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第四十七幕 この最悪なる世界 3

「成る程。貴方、スロー・スターターでしょ」

「そうだな。………………」

 ガザディスの大剣での猛攻を、メアリーは紙一重でかわしていく。


 訓練場の床や壁の所々に破壊痕が残っていた。

 

 大振りの刃が、メアリーの頭のホワイト・ブリムを弾き飛ばす。


「いい動きになってきたわね。これなら、ハルシャに並べるかもしれない」

「ああ…………、実際は、サウルグロスの生み出した奇形のモンスターとの戦いでは、ハルシャに助けられっぱなしだった……。奴の方が多くの敵を倒した。俺は持久戦は余り向いていなかったからな」

「でも、ミランダは、この私より強いかもしれない」


 メアリーは床に転がっている鉈を手にして、ガザディスの足首に切り掛かる。

 ガザディスは跳躍して、その斬撃を避ける。

 そして、大剣の魔法を地面に投げ付けた。

 大地の精霊の魔法が込められた剣が、辺りに地響きを引き起こす。


 メアリーは、背後に飛びながら、実体化した水の刃をミサイルのように、次々とガザディスへと飛ばしていった。

 ガザディスは防御魔法で、その攻撃を弾き飛ばしていく。


 二人は地面に着地する。


「本気を出せ、メアリー。そうでなくては意味が無い」

「嫌よ。貴方、まだまだ弱いもの。それに、私の幻影の応用力を読み切れていない。どんな汚い手段も思い付くわよ?」

 そう言いながら、メアリーは舌舐めずりをする。


「…………。本気にさせてやるっ!」

 ガザディスは大地の魔法が込められた刃を、メアリーへと振るい続ける。

 

 メアリーは。

 無数の分身体を作り出した。


 十名、二十名へと、メアリーが訓練場の中で増えていく。

 実に、四十くらいの刃が、ガザディスへと向けられていた。彼は四方を囲まれ、逃げ場を塞がれていた。


「おい、ふざけるなっ!」

「本気を出せと言ったのは、貴方でしょうがっ!」


 二十名くらいのメアリーが、一斉に水の刃を、ガザディスへと放っていく。

 ジェドは二人の動きに付いていけず、何度かメアリーに殴られ、蹴られて、完全に気絶してしまっていた。やはり、彼は話にならない程に戦力外だった。


「こんな事も出来るわ」

 二十名程度のメアリーの中の一人が、ガザディスが手にしている大地の魔法が込められた大剣を手にしていた。幻影によるコピーだ。


 ガザディスの魔法のコピーを作ったメアリーが、ガザディスと一騎打ちをしようと迫ってくる。ガザディスは魔法剣を構えていた。


 ガザディスは背後から、浅く切り付けられる。

 そして、頸椎を蹴り飛ばされた。


「本物の私は後ろ」

 そう、彼女は言う。


「ひ、ひ、卑怯だぞっ!」

 近衛隊長はそう言いながら、地面に転がる。


 メアリーの分身体が消滅する。


「敵はもっと卑劣に攻めてくるって言っているでしょうが。貴方ねえ、一体、どれだけ私が本気だったら、殺せる隙があったと思っているの? 実に57回は殺せていたわよ。57回。酷い数字よ。なんで、そんなに弱いのよ? 実はジェドと大差ない戦力なんじゃないの!? 弱い弱い弱い弱いっ!」

 そう言いながら、彼女は鉈の背で、自らの肩をぽんぽんと叩く。


 …………、ガザ兄さん。メアリーさんの非道っぷりを味わっていらっしゃる……。

 ジェドは朦朧とした意識の中で、二人のやり取りを聞いていた。



 無人となった巨大な建造物。

 それは、約五十メートル程度の高さがあった。

 廃墟の地で、人が寄り憑かない場所を、二人は訓練場に使っていた。


 刀身の無い剣の刀身は、今や炎が槍のように噴出している。

ハルシャはその剣を振るっていた。

 

 巨大な建造物が一撃で粉微塵になって倒れた。

 ハルシャは、ジャレスが手にしていた剣を使いこなし始めていた。


「もう少し、威力は出せるな。だが、派手さだけでは駄目だ。確実に敵を仕留める初動が無ければ。…………」

 彼は少し忸怩たる思いを抱いているみたいだった。

 もし、ジャレスが何らかの形で生きているのだとすれば、次は勝てるか分からない。なので、今よりも遥かに強くなる必要がある。


 彼は精神を一度、穏やかな状態に戻す。

 そして、再び、槍のような形のオベリスク状の無人の建造物へと向けて刀身の無い剣を突き立てた。

 すると。

 不可視の刃が現れて、槍のようなデザインの建造物を破壊していく。不可視の攻撃は爆破魔法だった。まるで大砲のように攻撃が撃ち出されて、次第に爆破は連鎖していく。連鎖する爆破の刃。それはまるで芋虫のような形状に破壊の痕を作っていく。

 建造物は倒壊していった。

 剣より放たれる爆破の連鎖は、途中で標的物を追撃出来るように軌道修正する事も可能だ。


「もう少し伸びるな。後、もう少し、必殺技や奥の手を編み出す必要がある」

 彼は不満足そうに、一度、刀剣を仕舞った。


「そちらはどうだ?」

 ミノタウロスは、後ろにいた弟子筋に当たる少女に訊ねる。


「『サン・ブレード』を上手く使えるようになり始めました。でも、私達はまだまだ強くなれるっ! 共に頑張ろう、ハルシャッ!」

 彼女はドラゴンの翼を広げ、空を飛んでいた。彼女は巨大な太陽を空に生み出していた。

 

「それにしても、この武器は何と言う名なのだろう? 名立たる剣である事は分かるのだが…………」

 彼は呟く。


<死と税金(デス&タックス)。それが、その剣の名前だよ>


 何処からか、声が聞こえた。


 …………あの。

 ミントにとって、忌々しい、ジャレスの声だった。


<デス&タックスは君にプレゼントするよ。俺にはもういらない。もっと素晴らしい力を手に入れたからね>

 

 声は二人の頭の中で鳴り響いていた。

 とてつもなく、不気味で禍々しい声だった。


 ハルシャは思わず、刀身の無い剣を取り落とす。


「やはり、これなのか? この剣が、ジャレスの精神を繋ぎ止めているのか?」


<違う>

 ジャレスは二人に囁く。

<俺は女神さまから、力を貰ったんだ。ふふっ、ちなみにこれは魔法によって、遠隔で君達と会話している。俺は生きているよ。何度でも、何度でも、甦る。俺は不死に、不死身に、永遠になったんだ。お前達では、この俺を倒せない。もう、誰も、この俺を倒す事なんて出来ない>


「クローン?」

 ミントは訊ねた。


「帝都地下には人体実験施設があった。ブラウニー・キッズの部隊を育てていたでしょ? そこで、貴方はクローンによる復活でも作ったの? 死んだ後、自動的に意識が転移するとか?」


<はははっ、とても面白い視点だね。発想はいい。でも、残念。まったく違うよ♪ 俺はね、君達の想像を遥かに超えた力を手にしたんだ>


「サウルグロスと何らかの取り引きをしたのか?」

 ミノタウロスは訊ねる。


<いいや? あいつ酷いよねえ。俺がせっかくネクロマンシーの呪法を教えて上げたのにさあ。聞くだけ聞いて、学ぶだけ学んで、俺を分子レベルまで分解して殺してくれてさああ。本当に卑怯な奴だよねえ~♪ お陰で、俺は今、とっても幸福なんだけど>


 ハルシャとミントは互いに顔を見合わせる。


 声は耳鳴りのように、響いていた。


 二人は、近くにいたその邪悪な気配を眼にする。


 建造物の頂上。

 そこに、その男は佇んで、二人を見下ろしていた。


 まったくの無傷のまま、あの怪物はそこにいた。

 この男の全身からは、禍々しい何かが放たれていた。


 ジャレスの背後には、何かが蠢いていた。

 それは、白い衣を纏い、白い翼を持った金髪の女だった。

 その女の顔は、今や骸骨と化している。


「やあ♪」

 彼は両手を広げる。


「やはり、生きていたわね」

 ミントは先程、生成していた太陽の魔法、サン・ブレードを、そのまま現れた化け物へとぶつけるべきか考える。



 二人は小声で、敵の能力の概要を調べようとする。


「奴が復活する理由を調べるぞ」

「はい……」

「ネクロマンシーでも、クローンでも無いとすれば何だと思う?」

「まったく分かりません。我々の理解を超えた力かも」

「…………、たとえば、ブラウニー・キッズ達。あれはジャレスが死んだ後に、子供達の一人が別のジャレスとして変身する、とか……?」

「まるで、違う気がするな。検討外れな気がする」

「何か、カマを掛けて、ヒントを出させたいのですが……」

「いずれにせよ、相当にやっかいだ。奴は何故、生きている? 何故、甦った?」


 もはや、眼の前の敵を倒す以前の問題だった。

 敵の能力がまったく分からない。

 想像さえも出来ない。

 完全に理解の外に出てしまっている。


「それにしても、宗教とは面白いものだ」

 ジャレスは両手を広げる。


「この俺を、この力を手にする為に作り上げてくれた代物だったんだからなあ♪ みなの信仰と祈りが、この俺にプレゼントを与えてくれたんだ。そうだ、俺は、この世界を支配せよ、と、生まれた時から決まっていた。だから、俺はお前達にも感謝している」

 

 ジャレスの背後には、ミントの魔法である炎と稲妻を結合させたものが生成されていた。

 そして、彼は同時に、メアリーの幻影の炎を周辺に生み出し始めていた。


「また、新しい能力? 私達の魔法を複製している!?」

 ミントは思わず、叫んでいた。


「いや…………、ミント。奴の本当の強さは、違うものだろう……」

 ハルシャは、デス&タックスをジャレスへと向ける。


「俺達の力をコピー出来るのはいい。メアリーだって敵の力のコピーのようなものを作れる。加えて、俺達は自分自身の魔法や能力の弱点も自ら考え続けている。なら、今、ジャレスが新たに手に入れたコピーの能力は、おそらく、余り問題ない」

「余り、問題無いんですか……?」

「ああ……」

 ハルシャは冷静に、敵の戦力の分析に入った。

 そうでなければ、今にも、ミントが考えも無しに、サン・ブレードをぶつけてしまいそうだったからだ。彼女の直情的な行動を制する意味もあった。


「今、お前達を始末するつもりは無い。メアリーを入れて、三人で来い。勿論、他に増援を幾ら頼んでも構わない。場所は後ほど“手紙”で記す」

 そう言うと、ジャレスは、その場から霧のように掻き消えていった。


 ハルシャは全身から、だらだらと冷や汗を垂れ流していた。

 そして、ミントの眼はただただ、憎しみと怒りのみに満ちていた。


 (ジャレス)の能力の全貌を理解しなければ。

 こちらに勝機は一切、無い。



 宗教?


 ハルシャは思考を巡らせる。

 そして、閃いてしまった。

 おそらく、ジャレスが手にしたであろう、新たなる力をだ。


 もし、この仮説が正しいのならば。

 自分達に勝機などあるのか?


 ルクレツィアは転生の宗教だ……。

 異世界へと転生して、極楽浄土へと向かうという宗教。

 みな、それを信仰している。


 まさか。

 新たに、ジャレスが手にした能力の全貌は……。


 転生?

 死後に、異世界へと転生する能力なのか?


 ジャレスの発現した能力は、死後に転生して、再び、現世へと戻ってくる能力?

 しかも、一度、死んだ後、新たに強力な能力を一つ手にして戻ってきている。

 

 だとするならば。

 どうやって、倒せばいい?

 



「つまり、あのジャレスという男の能力の概要は……」

 デス・ウィングは、遥か遠くから、ジャレスという男の姿を見て、その力の分析を行っていた。


「死後に、異世界に転生して、新たに強力な能力を手にする事が出来るのか。……奴の背後にいる、女神とかいう存在。アレは、ジャレスの作り出した超能力が具現化したヴィジョンなのか? それとも、異世界に行く過程で奴に取り憑いた何者かなのか?」

 彼女は考察を続ける。


「どちらにせよ。あれは、無敵……。不死身……」

 デス・ウィングは唸る。


「まだまだ、この世界にいる価値はあるな。もう少しだけ楽しめそうだ」


 もし、彼らに、ジャレスを倒せる可能性があるとするのならば。

 永遠に死なない状態にして、永遠に彼を封じ続ける必要があるのだろう。

 死へと到達出来ず、生きる事さえ許さない状態へと追い込む事。

 出来るのか?

 だが、どうやって?



「俺だけの時間だ。転生後の世界がこんなに楽しいなんて。くくっ、ふふっ」


 稲光が、空を歪める。

 雨の中、ジャレスはただただ、笑い続けていた。





挿絵(By みてみん)


帝王ジャレス



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