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第六十幕 女騎士アリゼ

 真っ赤な衣に包まれた男は、ルクレツィアの各地の洞窟の奥底に、別世界へのゲートを建設していた。彼は地下世界へと赴く。


 彼は、彼女の“同胞”の一人なのである。


 そこでは、数多くのゴブリンや獣人達、他亜人達が犇めいていた。更には、かつて帝都に反逆者とされて、刑を逃れて、此処に行き着いた人間達もいた。

 彼らの中心に玉座に座り、一同を収めているのは、甲冑に包まれた一人の女騎士だった。彼女の名はアリゼ。国家から忌まれた女だ。


「みんな、今日は、私の為に集まってくれて、ありがとう」

 アリゼは手を振り、柔和な笑みを浮かべて屈託無く、一同を見渡す。


 彼女の背後には、巨大なルクレツィア都市の地図が描かれていた。


 アリゼのコールが洞窟の奥深くでは鳴り響いていた。

 察そう、そこは一つのステージ会場だった。


 アリゼは立ち上がり、両手を広げる。

 その後、マイクを取って、みなに語りかける。

 彼女の顔は、とてもとても優しく、みなを包み込むような慈愛に満ちた眼差しを浮かべていた。


「みんなが知っている通り、ルクレツィア世界は、多種多様な種族が共に共存の道を選んで栄えてきたけれども、それは建前の話で、人種差別は多く行われてきたわ」

 彼女は歌うように、とてつもなく優しく、言葉を紡いでいく。


「自分達の都合の悪い存在は“モンスター”とレッテル貼りをして虐げてきた。それに、異種族同士の恋愛なんかを抑圧して、権力者が変わった今も、その状況は変わらない。別種族同士で生まれた子供達も迫害され、砂漠の外に追放される事も多いわ」


 アリゼの演説に対して、観衆達は声援を上げていく。


「知っての通り、私を含め、此処にいる者達はみな、帝都から迫害された者達よ。帝都に存在してはならない忌み者として扱われてきたわ」

 女騎士は悲しそうな表情を浮かべる。


「でも、それはとっても理不尽だと思わない? 何故、我々は地下世界に追いやられたのか。つまり、我々に生きる権利なんて帝都は与えなかった、という事なのよ。それは極めて非道徳的な事だったんじゃないかしら?」

 彼女は、少しずつ、少しずつ声のトーンを上げていく。


「たった一つのシンプルな方法が必要なの。それは分かっているわね? 貧しきものが富めるものを打ち倒す為に、力無き者が力あるものを打ち倒す為に必要な正義が存在するのよ。それは極めて道徳的なものよ! 絶対正義だと言っても過言ではないわっ! 何が必要? この空と大地に何が必要なのかしら? ねえ、何が必要? 何が必要なのかしら? そう、みな、分かっている筈よっ!」

 アリゼは握り拳を掲げる。

 そして、両手を大きく広げた。


「革命! そう、革命しか無いわ。此処にいる皆が手を取り合って、結集し、帝都を包囲するのよ。帝都が信じる神様は私達を救わない。私達は命無き者ととして流刑にされたのだと言って良いのだから! ならば、私達は新たなる信仰を作り、その信仰の内容は帝都を打ち倒さんものとしなければならないっ!」


 革命、という言葉によって、地下世界に追いやられた者達がざわめき、次々と笑みをこぼし歓声を上げ始める。


「革命が必要なのよ、あの帝都にはっ! これまで信じていた、法律や道徳。それらはとてつもなく、徹底して、間違ったものだったの。私達はシンプルなまでに帝都を打ち滅ぼす為に革命を起こす必要があるわっ!」

 アリゼの言葉によって、群衆の歓声が次第に大きく高まっていく。


「私達は自分達の権利の尊厳の為に、命を捨てなければならない。私達は自分達の誇りと生命の尊厳の為に、帝都を炎へと沈めなければならない。薪の山に変えなければ。新たなる正義と、新たなる信仰こそが、未来の私達の道しるべとなるわ」


 革命、正義。

 アリゼが歌うように奏でられる、その言葉の一つ一つが、此処にいる異端者たる者達の耳を潤し、彼らを更なる狂乱と歓声へと導いていく。


「殺せっ! 私達の同胞を殺させない為に奴らを殺せ! 私達は帝都を奪取しなければならない。準備は出来ているわね? みな、一つになるわよ。一人、一人が、あの憎むべき絶対的なる敵である、帝都へ報復する為に、この命を捨てて、我らと同胞である明日の者達の為に英雄にならねばならないっ! 私達の権利をっ! 住居をっ! 食糧をっ! 教育をっ! 医療をっ! 娯楽をっ! 労働をっ! 財産をっ! 生存権をっ! 基本的人権をっ! 全て取り戻さなければならないっ! この命と血を持って、私達は帝都からそれらを奪い返す為に戦わなければならないわっ!」


 アリゼの片腕である、白いオークのヴィラガが大剣を掲げる。


「みなのものよ。伝説的な死に様を見せよ。我らが信仰を明日に作る為にっ! 我らが未来を明日に作る為にっ! 我らが力と血とによって、帝都を打ち滅ぼす為にっ!」

 大剣は赤く濁り、光り輝いていた。


「我らの女王である、アリゼ様の為に、我らは死ぬ。帝都を道連れに死ぬのだっ!」

 ヴィラガの雄叫びを上げた。


 みな狂信的なまでにアリゼに心酔し、彼女の言葉が心地よいオペラを聴いているように聴こえていた。あるいは神の代弁者であるかのように。



 王宮に戻ってきたミントは、結局、連日の過労で寝込んでしまっていた。

 ジェドいわく、彼女を襲撃した者の中で、赤いフードを付けた男がいたのだと言う。


「俺の考えが正しければ、ミント達を襲撃したモンスターは、あの女騎士が差し向けている」

 ハルシャは夜の王宮の中で、一人いた。

 あのリンゴのマークの怪文書を送ってきたのも、おそらくは彼女だろう。


「アリゼが……、あの女騎士が戻ってくるのだとすれば、考えられるのは一つ。この帝都の地位の奪還だろうな。話し合いの余地はなく、奴とは戦争になるだろう。そう奴は……」

 ハルシャは忌々しそうな顔をする。


「あの女の本質は、テロリストだ。そして、テロを煽動するリーダーとして動くだろうな」

 彼は暗澹たる気持ちで、王宮の壁に向かって、一人、呟くのだった。



挿絵(By みてみん)




挿絵(By みてみん)



女騎士アリゼ

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