながら、苛立っていた。

 

 ミントの隣に、濡れタオルと水の入ったペットボトル。それから、フルーツを用意したのは他ならぬイルムだった。これがツンデレと言わずに何と言おうか。


「あの子には、まだまだ利用価値があるのよ」

「そういう事にしておきますよ。ははっ」

「ブチ殺すわよ、ジェド」

「こ、怖いです。イルムさん」


 書斎にハルシャが入ってくる。


「ミントの奴、本当に何を考えているんだ。雨の中、墓参りに行ったそうだが……」

「…………、ジャレスの夢を見たんじゃないかしら? 聞けば、あの子のお友達は沢山、ジャレスに殺されているとか?」

「…………、成る程。ジャレスから受けた心の傷は癒えぬか……」

「そういう事ね。幼少期から、何かしらの虐待を受けていたんでしょう?」

「そういう事だ。治療は出来ない。ミント自身が乗り越えるしかない」

 そう言って、ハルシャは溜め息を吐く。


「それで賊の素性は?」

「心当たりはあるが、確証が無い」

「そう。なら、調査の方は待っておくわ」

 イルムは淡々と答える。対するハルシャは重い雰囲気を出していた。

 ジェドは何とか、空気を和ませようと何かを言おうとするが、すぐに勝手に落ち込み出していた。



 現在の呪性王の本拠地から少し離れた場所から、地下深くに悪魔ゾア・リヒターと謁見出来る場所があった。


 砂埃に塗れながら、地下のダンジョンへと続く入り口に三つの人影が近付く。

 獣人男性のエボン・シャドウ。

 白い肌のオーク、ヴィラガ。

 そして、彼らを片腕として、ルクレツィア内を暗躍し続ける女騎士アリゼ。


「さて。鬼が出るか、蛇が出るか、ですなあ。アリゼ様よおぉ!」

「デーモンよ。ふふふっ」

「それにしてもよおぉ。お姫様。俺達三人だけでいいのか? せっかくだから、もっと人員を集めた方がよかったんじゃねえか?」

「……あのデーモンは、大人数の前では現れない。ジャレス様や奴隷商人の王カバルフィリドが何らかの取り引きをしていたわ。そしてこの私も行った」

「ほおぉ。アリゼ様よおぉ。どんな取り引きなんだ?」

 ヴィラガは、エボンを睨み付ける。口を慎めといった顔をしていた。


「エボン。それよりも、現・王族護衛軍、ミノタウロスのハルシャの経歴を調べるように、貴方の部下達に伝えたかしら?」

 アリゼは含み笑いを浮かべながら、訊ねた。

 アリゼの顔は、まるで“初めから情報を知っていながら、あえて調べさせている。なぞなぞを出している”といった風情だった。ヴィラガは黙っている。

 エボンは、そんなアリゼの韜晦に気付いていない様子だった。


「それなら、言ったぜっ! 俺と、俺の獣人部隊は優秀だからなっ! 明後日くらいまでは、調べが付くんじゃねえか?」

「ありがとう。ハルシャは、彼は、何故、呪性王のもう一つの顔であるゾア・リヒターに仕えていた? シルスグリアは先の大戦で死亡した、現・呪性王であるイルム・エルデに問いただしたとしても分からないでしょうね」

 

 少しだけ、エボンと距離を置いてヴィラガはアリゼに耳打ちする。


「何故、エボンにかのミノタウロスとの関係を教えないのですか?」

「エボンと彼らの配下の情報収集能力を上げる為よ。それにほら、調べる過程で、彼に興味を持ってくれたら、十全」


 アリゼは掌の上で部下達を動かしている。

 そして、事は順調に動き始めているのだろう。


 エボンは気付いていない。……アリゼから、自身の未熟さを試されている事に……。

 ヴィラガは、少しだけの優越感に浸る。


 だが。

 ヴィラガは、この眼の前の女騎士が片腕である筈の自分にさえ更に多くの隠し事をしているのではないかと疑ってしまう……。彼女は本音では一体、何を考えているのか分からない。完全に底が見えない……。


「さて。この吊り橋揺れるから気を付けてね」

 地下洞窟を歩いていると、巨大な吊り橋が眼の前に映り込んでいく。下を見ると、奈落まで続いているように見えた。



 デス・ウィングは王宮の中をうろついたり、自身が寝床にしている場所に帰ったりしていた。ミントやハルシャ、それにイルムやジェドは、そんな彼女を見ては、一瞥するだけで、特に気にも留めていないみたいだった。


 デス・ウィングは既に、女騎士アリゼの資料を手に入れていた。


 それは写真だった。

 年齢は二十歳前後だろうか。顔を見た事は無いが、これが、アリゼ。そして、少年の顔立ちのミノタウロスが映っている。


 ……なんだ? こいつは? ハルシャか?


 この金髪に赤い甲冑の女がアリゼだとすれば、一緒に映っているのはハルシャという事になる。王宮の者達で二人だけで映っている写真もあった。


 デス・ウィングは資料を本棚に戻す。

 彼女はしばらくの間は高みの見物をする事に決めた。


 ……物事が面白くなってから、混ざればいいだけの話だ。



 奈落の奥底だった。


 巨大な大悪魔が、三名の前に姿を現す。


 巨大な角に、鬼のような形相。歪んだ翼。赤みを帯びた漆黒の体躯。

 かつて、裏で闇の天使シルスグリアを支え、呪性王の“聖なる加護”なるものを信者達に与えていた悪魔だ。彼の背後には、地獄のごとき炎が燃え盛っていた。


<また、取り引きに来たのか? 定命じょうみょう

「あら。私は貴方の力によって、不老の力を手にしたわ」

<力が欲しいか。ならば、生贄か、お前達自身の何かを差し出すがよい。ならば、我は応えようぞ>

 文字通りの悪魔との取り引き。

 それが、呪性王が行っていた裏の顔だった。


 その取り引きによって、国王の子息ジャレスは絶大な魔力を手にして、奴隷商人の王カバルフィリドは殺戮の大闘技場を手にしたのだと聞く。


<そこのオーク。貴様は特に、物欲しそうな顔をしているな?>


「そうだ。この俺は力が欲しい。何よりも優れた力がだっ!」

 ヴィラガは吠えるように叫ぶ。


<優れた力なら、様々な種類のものがある。一概には言えないが。何よりも優れている力というものは、貴様に決めて貰おうか>

「奴らの死体を動かし、弄んでやりたい。この俺を迫害したもの、父を、母を、迫害したもの……。奴らは死でさえも生ぬるい」

<ネクロマンシーの呪法を手にしたい、というわけだな>

 ゾア・リヒターは少し考えてから、告げた。


<貴様にネクロマンサーとしての素質は無い、故に我が力を与えよう。だが、オークよ。力を使いこなす為には、道具がいるのだぞ? 得物は自ら手に入れよ。鍵は渡そう、扉は自ら見つけるのだぞ>

「それで構わない」

「そうね。王宮地下はジャレス様が研究していたネクロマンシーの実験と、秘術が封じられているわ。調べは付いている。ヴィラガ、その中から、教本を手に入れましょう」

「成る程、アリゼ様」

 ヴィラガは頷く。


 ゾア・リヒターは、ヴィラガの近くに手を伸ばす。


<オークよ、対価を払って貰おうか>

「それは何だ?」

<貴様の寿命というものは、いかがかな?>

「……ははっ! 喜んでっ! この命をアリゼ様に捧げると決めた時から、帝都と心中する心算でいるのだっ!」

 白肌のオークは、自身の左胸を強く打ち鳴らす。


<そちらの獣人はどうする?>

「ああ、俺?」

 エボンは頬をぽりぽりと掻いていた。


「そうだな。俺は大きな代償は嫌だな。だが、力が欲しいぜ。俺はアリゼ様の命もあるが、純粋に何もかもぶっ壊してぇーんだ」

<ならば、頼まれてくれぬか?>

「何をだよ? 悪魔さんよおぉ」

 大悪魔はしげしげと、眼の前の獣人を吟味している様子だった。


<この前、呪性王に戴冠した迫害の天使イルム・エルデ。あの女は我に対して、挨拶も無しだ。むしろ、呪性王を新しく作り変える為に、我の存在をもみ消そうと画策している節がある。我をこの地下世界に永遠に閉じ込め、忘却へと押し殺そうとな。極めて不愉快だ。呪性王は異端宗教を掲げていたにも関わらず、あの女は王宮と併合し、あわよくば、王女の地位を簒奪しようと考えているのだろう。そうでなくとも、王女を利用する為に、宰相に上り詰めようとしている>


「つまり…………、この俺に、天使サマを始末しろ、と……」

<物分かりが良いではないか>


「イイぜ。翼全部むしって、綺麗なお顔を砕いてやるぜ。俺に天使サマをぶっ殺すだけの力をくれよ。楽しそうだものなあっ!」

 エボンは本気で楽しそうに哄笑を高らかに掲げていた。


<エボンと言ったか。貴様は、貴様自身が知らぬ、潜在的に眠っている力を引き出そう。これは取り引きではなく、我からの依頼だ。あの女を始末しろ>

 ゾア・リヒターは応えた。

 彼は獣人に、魔力を降り注いでいく。

 エボンは自らの肉体から、力が漲ってくるのが分かる。


「じゃあ。宜しく頼むわよ、エボン」

 くるり、と、アリゼは踊る。


 死ぬ為に、殺す為に、彼女の軍団は動いていく。

 エボンは、その切り込み隊長を打って出るつもりでいるみたいだった。


 アリゼは片腕である二人、そして、同胞達全員に告げている。

 ルクレツィアの地図を広げて、説明している。


 北のギデリア。

 西のプラン・ドラン。

 東のザッハ・レイドル。

 南のドロルレーン。

 そして、中央に位置する帝都。そして王宮。


 天空樹。

 黎明棚。

 呪性王。


 全て潰す。本拠地を火の海に変える。

 何もかもを、灰燼に帰すのだと。

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