第四十二幕 決着。……そして……。
サウルグロスはオーロラにより肉体の組織が滅びながらも、何とか立て直そうとする。彼は真っ先にオーロラを解除していた。だが、オーロラの攻撃は彼の全身を体組織の内部まで崩壊させていた。
彼は天空をたゆたいながら、どうにかして、敵の攻撃を切り抜けようとする。
追撃として、彼に、更なる敵の魔法攻撃が撃ち込まれていく。それは巨大な稲妻だった。おそらく、ヒドラのラジャル・クォーザが放ったものに違いない。更に、重力の渦が彼へと近付いてくる。サウルグロスは稲妻に撃たれながらも、即座に、この場を切り抜ける方法を考えていた。
サウルグロスは。
残った魔力を振り絞って、辺り一面に、真っ黒な球体を撒き散らしていく。特に、宮殿の辺りには、球体を生成した。
敵の舌打ちが聞こえた。
おそらくは、ザルクファンドだろう。
彼の放った攻撃は、敵を攪乱させるのに充分だったのだろう。
サウルグロスは、ある場所へと向かっていた。
敵の喊声が聞こえてくる。
†
<サレシアッ!>
ザルクファンドは叫ぶ。
老魔術師は、サウルグロスの放った真っ黒な球体を全て吸い寄せていた。
「これで、誰も他に犠牲者は出ませんね?」
熟練のクレリックは、辺り一面にいた顔ぶれを見渡す。
人間も、ドラゴンも、他の種族の者達も、誰一人として、敵の最後に放った攻撃に近付けずにいた。
「最後の一撃を、私などに構わずにっ!」
サレシアは叫ぶ。
ザルクファンドは折れてしまっていた。
彼はサウルグロスへの追い打ちを掛ける事を諦め、暗黒球体からサレシアを守る事に切り替えた。
「ザルク、何をやっているのですっ!」
<奴への止めは、他の者に任せるっ! この宮殿でただの一人も犠牲者は出させんっ!>
ザルクファンドは叫ぶ。
だが。
謎の闇の球体は、何名かの人型種族を飲み込んでいた。
ドラゴン達は戦慄き、それぞれ得意の魔法や吐息によって、サウルグロスを追い詰めようとする算段を練る。
「困ったわ…………」
メアリーが呟く。
「奴に、もう一歩、届かない……。オーロラで肉体がボロボロの筈なのに……」
メアリーは巨大戦斧を杖代わりにして、何とか精神を振り絞ろうとしていた。
「ミントッ!」
彼女は叫ぶ。
メアリーはミントの方を見る。
すると。
ミントは気絶して倒れていた。
完全に精神エネルギーを消耗し切ってしまったのだろう。
ハルシャが彼女を抱き抱える。
「後は俺が向かおう」
竜王イブリアが言う。
彼は元の黄金色の肌をした、ドラゴンの姿へと変わっていた。
「俺とラジャルが奴を倒す」
そう言うと、彼は翼を羽ばたかせていた。
†
気のせいだろうか。
日没から、完全に夜の闇が訪れるのが早い。
更に、月一つ無い。
闇だ。
完全なる闇が、ルクレツィアの崩壊した都市全体を覆っていた。
サウルグロスは、ルクレツィア中の生き残った生命を貪り喰らい、自身の体組織の再生を行っていた。途中、何度も、何度も、稲妻の魔法が、彼を穿つ。
「無駄だ。……この俺には…………」
それは。
そよ風だった。
いや、巨大な大旋風だった。
風が、彼の全身を持ち上げるように、空へと舞い上がらせていく。天空高くへと。おそらくは、ラジャル・クォーザの魔法なのだろうか。
サウルグロスは、完全に死を覚悟していた。
†
薄ぼんやりと、サウルグロスは意識を取り戻す。
そこは、火山だった。
西側で隊列を組んでいたヒドラ達を迂回するような形で、彼は火山へと辿り着いていた。半ば意識が朦朧とする中、ルクレツィアに住んでいる草花や弱き命達から生命を奪いながら、ようやく、この場所へと辿り着いた、といった処か。
だが、彼には動く力がもはや、殆ど残されていなかった。
頼みの闇の魔法を発動させる力も残されてはいない。
……俺は死ぬのか。
彼は頭の中で朦朧と呟いていた。
火山には、もうじき、敵が襲撃してくるだろう。
「ふふっ。さっきぶりだな」
一人の声が、彼に近付いてきた。
「なんだ、お前は…………」
サウルグロスは訊ねる。
ニットのセーターを着た、禍々しいオーラを出している女だった。
「奴らは此処にはこれない。私が霧と風によって、阻んでいるからな」
彼女は含み笑いを浮かべる。
「そうか。先程の大風。あれは貴様か」
「ああ、お前が此処まで逃げ伸びる事の手助けをしてやった」
彼女は火山の岩盤に腰掛ける。
「わざわざ、俺に止めを刺しに来たのか? ご苦労だな。しかし、瀕死の俺を最後に討つ、と?」
「いや。その逆だよ。私はお前に一度、完全に負けた」
彼女は悔しそうに言う。
「だから、お前に死なれては困るんだよ。なあ、サウルグロス、もう一度、戦おう? 私がもう少し強くなってから、再び、お前に挑みたい。サウルグロス、この火山の向こう側には、ルクレツィアでは無い、別の世界へ繋がる扉が開いているな。お前はそこへ逃げろ。奴らルクレツィア側から、お前を守ってやるよ」
そう、彼女はろくでもない事を告げるのだった。
「後悔するぞ」
「しないよ。私は奴らの味方なんかじゃない」
デス・ウィングは含み笑いを浮かべる。
ルクレツィアの防衛戦の決着。
最後の最後で。
もう一つの狂気は、ルクレツィア民全員を裏切り、踏み躙るような事をした。いや、元々、彼女にとって、ルクレツィアなど、どうだって良かった。そもそも、味方のつもりなんて無かった。なので、これは彼女にとっては裏切りでさえ無いのだろう。
「貴様に助けられる義理は無いっ!」
サウルグロスは。
闇の球体を、デス・ウィングへと撃ち込んでいく。
デス・ウィングは、それらに触れる。
だが、生命エネルギーを吸い取れない。
「ふふっ。お前のこの闇の球体。他人の命を吸って、自身の生命エネルギーへと変える事が出来るのか。私に撃ち込んでも無駄だよ。私は生命でさえ無いのかもしれないから」
もう一つの闇は、そう説明する。
「大人しく、別の世界へ行け、サウルグロス。私はお前をルクレツィアの連中ごときに倒させやしない。お前はいつか、この私が全力のお前を倒す」
デス・ウィングは立ち上がり、そう宣言する。
サウルグロスはそう聞くと。
再び、肉体を宙に浮かばせて、火山の遥か彼方にある異世界へと続く扉へと向かっていく。
「後悔するぞ」
「しないさ」
そうやって、二つの狂気は、共に嗤うのだった。
†
「なんなのだ、あの霧は!?」
盗賊の長ガザディスは叫ぶ。
天空樹のヒドラ、ラジャル・クォーザは何度も、空を飛ぶあの暗黒のドラゴンに攻撃を加えた。全力の攻撃だ。それでも倒れない。倒れなかった。最後にまだ逃走の為の力を隠していたのだろうか? 西にいた者達は、みな悔しそうな顔をしていた。
「討ち損ねたか?」
ラジャルは言う。
「だが、奴の気配。もはや、このルクレツィアの何処にもいないぞ。……奴は倒れたのか?」
ラジャルは四つの頭を傾げた。
「いや、我々は勝利していない。奴に……逃げられた」
ラジャルは、とてつもなくやるせなさそうな顔になる。
「追うか?」
ガザディスはヒドラに訊ねる。
「いや、奴はもうこの世界にはいないだろう。だが、満身創痍な筈だ」
ルクレツィア中から、闇の球体が消えていく。
ふと。
何者かが、ラジャルとガザディスの方へと現れた。
それは、腰まで伸ばした髪を、空へと靡かせている女だった。
「お前は……、デス・ウィング。生きていたのか」
「ラジャル・クォーザか。久しいな。そうだ、ラジャル」
彼女は含み笑いをしながら告げた。
「サウルグロスは、もう、このルクレツィアを諦めるそうだ。お前達の強さに敗北を宣言した。奴には、何処かの世界に逃げられたよ。私も追ったんだけどなあ」
デス・ウィングは平気で二枚舌を付く。
逃がしたのは、他でも無い彼女であった。
だが、サウルグロスが、ルクレツィアを諦めたのは本当の事だった。
「だから。お前達は奴に勝利したんだよ。ルクレツィア全ての者達に伝えてくれ。この私は追い打ちを掛けたんだがなあ。メッセンジャーの役割しか果たせなくて済まないな」
そう、デス・ウィングは、不敵に告げるのだった。