第四十一幕 サウルグロスとの最終決戦 3
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サウルグロスの周辺にいる、ルクレツィア中の人間達が次々と死に絶えていく。
皮膚が溶け、肉が砕け、骨が塵へと帰っていく。
廃墟の家々や塹壕に隠れていようが、オーロラの力は及んだ。
帝都中に隠れていた貴族、上流階級、一般市民達が一人残らず死んでいく。
だが。
オーロラの速度は明らかに遅かった。
日の光を使わなければ、十全に種族を絶滅させられる効果を得られない。
オーロラ全体の効果が、帝都中央付近から広がる前に、すでにイブリアは滅びの魔法を発動させていた。
とてつもなく巨大な太陽が、サウルグロスへと落とされていく。
そして、もう一つ。
反対の方角からも、巨大な太陽がサウルグロスへと落下していった。
サウルグロスは、一度、オーロラを止める。
オーロラは、沈みゆく元々あった太陽へと戻っていく。
「気に入らないな。やはり、ドラゴンを指定させて貰う。やり直させて貰うぞ」
彼は四度目のオーロラの種族絶滅の力を解き放つ。
彼の頭の中では、スフィンクスに化けたイブリアを攻撃して、変身魔法を打ち消し、オーロラの餌食にするというシナリオが出来あがっていた。そして、裏切り者であるザルクファンドも、オーロラによって消滅させたかった。それ程までに、サウルグロスは、強き者達が、更に余りにも強大過ぎる力で絶望的に朽ち果てる姿が見たかった。
それこそが、この世界に生ける者達の、真の絶望であろうから。
この世界の支配者を、神のごとき存在を、ただの一筋の光で、一瞬にして屠り去る。
サウルグロスは、彼の頭の中で作り上げた元々のシナリオを変えるつもりは無かった。
「竜王イブリア。お前の死と共に、この世界は絶望の果てに落ちる。俺はその後、ゆっくりと、ルクレツィアを滅ぼすとしよう」
サウルグロスは大きく笑い続けた。
迫りくる二つの太陽が、彼に落とされようしている最中にも、彼は笑っていた。
イブリアとミントの二人の同時の、滅びの魔法『ヒューペリオン』。
彼はそれら二つの太陽も、受け止め、あるいは弾き飛ばすつもりでいた。
「むうっ!?」
サウルグロスは、突然、唸る。
太陽は、二つから四つ。そして、八つ。十六へと増えていく。
「幻影か。一度、俺を死へと追いやった技だな、受けて立とう」
サウルグロスは自信に満ちた声で叫んだ。
†
滅びの魔法『ヒューペリオン』。
ミントはそれを唱えるのに、まだ余りにも、未熟過ぎた。
だが、イブリアはそれを唱える力の秘密を教えた。
太陽を生み出す力とは、命の力なのだ。
そして、その源は、自らがもっとも愛しく、信頼している者から生命エネルギーを受け取る事によって生み出す事が可能なのだと。
ミントは彼女の肩を握り締めている、ハルシャをもっとも愛しく思っていた。
彼を支えに、ミントは、滅びの魔法を解き放っていた。
「サウルグロスは既に学んでいます。どうする? メアリー?」
彼女は、幻影使いの名を呼ぶ。
「太陽の幻影を大量に複製したのはいいけれども。あの化け物、周囲に、闇色の球体を生み出し始めているわよ。どうするの?」
メアリーは、ジェドから生命エネルギーを吸い取り続けて、自身のキャパシティ以上に能力を使い続けていた。ジェドは彼女に生命力を吸い取られ、見る見るうちに、顔が蒼ざめていく。
サウルグロスを倒すには、後、一歩足りない。
もう一つ、後、もう一つ、何かがあれば倒せるかもしれないのにだ。
「ジェド」
メアリーは少年の名を呼ぶ。
「は、はい」
少年は呟く。
「英雄になりなさい。死んで、貴方の英雄譚は語られるでしょう。私は、……滅びの魔法を実体化させてみせるっ!」
メアリーは叫んだ。
「出来るのっ!?」
ミントの声は裏返る。
「やってみる。でも、あいつ、しくじったわ。自ら勝利の仕方に拘った。このミスは、私達の勝ちに拾うっ!」
メアリーは叫ぶ。
「強過ぎるから、傲慢過ぎたのよ。余りにも、うぬぼれ過ぎていた。ミント。奴を、オーロラに突き落とすわ。人間種族への指定を止めて、ドラゴンへの再指定を行ったのでしょう? なら、私達も計画通りねっ!」
メアリーは、滅びの魔法『ヒューペリオン』の作成に取り掛かった。
ジェドを見かねたように。
メアリーの周りへ、ドラゴン達や他の生き残った種族の者達が集まってくる。
そして、各々、魔剣に触れていき、メアリーに生命力と精神力を分け与えていく。
かくして。
メアリーの作成出来る幻影の実体化の力は大幅にパワーアップしていった。
†
サウルグロスはほんの数秒、気付くのが遅れていた。
全部で十六もある太陽。
それら全てが、幻ではなく、滅びの魔法、滅びの太陽『ヒューペリオン』なのだと。
空が爆裂していく。
次々と、滅びの太陽が、サウルグロスへと撃ち込まれていく。
中には、威力の弱いものや、完全に実体化しきれていないもの、幻影のままのものも混ざっていた。
だが。
サウルグロスを空高くから落下させるには、余りにも充分過ぎる程の威力だった。
暗黒のドラゴン、サウルグロスは、淡いオーロラに触れる。
ドラゴン種族全てを絶滅せんが為に生み出されたそのオーロラは、サウルグロスの肌を、肉を、骨を滅ぼしていく…………。
空全体が爆発していた。
ルクレツィア都市が粉微塵の焦土へと変わっていく。
一体、どれ程の生ける者がこの世界に生き残っているのか……。
誰も、それは分からなかった。