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第五十五幕 栄光の終幕

 ミントの杖から稲光が迸り、サーベルのように伸びていた。

 メアリーはいつものように、両手に鉈を手にしていた。


 そして、二人、呼吸を合わせてジャレスの身体を切り刻まんと飛び掛かった。


「ふん。愚民が、虫共が。覇王になるべき、この俺の周りを集う蝿共が、本物の強者の強さというものを見せてやるよっ!」

 ジャレスは意気揚々と叫ぶが、何処か感情の灯らない声だった。

 彼は剣を何も無い空間に向けて振るう。


 途端に。

 ジャレスの世界が、この世界から消える。


「何処に?」

 ミントは訊ねる。

「さあ?」

 メアリーは二つの鉈をくるくると振り回す。


「何処から攻撃してきても迎撃する。何も問題無いわ」


 メアリーの背後にジャレスが現れる。

 そして、彼は腰から引き抜いた、別の剣で彼女を一刀両断にしようと迫った。メアリーは振り向きざま、ジャレスの胸元に切り掛かる。


 ジャレスの鎧の胸当てで、攻撃が止まった。


「ふん。次は露出部位を狙う」

 彼女は踊るように、鉈を振り回す。


「ははっ。君達には俺を倒す事は出来ないっ!」

 ジャレスの背後から。

 骸骨の姿をした女神が実体化していく。


 彼を転生へと導いている女神。

 それが翼を広げていた。



「ミントッ! 焼き払いなさいっ!」


 ミントはメアリーに言われた通り、稲妻の混じった炎の球をジャレスに向ける。


 ジャレスの全身が炎に包まれていく。


 メアリーはジャレスの背後に回った。

 そして、彼の右腕を切断する。


「剣を振って、別の世界へ逃れるのなら、腕を落とせばいい。左腕もっ!」

 彼は左腕をメアリーへと向ける。

 すると、左手から照射された何かによって、メアリーの肉体は一瞬にして、消し飛ばされていった。ジャレスは勝利を確信する、が……。


「それは幻影による分身」

 ジャレスの腹が切り裂かれる。


「メアリーッ! また転生される」

「されないわ」

 メアリーは断言する。


「特大火球を打ちなさい。このまま、消し飛ばすっ!」

 ミントは言われて、連続して、炎の球をジャレスへと向けていた。

 ジャレスは溜まらず、この墳墓の水路へと飛び込んでいった。


「……逃したっ! それよりも、メアリー、奴を転生させている女神が……」


 メアリーは髪をかき上げて、ホワイトブリムを投げ捨てる。


「ああ。あれね。あれは私からコピーした、幻影の能力で作った女神。見て、すぐに分かったわ。奴には、もう後が無いのよ」

 彼女はそうシニカルな笑みを浮かべるのだった。

 


 水路をたゆたっていた。


 下水の中を王家の侵入者達の肉体を貪り喰らうワニ達が泳いでいた。

 ワニはジャレスを見て、横切る。

 王族の血の臭いには反応しない怪物達だった。


 このまま水路を流れていけば、あの二人から逃れる事が出来る。

 そして、右腕は誰か生き物の命を手にして、再生させる事にしよう。

 ジャレスは、自ら作成した空間を自由に行き来出来る剣を、左手に生成する。出し入れが自由なのだ。


 彼は剣を切って、逃げようとした。


 だが……。


 彼の左腕がねじられる。


 ……ザルクファンドの重力魔法……!?

 

 彼は喉もねじられていく。

 此処は水の中だった。

 何分程、潜っていたのだろう?


 このまま……、呼吸出来ずに……、死んでしまう…………。

 彼は何とか、身体を動かそうともがくが……。

 沈んでいく……。

 全身が、…………。

 意識が…………。


 ジャレスは、自らの意識が明滅し、消えていくのを自覚していった。



<ハルシャ。その位置にいたな>

「ああ」

 ミノタウロスは自らに宿った、不思議な感覚に想いを馳せていた。


「奴の位置が分かる。異世界に逃げる瞬間が。……俺に新たな力が目覚めたからだろうか」

 彼はデス&タックスを腰にしまう。


「で、どうした? 奴は?」

<おそらく、溺死させた。これから、死体を回収するぞ>


 ジェドとルブルは顔を見合わせる。


「私の出番…………」

 魔女は大欠伸をした。


 ジェドは酷く居心地が悪くなる。

 自分は…………、英雄の素質が決定的に無い。どうしようもない程に、ジェドは認めざるを得なかった。自分は何処までも、平凡なのだ。


「私、やれると思ったのに……」

「人生は厳しいですね………」

 二人共、引き攣った笑いを浮かべるのだった。



 ジャレスの死体を発見して、ミントは炎の魔法で骨になるまで焼き払った。


「死んだフリをしている可能性があるから」

 焼死体となったジャレスを、ミントは何度も蹴り飛ばす。


「気は収まらないのかしら?」

 メアリーは聞く。


「ええ。もっと無残に殺してやりたかったのに…………」

 ミントはメアリーから鉈を借りると。


 更にボロ屑の黒焦げとなった、ジャレスの首を刎ねた。

 そして、何度も、何度も、炎の魔法を死体に撃ち込んでいく。


「死でさえ生温いわよ、こんな奴っ!」

 彼女は悲鳴のように叫んだ。


 メアリーは言葉を失う。


 果樹園。

 人体実験。

 病気を誘発させる遺伝子組み換え食品の普及。

 標的の異常な拷問殺人。

 この男のやってきた事は、余りにも……重過ぎる。


「ルブル」

 ミントは魔女を見る。


「こいつ、アンデッドにしてよっ! 何度でも殺してやるっ!」

「無理よ」

 ルブルは首を横に振る。そして、少しだけ唇を噛み締める。…………。


「もう、これ殆ど灰じゃない?」

 ルブルは大きく溜め息を吐く。


「王宮に帰りましょう」

 メアリーはミントの腕を優しく握り締める。


「ねえ、ミント……。貴方は憎む為にこれまで生きてきたの? 生まれてきたの? 私はそう…………。私と貴方は決定的に違う。貴方は……、人間から化け物になる事を選んだ私とは違う……。そうでしょう?」

 メアリーは優しく言う。


 ミントは首を横に振る。


「私はドラゴン。生まれた時から、人間っていう、どうしようもなく、醜い種族とは違う。…………、燻り残り続ける感情の炎は消えないと思う……。これからも…………」

 ミントはメアリーから、顔を背ける。……そして、少しだけ歯噛みした。



「ジャレスの罪の一つは”無自覚”。彼は、他人を傷付けている事さえ分からなかった……」

 ミントは一人空を眺めながら、呟く。


 王宮から見える夜の空は綺麗だ。


 星々が輝いている。


 人々は星に願いを託すのだろうか。


 メアリーは複雑な顔で、彼女の後ろ姿を見ていた。彼女は今、何を見て、何を想っているのか。ミントの行く末は、人々に希望を与える統治者なのか。……あるいは、過去を繰り返す、暴君へと変わるのか……。

 

 誰かを大切に想う瞬間に、自分は生きている実感を得られるのだろうか?

 この先に、自分は血塗られないという保障はあるのだろうか……?


 まだ、……分からない。

 自分の先に、この終わりのない砂漠の世界で、自分は何を求めて、どう生きればいいのだろう? ミントは夜空と地平線を眺める。夜風だけが、少し優しい…………。


 宗教無き世界で、人々は生きられるのだろうか……?



 日の光が、畑を照らし出している。

 植物の蔓が伸び、もうすぐ実が成ろうとしている処だった。


 信仰の無い世界でも、いつものように雨は降り、大地に実りを奉げる。

 

 少しずつ、ルクレツィアは復興している。


「そろそろ。私とルブルはこの世界を離れるわ」

 メアリーはそう言った。


「俺も別の世界を旅しようと思っている」

 そう、ヤギのような角をしたミノタウロスは言った。

 彼は時折、自身に目覚めた力によって、次元の亀裂が見えるようになった。この先の世界には一体、何があるのだろうか? 綺麗なものか、汚いものか。正しいものか、邪悪なるものなのか……。


「大丈夫か? ミント。この俺がいなくても」

「うん。平気。統治の方は」

 少しずつ、ルクレツィアは再生していっている。

 人々の笑顔も戻っている。


「何かあったら、私達にも頼ってね。多次元世界の何処にいても、貴方に会いに行くから」

「ありがとう」

 ミントとメアリーは互いを抱き締め合う。


 日の光は、正しき者にも、邪悪な者にも、等しく照らし出される。


 ミントは暴君の素質があり、暴政を敷く可能性もある、が……。

 …………、今は、まだ分からない。これから先の未来の事は、何も……。



 デス・ウィングはミントの背中を見ながら、フルーツ店で買ってきたリンゴを齧る。知恵の実だ。


「神話において、プロメテウスは人類に火を与えた。火は文明の象徴だったかな」


 ルクレツィアに住まう者達は、新たなステージに向かっていく。新たなる文明。新たなる時代を紡いでいくのだろう。


「クレリック。お前は新たな時代を紡げるのか?」

 デス・ウィングは凍土の砂漠を歩いていた。


 この世界の希望の行き着く先……。

 救世か亡びの道か……。


 来世への救済など無い。


 今、現在という道筋の果ては、一体、何処に続いているのだろう?

 彼らの行き末は光か闇か。

 太陽なのか、漆黒の道筋なのか。


 まだ、誰にも分からないが。


「私がぶっ壊してやりたかったなあ。……本当は」

 この感情は哀愁とでも言うのだろうか。


 風が靡く。

 砂煙が舞う。

 空には暖かな日の光が照らし出していた。




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