第四十九幕 月下の底。闇が口を開けているから……。 2
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「月夜を選んだのは、ミントの『ヒューペリオン』を警戒してか?」
彼女は訊ねる。
「いいや。俺は夜の方が好きだからだよ。それは性格からだね」
「ミントの全力の滅びの魔法を受けてみるつもりは?」
「どっちでもいいかな。どうせ、俺を灰にしても、俺は何度でも復活する。そう、何度でもね」
デス・ウィングは大闘技場の中央に着地する。
「彼らが此処に辿り着くのは、そうだな。後、15分って処かな?」
この大闘技場の跡地は静謐に包まれていた。
此処で、様々な者達が命を賭して戦い、そして夢や希望が朽ち果てていった。暗黒のドラゴンが倒され、去った今、死霊達は何処かへと霧散してしまったが、未だに情念のようなものが、禍々しく渦巻いているかのようだった。
「まあ、そんな処じゃないかなあ」
眼の前の男は、この忌まわしき場所をとても居心地が良さそうにしていた。おそらく、ずっと幼い頃から此処を遊技場にしていたのだ。想い出の場所なのだろう。
「私と少し遊んでみないか?」
デス・ウィングは楽しそうに、指先を向ける。
ジャレスは細身の剣を取り出した。
「いいよ。君の攻撃も受けて、コピーしたい。可能なら、サウルグロスの暗黒魔法も使えるようになりたかったなあ、残念だ」
「お前が今回、復活の際に手に入れてきた能力によって、二重に新たなる能力を手に出来る事が出来るようになったんだな」
「そういう事だね。俺が無敵になった。そして、俺は無限に強くなる。誰も、この俺に到達する事なんて出来ない。俺がこの世界の王だ」
彼の眼は自分は絶対的な世界の支配者であるという事を疑っていないものの眼をしていた。デス・ウィングは心の中で嘲る。
「成る程なあ」
デス・ウィングはつむじ風を巻き起こす。
そして、大闘技場の瓦礫を風によって、持ち上げる。
「お前を倒す事なんて、私の力を叩き込まなくても可能だよ」
ジャレスは細身の剣から、斬撃を放つ。
デス・ウィングはそれを難なくかわす、が。
彼女は敢えて、左手で、それを受け止めた。
彼女の左腕は、肘から先が消滅していた。
「成る程。強いな」
「俺は無敵で不死身になったんだ。お前ごとき、俺の敵じゃないんだ」
ジャレスは……。
下顎と左頬に強烈な衝撃を受けた。
デス・ウィングが単なる右ストレートでブン殴ったのだった。
彼女の左腕は既に服ごと、再生していた。いや、再構築されていた。
ジャレスは地面に倒れる。
そして、口から血を吐いた。
「弱いよ、お前。私からすればな。お前の動き、見切れてしまうんだよ。お前、能力に頼り過ぎだよ。体術はあの三人がもはや、お前に追い付き、いずれ追い越すだろうな」
デス・ウィングは、辛辣な事を言った。
ジャレスは立ち上がろうとして、その際に、自身の分身体を作り出す。
デス・ウィングは、建物の破壊された部分から手に入れてきた鉄の棒を手にしていた。
そして、分身を無視して、ジャレス本体の背中を棒きれで殴り付ける。
ジャレスは再び、地面へと沈んだ。
「やっぱりな」
彼女は冷たく言い放つ。
「やっぱり……って?」
「やはり、お前、他人からコピーして受けた能力を使いこなせていない。メアリーの幻影による分身作成はもっと早い。幾ら他人の能力を追加で手に入れても、お前ごときが、私のこの力を使いこなす事なんて出来ない」
ジャレスは血反吐を吐きながら、立ち上がる。
その際に、ミントの魔法である火球を、ハルシャの魔法である魔力増加で威力を増大させたものをデス・ウィングへと投げ放つが、彼女は難なく、それを避けた。
闘技場の壁の一部が燃え上がっていく。
「ほらな。加減していても、あの二人の魔法の威力はもう少し強い。まさか、それが本気か? 違うよな?」
彼女は挑発するように言う。
「背骨が痛いよ…………」
「へし折る事は出来た。だが、加減した。死なれて、異世界に逃げられたくないからな」
彼女は何処か冷めた視線で、彼を見ていた。
「なあ。デス・ウィング。何故、この俺を倒したい?」
「別に倒したくないな。お前はミント達に始末されればいいと思っているがな」
彼女は気だるそうに言った。
「じゃあ、何しに来たんだい? この俺よりも自分の方が上って告げたかっただけかい?」
「まあ、それも若干あるのは認めるよ。もっと、単純に、お前の能力に興味があったからだ」
彼女は、ジャレスの背後にいる翼の生えた女を見ていた。
「それが転生の能力の要だろ?」
ジャレスは答えない。
デス・ウィングは鉄棒を女神の脳天に向かって投げ放つ。
女神の顔に鉄棒が追加して、後には顔に穴の開いた女が無表情のままデス・ウィングを見ていた。
「見た処、精神体に近い。さて、そいつを媒介にしている存在を全て滅ぼせば、お前の転生の能力は発動出来るのか? 興味があるんだ」
「分かった。君の目的は……っ!」
ジャレスは気付く。
「この俺にアドバイスをしに来てくれたのかっ! ありがたい、とても嬉しいよっ!」
彼はとても無邪気な顔になる。
「そういう事だな。お前が奴らに簡単に倒されてしまったんじゃ、面白くないんだ。じゃあ、私はそろそろ行くよ。お前達の決着、ショーとして楽しませて貰う」
そう言うと、デス・ウィングは跳躍して空高く舞い上がる。
そのまま、彼女はその場所から消えた。
†
宮殿の中だった。
月明かりが室内に入り込んでくる。
ガザディスは、メアリーから、ジャレスとの戦いにおいて戦力外通告を言い渡されて、宮殿の警備兵として残されていた。
ぽとり、ぽとり、と、水滴が窓に垂れる。
やがて、不自然なまでに、場所の一か所だけに雨が降り続けていた。
ガザディスは不審に思って、そこへと近付く。
ガザディスの前に、その女が現れる。
「私と戦ってくれない? まず、お前から血祭りに上げる」
月夜に照らされて、女は言った。
まるで、彼女は夜に住まう怪物の類のように思えた。
「願ってもいない事だ。お前には俺の大切な同胞を沢山、殺された恨みがあるからな」
彼は大剣を手にした。
「何処で死にたい?」
女は訊ねる。
「王宮から離れた場所がいいな。そうだな、なるべく人が少ない場所がいい」
ガザディスの提案に女は頷く。
そして、彼を誘い込む。