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第五十三幕 デス&タックス‐逃れられぬもの‐


「何で、美少女を解体するの? なんで、止められないの?」

 ミントは素朴に問うた。


 宮殿のバルコニーだった。

 二人は椅子に座り、テーブルに乗せられた茶菓子を共に口にしていた。

 この場所からは美しい山岳地帯が見えた。


「そういう性的嗜好だからとしか。普通の人間が異性とノーマルに性行為するのと同じように、私にとって、それが自然なの。私は十代くらいまで、自分がレズビアンだという事も抑圧してきたし、男の人に恋愛感情を抱かなければならないと思った。そして、私は好きな女の子をサディスティックに凌辱してやりたい、っていう嗜好の持ち主だって分かったのは、能力者として目覚めて、ルブルと出会ってからだった」

 自分の破壊衝動を抑えきれない。

 メアリーは間違った道を歩んだ。化け物になった。

 ミントは人間に憧れている……自分がマトモではないと知っているから……。


「メアリー。私はハルシャとエッチしたい。獣と交わる女だと馬鹿にされても構わない。誰に、嫌悪感を抱かれたって、もう別に構わない。でも、私はどうせ人間じゃないし。正直、どうでもいい」

 ミントの心に燻り続けているもの。どうしようもない欲望と、この世界に対する憎悪。けれども、それはメアリーがこの世界に向けた憎しみとはまるで違った形になった。メアリーは自分の性欲と破壊欲に正直に従う事にしたが、ミントはそれを抑え、今や国家の代表として、この世界を統治したいと真摯に願っている。国民一人、一人の命を救おうと考えている。


 夕日が闇に沈む。

 オレンジ色の空が闇に染まっていく。


 二人共、ハーブ・ティーを口にしていた。


「ねえ、ミント」

 メアリーは上手く伝えられない感情を、ようやく言葉に出来た。


「何、メアリー?」

 彼女はポットからお代わりのハーブ・ティーをカップの中へと入れる。

 カモミールとローズマリーがブレンドされたお茶だ。


「その。私と、友達になってくれない? ルブルは恋人だし。同性との……、性交渉無しの、女友達との関わり方、分からなくて……」

「いいわよ」

 彼女はハーブ・ティーを飲み干す。


 夕日が静かに沈んでいった。



 彼女は紅茶のカップに映る、自らの瞳にオレンジに灯る闇を幻視する。


 絶対にジャレスは殺す。


 ミントの人生を苛み続けたもの。

 友人の為に、この命を賭けてみるのも良いかもしれない。


 ……ねえ、ミント。貴方、私やルブルを人外だの、人非人だと言っていたけれども。そもそも、人間の条件って何なのかしら? 貴方、思っているんでしょ? 信仰に縋り続けて、生きる理由を権力に委ね続ける存在は、果たして“人間”と言えるのかしら? そんな連中、私達の使役する“アンデッド”と大して変わらないんじゃないのかしら? と。


 …………、…………。

 考える事を止めてしまった瞬間、知能の無いゾンビと同じだよ。

 メアリーはそんな事を提示した。



 宮殿の塔の一つ。

 ハルシャは夜風の中、彼のすぐ隣に現れた侵入者と眼が合う。


「やはり…………」

 彼は刃の無い剣を構える。


「俺一人だけでいる処を狙い撃ちにするつもりか」

 ハルシャはデス&タックスの刃の無い柄を握り締めながら、現れた男に話し掛ける。


「一人、一人、殺していくプランに切り替えたのか?」


 ジャレスは得体の知れない笑みを浮かべていた。

 この塔の周辺には監視の眼が行き届いている。

 そして、この塔の頂上の途中にある狭い階段と梯子は、塔の中を潜り抜けていかなければならない。兵士達の監視の眼が行き届いている筈だった。


 空から飛び降りて、この塔の上に着地したのか。音も無く。


「お前達はおそらく、こう考えていると思う。もう、この俺に転生による復活は不可能なのではないか、ってな?」

 彼は今まで以上に、とてつもなく不気味だった。


 ハルシャは最悪でも、今回、ジャレスが復活する際に手に入れた能力の概要を見極めて、他の仲間に伝えてから刺し違えるつもりだった。


「ハルシャ。三度も戦ってようやく気付いたんだ。ようやくだよ。俺はミントと、あの魔女の召使いが気に入らなかった。正直、お前を侮っていた。だが、あの名前も忘れた少年を溶岩の波から助けて、確信したんだ。お前達、パーティーを支えているのはお前だろ? 実質、お前は王族の護衛軍として極めて優秀だった」

 ジャレスは両腕を広げる。


「なのでミノタウロス。俺はお前から始末する事に決めた。お前を最初に殺せば、他の奴らも連鎖的に瓦解出来ると悟ったからだ。お前さえいなければ、そう、お前さえいなければ、ミントも、あるいはメアリーも、殺せていたんじゃないのか?」


 ハルシャは少しだけ、呆れたような顔をする。


「そうか。俺は貴殿にとって随分と見くびられていたのか」

「ああ。俺は慢心の余り、本当に馬鹿だった。この傲慢な性格は直らないだろうなあ。だが、それを覆す程にお前達という、俺に与えられた“試練”を乗り越える力は備わっていると信じているんだ」


 ジャレスは両手を広げたまま、ゆっくりと宙に浮かび始めた。

 そして、彼は浮かび上がったまま、ハルシャに顔を反らせる事なく、そのままハルシャから距離を取り続ける。

 脚下に小さな旋風のようなものを生み出している。

 それで、彼は浮かび上がっているのか。


 そして、彼はハルシャから数十メートル程離れた、別の塔の上へと着地した。


「見せてやるよ。この俺の新たなる能力をっ!」

 彼は塔の向こう側から叫んだ。


 突然。

 ハルシャの周辺は壁によって、塞がれていく。天井も現れる。

 此処は、小さな塔の屋上だと言うのに、まるで別の場所へと連れ去られたみたいだった。


「ミノタウロス。迷宮(ダンジョン)は好きだろう? 終わりの無い迷路(ラビリンス)は。まず、お前を此処に閉じ込めて、確実に始末する」

 彼はそう宣言した。


 ハルシャは首をひねる。

 これはジャレスの新たなる能力なのか?

 …………、違う。

 これは、メアリーの幻影の実体化の能力だ。

 ジャレスはメアリーの能力をコピーして、迷宮を実体化したのだ。


「小細工をっ!」

 ハルシャはジャレスの攻撃を迎撃する事のみを考えていた。

 正直、時間稼ぎが見え見えだった。

 新たな能力の発動条件は、一度、敵に姿を現す事だったりするのかもしれない。


 (デス)税金(タックス)

 逃れられないもの。


 ジャレスは何も無い空間に向けて、剣を振るった。



 ジャレスだけの世界が作られる。


 カルト・オブ・パーソナリティーの能力だ。


 この辺りの空間一帯に、もう一つの空間を作成した。


 ジャレスは自分だけの時間。自分だけの世界を渡り歩く。

 そして、ハルシャの背後へと回り込む。


 迷宮の幻影を制作したのは、勿論、時間稼ぎとブラフ。


 ……確実に、心臓を抉り取れるっ!

 ジャレスはゆっくりと、ハルシャの背後から彼の心臓の辺りを剣で貫こうとした。


「ジャレス。お前には分かるか?」

 ミノタウロスは訊ねた。


「メアリーやルブル。ザルクファンドと俺は敵対していた。俺は今でも奴らは“悪”だと思う。だが俺やミントは奴らと共に歩む事にした。お前とは決定的に違うあるものがあるからだ」


 ジャレスは鼻で笑う。

 もうすぐ、殺されようとしているのに、圧倒的に不利なのに何を言っているのか。


「“この世界を守りたい”。“この世界が好きだ”。今や、色々な次元(いせかい)へと行ってきたお前には、もしかしたら分からないのかもしれないが……。お前はルクレツィアを守りたいという感情なんて、何も無いんだろう?」


 ミノタウロスは背後に向けて、デス&タックスの刃の無い刀身を向けた。

 刃から炎が生まれ、やがて、その炎は周辺の空間を爆裂させていく。


 ジャレスは咄嗟に、背後から切り掛かろうとして、予期しない反撃を喰らってたじろいでいた。


「迷宮なんてものを作成する辺りから、お前の次の能力は大体、予想出来た。迷宮を作成しても、お前にはまったく関係の無い能力なのだろう、と…………」

 ハルシャは振り向く。


 ジャレスと対面する。

 ジャレスは左腕を向けて、ミノタウロスを消し飛ばそうとする。

 ハルシャはその攻撃を避ける。

 背後にあった、迷宮の壁の一部がくっきり、と、消滅していた。


 デス&タックスの不可視の剣が空間自体を爆破していく。

 その衝撃を喰らって、ジャレスは多少のダメージを負ったみたいだった。彼は咄嗟に右手に持っていた剣を何も無い空間に向けて振るった。


 ジャレスは悔しそうに、不意打ちに失敗して“別の世界”へと逃げる。彼にしか行けない“この世界では無い、別の異世界”へと。


 ジャレスの姿が消えた。

 ミノタウロスは剣を再び振るう。


「お前の新たな能力は俺の予想では“別の世界へと自由に行き来出来る能力”だろう。……いや、もしかしたら“お前にしかいけない、別の世界を作り出す能力”か? そんな処なんだろう?」


 ジャレスは既に“自分だけの世界”にいた、が……。

 空間の爆破が、まるで、うねる蛇のようにジャレスを追ってきた。次元を超えて、攻撃が追ってきたのだった。


 ジャレスは知らないが、おそらくは追尾するサイド・ワインダー・ミサイルといった処であろうか。


 ハルシャの振った攻撃は、ジャレスの全身へと命中する。

 彼は地面に倒れた。

 並の人間ならば、簡単に粉微塵に出来る程の威力だ。


 ……次元を超えて、俺だけの世界にまで追尾してきた……? なんなんだ? このミノタウロスの能力? 魔法? ……は?

 

 元々はジャレスの魔力増幅の武器であった、デス&タックスは、あのミノタウロスの中に眠る、何かを覚醒させてみたいだった。


 逃れられぬもの。


 ジャレスは全身の負傷を確認する。

 肋骨や腕の一部の骨が折れてしまっている。

 他者から生命を吸収して、負傷を再生させなければならない。



 彼は自身の肉体が、転生後に、この世界に復活し続けた場所へと向かった。


 王家の墓所。

 王族達のピラミッドの中だ。


 たとえ、ハルシャの使うデス&タックスが彼を追尾しようとも。関係が無い。


 自身の能力である、カルト・オブ・パーソナリティーを完成させる。



「今更だけど、私とルブルは別の世界から来た存在よ。デス・ウィングもそう。おそらくはサウルグロスも」

 メアリーは、ハルシャとミントに告げる。

 二人とも、知っていた、といった顔をする。

 ザルクファンドも、当然、異世界である『ボルケーノ』に住んでいたドラゴンだ。彼も当然、その事に関しては知っている。ジェドだけが他の者達の話に少しだけ付いていけていないみたいだった。……だが、確か、デス・ウィングがその事に関して、話していた事を、彼は思い出す。


「そうだったな。敢えて今更、お前達の事情を聞く必要も無いと思って、聞かずにいたが。俺が手にしてしまった、力。……デス&タックスによって発現してしまった力は、その類のものなのか?」

「ええ。ルブルは生きた乗り物に騎乗する事によって、別の世界、別の次元へと移動する事が出来るわ。デス・ウィングも似たような事が出来るのでしょう。ハルシャ、ミント、この世界はね。あらゆる世界が重なり合って存在する、多次元世界(マルチ・バース)として存在しているのよ。私達は次元を渡る事出来る」


「成る程、な」

 ハルシャは頷く。


「次元渡りの方法は特殊なのだけど、瞬間移動能力だったり、別世界の扉を作り出したり、それぞれみたいね。でも、次元を渡る事が何故、出来るのかは、私もよく分からない。他にも、能力ではなく、別の次元へと移動出来る異世界の扉があらゆる場所にあるらしいわ。呪性王の地下だとか、サウルグロスやドラゴン達が住んでいた火山は、ルクレツィアとは別の次元であり、別の世界。異世界だった」

「成る程、本来なら、次元移動は誰にでも出来るものではないが、次元移動出来る空間があるわけだな?」

「そういう事。そして、ジャレスの場合は“本人だけの世界”を作成する事が出来る。これはかなり特殊な能力だと言っていいわ。“世界自体を創造している”わけなのだから」

「やはり、それだけ強力なのか……」

「ええ、でも、ハルシャ。貴方は“次元を渡る”事が出来る。異なる世界同士を移動出来る可能性を有しているのよ。それは素晴らしい事だわ。間違いなく、奴に勝てる、奴を倒し切れる鍵になるっ!」

 メアリーはそう言って、テーブルを強く叩いた。



 デス・ウィングは、その指先で、次元を断裂させる事が出来た。

 彼女はその能力によって、次元の扉をムリヤリこじ開けて、開く事が出来る。


 彼女は自分の能力は『風を操作する』という事を、周りに印象付けている。真空波を放ち、対象物をズタズタにする事だと。だが、それは彼女の能力の一部にしか過ぎない。


 デス・ウィングは次元さえ断裂させ、空間を切り裂く事も可能だ。

 そして、彼女の能力の全貌は『大気の操作』なのだ。風を操るだけでなく、辺り一帯に蔓延している大気自体を自在に操作出来る。それは世界全体を操作出来るといっても、過言ではないかもしれない。……サウルグロス相手には、敗れ去ってしまったが……。

 だが、彼女は大気を操作出来る事と同時に、次元自体の空間もある程度は操作する事が出来る。

 次元を切り開く事も造作は無い。


「ジャレス。お前はまだまだ弱いよ」

 彼女は口惜しむ。


「だが。なるべくショーには手を貸したくないんだ。私は介在したくない」

 残酷劇は、どのように決着を付けるのだろう?


 自分は絶対的な強さを有している。

 それでも、サウルグロスには勝利出来なかった。

 そして、サウルグロスもまた、ルクレツィアに結集した者達の“この世界を守りたい”という意志によって敗れ去った。


「面白いな。人間は……、知性を持つ者達は……」

 彼らは成長していく。

 守るべきもの為に、強くなっていく。


 彼らの宿命の先に、一体、何があるのだろう?


 少しだけ……、彼らとあいまみれたい。

 そんな想いが、彼女の中で芽生え始めた。


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