第三幕 国家を滅ぼす者達。 5
「意外ねえ。ホント、意外、意外」
メアリーは、舌舐めずりをしていた。
彼女は鮮血が滲み出る、左肩を押さえていた。
トロールの戦士、バルジャックの全身からは、鎖が生えていた。メアリーは、鉤爪を持った鎖を実体化して、バルジャックの巨体の皮膚へと喰い込ませていたのだった。
「貴方、タダの雑魚にしか見えなかったけれど、この私に傷を負わせるなんて……」
「傲慢な邪悪な魂めっ! 私は聖職者として、貴様を討つっ!」
トロールは叫んだ。
「聖職者ぁあ?」
「そう、このルクレツィアの守護精霊の加護を、この私は背負っているっ!」
「ははあぁ? 何をほざくかと思えば。その醜悪な化け物の姿でぇ? 笑わせてくれるわ」
トロールには、生まれ付き、強靭な高速の再生の能力がある。
そういう体質なのだ。
戦っているうちに、バルジャックの傷は回復していく。
「ねえ、メアリー。手助けしようか? そいつ、ゾンビにしたら、私達の優秀な戦士になりそうよ?」
いつの間にか、ルブルは小さな男の子の人形を抱えていた。
「そうねえ。私は美少女相手じゃないと、燃えないしねえ。醜いモンスターと戦っていても、つまらないしねえ」
バルジャックの動きは早かった。彼は口の中で何か詠唱を唱えていたみたいだった。彼の動きが早くなる。肉体を高速で移動させる、スピード・アップの魔法か。
淡い緑色の肌を持つ、トロールの戦士、バルジャックの大斧によって、メアリーの上半身と下半身は両断されていた。
「やるじゃないっ! 貴方は優秀な戦士になれるわっ!」
メアリーは歓喜の声を上げて、その上半身は炎の渦の中へと落下していく。
次の瞬間。
バルジャックの勝利の叫びも終わらぬうちに、ルブルの攻撃が、彼を襲った。
魔女ルブルの手にする男の子の人形の口から、白い煙が噴き出して、トロールの男の両腕が硬化……、石へと変わっていく。
「な、何だとっ!?」
バルジャックは、完全に混乱を始めているみたいだった。
「貴方は脳はいらないわね。両手は沢山の死体の腕を繋ぎ合わせて上げるわ。より強大な怪物として、第二の人生を始めるのよ。喜びなさいっ! 祝福しなさいっ!」
いつの間にか、メアリーが立ちあがっていた。
彼女は腹の臓物を戻して、焼け爛れた上半身の傷を指でなぞっていた。
「あはははっ! アンデッドとなって、私達の従僕となるがいいっ!」
彼女は両手に、首を駆る用の鉈を手にしていた。
メアリーは跳躍して、トロールの戦士の首を落とそうと迫る。
空中に、炎の筋が走った。
メアリーの全身が火ダルマになる。
それでも、残酷なメイドの動きは止まらず、鉈がそのまま両腕を封じられたトロールの戦士の首筋に切り掛かる。
「あら? 貴方の事を待っていたのよ」
メアリーは全身、炎に塗れながら哄笑を続けていた。
「ずっと、愛しい貴女の事を考えていたわ。毎夜、毎夜。貴方で自涜していたわ」
魔女のメイドは、本当に嬉しそうな顔をしていた。
頬が紅潮している。
「こ、この、精神異常者がっ!」
ミントは杖を手にしていた。
彼女の背後では、ミノタウロスの少年ラッハが、彼女の背中に魔力増幅の魔法を使い続けている。
更に、後に続くように、沢山の戦士や魔法使い達がいた。
「ミントッ! 頼む、この俺にあの女に復讐させてくれっ!」
武骨な人間の戦士の男が、ミントの前に出る。
「駄目です、ジジェダイさん。あの二人、メアリーとルブルを侮ってはいけません……。宝石鉱山で戦った、私がよく分かる…………。あの二人は心の底から楽しんでいるんですっ! 自分達が苦戦している事さえも……、私達の心に隙を与えてきているっ! こちらが優勢だと思わせたいんですっ!」
「頼むっ! あの中には俺の家族がいたんだ! ゾンビにされて、あの炎の城の一部になっているっ!」
ジジェダイは、引き留めようとするミントの手を振り払って、長剣を手にして前に出る。
「メアリーと言ったな?」
「貴方に名乗った覚えは無いわね」
全身を炎で焦がしながら、女は嘲け笑っていた。
「ねえ、ルブル。この人達、私一人で遊んでいいかしら? 貴方は当初の目的を」
「もう、メアリー。貴方だけ楽しんで……。でも分かったわ。私は元々の目的を果たすわ」
そう言うと、漆黒のドレスの魔女ルブルは地面に片手をあてる。
すると、地面が盛り上がり、骨だけの馬が現れる。
彼女はそれに跨り、兵士達の住まう施設へと向かっていく。
「あの中にいる兵士達は貴方の好きにしていいわ」
「分かったわ。まあ、貴方はミントという子にこだわっていたしね」
ミントと共に来た護衛兵のうち、何名かが、傷付いたトロールの戦士バルジャックを連れていく。そして、石となった彼の両腕をまじまじと見て、慄いていた。
長剣を手にする人間の戦士、ジジェダイが前に出る。
「お前の首を落とす」
「男に興味は無いわ。でも面白いわね。貴方は私がミントを犯す為の前菜にしてあげるわ」
二人はそれぞれの得物を相手に向ける。
メアリーは、鉈を投げ捨てると、いつの間にか先程、持っていたハルバードを手にしていた。彼女はそれを右手だけで構える。
ジジェダイは、長剣を両手で構えていた。
その場にいた者達は、二人の戦いを見守っていた。
その間、ルブルは骨の馬に乗りながら、兵士養成所へと向かっていく。誰も、ルブルの行動を妨害しようとする者はいなかった。生き返った死者達が、ルブルの進路を守っていたからだ。
「いつでも、いらっしゃい」
「望む処だっ!」
先に動いたのは、ジジェダイの方だった。
何度か、金属音が鳴り響く。
メアリーは実質的に、片手だけで、現れた人間の戦士の斬撃を防いでいた。
数分後。
ジジェダイの腹が、何かによって抉り取られていた。
メアリーの左手が、彼の腹をブチ抜いたのだった。
腸が地面に垂れ下がり、戦士の男は口から血反吐を吐く。
メアリーの左手は、鉄の鉤爪によって覆われていた。そのまま、左手は引き抜かれる。その際に、更にジジェダイの腹は裂かれ、胸まで引き裂かれる。
心臓や胃などが、地面へと転がっていく。
そうして、家族の仇を討とうとしていた戦士は死亡した。
「さて、次は貴方達、全員で来なさい」
メアリーは鉤爪とハルバードを投げ捨てると、再び、鉈を手にしていた。今度は両手に一本ずつ、握り締めていた。
「一人残らず、バラバラにして上げるわ。ああ、でもミント。貴方は不具にして、生かして上げる」
いつの間にか、メアリーの全身を焦がしていた炎は消えている。
全身の火傷痕は大きく残っているが、それでも多少、治っているみたいだった。
服も身体の一部であるのか、ある程度、修復しているみたいだった。
「…………、トロールみたいに再生能力を有しているのかしら?」
「いや、不死身の化け物なのかも……」
ミントと共に来た、護衛兵達は口々に恐怖の声を上げていた。
「皆さん、ジジェダイのように、無闇に犠牲を出してはいけません。あの女には未知の能力がありますっ!」
ミントは杖を天に掲げる。
「メアリー、貴方はルクレツィアの民の為に、この私が倒しますっ!」
焦げたメイド服から煤を払いながら、メアリーは鉈の刃を舐めていた。
「やってみなさい。さて、次は何をしてくれるのかしら? 私、ドSであると同時に、ドMでもあるから、貴方と傷付け合うのは、とっても嬉しいのよ?」
メアリーは、二つの鉈をクルクルと回していた。
「……イカれてやがるっ!」
いかついヒヒのような顔をしたオークの戦士が、嘔吐する。
「みなさん、私に闘志と魔力を分けてくださいっ!」
ミントは叫ぶ。
そして、杖を天へと向かって高く掲げる。
「この杖に向けて、貴方達の得物を向けて下さいっ! そして、貴方達の闘志や魔力を、この私にっ!」
護衛兵達は、このクレリックの少女に言われたように、それぞれの武器や杖を彼女の持っている杖へと向けた。
ミントの杖に、魔力や精神エネルギーが集約していく。
「光の力よ、空よ、大地よっ! 自然よっ! ルクレツィアの神よっ! 私に力をっ!」
彼女は叫び続ける。
メアリーは、ミントを見続けていた。
突然、空に雲が増えていく。
ぽつり、ぽつり、と、雨粒が滴り落ちていく。
「何…………?」
ラッハが、なおも増幅の魔力を、ミントにかけ続けていた。
「命よ、喜びよ、祝福よっ! 私に力をっ!」
天に雨雲が浮かんでいた。
そして、雲の隙間から、燦々と輝く太陽が照り付けている。
「何なのかしら…………?」
メアリーの表情が……。
…………、少しだけ、蒼ざめる。
「光よっ! 生命の炎よっ! 空の美よっ!」
ミントと護衛兵達、数十名が、一つの魔法を作り上げているみたいだった。
メアリーとの距離は、十数メートル程だった。
メアリーは気付けば、空を見上げていた。
それは、太陽の光であり、雨雲から生まれた稲妻だった。二つの反発するエネルギーが融合していっているみたいだった。
「『裁きと終末の炎・太陽と稲妻の祝祭』っ!」
巨大に膨れ上がった魔力が、太陽の光となり、炎の塊となり、稲妻の光となり、生命の息吹となり、メアリーへと降り注ぐ。それは巨大な球体へと変わっていき、メアリーを押し潰していく。
破壊と創造の息吹が、辺り一面を吹き飛ばしていく。
魔女ルブルの作り出したゾンビ達が、灰と化していく。
死体の山で作られた、炎の城も消し飛ばされていく。
後ろで待機していた魔法使い達が、滅びの魔法に巻き込まれないように防御円をみなに張り巡らせていた。
「ミント…………、手応えは…………?」
ラッハが訊ねる。
「……この魔法は、邪悪な存在に対して、我々の神が与えた最強の魔法。ルクレツィアの命そのもの。これで、かつてミズガルマとその軍勢を撃退したと伝えられています……」
大地は巨大なクレーターが作られていた。
防御円を張った、ミント達、護衛軍の立っている場所を除き、辺り一面はガレキの山と化していた。
「倒せたのかな…………?」
後ろにいたジェドが、ミントに訊ねる。
「分からないわ…………。でも、相手はかなり焦った顔をしていた……、と思う……」
煙はまだ、広がっていた。
砂塵が舞っていく。
煤塵が、たゆたっていく。
突如。
煙の中から、何かが現れる。
それは、巨大な戦斧だった。
「嘘だろっ!?」
ラッハは尻もちを付いていた。
アダンは全身から、滝汗を流しながら、地面に片膝を付く。
長い柄が伸びていく。
巨大戦斧が、ミント達の下へと向かっていき、護衛兵の何名かの胴体を引き潰していく。
煙の中、中心部に女は佇んでいた。
全身、傷だらけだったが、その両眼は未だ歓喜が灯り、口元は歪んでいた。
「嬉しいわ。こんなに私を気持ちよくさせてくれるなんてっ!」
メアリーは、煙によって煤けた金色の髪を靡かせていた。
服が所々、ボロボロになっていたが、やがてそれらは再生していく。全身にあった傷も、次第に消えていく。
「ほ、本物の化け物だ…………」
アダンは、涙を流していた。
オークの戦士は、ひたすらに吐き続けている。
「本当に……、本当に、今のは死ぬかと思ったわ。ルブルから貰った、この身体も……、無へと変わるんじゃないかと…………」
メアリーの顔が、次第に深い憎しみに満ちたものへと変わっていく。
「皆殺しにしてやるわ。ゴミ共がっ!」
それは、怨嗟に塗れた声だった。
「勝てない……、ルクレツィア最強の魔法を撃ち込んだのに…………」
ラッハは両手で顔を覆っていた。
「に、逃げましょう…………、い、今の私達は無力なのです。……勝てない。勝てません……、強い……、こんなに強いなんて……、私とギルドの仲間達と戦った時は、あの女は遊んでいただけだった…………」
メアリーは何処から取り出したのか、紫紺のマントを纏っていた。
そして、頭にはホワイトブリムの代わりに、王冠を載せていた。
「私に跪きなさい。そうすれば、死後の人生を約束してあげるわ。ルブルと私の王国の住民として迎えてあげるわ。私達に祈りなさい。私達を神と崇めなさい」
彼女は察そう、女帝だった。
この地を統べる王そのものだった。
彼女の背後には、巨大な獣が彼女を守護するように佇んでいた。そいつが、巨大な戦斧を持っていた。
「『ソウル・ドリンカー』、彼らのうち半分の首を刎ねて、まず見せしめにしなさい」
彼女は背後にいた、巨大な二足歩行の獣に告げた。
「この私に跪け」
オークの戦士の首が戦斧によって、落とされていた。
鳥の頭をした魔法使いの一人が、袈裟斬りに両断される。
「ミント、貴方は炎でルブルを苦しめたわよね」
メアリーは鼻歌を歌っていた。
長手袋に包まれた右手を、ミント達の前に掲げる。
彼女の掌に、薄らと靄のような炎が生まれる。そして、やがてそれは小さな太陽のような炎へと変わる。
「貴方の魔法、少し真似する事にしたわ」
ミントの斜め後ろにいた、中年の女性魔法使いが火ダルマになる。生きたまま、焼かれ続ける。メアリーが火球を放り投げたのだった。
強い……、強い……、どうしようもなく強い…………。何をやっても勝てない……。
護衛兵のうち、何名かの者達が、地面に両膝と両手を付いて、眼の前にいる女帝に向かって跪いた。
「助けてください、俺達を……ああ、わたくしはルクレツィアの信仰を捨て、貴方様の下に仕えます」
「助けてください、女神さま、私も貴方様に仕え、ルクレツィアの神を捨てます。何故なら、これからは貴方が愚かな私めの神ですから…………っ!」
何名かが、必死で、命乞いを始めていた。
「生きている人間はいらないわ。死んで、私とルブルに仕えなさい」
跪いて、両手を組み、慈悲をこいている者の一人が全身、火ダルマになる。
「さて、ミント。どうするの? まだこの私と戦う? 諦めて、私のモノにならない?」
巨大な獣、ソウル・ドリンカーの斧が、護衛兵達の首を刎ね続けていた。
「ぐうっ、…………、うううっ…………」
ミントは立ち尽くしていた。
ミントの頬が、張り飛ばされる。
筋骨たくましい、武骨なミノタウロスの戦士が、彼女の頬をはたいたのだった。
「逃げるぞっ! ギルド・マスターの娘っ!」
「あ、貴方はハルシャ…………っ!」
「に、兄さんっ…………!?」
尻もちを付いていたラッハの頬も、彼の兄ハルシャは張り飛ばす。
「逃げるぞっ! 意識を保てっ! 俺の親友のオークが馬を用意してある、とにかく、逃げるぞっ!」
ミントとラッハは、大柄のミノタウロスに担がれる。
「兄さん、なんで此処に…………?」
「アダンが先程、俺達を呼んだっ! 今、到着した。遅れて済まなかった。とにかく、今、この場は逃げるぞっ!」
「逃がさないわ、ミント」
メアリーは怨念の籠もった瞳で、愛しい女を見ていた。
ソウル・ドリンカーの大斧が、ハルシャの首を刎ねようと迫る。
突如。
見えない防御膜に、斧は阻まれて、空中で何かに突き刺さっているみたいだった。
ハルシャが連れてきた者のうちに、人間の魔法使いがいて、そのものが防御魔法を放ったみたいだった。
「我々、ギルドはお前達と協力して、あの女と、仲間の魔女を倒す事に決めた。大悪魔ミズガルマだけではなく、あの者達が、今やルクレツィアの脅威そのものとしてなっ! ミント、ラッハ、ロガーサが粘っている間に早く馬に乗れっ!」
生き残っている魔法使い達が、ロガーサに鼓舞されて、最後の抵抗を始めていた。
生き残っている者達、みなが逃げられるように…………。
†
ソウル・ドリンカーは、何度も、斧を振るって、ついに見えない壁を破壊したみたいだった。その頃には、ミント達はこの場から逃げていた。
メアリーは、護衛兵の死体達の下へと向かう。
死体達の中に逃げ遅れたのか、一人、人間の少年がうずくまっていた。
「あら? 貴方は?」
メアリーは見覚えのある、その顔を見る。
彼女は少年の髪をつかんで、顔を見る。
「洞窟で会ったわね、ええっと、お名前は…………」
「ジェ、ジェドです…………」
ジェドは震えていた。
彼は必死で、跪いて、命乞いをしようとしていた。顔は涙と鼻水で汚れ、既に、失禁し、大便さえ漏らしていた。死の恐怖によって、震え続けている。
「あらあ、本当に汚らしいわねえ……」
メアリーは呆れた顔で、ジェドに毒づく。
「ひひっ! お願いします、お願いします、俺の命、助けてくださいっ! お願いしますっ! 貴方にお仕えしますからっ! 仲間だって売りますからっ!」
メアリーはゴキブリでも見るような眼で、その少年を見ていた。
かつて、剥き出しのリビドーでメアリーを見ていた、この少年は、今やひたすらに強大過ぎる者に対して懇願していた。
少年は地面に頭を何度もこすり付け、両手を握り締めて、命乞いをする。
「そういえば、私の胸を剣で突き刺してくれたわねえ、その威勢はもう無いのかしら?」
「…………、……何も、無いです。貴方様に勝てるなどと、あの時の俺は驕っておりました……」
メアリーはブーツで、少年の頭を踏み付けた。
「ねぇ、こういう事されて気持ちいいかしら?」
メイド姿の女は、唇を笑みに変えた。
「き、き、気持ち良いです、もっとやってくださいっ! 何なら、貴方の靴の裏だって舐めますっ! 命だけはっ! 命だけはっ! ゾ、ゾンビには、な、なりたくない…………」
ジェドは、メアリーのブーツを舐めはじめた。
メアリーは、殺意さえ通り越して、憐れみばかりでこの少年を見下ろしていた。
「いいわよ、私達のお城にいらっしゃい。ゾンビに変えるのは止めてあげるし、貴方の情欲も満たしてあげるわ」
メアリーは、にっこりと笑った。
「そうねえ、私、美少女を沢山、ゾンビにして貰って城で飼っているのだけれども。彼女達の下のお掃除、大変なのよね」
メアリーは、ジェドの背中を椅子にする。
そして、自身の手を杖にして、顎と頬に当てる。
「貴方にはこれから、美少女ゾンビ達のお小水、糞便、経血をお口で受け止める、お仕事をして貰うわ。生きたままね? 死んだ方がマシだと思うわよお?」
「う、嬉しいですっ! 俺の性癖としても、とても嬉しいですっ!」
ジェドは歓喜の声を出し、地面に頭をこすり続けながら泣き続けた。
「貴方、本当にマゾなのねえ…………」
「は、はい…………」
メアリーは起き上がる。
「後、もう一つ。殺しはしないから、貴方で試したい事があるのよ」
「い、い、痛い事は嫌ですっ! 腕とか切らないで…………」
「大丈夫よ。すぐ済むわ。血は流れない」
そう言うと、メアリーはジェドの頭に手をかざす。
「私の力で、まだ未完成のモノがあるんだけど、貴方を実験台にさせて貰うわ」
メアリーの掌に、彼女の力が収束されていく。
「な、何を…………!?」
「心の中に幻を見せるの。貴方の罪を、貴方の苦しみを、貴方のトラウマを形にしてね。じゃあ、試すわね。私の未完成の力」
メアリーは微笑む。
ジェドは恐怖していた。
「『クラウディ・ヘヴン』」
薄い幻の筋のようなものが、ジェドの頭の中に入り込んでいく。
ジェドは、暗闇の中にいた。
彼はいつの間にか、暗闇の中を歩いていた。
気付くと、そこは平和なアレンタの村だった。
家族や友人達が、笑顔でジェドを見ていた。
……ああ、俺、生きているのかな? あいつら生きてやがるっ! 今までの事、全ては悪い夢だったのかな?
突如、巨大な昆虫のような姿をした巨人が現れる。
そして、村は炎に包まれて、巨人は人々を生きたまま喰らっていく。
「『クラウディ・ヘヴン』は、貴方の心に幻を見せるの。見せ続けるの。貴方で実験したかったのよ、ゾンビ相手には効果は薄くて。ちょうど良かったわ。少し、半永久的に、貴方の持っている、トラウマの中で苦しみ続けて貰うわね?」
メアリーは満面の笑顔だった。
ジェドは泣き、叫び続けた。
†
「生き残ったのは、これだけか…………」
ハルシャは壁を拳で殴り付ける。
「ルクレツィア最大の魔法、太陽と稲妻の祝祭でさえ、ほぼ傷を負わせられぬとは……っ!」
彼は再び、壁を殴り付けた。
トロールのバルジャックの両腕は石へと変えられていた為に、切断されていた。トロールは再生能力が高い種族である為に、いずれ彼の両腕は再び生えてくるだろう。だが、彼は心に負ったダメージの方が酷いみたいだった。
ラッハとアダンは壁を背にして、頭を抱えていた。
ミントは残った体力を振り絞って、傷付いた者達を癒やしていた。
「我々のギルド『紅玉業』は帝都直属の護衛軍だが、他の護衛軍達から離れる事になった。ルクレツィア王直々の命令だ。我々は少数精鋭の強力な戦士達。我々があの魔女二人を討て、と…………」
紅玉業は、オークの戦士ゾアーグと、人間の魔法使いロガーサ、そしてミノタウロスの戦士ハルシャの三名が主に中心となって動いているギルドだった。
「勝機は?」
ミントが訊ねる。
「斥候からの情報によれば、大巨人討伐として訓練を受けていた兵士達が皆殺しにされて、生きる屍にされたそうだ。都市ギデリアの基地は、今や新たなる炎の城が建設されているそうだ。全身が地獄のごとき業火をまとったアンデッドの群れを素材として創られた城だ…………」
「ハルシャ、勝機は!?」
大柄のミノタウロスの戦士は、首を横に振った。
「絶望的だ。私は正直、この任務から降りたい」
そう言って、ハルシャは医薬品を買いに、市場へと出ていった。
†
夜が明けた。
朝になって、ミントは、とぼとぼと街路を歩いていた。
怪我人の為の食事を買いに行くと言って診療所を出たが、半分以上は、気晴らしの為だった。あの場所にはいられなかった、陰鬱な絶望感に飲み込まれたくなかった。だから、半ば逃げるように出たのだ。
「おやおや、クレリック。昨日、私と会う約束を破ったな?」
街路の建物の壁に、一人の女性が腕組みをしていた。
「デス・ウィング……さん…………」
汚らしいニットのセーターに、長い金髪の女は少しだけ口に笑みを浮かべて、ミントを見ていた。
「すみません、私から会う約束をしたのに、その……」
「お前達がルブルとメアリーに惨敗したのは、風の噂で聞いているよ」
それを言われて、ミントは項垂れる。
「私は……、本当に無力でした…………」
「まあいいさ。少し私と話をしないか? どうせ、今、少しだけ時間があるのだろう?」
「はい、ありがとう御座います」
ミントは素直に礼を言った。
得体の知れない相手だが、あの診療所にいるよりは、遥かに気が紛れるだろう。ミントはそう確信したのだった。
メアリー
書いてみたら、メアリー、相変わらずだなあと。
後、黒死病の天使やコキュートスの頃よりも、凶悪になっているしw




