第三幕 国家を滅ぼす者達。 3
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「それにしても、宝石鉱山でも酷い目に合いましたね」
ミントは言う。
ジェドは浮かない顔をしていた。
無理も無い。彼の故郷は滅ぼされたのだ。
アダンとラッハは、辛そうな顔をしている彼に掛ける言葉を探しているみたいだった。
「俺、弱いな…………」
先日から、ジェドはそんな事ばかりを繰り返していた。
強い者がこのメンバーの中にいるなら、ジェドを叱り付け、復讐を奮い立たせようとしたかもしれない。だが、生憎、この中のメンバーはみな弱かった。
唯一、ミントだけは強い意志と信念を持っていたが、彼女はそんな性格ではなかった。
雑多な食堂の中だった。
ミントは、ある客の一人と眼が合った。
背の高い女だった。
汚らしいセーター姿に、くすんだ長い金髪を伸ばしている。
その女は、食堂の隅で、紅茶とカスタード・ワッフルを注文して、周囲の者達の話に聞き耳を立てているみたいだった。瞳は何処か、魔女ルブルや嗜虐的なメアリーにも似ている部分があった。ミントはこのような眼をする人間を、これまでの人生でそれ程、見た事が無い。護衛ギルド崩れで夜盗をやっていた男も、沢山、人を処刑してきた男も、快楽殺人犯も、あそこまでドス黒く濁った瞳はしていなかった。
彼女は何かを面白がるように、口元を歪めていた。
先日のアレンタの村での大巨人の襲撃と、凍える砂漠にて進軍した兵士達が次々と一人の女の手によって殺害されて、半ば狂乱しながら逃げ帰った兵士の口から国民に伝えられた処だった。
「エビ料理、美味しいですよ、ジェド。ちゃんと食べてください」
ミントは、ルクレツィア独自のスパイスで作られた大きなエビをご飯に盛り付けた料理の皿をジェドの眼の前に置く。
「なんなら、私が、あーんしてあげましょうか?」
それを聞いて、ジェドは思わず、緊張したような顔になる。
「い、いいんですか?」
「いいですよ、ほら、あーん」
エビの載ったスプーンを、ミントはムリヤリ、ジェドの口に押し込める。
ジェドは浮かない顔をしながらも、嬉しそうだった。
ミントは、あの窓際の客が気にあって仕方が無かった。
「ねえ、みんな…………」
ミントは、仲間達に言う。
「私はレストランを出たら、少し用事を終えてから合流しようと思うの、いい?」
「用事ってなんだよ? 教えてくれたっていいじゃないかよ?」
アダンは辛めの麺料理を口にしながら言う。
「…………、お手洗い。このレストランは汚かったから……」
そう言うと、彼女は財布から紙幣を多めに取り出す。
「じゃあ、先に払っておいてね。私、ちょっとお腹痛いから」
「まだまだ、飯食っているよ、ミント、終わったら戻ってこいよ」
アダンは、ココナッツ・ジュースを口にしていた。
「分かったわ。なるべく、早めに戻ってくる」
†
ミントは、所謂、邪悪な瞳をしている女の後を付けていた。
彼女は、一体、何者なのか。
ルクレツィアで、護衛ギルドに見習いとして所属していた時に、凶悪犯罪者と何度か戦った事があったが、あの人物は、それらとは何か一線をかしていた。
路地を曲がる。
ミントはその路地に向かう。
「あれ、……見失ったかしら……?」
人は少ない。
特に、他の路地も、入る店も無い。
十秒にも満たない時間なのに、女は忽然と消えていた。
「何か、この私に用があるのかな?」
後ろから声を掛けられる。
ミントは振り返る。
女は腕組みをしながら、レンガの壁に寄り掛かっていた。
……嘘、前を歩いていたと思ったら、いつの間にか、私の後ろにいた……?
「ええっと、……その…………」
「単刀直入に言うんだな」
「そうですね、貴方は何者ですか?」
ミントは屹然とした口調で訊ねた。
「何者、か」
彼女は笑う。
「私の名前はデス・ウィング。死の翼と呼んでもいい。お前は?」
「私はミント。クレリックをやっています」
ミントは、目の前の女を強く見据えた。
「単刀直入にお尋ねします。私は宝石鉱山で、死体の山で城を作っている魔女ルブルと、彼女の片腕と名乗るメアリーという女に襲われました。もしかして、貴方は彼女達のお知り合いなんじゃないですか?」
ミントはクレリックのローブの袖をめくって見せる。
彼女の両腕には包帯が巻かれていた。
更に、彼女はローブをたくしあげて、ローブの下に穿いていたスカートもめくり上げる。
彼女の白い両脚にも痛ましく、包帯が巻かれていた。
「メアリーという女に、手足を切断されそうになりました」
「ほう? 成る程、ルブルとメアリーか」
デス・ウィングは、くくっ、と笑う。
「確かに、彼女達は知己の知り合いだな。奴らはこの場所にいるのか。だが、確かに知り合いだが、私がこの国を訪れたのは偶然だな」
ミントは、この女は嘘を付いている、と思った。
あるいは、本当の事は言っておらず、何かを隠している、と。
「しかし、何故、この私があの二人と面識があると思った?」
「眼です。それから、貴方をまとっているオーラのようなものでしょうか」
彼女は屹然とした口調で言う。
「貴方も、ルブルもメアリーも。マトモな人間には無いような、何と言うか、闇とでも形容出来るようなオーラをまとっているんです。私の力では、それが見える。そのオーラに近いものをまとっていたのは、大悪魔ミズガルマが使いに出してきた悪魔でした」
「ふふっ、私も彼女達もなめられたものだな。ミズガルマの部下ごときと、同等にされるとはな」
「少し、この私と話しませんか?」
「お茶でもするのか? 生憎、私は今日、先程のレストランで済ませてきた」
「では、日を改めて……」
「それなら、構わない」
彼女はミントに背を向ける。
途中、立ち止まった。
「ああ、そうそう」
デス・ウィングは更に含みを持たせるように言った。
「この前、ルクレツィアの国王と話してきたぞ。謁見なしだったので、驚かれたがな。まあ、良い話が聞けた。色々とな。大巨人討伐の為に兵士達が編成される前の事だがな」
「それ、明日、お会いする時に、お話して頂けませんか?」
「そうだな。私の気分次第だな」
死の翼は、夕闇の中へと溶けていった。
†
…………、翌日、ミントはデス・ウィングと話をする事は出来なかった。
何故なら、急遽、彼女は他ギルドのメンバー達に呼び出されたのだから。
ルクレツィア全土を襲う悪夢は、国民の疲弊を考慮する事なく現れたのだから。……。




