第十五章 拒絶は一言
盗賊団が住まい、透たちが暴走機関車のごとく入って行ったその森の別の名は、通称アイオンの森。アイヴァリウスの東と西の気候をちょうど隔てるように佇むその森は、王国にとっても悩みの種の一つとして数えられる場所であった。小高い丘が幾つも隆起しているため車輪が大地に取られ進みにくいことこのうえなく、物資は迅速に持ち運べない。ならば道路を整備すればいいだけの話なのだが、昼でさえも木の遮りで薄暗いそこは、何より夜になると獲物を求めその牙や爪をぎらつかせる魔物たちの住処であった。その森に生息する魔物の名はアイオン。この森の名の由来である。
さて。そんな森だが、今現在は専ら悪逆非道と名高い盗賊団『元』灰色の風の根城となっている。王国とて頭を悩ますその森に、なぜ一介の盗賊団風情が拠点を構えることができたのかは、盗賊団全体の改革を余儀なくされたとある事情があるのだが、今問題なのはそんな事情よりも、荒れ狂う砂埃を巻き上げながら直進するブルドン車の一行を、そんな盗賊たちが見過ごすはずもないということだ。
ヒヒヒ、と擦れた笑いを洩らしながら、サルルと呼ばれる盗賊団の見張りは木の上からその飛び出そうなほどに大きな目玉をギョロつかせていた。およそ常人には見ることのできない距離であろうと、鍛え抜かれた視力がその騒がしい一行をつぶさに捉える。骨の出張った細長い指でそのブルドン車にいる人数を一人一人数え、また薄気味悪い笑みを溢すと、滑るように木を下りて、仲間の下へと駆けて行った。
「元お頭! また獲物が飛び込んできやしたぜ!」
そんなサルルの言葉に元お頭と呼ばれた大柄の男は自らの髭を撫でつけた。
「ほお。今日は稼ぎがいいな。どんな連中だ」
「それが、女が三人と、男が二人。そのうち三人はまだ子供の奇妙な奴らでして」
「子供連れ……。商人ではなさそうだな。旅人か」
「恐らくは。もしかしたら、例の村の関係者かもしれませんなぁ」
その言葉に元お頭の後ろで寝ていた人影がむくりとその体を起こした。大柄な背丈は元お頭とそう大差はないが、対照的にその線は細い。薄闇に紛れた表情は見えぬままに、人影は顔をサルルに向ける。
「そいつらの髪は、黒かったか?」
「いえ。しっかり見やしたけど、黒はいませんでしたなぁ」
「そうか」
それで興味を失ったのか、再び人影はその体を横たえさせる。元お頭は困ったように頭を掻いた。
「現お頭。ちょっとは出張ってくれねぇか。たまには現お頭の威厳っていうものを俺たちに見せてくれねぇと」
「アホ。何で俺がそんなものを見せねぇといけねぇんだ。いいから、行ってこい。それがお前らの仕事だろ。ああ、但し。人は殺すな。女は犯すな。荷物は半分取ってこい。以上」
「………また無茶を言いやがるぜ、現お頭は」
「この森にいられりゃ仕事には困らねぇんだろ? 東と西の大事な交通路みたいだしな、ここ。魔物という肉もあれば果実も多い。そんな贅沢ができるのは、俺たちのおかげなんだろう?」
「まあ、そうだがよ」
元お頭は元部下に目を配らせるも、かつての部下たちは苦笑いを浮かべるばかり。食えぬ態度を取る現お頭は、それでもこの盗賊団には居なくてはならぬ存在だと短い期間で皆骨身に染みついている。何より盗賊になったのは食うに困ったからであって、別に人を殺すのが好きなわけではない。
仕方がないか、と元お頭は肩を落としながら、それでも一仕事に向けて無骨な剣を引く抜くと、空高く掲げた。
「うし、じゃあ出張るか野郎ども!」
「「おおおおおおおおおおおおおお!」」
「うるせえよ」
現お頭の言葉にがっくりとやる気を削がれながらも元お頭と元部下は、間抜けなブルドン車に向かって走り出した。
足音は立たぬように。気配を消して。
「壊れちゃいましたね」
「……」
「さ、サリアさんのせいじゃないっすよ」
「……」
「そう? 原因は明らか」
「……」
「あんたが悪い」
ビシっと指さしたルディルさんにサリアさんはついに背中を丸めいじけ始めた。哀愁漂う背中であるが、確かに言い訳無用にサリアさんのせいなので、裕二は何とも言えない。
ちらっと見るその視界の端では、荷台がこれでもかというほどに大破していた。傾斜、起伏の多い場所で全速力出して駆けていれば、自ずとどうなるかはわかるものだが。不幸中の幸いか、ブルドンはその図太い気質のおかげで大破した時のけたたましい音の前にも逃げ出さず、今は草をもふもふと食っている最中。けれど、ブルドンは騎乗されることを何よりも嫌うらしく、新たな荷台でも作らぬ限りただの飯ぐらいなのだそうだ。役立たず、か。
「どうするのよ。荷台壊れちゃったし。私たち死にかけるし」
「あう。ご、ごめんなさい」
「ごめんなさいですんだら憲兵はいりませーん。ほらほら、何とか言いなさいよ」
むにむにとほっぺを弄られ、サリアさん涙目。ルディルさんって結構Sっ気強いよな、と遠くない記憶が裕二の脳裏に蘇る。ぶるっと寒気が身を包んだのはトラウマというやつか。
トラウマのためなるべくルディルさんに近寄りたくない裕二と止める気のさらさらない真理を除き、透しか場を収める人間はいない。そんな裕二の視線に気づいたのか、透はため息をついて二人の間に入って行った。
「ほら、今はもうそんなことを言っても仕方がないでしょう。とにかく、歩きましょうよ。もうすぐそこじゃないですか」
「もうすぐだったのは荷台があってブルドンも役立たずじゃなかったから。わかる? 今から村まで歩くと多分二倍の時間がかかるわよ。二倍の時間を歩く。この苦痛、いや。私は、いや」
「我儘だなぁ」
「我儘じゃない。あんただって嫌でしょ。嫌って言いなさいよ」
そんなやり取りの間もルディルさんの手は止まらず、むにむにとほっぺは動かされる。あう〜と唸るサリアさんは完全自業自得の現状に反省の意味も込めて甘んじていたのだが、ふと木々の間を通り過ぎていった人影が視界に入り、「ああ!」とそのほっぺを掴む手を払って声を上げた。
「何よ?」
「人、今人がいました!」
「ひとぉ? こんなところにいる人って言ったら」
ルディルさんの呆れた表情が拾った気配に引き締まる。鋭い目で木々に囲まれた周囲を見渡し、もはや隠す気もなさそうな気配の多さにルディルさんは小さく舌打ちをした。
「しまった。囲まれたか」
「ご名答」
低いバスの声がどこからともなく聞こえ、一人の大柄な男が木の蔭から現れた。その不精髭の濃い男がにやりと笑い、パチンと指を鳴らすと、それぞれの木から武器を携えた男たちが次々に出てくる。
「こりゃあ上玉だ。本当ならとっ捕まえて、お遊びの相手でも願いたいところだぜ」
軽薄な笑いをその男が上げると、周囲の人間も下品な笑いを上げる。しかしその言葉に激怒するわけでもなく、ルディルさんとサリアさんはお互いに背を預け合い、いつもの仕事の顔で周囲を警戒していた。今までのふざけた様子など欠片もない。これが場数の違いかな、と裕二は横眼で伺い、真理を庇うように透と背を預ける。透はきつく唇を噛んでいた。真理は相変わらずの無表情。
「ふーん。本当は、ってことはそうはしないわけ?」
「残念ながら。荷物を半分置いていけ。ブルドンの二匹と今お前らが持っている袋を三つでいい。身につけているものまでは奪わん」
自称大商人の言葉通りだ。命の危険はなさそうだな。
ほっと息を吐く裕二だが、次に聞こえたルディルさんの言葉に裕二は自分の耳を疑った。
「いや」
「……」
「……」
「……」
「……」
「やっぱり」
盗賊団の頭、裕二、透、真理が絶句する中、サリアさんだけが諦観を含んだ顔を浮かべる。 恐らく盗賊に出会ったにもかかわらず今出されている申し出というのは破格のものなのではないだろうか。拒絶されることのなかった慈悲ある申し出が初めて拒絶された衝撃に、周囲の盗賊たちも動揺の色が隠せないようだ。ざわざわ、なんていう擬音が森の中で響く。
「……もう一度聞こう。今、何と?」
「い・や、って言ったの。嫌よ、嫌。何で汗水流した労働の証を何もしてないあんたらに盗られなきゃいけないの? アホくさ。ブルドンはどうせ使い物にならないから別にいいけど、荷物だけは絶対いーや」
べーっと舌を出すルディルさんに向ってあんた何歳だよ、と問いたい裕二であったが自分の命を危険にさらすほどにマゾっ気はない。もう慣れました私、みたいな顔のサリアさんに近づいて裕二は言ってみる。
「いつもっすか?」
「もう、いつも。ずっと、こんな感じ。怒られるのは私。注意されるのは私。とばっちりを食うのも私。でも、もう慣れちゃった」
えへへ、と笑うサリアさんの眼は、死んでいる。死んでいる魚の眼をしている!
目を点にしていた盗賊たちはそのまま武器を掲げた。「じゃ行くか」と周囲に目を向ける頭らしき男に対し、周りも目を点にしながら頷く。
「奪え、殺すな、捕まえろ!」
「「おおおおおおおおおおおおおおおおお」」
「ルディルさあああああああああああああああああああああああああああん!!」
「何よ、今までの仕事に比べれば楽勝でしょう。透は真理を守って。私とあんたはこいつら蹴散らすわよ。サリアは後方支援よろしく」
「いや」
さっきまで目が死んでいたサリアさんがなぜかそこだけ生き返り断固拒否。ルディルさんが一度視線をサリアさんに向けてから諦めたように溜息をついた。
「………じゃあ、前線」
「うんっ」
嬉しそうに答えサリアさんが前に出る。またもイシュティナを出さなくてはいけない現状に裕二は憂鬱を隠せなかったが、今どうこう言っても仕方がなし。
胸に光る紅い紋章とともに裕二の体は膨張していった。




