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第五十六幕 魔女は毒リンゴがお好き。 2


「僕のパパは山賊~。僕のママも山賊~。二人手を取り合い、夜の街を歩くの~♪ パパは人の子ゆえに国の騎士を目指した。ママはパパがかつて挑んだ怪獣~♪ いつしか二人愛し合い、子を産もうとママは言うの~。パパは悲しそうな顔で呟く~」

 夜の森の中、アリゼの歌声が響き渡っていく。


「パパは言うの、わたしは騎士団。この国の秩序を納めなければならない~♪ そして、パパは去っていって、ママのお腹の子は~。誰を父とすべきか悲しみの坩堝に落とされながら、この世に生を受けるの」

 彼女は歌う。

 狂うように、歌う。


「パパもママも山賊。国は滅び、騎士は終わり、夜の道でお金持ちを奪うの~。その頃、パパはママと会っていたわ~♪」

 彼女の歌声は高らかに響き渡っていく。


 彼女の歌声に呼応するかのように、数々の賛同者達が彼女の歌に合わせて、唱和を重ねていた。彼は“闇に住まう者達”である。



「赤い聖騎士アリゼ……。俺が王族親衛隊に入る前に、親衛隊の一人にいた女だ」

 ハルシャは巨大な樹木の幹に腰掛ける。


「その口ぶりからすると、余り良い印象は無いみたいね?」

 ミントもヤシの木の一本に背をもたれさせると、不穏そうな顔のハルシャの横顔を見る。


「どうせ、殺人狂の変態の類かしら? 私の兄のように?」

 ミントは不快そうな顔になる。


「政治的な問題でな。奴は積極的にこの国を改竄しようとした」

 ミノタウロスはとてつもなく忌まわしそうな顔になる。

 


「アリゼは人間の女だが、当時、褐色の肌のオークの成人男性を恋人にしていた。……彼女は政治的に異民族、同性愛などの肯定を掲げていた」

「…………、でも、人間とオークの間に子供は作れない。女と女で子供が作れないみたいに……。でも、一部の人間と獣人は性交渉によって、子を為せる故に……不逞の子として、人種差別が生まれる…………」

 ミントは複雑そうな顔になる。

 自身も、ドラゴンと人間のハーフであるからだ。



「あれだ。気高い女騎士が不細工なオークやゴブリンに犯されるってポルノあるだろ。エロ本。あのジャンルの本質は不細工なモテない中年男性が高飛車な女を凌辱したいっていう妄想を投影しているものと思われるが……。この世界、ルクレツィアにおいては、聖騎士の女アリゼが悪用した、と?」

 砂漠の風に髪を靡かせながら、デス・ウィングはミノタウロスの武人に訊ねる。


「異種族同士の性交。それは表向きはタブーとされているからな。俺も人間と、かつてモンスターとされて戦いを繰り広げていた者達が共存していく上で、人種問題は体裁上、守るべきものだと考えている」

「硬いな。それで、お前は王女様の事はどう考えている?」

 デス・ウィングはハルシャを黒い誘惑を施すように、訊ねる。


「ミントには言わなかったが。お前になら、教えよう。アリゼの行った事をだ」

「…………、凄惨な事か?」

「そうだな。畜生な事だ。人非人と言っていい。とても知的生命体とは思えん。奴が異種族同士の性交渉を一時的に奨励した。法律で大々的に可決される前にな。前段階のシミュレートとして。そしたら、どうなったと思う?」

「どうなったんだ?」

 デス・ウィングは興味深そうな顔をしていた。


「宮廷にいる堕落した貴族達はあらゆる娯楽に飽きていた。そう、もちろん、あらゆる性的で、かつ変態的な娯楽などにもな。忌まわしい事だ」

 ハルシャは大きく溜め息を吐いた。


「宮廷にいる腐敗した貴族達が、犬や豚と性行為を始めた。当初、目的とされていた、異種族同士の和解。人間とオーク。オークとエルフ。ミノタウロスと鳥人と言ったような、言語を介しての文明を維持出来る者達同士の和睦ではなく、下劣な変態性欲、獣との性行為が正当化された。貴族の噂が庶民の耳にも及び、庶民は、家畜であるヤギやラクダと交尾を始めたと聞く」

 彼は吐き捨てるように言った。


「悪い事か?」

 デス・ウィングは清々しい顔をしながら、悪意と好奇心を含んだ眼差しで訊ねる。


「奴隷商人達が、奴隷達に獣と性行為を行わせる虐待も流行してな。加えて、獣と行う事を禁じる事を当時の貴族共に命じたら、以後、どうなったと思う?」

「どうなったんだ?」


「獣で無いなら良いだろう? 奴らは河に住まう魚やワニと性交渉を行い始めた」

 ミノタウロスは引き攣った笑いを浮かべていた。

 どうやら、彼なりの苦笑いらしい。もはや、笑うしかないのだろう。


「その女騎士様にお咎めは?」

「当然、処分として、王族護衛軍の謹慎。そして、以後、ルクレツィアの法律に関わる一切の権利を剥奪された。その後、行方をくらましたとされているが」

「なんで、こんなに私を笑わせる奴らばかりがこの世界にはいるんだ?」

 デス・ウィングは好奇に満ちた、嬉々とした黒い笑顔を浮かべていた。


「アリゼは、流血を祭りにする事も、残酷な拷問に酔い痴れる事もしない。死体を弄ぶ事もな。だが、奴の本質は外道であり、人の……我々、知識を持った人型種族全ての道を踏み外したドス黒い暗黒そのものだ」

 ミノタウロスは忌々しそうに口にする。……デス・ウィングのような存在に対する、少しばかりの皮肉も混ぜて……。


「最高じゃないか。もし、また何かパーティーがあるなら、是非、参加させて欲しいものだな」

「貴様の悪趣味な鑑賞には付き合いきれん」

 ハルシャはそう言って、雑務に戻った。


 デス・ウィングは、一人、また何か“面白そうなもの”が無いか、探す事に決めた。



 ……此処は何だ!?


 辺りを見渡すと、汚らしいカーテンや燭台の残骸などが転がっていた。


 意識が混濁している。

 自分が一体、何者なのか分からない。

 せめて、自分が何者なのか鏡が欲しい。

 

 どうやら、此処は祭壇のような場所らしい。

 割れた鏡が転がっていた。


 絹の衣を纏い、青に近いグリーンの髪。ルビーのように赤い瞳。


 ざざっ。

 頭の中で思念が渦巻いていく。

 そして、その映像の下となる人物達の顔や戦いが脳内を駆け巡っていく。


 ……デス・ウィング。……メアリー、ルブル……。暗黒のドラゴン、サウルグロス……。帝王ジャレス…………。


 …………、ミント王女。


「…………、私は誰だ?」

 彼女は首を傾げる。

 肉体の形状は天使に見えるのだが。真っ黒な翼だ。


 ……自分は、今、生まれた。


「理解……したわ。此処は異端宗教のギルド、呪性王の祭壇……。そして、私は先の戦によって消滅した闇の天使シルスグリアの後釜…………」

 彼女は両手を広げる。精一杯の産声。

 ただ、唯一の言葉が聞こえてきた。

 自分が生まれてきた意味そのものとも言えるものなのだろう。


 彼女は自身の名前を決める事にする。

 シルスグリア……。語感は似た響きで良いだろう。

 そうだ。

 イルムがいい。可愛らしい。イルム……、サンザ、ドルア、ギアール……。


 エルデ……。


 闇の天使、イルム・エルデ。

 それでいい。

 意味は、この地にて、迫害を意味する者。

 迫害の天使イルム・エルデ。

 彼女は愉悦を浮かべた。

 頭の中で響いてくる。まるで、天からプログラムされた命令のように。自分は何の為に生まれていたのか。それはとてつもなく、シンプルだった。


‐この世界を独裁し、支配せよ、と。‐

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