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第四十六幕 貪婪の空の下。今にも崩れ落ちてしまいそうな、この世界の下で。 1


「俺も連れていって下さい。お願いしますっ!」

 ジェドはガザディスに深々と頭を下げた。


「駄目だ。お前だと無駄死にする。いつものように、宮殿内の手伝いをしていてくれないか」

 ガザディスは大きく溜め息を吐く。


「それでもっ!」

 ジェドは引き下がらない。


「行かせて上げればいいじゃない?」

 ルブルから全身の傷を治して貰ったメアリーは、戦斧(ハルバード)を手にしながら言った。


「だが、しかし。この坊主では無駄死にするぞ」

「で、貴方が無駄死にしない可能性は?」

 メアリーはガザディスに剣呑に、そして酷薄に訊ねる。

 ガザディスはしばし口を噤む。


「まあいいわ。私とハルシャ、そしてミントが呼ばれている。約束を破れば、敵は“挑発”を行うでしょうね。私はどうだっていいけど、あの二人はブチ切れる。面倒よ」


「そうか。だが、やはり、俺が途中まで案内人を行った方がいいと思うぞ。俺は迷路のように入り組んだ、あの大スラムなら、俺が若い頃からよく知っている。途中まで案内させて貰う」


 ジャレスが指定した場所は、大スラムの中にある“双頭の風見鶏”という場所だった。

 スラムの中の広場であり、頭の二つある大きな風見鶏が広場の中央に目印のようにあるとの事だった。サウルグロスや彼の指揮下で動いていたドラゴン達が破壊していなければ、そこはまだ存在するのだろう。いや、存在を確認したからこそ、指定したのか。


 ガザディスは三人を、その近くまで案内すると買って出た。

 だが、ジャレスの機嫌を損なわせるわけにはいかない。

 ギリギリの場所まで行って、ガザディスは撤退する、という取り決めだった。


「大スラム中にジャレスの部下であるブラウニー・キッズ達がいるでしょうね。でも、盗賊団のお頭さん。貴方もだけど。十歳前後の子供、殺せる?」

 メアリーは淡白に訊ねた。


「ううっ。……ムリだな」

 今や近衛隊長となった男は素直に認めた。


「ミントもハルシャもムリだと言った。だから、私が汚れ役を買う。見つけ次第、首を刎ねる。悪いけれど、あのジャレスが教育した子供を放置しておいたら、罪無き住民達の子供だって何名死ぬか分からないわよ? それが合理的な思考」

 魔女のメイドは冷酷無慈悲にハルバードの柄を地面に、どん、と突き立てた。



「ジャレスが動いているそうです」

 ミントは父である、ルクレツィアの主、竜王イブリアの下へと向かっていた。

 イブリアは大ピラミッドの中にいた。


 小さな蝋燭の明かりの中、祭壇のような場所で、父と娘は対峙していた。


 今は人間の青年の姿をして、彼女を出迎えている。


「俺はお前達に干渉するつもりは無い。お前達がこの世界の秩序を作れ。ルクレツィアそのものの危機であるならば、例外だが」

「お言葉ですが、お父さん。ジャレスは、おそらくは……サウルグロス並の危機だと、私は認識しています。忘れたのですか? 奴がネクロマンシーの呪法をサウルグロスに教えたせいで、犠牲者は大量に増えました。エルフは絶滅し、呪性王というギルドのマスターも死にました」

「駄目だ。お前達で決めろ。俺はしばらく、隠遁する。お前達を見守らなければならない」

 ミントと同じように、イブリアも少し、頑固な一面があった。


「だが、お前達の秩序はお前達で作れ、此処は、お前達の世界だ。俺はただ、神のように見守るだけだ。この世界全体が滅びかねないような危機でなければ、俺は原則、お前達に何かをするつもりは無い」

 イブリアはそう断言して、読んでいた本を閉じる。


「もう、いいです!」

 ミントは不機嫌な顔になって、ピラミッドを出ていった。


 そして、背中から翼を生やすと、みなとの合流場所である大スラムへと向かった。



 建造物の所々には、大きな破壊の爪痕が残っている。

 戦争は終結しても、大きな残り火が燻り続ける。この世界の者達は、戦いの傷痕から立ち直れていない。


 それでもスラムの住民達はたくましく楽器を奏でたり、ボールを使ってスポーツに興じていた。炊き込みも行われており、住民達に食事が配給されている。


「元気しているか?」

 ガザディスはスラムの入り口の前に立った。


 門番をしていたオークは、口に吹かしていた煙草を置いて立ち上がる。


「お陰様で。しかし、最近は各地で新たに盗賊や夜盗が増えているぞ」

「そうか。困った奴らだな」

 ガザディスはかつて盗賊達の間で秩序を立ち上げた。彼の貢献もあって、この大スラムにも大きな秩序は作られていた。スラムに住む者達同士の掟も強固なものになっていた。それは、邪精霊という存在があったからだった。

 だが、今や、この世界全体が、この荒廃の都と化している。スラムに雪崩れ込んでくる者達も多いらしい。


「転生の宗教も未だ深く根付いている。来世を信じている奴らが各々、宗教団体を作りつつあるよ。過激な者の中には自ら自死を選ぼうとする集団も多い」

「それは、困ったな」

 ハルシャは頭を抱えていた。

 転生の宗教。余りにも、この世界の人々に信仰されている。みな、救いを求めて、最後には死後の世界での幸福を望む。人間の……知的生命の根源的かつ必然的な心の弱さなのかもしれない。


「このスラムを見ていると、やはり、ルクレツィアの再建は時間が掛かりそうね」

 メアリーは言った。

「そうね」

 ミントは指先を噛む。


「経済を立て直して、供給を増やさなければいけないわよ。農園、用水路、下水道。各所が破壊されているわ。それらの工事、修繕も行わないといけないでしょうね」

 メアリーは何処までも他人事のように言う。


「それに交通機関。動いている蒸気機関車も数少ない……」

 ミントはかなり頭を抱えていた。


「私がジャレスだったら、どうするか聞きたいかしら?」

「どうぞ」

「技術を持っている者達を皆殺しにする。そうすれば、国民は心が荒み、犯罪が増えるわ。国民の自発的な発狂によって国が混乱する。その混乱に乗じて、権力奪取を画策する」

「…………。嫌な事を言わないで……」

 ミントはメアリーの思考につくづく、あの忌まわしい異母兄と同じものを感じる。……だからこそ、彼女は信用出来るのだが……。


「まあいいわ。このスラムの奥。“双頭の風見鶏”の場所に奴がいるんでしょう? 奴を始末すれば貴方の悩みは減るわね」

 メアリーは軽口でも叩くように言った。


「思ったんだけど」

 メアリーは、ハルシャとガザディスの顔を交互に見る。


「ジャレスの部下である、ブラウニー・キッズ達は暗殺部隊と言っていたわね。もし、その暗殺対象が私達ではなく、無力な者達……、たとえば、怪我人の治療を続けている病院の看護士や、再建の為の設備を管理している工場労働長などだったりしたら、どうする?」

 それを指摘されて、ミノタウロスと元盗賊の長は、とても嫌そうな顔をした。

 メアリーの思考は恐ろしい。

 味方となった今、彼女が敵であった事実をハルシャは覚えている。いつ、彼女が気まぐれを起こして、破壊する側に戻らないか、つねにその危険性と隣り合わせでもあった。

 だが、今は、ジャレスだ。


「失念していた。ジャレスは自らを囮にしている可能性があると言うのか?」

「勿論。あくまで、可能性。単に私達へ復讐を晴らしたいだけ、っていう可能性もあるわねえ。でも、私には分かるわ。ミントが言うように、奴と同じ、極悪人だもの」


 ミントは極めて不愉快そうな顔になった。


「ガザディス」

 メアリーは真顔になる。


「私達は皆で(ジャレス)を倒す。倒すって事は、奴の目論見も潰す、って事。計画は変更。ガザディス、貴方はルブルと合流して。私の名を出せば協力してくれる。出来れば、西のザルクファンド、天空樹のラジャルにも伝えて。ジャレスは徹底的に、その目論見事、潰す、と。理由は分かるわよね?」


「ああ。直接、力を持たない者達の保護。暗殺者達からの防衛だ」

「じゃあ、伝令を頼まれてくれる?」

 元盗賊団の長は頷いた。


「あの、俺は……?」

 ジェドはメアリーに訊ねる。


「ジェドは私達と来て貰うわ」

 メアリーはジェドの頭に自らの手を置く。


「ジャレスは、私とミント、ハルシャを本気で殺したがっている。指名する程にね。貴方は物陰に隠れていて、隠れて逃げるのは得意でしょう? 隠れて、奴の喉を裂いて欲しい」

 メアリーはどうやら、それなりにジェドと彼が使いこなし始めている“他人の死”を評価し始めているみたいだった。ジェドは少し意外そうな顔をしていた。


「メアリー」

 ミントは言った。


「貴方、この国の宰相にならない? 貴方の方が向いているわ。政治(マツリゴト)は、私の頭では出来ないわ」

 ミントは悔しそうに言った。


「元々、私は別の異世界から来た。ルクレツィアを弄びに」

 メアリーは自身の髪の毛を弄る。


「そんな事、言うべきじゃないわね。私、今でもルブルと狙っているのよ。このルクレツィアを。ルブルの気分次第でまた、アンデッドの軍団を作る事も考えているわ」

 メアリーのその言葉にミントは鼻を鳴らす。


「…………、分かったわよ。私が頑張れって事でしょ。もう煽りには乗らないわ」


 その言葉を聞いて、メアリーは破顔一笑する。


「そう。それでいいわ。ミント、絶対に激昂しないでね。ジャレス相手に。奴は挑発してくる可能性が高い。付け入れられる。ミント、私からすると、貴方、短気よ。怒りを衝動的にぶちまける。対してジャレスは、それこそ、氷のように冷たい精神の持ち主。あれの本当の強さは、人間らしいマトモな感情が欠損している事かもしれないわね」

「ええ、分かっている。子供の時から、奴の事は知っているから…………」

 ミントは唇を強く噛み締めた。



 メアリーはずっと、ルブルを心の中で裏切り続けている。

 何故、あのハーフ・ドラゴンの少女が、こんなにも大切なのだろう?


 怪物と戦う者は自身も怪物とならないように気を付けるべきだ。深淵を覗く時、深淵もまた、此方を覗いている。……哲学者ニーチェの有名な言葉だ。


 メアリーはミントの背中を眺めながら、そんな事を考えていた。

 彼女は明らかに、ジャレスの面影を追っている。

 憎悪と愛情が表裏一体なのだとすれば……。

 

 ミント……。


「ミント。貴方は暴君になる可能性がある……」

 メアリーはぽつりと言う。

 その呟きは、他の者達には聞こえなかった。


 ミントは明らかに化け物に憧れている。

 人間とドラゴン……、彼女はどちら側なのだろう?

 ドラゴンは食物連鎖の頂点に位置する生物だ。


 竜王イブリアは何処までも傲慢だったし、サウルグロスとの違いは分別があっただけだ。


 ミントは、今、どちら側に進んでいるのだろう?

 太陽の見える光の道なのか?

 それとも、憎しみと怒りでこの世界を焼き尽くす深淵なのか?


 メアリーは残酷な事を思い浮かべる。

 彼女は近くにいたジェドの耳に囁く。


「ちょっと、いいかしら……」

「なんですか? メアリーさん……?」

「貴方には、もう一つやらなければならない事がある。多分。あのミノタウロスや盗賊には出来ないし、この私にも自信が無い。…………」


「なんでしょうか?」

 少年は困った顔をする。


「ねえ。貴方、ミントに恋愛感情あるけど、手に入らない恋路って悔しいでしょう? 相手が許せなくなるでしょう?」

「ええ、そうですね。うん、って、ちょっと、何を言っているんですか? 急に?」

 少年は明らかに困惑していた。


「もし、ミントが道を違えれば。迷う事は無いわ。貴方がミントを殺せ」

 メアリーは残酷な提案を少年に囁く。


 ジェドが裏返った声で何かを叫ぼうとして、メアリーは彼の口を塞ぐ。


「ミントの性格分かっている? 憎む対象には直情的で後先、考えない。もし、あの子がジャレスに対して、鏡のように見えているのだとすれば。いずれ、ミントも暴君になる可能性がある。その時はジェド、貴方が彼女を殺しなさい」

 

「…………。出来ませんよ」

「出来ないのね」

 二人の間で強い緊張が走る。


「なら、私がやるわ。言っておくけど、私個人の性的欲求じゃなくて、これはルクレツィアの為。ミントは第二のジャレスになる素質があるわ」

 そう言うと、メアリーは自らの人差し指を強く噛み締める。血が滲む。


「あの子は、ジャレスや、私やルブル、デス・ウィングの側に来てはいけない……。この世界の為にも。…………」

 そう言って、彼女は言葉を詰まらせる。


「メアリーさん」

「何?」

「不器用なんですね」

「ううん。そうかしら、ね」

「だって、本当にミントさんの事が好きなんだな、って」

「ジェド……」

「なんですか?」

「私、殺すとか、犯すとか、一緒に他者を踏み躙るとか。……そういう方法でしか、愛情の伝え方が分からない」

「俺もミントさんの事が好きです。恋敵ですね」

「ええ、そうね」


 メアリーは、ルブルを裏切り続ける。

 この気持ちはルブルに対する背徳なのだろう。



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