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第四十四幕 生きていた宿敵。暴君、ジャレス。

 完全に油断していた。

 大量の毒矢がメアリーの全身を突き刺していく。


 心臓。

 両膝。

 左肩。

 左脇腹。


 メアリーは、咄嗟にそれらを引き抜いていく。


「やるじゃない」

 彼女は不敵に笑う。

 そして、次々と身体に突き刺さった矢を引き抜いていく。ずぼっ、ずぼり、嫌な音が静寂な空間の中、鳴り響く。


「今度は身体が溶けないけど、別の種類の毒を塗ったのかしら?」

 メアリーは物陰に隠れていた少女を見据える。


「でも、私の肉体には並大抵の毒物は効かない」

 隠れていた少女が姿を現す。

 その少女は瞬時に、数本の矢を放つ技術を体得しているみたいだった。


「余り油断するな」

 ハルシャが嗜めるように言った。

 彼の方は投げられた投擲槍(ジャベリン)を幾つも斧で弾き飛ばしていた。


「今度は私の方から攻めるわね」

 メアリーはそう言うと、戦斧を手にして跳躍する。

 そして、メアリーは少女が弓を手にしている左腕へと戦斧を振り降ろした。

 少女は後ろに下がり、その攻撃をかわす。

 そして。

 メアリーの両膝に、ナイフの斬撃が入れられ、メアリーは体制を崩す。

 追撃として。

 メアリーの喉笛は切り裂かれる。真っ赤な血が大量に飛び散っていく。

 マントを纏った少女は再び物陰に隠れる。


「くくっ。ふふっ。あはっはははははっはっ!」

 メアリーは全身を痙攣させながら、震える。


「性的絶頂に達しちゃったじゃない? うふふっ、貴方、とても可愛いから。責められるのも気持ちいいわ」

 そう言うと、メアリーは腰の辺りを撫でる。

「下着の中、ぐしょぐしょだから。替えのパンティーが欲しいわ」

 メアリーは戦斧を投げ捨てる。

 幻影の実体化によって作成している為に、戦斧は地面に落下する前に霧のように消滅していった。

 代わりに、メアリーは両手に巨大な鉈を生み出して、それを実体化させていく。

「ますます、貴方と解体(エッチ)したくなったわ。ねえ、今度は貴方を愛撫(バラ)してあげる。ふふっ、いい声が聞きたい。苦痛(エロティック)に満ちた顔が見たい」

 そう言うと。

 彼女は二つの鉈を振り回して、少女が隠れた場所へと向かう。

 メアリーを何者かが狙撃していった。だが、矢は次々と叩き落とされていく。


 何名かの狙撃手達の首や手足が刎ね飛ばされる。


「メアリーッ!」

 ミノタウロスの戦士が叫んだ。


「相手は子供だぞっ!?」

 ハルシャは露骨に不快な顔をしていた。

 更に。

「それに深追いし過ぎだっ! 撤退した方がいい。明らかに誘われているっ!」

 ハルシャは叫ぶが、メアリーは聞く耳を持っていなかった。

 仕方なく、ハルシャもメアリーの後を追う事にした。


 大聖堂の奥に通路があり、更に地下へと続いている。

 メアリーを狙撃し、喉と両膝を斬った少女は、ちらちらと姿を見せながらメアリーを奥へと誘い込んでいるみたいだった。

 

 更に地下へと続く階段が現れる。

 メアリーは少女を追って、ハルシャはメアリーを追って、地下深くへと潜っていく。

 しばらくすると、巨大な橋に辿り着いた。

 橋の下は真っ暗闇だ。

 天井は見えない程に高い。


「なんだ? この場所は?」

 ハルシャは困惑する。


 何か、まるで異世界へと来てしまったかのようだった。

 ルクレツィアでは無い、まるで何処か別の世界にいるかのような感覚に襲われる。此処の空気はまるで、何処か違う、異次元のようだった。


 メアリーは橋の途中で立ち止まっていた。

 彼女は橋の先の方にいる、何者かを睨んでいる。


 ハルシャは消えかかった松明に再び、火を灯す。

 向こうにいる者も松明に火を灯したみたいだった。


「お前は…………っ!」

 ハルシャは言葉を失う。


 それは彼がよく知っている人物だった。

 サウルグロスとの戦いで行方不明となり、死亡したと思われていた人物だった。


 鎖帷子の上から鎧を着込んでいる。

 首からはアンク型のネックレスを下げている。

 腰には、刃の無い柄だけの剣を帯刀している。

 揺れる金色の髪の上に、ねじ曲がったヘアバンドのような王冠が闇の中、光る。

 その男の隣に、狙撃手の少女は立ち止る。


「ジャレスッ!」

 ハルシャは松明を地面に置き、戦斧を両の手で構える。


「どうかな? 俺の育てていたブラウニー・キッズ達は」

 ジャレスはいつものように、嘲るような表情でハルシャを見ていた。

「ブラウニー・キッズ?」

「宮殿の地下で育てていたんだよ。俺の暗殺部隊だ。俺の少年兵士達だよ。そしてこの俺の切り札でもある。彼らは素晴らしいだろう? 幼い頃から人間を殺す事を教育している」

「ジャレス殿。生きておられたのか。だが、今やルクレツィアを統治するのはミントだ。彼女が王女となり、みなもそれを認めている」

「そうなんだね。それじゃあ、俺は国王になりたい」

 ジャレスは韜晦(とうかい)を込めた言葉を言い、隣にいる少女の頭を撫でる。


「その子の名は?」

 メアリーが訊ねる。


「ご紹介が遅れたみたいだね。この子はルズリム。俺の暗殺部隊の中でかなり優秀な子だよ。どうやら、君は彼女から手酷くやられたみたいだねえ♪」

「うふふっ。ちょっと、マゾヒスティックに責められたかったの。その子から傷付けられたくって。でも、今度は私の方が彼女を責める番……」

 メアリーは鉈を構え直す。


「強がりはよせ」

 ジャレスは指先で自らの唇をなぞる。


「本当はかなりダメージを負っているんだろ? 立っているのがやっとの筈だ。君、両膝を深く負傷している。此処まで来るのに、背中か脚に翼か何かでも実体化させて来たでしょ? それとも、靴底にバネでも作って移動速度を上げたとか?」


 指摘されて、メアリーは沈黙する。


「ハルシャ」

 彼女はぽつりと言う。

 先程までの情欲に任せた変態的な言動から変わり、極めて冷静な声だった。


「明らかに前より強くなっているわ。あの男」

「ああ」

 ハルシャは頷く。


「ミント。王女になったんだ。へえ」

 ジャレスは鼻歌を歌い出す。


「じゃあ。俺、宮殿に向かうよ。ミント、殺しに行かないと。俺は国王になる」

 ジャレスは、一歩だけ前に踏み出す。


「来るな。ジャレス殿、誰も貴殿など認めていやしない」

 ミノタウロスは、はっきりと言った。

「大丈夫。認めさせるさ、国民達には。俺の力があればね。でも、そうだねえ。君達、せっかく、此処に来たんだ。ちょっと最下層にある地下の大闘技場で俺と遊んでいかないかい?」

 ジャレスは、刃の無い剣を振るおうとする。


「駄目よ」

 メアリーは言った。

「私達は大人しく帰るわ。そうよね、ハルシャ」

 そう言うと、メアリーはジャレスに背を向ける。

「俺は今すぐ、君達をブチ殺したいんだけどなああ? 君達には手酷くやられた事、結構、根に持っているんだけどねえぇぇ」

「私は男には興味無いわ。帰るわよ、ハルシャ」

「ああ。一度、態勢を立て直そう。かなり、此方の分が悪い」

 メアリーはハルシャの下へと向かおうとする。


 ジャレスは軽く跳躍して、橋の中央に降り立つ。

「待ってよ。ちょっと俺と遊んでいきなよ」

 ジャレスは剣を構える。

 見えない不可視の刃を放つ剣だ。以前の戦いで、その攻撃は、氷による斬撃である事は見抜いている。だが…………。


 ハルシャは有無を言わせなかった。

 彼は手にしている戦斧に魔力を込めて、橋の中へと投げ下ろす。

 すると、瞬く間に橋が落ちていく。

 メアリーはハルシャが戦斧を投げると同時に、ハルシャの下へと降り立っていた。


「あれ。おいおいおい、待ってよ~♪」

 ジャレスは哄笑しながら、地下奥深くの谷へと落下していった。

 ルズリムは、かなり困った顔をしながら谷底へと落ちていくジャレスを眺めていた。


「何か、新たなる力を得ているみたいだぞ」

 ハルシャは顔から冷や汗を流す。

「そうみたいね」

 メアリーは地面に座り込む。

 両膝が大量に出血し、傷口からは骨が露出している。


「もう立てないだろう?」

「大丈夫よ。なんとか…………」

 そう言うメアリーは、かなり苦しそうな顔をしていた。

 ハルシャはメアリーを背負う。


「ちょ、何よっ! 自分の脚で帰れるわよ」

「この方が早い。先程の跳躍で、本格的に歩くのが難しくなっただろう? 後は俺に任せろ。無事、宮殿へと連れていく」

「回復魔法の類じゃ、私の身体は治せないわよ。ルブルの下へ連れていって。北のギデリアにいる」

「分かった」

 そう言うと、ハルシャは元来た道へと向かっていった。



 最下層まで落下したジャレスは、彼の下へやってきたブラウニー・キッズ達に告げる。

 

「奴らに宣戦布告してきてよ。この俺、国王の子息であるジャレスは生きている。そして、ミント、ハルシャ、メアリー。奴らはこの俺が直々に殺す、と。三人共、惨殺してやる、とね」


 ジャレスは耳を澄ませる。

 この地底街の奥では、大闘技場が開かれており、剣闘士達が威勢よく戦う物音が鳴り響いていた。元々、地上にある奴隷商人(カバルフィリド)の作り出した大闘技場は、この奈落の底の大闘技場を模したものだった。


 ジャレスは地面に腰を下ろしながら、この地底街の主の顔を見た。


「どうかな? ゾア・リヒター。この冥府世界、君が管理しているんだろう?」

 此処も、大聖堂のような作りになっていた。

 ただ、厳かなステンドグラスやオルガンや聖像の代わりに、禍々しくグロテスクなオブジェが一面に敷き詰められていた。此処は邪神の聖堂なのだ。


 名前を呼ばれた巨大な悪魔(デーモン)は、無言でジャレスを見下ろしていた。

 


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