第五十七幕 誕生‐バース‐ 1
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イルムは闇の空を滑空する。
目的地は真っ先に思い浮かんだ。
まずは、自身を知って貰う事。それ以外に無い。
自分を良い意味でも、悪い意味でも売り込まなければならない。
そして、自分の価値を良くも悪くも認めさせるのだ。
彼女は女王の寝室へと、翼を広げて向かっていた。
まるで来た事が無いにも関わらず、この辺りの事は覚えている。
虚空より、長い槍を生み出す。
彼女はそれを勢いよく、ミント王女のいる窓の辺りへと投げ付けた。
†
「これは、宣戦布告」
漆黒の翼を持った天使の姿をした女は、窓の上に降り立ち、星空が煌めく下、静かに告げた。
ミントは壁に突き刺さった、長槍を見て、眼の前の不審人物を全力で睨み付けていた。先日の女騎士アリゼの件もある。今度は一体、何だ、という話だ。
そして、何よりも……。
単なるそこら辺の賊なんかでは断じてない。
この女から、圧倒的に漂っているのは、魔女の召使メアリーの残虐性であり、死霊術士ルブルの嘲笑であり、魔人デス・ウィングの暗黒であり、邪悪なるドラゴン、サウルグロスの支配的な願望であり、忌まわしい義兄ジャレスの禍々しさだった。
……そして、怒りにより殺戮さえも覚悟した、自分自身の鏡にさえ見えた。
間違いなく、この世界に絶対に存在してはならない“ナニカ”が眼の前に君臨していたのだった。
「ふふっ。私の名はイルム・エルデ。私は天使・悪魔族として生を受けた。この世界において、天使や悪魔は、人々の精神の残滓より生まれる精霊。ねえ、ミント、貴方達がこの私を生んだんだ。魔女ルブルに幻影使いのメアリー。魔人デス・ウィング。暗黒竜サウルグロス。帝王ジャレス。……私は貴方達の心を記憶している…………」
蒼色に瞬く光を放つ天使は不敵に言葉を紡いでいく。
「言いたい事が、分かりかねるわね」
「宣戦布告と言った。私は貴方達の怒りや憎悪、悪意によって生誕した。この顔形はデス・ウィングに酷似しているし、瞳はメアリーのそれ。性格は……、ミント、貴方の終わりのない激情を心に秘めている。そして、サウルグロスの支配欲と、ジャレスの無感動な冷酷さも兼ね備えている。……貴方達が、このルクレツィアに振り撒いた感情の渦によって、私は奇形の怪物としてこの肉体が構成された」
ミントはイルム・エルデを睨み付ける。
天使の姿をした女の背中の翼が変形していき、翼の節々から魔物の頭部を生やした奇形の翼へと変わっていく。察そう、邪悪な悪魔と呼べる姿へと変貌を遂げていた。
イルムの髪の色は、薄い水色から、暗い深緑へと変わっていく。
「私はまだ幼生。ミント、貴方やデス・ウィングを、私の成長に使って上げる。貴方達が、異世界から回収しようとしている資源も、この私が強奪するわ」
「イルム・エルデ!」
ミントは現れた女の瞳を睨み付ける。
天使であり、悪魔である存在は翼を広げて、空に舞う。
「戦死した闇の天使シルスグリアに代わり、この私、迫害の天使イルムが呪性王を再建するわね。そして、王女ミント。いずれ、貴方は始末するわ。そして、この私がルクレツィアを手に入れる」
間違いなく、本気でこの女は言っている。
イルムは異形の翼を広げ、窓から飛び立っていく。
「ふざけないでっ!」
ドラゴンと人間のハーフであるミントは、一気にその怒りの血を煮え滾らせていた。彼女は、炎と稲妻の魔法の詠唱に入る。
ミントの右手から、炎と融合した雷球が生まれる。
ミントは空に飛び立つ、そいつに向かって、炎の雷球を投げ付ける。
天使であり悪魔である彼女は、左手の指先を広げる。
そして、瞬く間に、撃ち込まれたミントの魔法を雲散霧消させ、打ち消した。
「迫害する天使。私は自己の力を理解し、そう名乗る事にするわ。そしてミント王女様、私の性格は、そう、デス・ウィングの悪意にメアリーの残忍さ。サウルグロスの徹底さとジャレスの酷薄を兼ね備えている。ええっと、そして、ミント、誰かさんのように、この世界に対する凄まじい怒りもね」
イルムは皮肉たっぷりに告げた。
「異世界の神話において、天使と悪魔は神の被造物だと聞いたわ。そして、私はこの世界の神を打ち滅ぼす」
禍々しき翼を持つ女は、夜空の彼方に消えていった。
「イルム・エルデ…………、魔法を打ち消す事が出来るのね」
ミントは顎に手を置いて考える。
「仰々しく現れたけど、貴方、己の力を過信し過ぎているわ。……何名もの強大な者達の力を模造して生まれたみたいだけど。……使いこなせているとは思えない……」
成長する、と言ったか。
今後、異世界からの訪問者との対峙と、異世界からルクレツィア復興の為のリソースの収穫。そしてルクレツィア全土の治安。問題は山積みだ。
迫害する天使、イルム・エルデと言ったか。
各ギルドマスターに助力を仰ぐ事がもっとも良い判断だろう。所詮は新たに生まれた幼生の精霊にしか過ぎない。たとえ、デス・ウィングやサウルグロスの精神エネルギーの残滓より生まれた存在だとしても、今は放置するしかない。
闇の天使、イルム