第四十幕 第三の選別。人間かドラゴンか……。 2
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ルブルとザルクファンドの二人は、王宮内を歩いていた。
位置は宮殿内の外側、庭の辺りがいい。
<ルブル。貴殿の死霊術の精度は?>
ザルクファンドは訊ねる。
「あら? 何故、私なんかの力に興味があるのかしら?」
<サウルグロス相手に通用する可能性があるからだ>
「ふーん」
魔女は少しだけ不服そうに言う。
「まず、私の死霊術はあらゆる生物の死体を道具の素材に変える事が出来るわ。そして、その死体を融合させて、一体の強力なアンデッドに変える事が出来る。数が集まれば、お城だって作れる」
<城? 腐敗しないのか?>
「そうね。私の死霊術は死体を原型から変えるわ。腐敗を止め、腐敗していた死体を新鮮な死肉へと変える。死体内に存在する糞尿などの汚らわしいものも消滅させる事が出来るの。ふふっ、私は汚らしいものが嫌いだから、私の死霊術の精度は高い。生前よりも綺麗になるわよ。不細工な男の死体を容姿端麗にデザインし直す事も出来る。粘土をこねくり回すようなものね」
<成る程な>
「ザルク。貴方の重力操作の威力はどの程度なの?」
<宮殿内にて、死霊との戦いで精度と威力が上がった。元々は十数メートル程度までの物体にしか動かせなかったのだがな。重力の流れを代える事によって、物体をねじ曲げたり、浮かせたり、炎や水流などの攻撃をねじ曲げたり出来るぜ。……距離をより伸ばすつもりでいる。今は半径二百、いや、三百メートルは伸ばせる。これから更に、俺の重力操作の精度は上げるつもりだ。最低でも、この王宮全体、そして周辺全てを覆える程度がいい。そうだな、五百メートル以上は欲しい>
彼は右前脚の指先を、ぐりぐり、とねじるように動かす。
†
荒廃した大地の中、建造物の残骸の中を、ぼろ布を纏った者達が走り去っていく。彼らは顔を布で覆い隠していたが、耳は露出していた。長く尖った耳だ。そして、布の間から、美しい茶色や金色の髪が垂れている。
オークの一団がそれを眼にして、姿を現した。
「……、お前達は?」
オークの一人は、その布を被った者達に声を掛けようとする。
布を被った者達は、無言だった。
そして、そのままオーク達を凝視すると、すぐにその場を走り去っていく。
「今の耳の形。……全滅した筈の、エルフ族のそれに似ていたような……」
そのオークは首をひねる。
†
塹壕の中から、一人の青年が姿を現す。
あるオークの機転により、生き残ったエルフ達だった。その数は数十名程度だ。
そのエルフは走り去っている、エルフの耳を持つ者へと声を掛けようとする。
「お前達は……?」
エルフの青年は、ぼろ布を被った者達に声を掛ける。
ぼろ布は、エルフの青年へと近付くと、にんまりと唇を震わせる。
<お前達はエルフか? どうやって生き残った?>
ぼろ布は、エルフの青年に訊ねる。
「変身魔法だ。お前達もエルフなのか? どうやって生き残ったんだ、教えてくれ」
<残念だが>
ぼろ布は、顔の包帯を外していく。
すると、そこには死肉を集めて作り上げた異形の死体の姿があった。エルフの耳だけ似せている。
それを見て、エルフの青年はすぐに剣を手にした。
「サウルグロスの手のモノかっ!」
<待て。焦るな。我々は味方だ。我々は確かにゾンビである上に、エルフでさえないが、お前達、エルフの生き残りを探していた。王宮に来て貰おうか。あのドラゴンが次の選別を行う前に>
エルフの青年は現れたゾンビの言葉を聞きながらも、なおも臨戦態勢を崩そうとしない。
「どういう事か、一応、聞いておこう」
<我らは、滅びのドラゴン、サウルグロスの討伐隊メンバーに加わった魔女ルブル様の下僕のゾンビだ。ルブル様の力により、多少の知性を与えられている。宮殿にはクレリックの主サレシア殿、サウルグロスを裏切ったドラゴン、ザルクファンド殿、受胎告知の娘、他に竜王イブリア殿が加わった。お前達、エルフの生き残りはおそらく、変身魔法か何かで生き残ったのだろう? ルブル様達の命により、我々は動いている>
「疑わしいな」
<我らを疑っても、どの道、あのドラゴンを倒す手立てなど無いだろう。今更、あのドラゴンも下らない小細工などしない筈だ。我々が小細工が必要なのだ。エルフよ、お前達生き残りの中から、出来れば、ヒドラのラジャル・クォーザ殿にも伝言を頼めるか?>
「どういう事だ?」
エルフの青年は不信感を露にしながらも訊ねる。
<あのオーロラは風や重力で軌道を歪める事が出来る。奴を罠に嵌める事は可能な筈だ。ラジャル殿は竜巻の魔法を使えた。出来れば、強力して欲しい。それから、討伐隊メンバーであるハルシャ殿とガザディス殿の安否の確認も願う>
「分かった。だが、お前を本当に信頼出来るか分からない」
<何なら、俺を斬れ。俺はルブル様により、仮初の命を与えられた死肉。ただのメッセンジャーだ。死の恐怖など無い。不信があるなら、俺を斬ればいい。罠では無い>
「ふうん」
そう言うと、エルフの青年は、本当に眼の前のアンデッドの首を剣ではねた。
そして、ラジャル・クォーザの下へと向かう。
「ラジャル様。どうか、ご無事でいてください」
彼は拳を強く握り締める。
†
ラジャル・クォーザは西の辺りで意気消沈しながら、廃墟となった大地に蹲っていた。彼は余りにも数多くの“家族”を一瞬にして失ってしまった。
日没はやがて、訪れるだろう。
それまでに、サウルグロスを討つ手を考えなければならない。
ギルドのリーダーとして、彼は余りにも自らの無力に打ちひしがられていた。
「…………、オーロラへの攻撃は俺の稲妻の魔法では無力化された。生半可な攻撃では無効化される。だが、デス・ウィング、奴がオーロラの性質は風に弱い事を証明した。だが、俺は一体、この戦いに勝利したとして、何を得られるというのか……」
彼には大量の魔力があった。
同胞である、闇の天使、シルスグリアも死んだ。
そして、何よりも、自らを崇拝し、共に生きてきたエルフ達が死んでいった。自分は何も出来なかった…………。
まるで、彼に呼応するかのように。
彼の下に。
ミノタウロスの戦士ハルシャと、盗賊団の長ガザディスが現れる。
二人共、とても心身共に憔悴し切った顔をしていた。
「貴様らも生き残り組か」
ヒドラは二人に訊ねる。
「どうにか。ラジャル殿、貴方様のお気持ちはよく分かります。私にもエルフの友が何名もいました……」
「死霊共を打ち倒してきたのだな?」
ラジャルは二人に訊ねる。
「ああ、そうです」
ハルシャは、震え、小さな声で答える。
彼の眼には、強い疲弊と苦悩が漂っていた。
彼は唇を噛み締め、今にも血の涙を流さんばかりだった。
突然、ガザディスが大地に突っ伏し、何度も自らの握り拳を大地に叩き付けていく。
「畜生、畜生……っ!」
彼は泣いていた。
その精悍な顔に似合わず、周りも気にせず、泣きじゃくっていた。
「何故、我々は無力なのだ? 何が神への信仰だ!? 何が来世への信仰だ!? 彼らは死者となり、我々に対して、絶望に満ちた眼で襲い掛かってきた。死後の世界を信じる信仰に何の意味がある? 帝都の者達が積み上げてきた者は一体、なんだったんだっ!」
彼は慟哭を続けた。
ハルシャは深く、溜め息を吐いた。
「信仰で、今の苦しみは救えない。きっと、我々は……いや、俺は逃げていただけだったのだ。帝都を守る事が正義を守れる事だと信じていた。来世への信仰の不自然さも、正義を信条として、眼をつぶっていた……。俺は沈黙していた、俺の罪は深い…………」
彼は自ら帝都の秘密を探り、ジャレスに惨殺された親友のゾアーグの顔を思い浮かべる。何故、自分は何もしてこなかったのか……。
ハルシャに、ガザディスに、ラジャル。
三名共、どうしようもない、敗残兵でしかなかった。
何も……守れなかった。
一体、祈りとは何に願えばいいのだろう?
三名の下に、ぼろ布を被った急使が現れる。
その者は、何名かのエルフを背後に従えていた。
<ラジャル殿。そこにいましたか>
ぼろ布は、背後にいたエルフの青年をヒドラに見せる。
エルフの青年はヒドラにかしづく。
「ラジャル・クォーザ様っ! 私達、エルフは絶滅していません。我々だけでも、数十名程の生き残りがいます。変身魔法です。気高きオークの戦士が変身魔法を使って、一人、犠牲になってくれました。我々にはまだ、希望が残されています。ラジャル様、貴方様のお力が必要です。竜巻の魔法っ! それで、第三のオーロラを防ぎましょうっ!」
そのエルフは、自らの主に強い忠誠心の籠もる声音で叫ぶ。
ラジャル・クォーザは。
背中の翼を広げた。
「生きていてくれたのか。お前達は、この俺の希望だ。決して、邪悪に屈してはならぬ。反撃を開始するぞっ! 勝利するのは、我々、ルクレツィアに住む者達だ。共に、真の暗黒を討とうではないかっ!」
ヒドラは魔法の詠唱に入る。
すると、急使として現れたエルフ。
そして、ハルシャとガザディスの消耗した体力や精神力が回復していく。
「我々、エルフは、宮殿に向かいますっ! ラジャル様は、その場で、次のオーロラが来た時に、魔法で迎撃してくださいっ!」
ヒドラは四つの頭で威厳に満ちた顔を浮かべ、エルフに命じる。
「貴様らは、絶対に生き残れ。この俺からの絶対的な命令だ」
それを聞いたエルフは破顔一笑した。