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幻想旅遊記  作者: エニシ
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第六章  燃え盛る炎は悪意の火種

ここからシリアスの警告



 

 悪いけど、残念だけど、まことに申し訳ないけれど。

 宍倉礼二は基本的に人を信用していない。



 信じている、なんて言葉を使う人間は、絶対に信用しないことに決めていた。なぜってそれは信じていないことを悟らせないための嘘だから。本当に信じているなら、信じているという言葉なんて使わない。わかりきっていることは言葉にしない。太陽が東から上るのを、信じているとは言わないだろう。つまり、そう言葉にするのは信じていないからに他ならない。

 それは過去の経験から導き出した絶対無欠の事実である、と礼二は信じていた。



 で、一体何が言いたいかと言えば、見ず知らずのあからさまに奇妙な格好をしている異国の二人組みに対して、宴会を開いて歓迎したり寝床を用意してくれたりと至りつくせりして下さるような人間は、正直怪しいことこの上ないと思う礼二なのである。そんな親切な人間、どこの世界だろうと居てたまるか。


 だから、そんな場所で安心して眠れるわけがない。


 確かに聞こえてくる背後の寝息。小刻みに揺れていたその細い肩は、今は静かに上下していた。

 それを確認した礼二は、そっと毛布から抜け出した。人が抜けた温度が恋しいのか、うう、と唸って身じろぎする霧島。礼二は思わず苦笑してしまう。もっと危機感持てよ、と思うのだ。それはこの村に対してばかりではなく、自分にでもある。男として意識されていないのかね、と、そう考えると若干寂しくもなるので、礼二はそのまま霧島を見ずに部屋を出た。


 そもそも、窓がない部屋なんて出来すぎだ。外の様子を窺われたくないのか。


 歩く廊下は明かりもなく、薄暗い不気味さに包まれている。あれだけ騒がしかった宴の喧騒も今では随分静かなものであったから、余計にそれを助長させていた。冷たい木の板からは、軋む床の音ばかりが響く。

 礼二たちが寝室に入ってからまだ一時間も経っていないだろうに、こうも静かなのはやっぱりおかしい。ただの疑心暗鬼なら言うことはないのだけれど。

 すでに疑惑が現実のものと変わりつつある現状に、礼二は五感をフル稼働して周囲を警戒しながら、武器になるようなものを探した。生憎手ごろなものがなかったので、飾ってあった小さな花瓶を手に取る。片手で持てるサイズなので、武器としてはどうかと思うが、何も持たないよりはマシであろう。拳で殴ると痛いしね、自分が。


 抜き足差し足でようやく辿り着いた宴会のあった部屋。

 その前からは、囁きのように押し隠す小さな声が聞こえてくる。複数の話し声。誰だろうと、礼二は耳をそばだててみたが、いまいち声は聞き取れない。ただ、雰囲気から察するに和やかな会話ではなさそうだった。

 目だけ覗かせてよく中を窺ってみれば、居たのは屈強な村の男たちと村長である。皆が皆、武器を携え村長の話を聞いていた。


 正直、礼二はびびった。

 まさかそこまで、と思った。

 実際、偉い役人さんに連絡が行くぐらいかなあ、と呑気に考えていたり。もしくは金目のものを奪われたり、奴隷商人なんかに売られたりとか。想定の中では、これだけの人が武器を持って計画的に襲ってくるというのは、最悪の部類に入る。もうほんの少しばかり平和的解決があるんじゃないかな、と礼二は思わず村長を説得したくなった。やはり武器を持っているとなると、これはもうただ事ではないのだ。

 別に僕たちに対しての武装だとは決まってないぞ、と考えるほど楽観主義者ではない礼二である。


「何か悪いことをしたっけ」


 冷や汗を垂らしながら足音に気遣い、もと居た部屋まで戻る。そこでぐーすか眠る霧島を、さっきまでの優しさはどこへ行ったのか、苛立ちのままに蹴飛ばし、毛布を剥ぎ取り、寝ぼけた顔にビンタをかまし、そしてすぐさまその手を引っ張ると、寝室を後にした。

 自分の命が掛かっているときに人に向ける優しさなどない。


「………な、ななん、なに!?」


 分けのわからないまま腰が痛いし、頬も痛いし、おまけに握られている手も痛い霧島は、当然抗議の声を上げる。しかし、振り向いた礼二のやけに凄みのある顔に押し黙った。


「質問は認めない。騒ぐことも許さない。いいから、歩け」


 説明する暇はない。可哀想な気もするが、これも自分とあと霧島のためである。

 裏口の場所は分かっていたが、このまま脱出できるかどうか礼二は不安であった。すんなり行くわけないよなぁ、という予感。嫌な予感ほどなかなか外れないのが世の摂理。そんなわけで念のため、裏口までの道の途中にあった台所に立ち寄り、武器となるものを色々と拝借しておいた。ふと手元の花瓶を見て思い付いたこともあり、少々時間を食ってしまう。


「ね、ねえってば。何、何、本当に何なの?」

「静かに。ほら、これ持って。逃げるよ」


 刃こぼれのない包丁を霧島に手渡すと、うえええ、と変な声を出して霧島は顔を歪ませた。至極真っ当な反応にも、何を驚いているだこいつ、と呆れた目を向ける礼二。礼二も礼二でちょっぴりパニックになっていたりする。

 村長と男たちはもう自分たちの部屋に向かっただろうか。まだだとしても、時間はもうあまりないだろう。礼二はまたも霧島の手を引っ張り、裏口を目指す。何が何だか分かっていないはずの霧島も、もう口を閉じて大人し従っていた。



 そしてようやく裏口を見つけ、開いたその先には――





「あっちゃー」





 ――松明をいくつも掲げ、家を取り囲むように待機する村人たちがいた。


 その先頭には微笑み佇むマレットさんの姿もある。ルイスがいないのがせめての救いなのかね、と礼二は自分で自分を励ました。


「もう良い子は眠る時間でしょう。レイジさん。アンナさん」

「いや、ちょっと散歩に行こうかと思いまして。夜のデートですよ、マレットさん。無粋なことはせずに、どうか道を開けてくれませんか」

「どうぞ。進めるものなら」


 マレットさんが一歩下がると、集まった村人たちは松明を捨て、それぞれに農具のような武器を掲げた。中には一緒に鍋をつついて酒を飲んだ人もいるというのに、寂しいものだ。


 それでも一日の付き合いに感傷を持ち込むほど、礼二はセンチメンタルな性格ではない。冷たいのかな、と自分でも思うが、思うだけだ。そんな礼二はだから大したショックもないのだが、霧島はどうやら違ったらしい。

 何も分からずここまで連れて来られても、周囲の感情には機敏なお年頃。人を殺せる道具を突き付けられて睨まれれば、霧島だって大方の予想はついた。理解したから、信じられない、といった顔で震えている。

 礼二は霧島の握っていない方の手を見た。何も、持っていない。包丁は走っている最中に捨てたのだろう。


「………マレットさん。これは、どういうことですか」

「見たままですよ。あなたたちが村には入ったときから、この結果は決まっていたことなんです。本当は寝ている最中に、ということでしたけど」

「な、何で?」


 その問いに、マレットさんの顔は凶悪に歪んだ。


「………あなたたちが、ディアートだからですよ」


 聞きなれない言葉に眉を顰める礼二。

 疑問の言葉を口にしようとするが、剣幕を変えた村人たちの叫びにそれは遮られた。


「そうだ、ディアート! 戦禍を生む者! 何で俺たちの村に来た!」

「あんたたちのせいで、また戦が起こるわ! どうしてくれるの!」

「捕まえろ! 邪悪な漆黒の悪魔を許すな!」


 先ほどまでの陽気な村人はどこに行ったのだろう。唾を撒き散らさんばかりに形相を変えて騒ぎ出す村人たちは、それぞれが武器を掲げ、礼二たちに迫ってくる。

 醜悪だな、と顔を顰める礼二の前に、狂気すら垣間見えるマレットさんがまた一歩前に出て、微笑んだ。


「大人しくしてください。大人しくしていれば、命までは奪いませんわ」


 その言葉にしばらく悩んだ素振りをしてから、礼二もにっこりと微笑んだ。






「はあ、そうですか。ごめんだ、バーカ」







 手に持った花瓶を投げつける。それはマレットさんに当たると、音を立てて地面へと落ちた。花瓶の中に入っていたものを被り、濡れたマレットさんの顔が怒りに赤く染まる。


「………こちらが下手に出ていれば。わかりました。皆さん、この悪魔たちを捕らえなさい! 腕の一本や二本は構いません!」


 それを合図に村人たちが唸り声を上げ、その一歩を踏み出したとき。





 花瓶から炎が燃え上がった。





「え、な、き、きゃあああああああああああああああああああああああっ! ひ、ひ、火が、火がああああああああああ!」


 地面に無造作に置かれ下火となっていた松明がまるで生き物のように膨れ上がり、礼二たちに迫っていた村人たちを襲う。慌てて押し下がる村人たちは、それぞれドミノ倒しのように倒れ、尻餅をついた。


 台所で摩り替えた花瓶の中身は、油だ。


 その油を全身に被ったマレットさんは火に包まれながら絶叫を上げ、地面へとのた打ち回っている。

 うわお。予想以上に酷い結果。


「さ、行こう」

「…………」


 その光景に呆然となっていた霧島を引っ張り、礼二は再び逃走を開始する。それに気付いた村人たちは追いかけなければと頭ではわかっていても、油を吸い込み燃え盛る火の手を前に行方を阻まれ、その足は踏み出せずにいた。


 …………いや、きっとそれは言い訳だ。


 その気になれば追うこともできただろう。大きく迂回してしまえば、火の手など関係ない。火の弱いところもあるのだから、実際追うことは難しくなかった。

 けれど、身の毛もよだつような絶叫と、人が焼ける異臭が、村人たちの足を止める。


 悪魔のように揺らぐ炎の影に、村人たちは見た。


 まだ幼さを残すディアートの少年が笑うのを。

 それがいけないことだとわかっているのに、つい笑ってしまったと。動かぬ冷徹な表情の中に、目元だけがゆがむ。子供特有の悪意なき残酷さ。



 戦禍を生む者、ディアート。



 その言葉を、村人たちは改めて理解した。

 もう、追いかける気力がある者などいない。

 皆が青ざめ震えながら、ただその火の収束を待つ。




※序章から第二章まで誤字脱字、その他矛盾した箇所の修正。細かな部分で、大局に影響はありません。読み直す必要はないです。

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