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第四十九幕 月下の底。闇が口を開けているから……。 3


 あらゆる宗教において、輪廻転生なる概念は存在する。現世での人生を諦めた者達にこそ、輪廻や死後の世界、来世への信仰が根強く生まれる。


 もしジャレスの能力がルクレツィアだけでなく、あらゆる世界の転生の信仰を媒介にしているのだとすれば、彼らに勝ち目は無いだろう。だが、どうなのだろうか。ジャレスの能力は、そこまで到達してしまっているのだろうか? 分からない。


 デス・ウィングは、そんな事を漠然と考えていた。



 大闘技場に三名は辿り着く。


 月の光に照らされて、ジャレスは歪に笑っていた。

 まるで、月光浴にでも浸っているかのように、彼は空を仰いでいた。


「少し……遅かったね」

 彼は告げる。


「星がとても美しいよ。俺は何処まで行くんだろう? 俺は自分がどれだけの存在なのか試したい。なあ、俺はとても晴々しい気分に浸っているんだ」

 そう彼は高揚しているみたいだった。


 ミントは無言で杖の先に炎の魔法を生み出していく。


「処で、あの幻影使いの女とミノタウロスはどうしたんだい?」

 彼は首を傾げる。


 そして。

 ジャレスは戦慄する。

 背後にいる、女神の姿が消え掛かっている事に……。



 メアリーの幻影の能力は、ハルシャの力によってより強大なものとして増幅されていった。


 空全体に天国の楽園のようなものが現れる。

 それは、復興したルクレツィア世界のイメージだった。人々が笑い合い、街中に活気が溢れている。“この世界に生きていたいという願い”を具体的に人々にイメージさせていた。死後の世界ではなく、生きている間に“幸福になれる”というイメージだ。


「最初の一歩は、女神とかいう存在の能力を潰す事」

 このアイデアを考え付いたのは、ハルシャだった。

 もし仮に、ジャレスの転生による復活が、ルクレツィアの者達全員の死後の世界への信仰が媒介になっているとするのならば。……現世での希望を与えれば、力が弱まるのではないのか?


「言っておくけど、ハルシャ。根付いた信仰を、新たな信仰によって上書きするのって難しいらしいわよ。“死んだ後に転生する事によって幸福な世界に行ける”って宗教への信仰が根付いていたとして、それを“今、生きている世界で死んだ後よりも幸福になれる”っていう宗教を作り出そうとした処で、人々の精神とか心の在り方を変えるって事は中々、難しいのよ?」

 メアリーはそう告げた。


 そう、劇的な変化は在り得ないだろう。

 だがやってみる価値はあると判断して、ハルシャはそれを行う事にした。


「何度も何度も、ルクレツィアの者達全てに幻影を見せる。希望を見せるんだ。ルクレツィアは暴政を覆い隠す為のプロパガンダとして、異世界へ転生する宗教を作り出した。だが、そのプロパガンダを応用すれば、此方も可能な筈だ」

「まあ、死後に今よりも人生がよくなるってのは、人間の本質的な心の弱さから来るものだから、本当にプロパガンダだけなのか分からないけどね?」

 メアリーはそう懐疑的に言うのだった。


 しばらくして、空の幻影は消える。


「では、そろそろ、ミントの援護に向かうぞ」

「まだ彼女、生きていればいいけどね」

「大丈夫。俺の弟子だ。そう簡単には負けないっ!」


 そう言って、二人は大闘技場の中へと突入した。



 ……なんだ?


 ジャレスは背後にいる、女神の実体が、ほんの少しだけ薄くなり、明滅している事に気付いた。ほんの数秒の間だけだった。

 まだ、不完全な能力ではないからなのか?

 まるで不明だ。


 だが。

 今それよりも……。


 ジャレスはそれなりに苦戦していた。

 彼はうぬぼれ過ぎた為に、自身の能力が完成されたものだと考えていた。


 魔力を飛躍的に増幅させる不可視の剣、デス&タックスはあのミノタウロスに与えてしまった……。


 彼は普通の細身の剣だけで、ミントの炎と稲妻の猛攻を防いでいた。

 ジャレスは闘技場の壁に叩き付けられる。


 闘技場の一部が破壊される。


「生け捕りにしろ、ってメアリーに言われているわ」

 彼女は炎を構えながら言った。


「四肢や眼や鼓膜とか喉、焼いても構わないわよね? メアリーはそう言っていた」

 彼女はもはや、憎悪に満ちた悪鬼のごとくジャレスの肉体の殆どを機能不全にして生かす事に賛同していた。


「果樹園に実った者達や、貴方が拷問した者達の苦しみを、少しでも味わいなさいっ!」

 特大の雷撃と火球がジャレスを襲う。


 闘技場の壁が大きく破壊された。

 夜の呼気が、空だけでなく、開けられた壁からも入り込んでくる。


 ジャレスは背後を見た。

 蒸気機関車が通る線路が見えた。


「貴方の肉体の殆どの機能を奪った後に、ルブルに永遠に生かす術を施させるっ! これで貴方に転生先は無いっ!」

 彼女はジャレスを焼き払っていた。

 ジャレスは火だるまになりながら、闘技場の外へと出る。


 そして。

 彼は蒸気機関車の線路の上へと降り立った。


「身体が焼けていくなあ。皮膚が焦げて、剣を上手く扱えそうにないよ」

 ジャレスは鼻歌を歌った。


 ハルシャとメアリーが遅れて、闘技場の中へと入る。

 ジャレスは二人を見ていたみたいだった。


「運命はこの俺に味方する。お前達なんかじゃないっ!」

 何かが、轟くような物音が近付いてきた。


 それは蒸気機関車だった。


 ミントは気付く。

 そして雷撃を撃とうと放つ。

 メアリーも、一歩、前に出る。


「やあ。残りの二人も到着したんだね? ああ、この位置からだと、奥のミノタウロスも見えるな。ふふっ、約束は守ってくれたのか? あ、でも三人一緒に来いって言ったよねえ? くくっ、まあ、いいさ」


 ジャレスは左の掌を構えて。

 ミントの放った火球も雷撃も、メアリーの放った幻影の炎も全て掻き消していた。


 蒸気機関車が急ブレーキを掛けられずに、ジャレスに近付いてくる。


 そして。

 彼は機関車によって轢かれて、押し潰されていく。


「転生後に、お前達を倒せる力が手に入りますようにっ!」

 それが、今回の生の最期の言葉であり、来世へ至る為の望みだった。


「ああ、クソッ! また転生されてしまったわっ!」

 ミントは激しく大地に拳を叩き付ける。


「何処で復活するのかしら? そこも突き止めなければならない」

 彼女は険しい顔をしていた。


「呪性王の拠点の地下奥に何かあるんじゃないのか?」

 ハルシャはそう告げた。


「なら、今すぐにでも向かいましょうっ!」

 ミントは高揚した感情のまま、二人に叫ぶように告げた。

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