第四十八幕 敵の『世界』への追撃。 2
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ルブルとジェドは宮殿内にて二人でチェスを行っていた。
「チェックメイト」
ルブルは黒のクイーンの駒を、ジェドの白のキングの駒の位置に置く。
「ううん。この一手からひっくり返してみますからねっ!」
ジェドは腕を組んで頭を抱えていた。
「無駄、無駄。ナイトとルークで包囲網が出来上がっているわ」
二人は、しばらくして、同時に溜め息を吐いた。
「なんか、私も戦力外通告を受けている気がするのよね。気のせいかしら?」
魔女は本気でつまらなそうに、紅茶に入れる為の角砂糖をそのまま口に入れてボリボリと齧り始める。
ジェドはメアリーとミントの強さに想いを馳せる。
あの悪名高き盗賊団邪精霊の牙のリーダーで大地の力を使う魔法剣士を赤子同然に弄ぶメアリーに、竜王イブリアの力が覚醒したミント。
そして、更にあの二人の強さに引けを取らないミノタウロスの戦士のハルシャ。
その三人掛かりでも、倒せないジャレス。
……化け物ばかりだよなあ、俺、なんでこんな場所にいるんだろう……?
「メアリーみたいに身体能力が無いのよね、私」
ルブルは焼き上がったジャムの入ったクッキーを口にしながら、溜め息を付く。
更にルクレツィア再建に貢献する為に、そこら辺で野垂れ死んだ者達の死体以外はネクロマンシーを禁止されている。サレシアとは本当に思想、倫理観的にも相性が最悪で、サレシアはそれも赦し難い事だと考えている。彼女はルブルとは眼を合わせようともしない。
正直、メアリーの方がみなから歓迎されている。
彼女の社交能力、交渉能力、そして頭の回転は極めてルクレツィア復興の為に必須のものとなっている。ミントから王女のブレーンとして大臣を推薦されている程だ。他の者達も、彼女の残虐性さえ眼を閉じれば、メアリーが王女の傍にいる事に賛同している。
……メアリーの肉体をネクロマンシーで、動かしているの私なんだけどなあ。
ルブルは結構、心の中でよく思っていなかった。
なんだか、蔑ろにされているようなのは、良い気分ではない。
部屋の扉が開かれる。
ミントとメアリーの二人だった。
何故かミントはかなり不機嫌そうな顔をしていた。
「ルブル、ジェド。貴方達、来て貰うわよ。必要な戦力だから」
メアリーが開口一番にそう言った。
†
一同は会合の場に集まっていた。
会合の場にて黒板を取り付けて、メアリーとハルシャが解説していく。
黒板にはチョークで、ジャレスの能力の概要と、彼の能力によって引き起こる事、勝算の可能性が一つ一つ記されていた。先程、ハルシャに説明した話と同じものだ。
「で、以上が、私が分析した結果なのだけど、ジャレスを倒すのに、ルブルのネクロマンシーかジェドの一撃死させる即死の斬撃が必要になる可能性がある」
彼女はチョークをくるくると回す。
「ジャレスが転生するのをルブルのネクロマンシーで不完全な状態で生かし続けられる可能性と、ジェドの一撃死の刃を放つ“他人の死”に更なる能力がある可能性を考えていきたいのよね」
彼女は、こんこん、とチョークで黒板を叩く。
「前者でジャレスが倒せるのなら、奴の手足を切断して……いや、ぬるいわね。首だけにして永遠に生かし続ける。これで解決。で、何処かに隠れて、おそらく私達に対して高みの見物を決め込んでいるデス・ウィングが以前、ジェドに渡した“他人の死”が“死という結果”を与える能力ならば、これも試してみる価値があるわ」
彼女の淡々とした合理的かつ非情な思考に、やはり老クレリックのサレシアは、余り良い顔をしていないみたいだった。
「俺じゃないと、その刃は扱えないんですか……?」
ジェドは声が裏返る。
「ええ。以前、借りた時に試したんだけど。本当に貴方専用みたいね。私じゃ“死の斬撃”を使えなかった。相性なのか。本当にデス・ウィングは反則的な武器を貴方に渡していったみたいね」
「でも、以前、サウルグロス相手には命中せず、ミランダ相手には身体を修復されましたよ」
ジェドはそう怖気づいたように言った。
「自信を持ちなさい。この前、ジャレスに止めを刺したのは、貴方でしょう?」
「はあ…………。いや、あれはメアリーさん達で勝てましたよ」
「いや…………」
彼女は首を横に振る。
「その自身の命を吸い取って敵を殺す刃。その刃の真価は“どのような存在も必ず殺せる”という能力なのかもしれない。貴方自身がその力を引き出せていないのかも」
メアリーは不可解な顔をしながら、ジェドの手にする他人の死を眺める。
「ジャレスの背後の謎の存在……、奴が女神と言っていた存在を、その刃で“殺せる”のかしら? あの女神とかいう存在が、奴の転生の能力の要になっている可能性がある」
そう言いながら、メアリーは黒板に今の発言を追記していく。
「で、何か質問は? ザルクファンド、貴方の意見が聞きたいわね」
<ミランダ、ロギスマ、ブラウニー・キッズ、他、奴に協力しているであろう伏兵もつねに警戒しておくべきだろう?>
ミランダとロギスマがジャレスに協力しているであろう可能性は、極めて高かった。というよりも、それが前提で話を進めていた。
「そうね」
メアリーは、何を今更、といった顔をするが……。
<問題はジャレスの協力者達も、転生出来る力があった場合だ。女神とかいう存在の力が、ジャレスの味方も巻き込んで、延々と転生されて復活されたならば、最悪だ>
ザルクファンドの発言によって、一同は極めて嫌そうな顔をする。
「流石に、そこまで力を付けているとは……」
ガザディスが首をひねる。
<敵の力を過小評価するな。つねに最悪の事態を想定して戦いに挑む。俺はそう考えて、戦に挑むんだがな。メアリー、奴の転生先に追撃を入れられる可能性を考慮するならば、当然、奴の味方も転生先に向かわれる可能性も考慮に入れるべきだろう? 違わないな?>
一同は静まり返った。
<一番良いのは、先に、ジャレスの味方を一人残らず殺す。味方を転生先に逃がせるのか? 奴の能力は自分だけじゃなく、他人にも使用出来るのか? それだけは確かめておく必要があるんじゃないのか?>
「奴に一切の希望を与えない」
ミントは憎悪の籠もる眼で見た。
「メアリー、そして、みんな。私はどんな手段を使ってでも、あいつだけは殺す。二度と、この世界に戻ってこられないように……」
ミントの全身から稲妻と焔が生まれ始めていた。
「逆に、前向きな状況を考えよう。過大評価の余り、かえって居すくみ、確実に始末出来なくなるリスクもある」
ハルシャが言った。
「転生出来る回数に限度があるかもしれないぞ?」
ミノタウロスは考えを言う。
「それは無いわ、ハルシャ」
ミントが口を挟んだ。
「あれだけ自信に満ち溢れているのよ。奴は自分こそが、この世界の王だと確信している。やはり、ザルクの言う通り、絶対に過小評価してはいけないわ」
彼女は握り拳を作っていた。
「まあいいわ」
メアリーはチョークを置いた。
「一、二度は復活を許す。試さなければならない。その際に、私達にとって、強力な能力を得られても、それを乗り越えてでも倒すわ。聞く限り、物体を消滅させようが、コピーを作ろうが、そんなもの、私や他のメンバーでも充分に似たような事が出来る。なら、恐れる事は無いわね」
そう言って、彼女は話をまとめた。
「という事で、此方から早めに、攻め込むわよ。大闘技場へ急ぎましょう。奴に余り多くの時間を与えない方がいいかもしれない。それはつまり、奴がパワーアップする猶予や、策を練る時間を与えるという事だから」
そう彼女は結んだ。
†
「もう一つ、奴の倒し方で付け加えるとするなら……」
デス・ウィングは壁に背を持たれさせて、物陰から、会合の場での会話のやり取りをこっそりと聞いていた。
「サウルグロスに頼んで、ジャレスの転生した先ごと滅ぼして貰う。転生する先の世界を予測出来ると仮定して、もし転生後の世界の次元が滅びていたとするならば、……たとえば、宇宙空間のように、真空状態の世界だとか。全てが滅びた無の世界と化しているだとか。その場合、ジャレスは復活可能なのか?」
仮にジャレスと敵対した場合。
デス・ウィングはあの滅びのドラゴンを、自身のカードに加える事を考える。そして、あのドラゴンに頼んで、転生先の世界を悉く、先回りして滅ぼして貰う。
その手段を考えれば、転生先の世界に生命が住んでいたり、文明があったりした場合、そこの住民達を絶滅させるわけだが。手段としては存在する。サウルグロスなら、それだけの物理的な力も、それを実行出来る容赦の無い暗黒の精神力も存在するだろうから。
デス・ウィングは生命を何とも思っていなかった。生きとし生ける者全ての敵のような思考を平気で思い付いていた。
「まあ。私も気になるな。奴の能力の全貌は」
彼女はそう呟くと、その場から離れた。
†
月光が廃墟の中に照らし出される。
ジャレスは自身のねぐらの中で横たわりながら、鼻歌を歌っていた。
コンドルのような翼の生えた悪魔、ロギスマが、彼の下に降り立つ。
「なあ。てめぇの能力の全貌は教えて貰ったけどなぁ。俺達に何か協力出来る事はあるか?」
「いいや。君達は好きにすればいいよ。俺は一人で奴らを皆殺しにしたいんだ」
「それだけどな…………」
ロギスマは少し、言いにくそうだった。
「ミランダが聞かねぇんだ。今すぐ、奴らをブチ殺しに行ってくるってさ。どうするんだ? 止めに行くか?」
「お好きにどうぞ」
そう言いながら、ジャレスは大欠伸をする。
「じゃあ、ミランダには好きにさせるぜ。……奴はもう寿命が無いんだとよ」
「ロギスマ」
ジャレスは無感情に言う。
「君も俺への協力はいいよ。俺はもう誰もいらない。一人で王になる。それにほら、俺には女神さまが付いているから。俺には女神さまさえいればいい。君達はもう好きにしていいよ」
ジャレスは彼の隣にいる、骸骨の顔をした翼の生えた女性をとても愛しそうな眼で見ていた。
ロギスマは、……酷く、淋しそうな顔になる。
「じゃあ。この俺も好きにさせて貰うぜ。また会う事にもなるだろうがな」
そう言うと、今や孤高の魔王となった男は、一人、空へと飛び立っていった。
ジャレスは彼の周りにいる、彼が育てた小さな暗殺者達を眺めていた。
「君達も、もう好きにしていいんだよ。諜報はもう終わり。どうせ、向こうが勝手に俺に向かってくるし、向こうは逃げられない」
もう一人、影が現れる。
全身をローブとフードで覆っている人物だった。
「ああ、いたのか、ロガーサ」
「はい」
「君はどうしたいの?」
「私めは、最後まで貴方に付き従います。暗殺者ギルド『夢海底』のメンバーとして……」
「そう。じゃあ、好きにしなよ」
ジャレスはそう言って、眠りに付いた。
死後の世界に向かえるのはジャレスだけだった。
ミランダは少しだけ悔しそうな顔をしていた。彼女にとって、死は全ての終わりなのだろう。もはや、彼女には何の猶予も残されていない。彼女はほんの少しでも、復讐のようなものを……、いや、サウルグロスがこの世界から去ってしまった今、復讐する相手はもういない。彼女はただ、自分自身がどう生きたか、死ぬまでにどう生きるべきかの自己満足の為に、敵を殺しに行くのだ。もはや決して叶わぬ、かつての帝都の再建を夢見て。