星空
緑の色が深くなり、本格的な夏が訪れた。
夏休み、美紅は海に来ていた。
むつみと七瀬の両親が、美紅も一緒に連れてきてくれたのだ。
仲間を探すためにオホランデも同行していたが、オホランデは水の流れや波のあるところでは泳げないという事で、大人しく荷物の中に収まっていた。
確かに、オホランデの体では、簡単に沖へと流されてしまうだろう。
真夏なのに、水着になると肌寒い。
海に足をつけると、水もひんやりと冷たい。
むつみと七瀬の父親は、焚火用の薪にするための流木を集めている。
準備体操が終わり、美紅は浮き輪を膨らませた。むつみと七瀬は浮き輪なしで泳げるようだ。
波打ち際まで3人で走り、恐る恐る海に入ると、むつみが美紅に水をかけてきた。
水をかけあって遊んでいるうちに、水の冷たさにも慣れて来る。
一度全身で海に浸かってしまうと、海から体を出した方が寒い。
「美紅ちゃん、いいもの見せてあげる」
「美紅ちゃん、こっちこっち」
2人に手を引かれ、足のつかない場所まで連れて来られた。
「ほら、これ、美紅ちゃん用に持って来たんだ。付けてみ」
「ママのだからちょっと大きいけど」
水中メガネを付けてみると、むつみが後ろでベルトを締めてくれた。
「それで海に顔付けて。シュノーケルに水入ってきたら、フッて吹けばいいから」
2人の指導に従って、シュノーケルを咥えて水面に顔を付けてみると、薄暗い海中にいくつもの魚影が見える。
だが、そのもっと奥。海底に、夜空がきらめいていた。
驚いて顔を上げると、七瀬がニッと笑って器用に海底へと潜っていった。
再び浮き上がってきた七瀬の手には、紺色とオレンジ色の模様が入ったきれいなイトマキヒトデがいっぱい握られていた。
「美紅ちゃん、もっかい顔つけて見てて!」
ヒトデってなんか気持ち悪い、と思った美紅だったが、2人のわくわくとした表情につられて、自分もわくわくを感じながら水面に顔をつけた。
水中で七瀬がヒトデをひとつずつ離す。
最初はゆらゆらと左右に揺れながら沈んで行ったヒトデが、途中でいきなり光になって横に流れて行った。
興奮して海水を飲み込んでしまい、咳き込みながらも、美紅は二人に抱き付いた。
「すごい! すごいよ、流れ星だね!」
「ちゃんと見えた? パパとママに見せてもね、わかってもらえなかったんだ。そう見えるのあたしたちだけかと思ってた」
「うん。海って、空と一緒だったんだね。知らなかった。ねえ、ななちゃん、星取って来たでしょ? 空ってどんな感じなの?」
「んっとね、冷たくて、息ができないの。あと、体が浮きそうになるの」
浜辺から、そろそろお昼ご飯だと声が掛かる。
海から上がり、ガタガタと震えている3人を、双子の母親が大きなバスタオルでまとめて包んでくれる。
「唇、紫色になってるわよ、あんたら。早く火にあたりなさい。もうバーベキューも焼きそばもできてるから」
ご飯を食べながら、美紅は考えた。
もし、上の方の空で体が浮かんでしまったら、どこまで浮かんで行くのだろう。でも、そこも海だったらやっぱり海面があるのだろうか。
この上にも、この下にも、いくつもいくつも海がいっぱいあるのだろうか、と。
「ねえねえ、むっちゃん、ななちゃん、美紅もお空泳いで星取ってみたいな」
双子は、同じ笑顔でニッと笑う。
「だったらまず泳げるようになんなきゃ。それから潜れるようになんなきゃ」
その日の午後は、美紅の水泳の練習に費やされた。
一日では泳げるようにならずにガッカリしている美紅を、2人は励ましてくれた。
「大丈夫だよ。また今度教えてあげるから。今年がダメだったら来年も再来年も教えてあげるから」と。
オホランデはレジャーシートの上で、目を細めながら3人を見つめていた。