第五十六幕 魔女は毒リンゴがお好き。 1
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暗黒のドラゴンによる世界全体の破壊。
そして、帝王ジャレスとの死闘。
ミント達にとって、この国を再建する為の課題は幾らでも残されていた。
圧倒的に足りてないのは、国の資源だった。
略奪、強盗、泥棒、それらの犯罪が絶えない。みな、飢えているし、医療も滞っていない。いずれ、教育分野も廃れていくだろう。王室に行き来する者達が無い知恵を出し合って考えた事は、『ボルケーノ』などの隣接する他次元から資源を採取する事や、先程の戦乱によって、滅んだ者達の居住地から資源を手にする事だった。
まず、魔王ミズガルマの残した遺産。あるいは、燻り残る置き土産。
ミズガルマの領土に、ハーフ・ドラゴンの人間の少女ミントと、ミノタウロスの武人ハルシャ。そして、ドラゴン魔導士ザルクファンドは調査を行う事になった。
ミズガルマの宮殿と、その付近の場所は、荒れ地になっているが、何かが仕掛けられていないか気になる処だった。
そういうわけで、三人で、ダンジョンに潜る事になった。
樹木が生い茂り、陰鬱な空気が漂っている。
河辺には、クロコダイルが泳いでいた。
「モンスターの類がかなり生息しているな」
ミノタウロスの戦士、ハルシャは告げる。
…………、ハルシャ、彼は迷ったが、結局、ルクレツィアに残る事になった。自身の力を別の異世界にて、試すのは、まだ先の事なのだと……。
ジャレスが死亡して、二ヶ月近くが経過しようとしていた。
ルクレツィアの復興は、まだ遥か先だ。
†
「あら。貴方達は何者?」
一人の女騎士が、ミント達の前に現れる。
ふんわりとした金髪に、毛先が茶色っぽくなっている。
年齢は十代後半にも、二十代前半にも見えるが、よく分からない。
赤い甲冑を纏っている。腰元には剣を帯刀していた。種族は人間、だ。
甲冑には、大きなリンゴを模した紋様が彫られていた。
彼女は頭に赤い帽子を被ったゴブリンを引き攣れていた。
「ええっと。私の事、ほら、知らない? ルクレツィア王女ミントだけど…………」
「私はアリゼ。……ごめん、ルクレツィアの事なんて詳しく無いんだわ」
「詳しくない…………?」
ミントは首を傾げる。
今や、自分の存在はルクレツィア全体に影響を与えている筈だ。ルクレツィアの正式な統治者として、この世界を納めている。
「貴方、……人間、よね……?」
「うん。それで騎士を生業にしている」
「もしかして、ルクレツィアの外側に住んでいた?」
「そうと言えるかも」
この女騎士が従えている者。
それは、洞窟などに生息する邪妖精の類であるゴブリンというモンスターではないのか? そして、彼女とゴブリンを中心として、このダンジョン内に生息している者達の息遣い…………。
「まさか。貴方は獣使い?」
「えへへっ。そう、私はビースト・テイマー。騎士団において、猛獣使いでもありました」
「そう…………」
会話している時の得体の知れない違和感。
どうしても、それを拭えそうにない。
「ミント王女。いや、女王かな? 私は先代のルクレツィア王にかつて仕えておりました。人間でありながら、オークの男性に恋をし、所帯を持ち、王にずっと仕える一存でありました」
「…………、かつての、ルクレツィア国王……、私の忌むべき血縁上の父親に仕えていたというわけね?」
「あのミノタウロスの美男子はハルシャでしょう? たくましくなったなあ。私が騎士団にいた頃は、ほんのひよっ子だったのに…………」
「…………、貴方は一体、何歳なの?」
「年齢は18歳程度で止まっています、ね。ふふっ」
女騎士は両眼を爛々と光らせて言う。
「私は獣使いの騎士。忌むべき多種族との混合を目指して、王国を追放されました。この、辱めを忘れた事は無い。私は洞窟のゴブリンやモンスターとされた獣達の王国を作り上げました。ミント女王。私の事は覚えておいて、戴きたい。私の騎士団は再び、再誕する、と」
アリゼは、いつの間にか消えていた。
ミノタウロスの美青年ハルシャが掛け付ける。
「おい。ミント、一人で行動するなと、あれほど、言ったであろう?」
「いえ、その…………、音も無く、忍び寄ってくる騎士を名乗る人物にあったのです。人間の女の人です。名はアリゼ、と」
「アリゼ……?」
ミノタウロスの武人は首をひねる。
「忌むべきものと性行為をした罪によって、追放された女か。オークを好みとしていたが、元恋人に振られ、モンスターとされている、ゴブリンと肉体関係を持った」
「…………、モンスターに捕えられ、凌辱されたとかですか?」
「いや…………。モンスターを凌辱していた女だ。異常倒錯者だ。俺は子供だったんだが、当時は大問題だった。人間とオーク、オークとミノタウロス、ミノタウロスとエルフなど、我々の国においては、多種族との交わりを嫌悪し、軽蔑する風潮があるが、あろう事か、あの女は、ゴブリンなどのモンスターを中心に、獣と率先して交わっていた魔女だ。当時の王宮直属騎士団の面汚しと言われていたが……。まあ、病人だな」
「年齢はまだ、私と大差無いくらいに見えましたが」
「禁断の魔術に手を染めているのかもしれん。詳細は知らんな。だが、ミント、お前がその女に出会ったという事は宣戦布告なのかもしれん。当然、ルクレツィアにおいての混沌も知らぬ筈が無い」
ミノタウロスは深刻な顔をしていた。
「ともかく、帰ってから詳しく教えたい。奴の掲げる“騎士道”なるものもだ」