第四十幕 第三の選別。人間かドラゴンか……。 1
王宮の一番高い尖塔にて、二足で立つドラゴンがやってきた四名を見ていた。まるで、魔除けのガーゴイルさながらに帝都を見下ろす彼は、おそらくは四名がやってくるのを待っていたのだろう。
「貴方は?」
ミントは訊ねる。
<ザルクファンドと言う。この辺り一帯に集まっている死霊達を重力魔法で撃ち滅ぼしている。お前達は?>
ドラゴンの魔法使いは訊ねる。
「私はミント。クレリックをしているわ。他は……」
ミントはスフィンクスの前に跨っている二人の女について、どう説明しようか少し考える。
「私はルブル。死体をゾンビ化出来るわ」
「私はメアリー。幻影を操作出来る」
魔女とそのメイドは簡潔に自己紹介を行う。
<ほう。お前達だろう。北のギデリアを急襲して、死体の山を築き、死体の城を作ったのは>
ドラゴンは訊ねる。
「ええ。そうだけど、貴方はおそらく西のプラン・ドランを襲撃したドラゴンではなくて?」
メアリーは飄々と訊ねた。
<ああ。将軍を行っていた。サウルグロスとの取り引きを行い。我々は奴を信用していた。いや、騙されていた。忌々しい事だ>
「まあいいわ。なら、奴を倒した後。ルクレツィアの北は私達が領土にする。西の辺りは貴方の領土でいいわ」
魔女ルブルは、本気とも冗談ともつかない事を告げた。
「い、い、一体、何を言っているの? 貴方、ふざけないでっ!」
ミントは極めて不快そうに、魔女を凝視する。
「いえ。ミント」
メアリーは、後ろにいる青年と顔を合わせる。
青年は頷く。
「紹介が遅れたな。俺が竜王イブリア。今は人間の姿に変身している。ザルクファンドと言ったか。西の辺りは貴殿の領土でいい。貴殿に統治して貰いたい。さながら、領主といった処か。王族のこれまでの制度も考え直さなければならぬのだろうな。ルブルに、メアリー、北の辺りはお前達のモノでいい」
イブリアはまるで至極当然のように話していく。
「い、一体、何を言っているのですかっ!?」
ミントは震え声を上げながら、イブリアの顔を凝視する。
<国王バザーリアンが死亡した。レント・シーカーである大商人達や貴族達も生死不明だ。ほぼ死んでいると思われる。国王の子息ジャレスの行方も不明だ。既に死亡している可能性さえある。他にルクレツィア帝都と結託していた、悪魔族達も死に絶えた。つまり、奴を倒して生き残るならば、誰かがこの世界を統治しなければならない。そういう事だろう? 竜王よ>
「その通りだ」
イブリアは言う。
「でも…………」
ミントはなおも、口を挟もうとする。
「破壊し焦土に変える力があるのならば、統治する力も備わっているだろう。俺は何も問題無い。元々、ルクレツィア帝都と魔女やドラゴンとの戦いは、領土の略奪と防衛が本質にあった。お前達三名は、見事、略奪に勝利した。戦利品として各々、持っていけばいい」
イブリアは淡々と説明していく。
「国民が納得しかねますっ!」
ミントはなおも引き下がらない。
「その国民なんだけど」
メアリーは少しだけ言葉を曇らせる。
「エルフ族は一人残らず死んだわ。少なくとも、私達が知る限りでは。西のプラン・ドランはエルフを中心としていた筈。人間や鳥人族など、他の種族もいるでしょうけれど。誰かが統治する必要がある。ミント、今の状況は、もうこの世界は滅びかかっているの。そして、仮に、奴を倒せたとしても、復興にかなりの時間が掛かるでしょうね。そういう事ね? イブリア」
「ああ。ルブル、メアリー。それから、ザルクファンド。各々、任された領土の管理と建設を願う。それまで死ぬで無いぞ」
この世界の主は、そう告げたのだった。
†
「では、帝都中央はサレシア。貴方でいい。他に必要なら、元護衛軍のハルシャ。盗賊団の主、ガザディスも加えて構わない」
イブリアは破壊された宮殿内部を見ていた。
そして、転がっている死体を確認していく。
宮殿中は負傷兵と民間人で溢れている。
そして、宮殿内は余りにも、ボロボロに破壊痕ばかりが残されていた。
クレリック達のギルドのマスターである、サレシアはかなり曇った表情を浮かべていた。
「戦争に倫理観はいらない。国民は後から納得させる。戦争は領土、資源の奪い合いだ。勢力と勢力の交渉手段の一つでしかない。思想信条、道徳観念などは、口先だけの口上に過ぎない」
イブリアは娘に対して、ある種、冷徹とも言える事を説明していく。
「私は反対しましたからね。後に国民の禍根を残す事になると思いますよ」
ミントはそう言いながらも、イブリアの判断に渋々、納得したみたいだった。
昨日の朝頃に、一同が集まった会合の場に、ザルクファンドは陣取っていた。
席の中央に、ふんぞり返るように、彼は座っている。
既に、ルブルとメアリーの二人も、各々、席に座っていた。
「一体、何があったのですか?」
ミントは、隣にいるクレリックの長に訊ねた。
「死霊達の襲撃に合いました。既に貴方はお聞きになったでしょうが。国王である、バザーリアン・ルクレツィアは死亡しました。他の多くの貴族達も。帝都の召使い達も。更に、悪い事に、帝都の地下には人体実験施設が造られていて、そこから、大量のアンデッドが這い上がってきました。全部、ザルクファンドが始末しました」
<そういう事だ。俺はこの空間の真ん中にいる。360度、全ての攻撃を防げるように>
そう言いながら、ドラゴンの魔道士は会合の場の中央から、辺りを一瞥する。
イブリアとザルクファンドは顔を合わせる。
「サウルグロスのオーロラに関しての分析に入りたい」
<風で弾き返していた。俺の重力魔法とヒドラのラジャル・クォーザの大竜巻なら、軌道を修正出来るだろう。三度目のサウルグロスからの宣言が行われるまで俺達は準備を念入りに行っておく必要があるな>
「その通りだ。今、サウルグロスは沈黙している。何故だと思う?」
<デス・ウィングが負けたな。おそらく、あの闇のドラゴンは、戦いの余韻に浸っている。しばし、満足しているみたいだな。それと、この世界が滅びゆく絶景を堪能している。死霊術の広がりを確かめている最中だ。付け入るなら、今だな>
「では、三度目のオーロラの攻撃を待つか?」
<ああ。こちらも攻めたい…………、が、次はどの種族を選別させようとするかだな>
二人はそれぞれ、ルブル、メアリー、ミント、サレシアの顔を眺めていく。
<幻影能力の精度は?>
ザルクファンドは、メアリーに訊ねる。
「私の生み出したエルフの幻に反応して、オーロラは消滅させたわ」
<お前の幻影の範囲は?>
「そうね。この辺り数十メートル、数百メートル程度なら、何らかの幻を実体化させられるわ。そのテリトリー内にいる者達の姿を変える事は出来る。かつ、奴の指定する種族では無い者に変身させる事は可能。でも、化けさせる能力だけど、内部構造自体を変えているわけではないわね」
<生体の遺伝子に反応していると思うか? 見た処、あのオーロラの能力はザルだ。だが、念には念を入れておく必要がある>
「私の能力は生体の構造全てを書き換えるものじゃないわ。ただ、幻を作っているだけなの。……そうね、エルフ一体を実体化させる際に、内部構造まで再現しようとしたものを生み出したけど、仮にドラゴンを指定された場合、幻を上から膜のように被せているだけだから。貴方の内部構造まで書き換える事は不可能。もし、オーロラの精度が高かった場合。駄目だった時は素直に諦めるしかないわね」
<そうか。分かった。互いに万全を尽くそう>
メアリーとザルクファンドは互いに険しい顔になる。
「一つ」
サレシアは手を上げる。
「オーロラは本当にもう一度、使うのかしら? 既に死霊術とあの謎の闇の魔法が、この世界中を浸食しているわ。再び、試すと思う?」
クレリック達の長は、かなり曇った表情を見せる。
<奴は見た処、挑発に乗りやすい。俺がやろうか?>
ザルクファンドは言った。
彼の瞳の奥には、何かある種の罪の意識のようなものを、ミントは感じ取っていた。彼にとって、仲間のドラゴン達への感情は、一体、どのようなものなのだろうか。そして、ドラゴン達をいとも容易く捨て駒にしたサウルグロスへの敵愾心は、一体、どれ程のものなのだろうか。
「ミント。やれるか?」
イブリアは娘に訊ねる。
「は、い」
彼女は頷く。
「では、奴を罠に嵌めるぞ」
イブリアはそう告げた。
ふと。
作戦会議の最中、一同に対して、再び、サウルグロスが、何らかの宣言を行う言葉が頭の中に入り込んでくる。
†
<もう一度、聞く。もう一つ、種族を滅ぼす事にする>
サウルグロスは、上空から、ルクレツィアにいる生きとし生ける者全てに向かって告げた。
<次はもう少し時間を与える。だが、いつ執行するかは言わずに言おう。このまま俺の闇の魔法をこの世界全体にバラ撒いても良いが。やはり、オーロラの力はもう一度くらいは試しておきたい。選別はお前達に行わせる>
サウルグロスは、少しだけ沈黙しながら、まるで吐息のように宣告する。
<人間かドラゴン。どちらかの種族を絶滅させる。お前達で選べ。無論、ドラゴンを選んだ場合、滅ぶのは俺以外なのだがな>
彼は冷酷に告げた。
彼は裏切り者である、あるいは手駒としての役目を拒んだドラゴン達を一体残らず根絶やしにするつもりでいた。特に彼にとって気に入らないのは、他でもない、ドラゴン魔道士のザルクファンドだった。
<太陽が落ちる前に選別は取り行う。そうだな。日没までに決めろ。今回は猶予をくれてやる。さて、俺はお前達の選択を楽しみにしている>
それ言うと、サウルグロスは再び、ルクレツィア都市で続く阿鼻叫喚の俯瞰へと入った。
†
<どうやら、時間が無いな。奴は気が短い>
ザルクファンドは一同に告げる。
「ドラゴンを選んだ場合、この俺も巻き込まれるのか」
イブリアは淡々と言った。
一番、蒼ざめたのは、彼の娘である少女だった。
竜王イブリアだけでなく、その娘であるハーフ・ドラゴンのミントも、死ぬ。
人間かドラゴン……。
ハーフ・ドラゴンであるミントは、どちらを選んでも死は免れなかった。
オーロラを跳ね返す事は可能かもしれない、変身魔法や幻影によって、オーロラを避ける事は可能かもしれない。だが、……ミントは張り詰め過ぎた死の不安によって、心が引き裂かれる気持ちになる。この戦いに挑む際に、死を覚悟する事などとうにしていたのに。いや……、死してなお、アンデッドとして動かされる事も、怖ろしい。
ミントの心は周りにいる者達程、強くは無かったし、そして……壊れてもいなかった。ミントは自身の確実な死の未来に対して、深く絶望する。
彼女は蹲り、そして今にも泣き喚きそうな表情へと染まる。
時刻は昼下がりだ。
日没までには、まだ時間がある。
「こちらから、攻めるわよ」
メアリーが言った。
ルブルもそれに合わせるように鼻歌を歌う。
震えるミントの背中を、メアリーは撫でる。
「私は、どうすれば…………、…………」
「大丈夫」
メアリーは酷く、優しく言った。
残虐でしか無かったメアリーは、此れまで見なかった程に、優しくミントを励ます。
「メアリー。私、死ぬのが怖い……。死んだ後、弄ばれるのも。大切な人達を襲うのも。私は……弱い」
「それが正常。壊れているのは、私やルブル、デス・ウィングの方。それから、貴方のお兄さん。貴方の方が正常なのよ。覚悟の問題とかじゃないわ。誰だって、死ぬのは怖い。それが生きている者達の正気。私やデス・ウィング、それから貴方のお兄さんなんかは、あまりにも他人の命も、自らの命も、どうだっていいと思っているだけ。貴方はマトモな思考と感性の持ち主」
メアリーは、まるで虚無的な表情で、会合の場にある窓ガラスに自らを映す。窓ガラスは所々が割れていた。メアリーは自らが、もはや人ではなく、生きてさえいない、死者の顔である事を再確認する。
「死ぬのが怖いのは悪い事じゃない。生きる事が怖いから、私は世界を憎んだ」
メアリーは、何処か空疎に呟く。
そして、再び、ミントの背中を見つめる。
余りにも、どうしようもなく脆い、年相応の少女の姿がそこにはあった。
「こちらが勝つわ、ミント。他の種族を選ばなくて良かったわよ。これで、ミノタウロスとリザードマンは死なないわね。こちらが絶対に勝つ。私達はオーロラの性質を分析している。ミント、貴方とイブリアで止めを刺すの。私達は援護する。倒すわよ」
そう言いながら、メアリーは、まるで妹のようにミントの頭をくしゃりと撫でた。