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ウエペケレ  作者: 柳瀬光輝
4/8

雨鼓

 ポツン。

 雨粒が落ちて地面に染み込む。

 六月。北海道に梅雨は無いと言われているが、蝦夷梅雨、というものがある。

 湿気はさほど無いが、毎日のように空は曇り、時折雨が降る。


 雨粒が地面に落ちる瞬間、着物を着て腰蓑を巻いた、3センチ程の小さなおじさんが、肩に担いだ鼓を打つ。

 ポツン、と。


「あれ、おーちゃんの仲間じゃない?」


 美紅がそう聞くと、オホランデは首を横に振る。


「あれはな、雨鼓(あまつづみ)っていう妖怪なんだ。最初の雨が地面に落ちる瞬間に鼓を鳴らすのが仕事だ」


 そう聞いて、美紅はちょっと残念に思う反面、ほっとした。

 オホランデに仲間が見つかったら、きっと美紅はたった一人の友達を失ってしまう。


 小学校に入学してもう二ヶ月経つが、美紅はまだ友達を作れないでいた。


 1年生クラスには、生徒が美紅の他に4人しかいない。

 双子の姉妹と、幼稚園が同じだったという男の子が二人。

 彼等と彼女等はそれぞれに独自の世界を築いていて、美紅の入り込む余地は無かった。

 最初の頃、双子は話しかけてくれていたのだが、美紅は、どうしたらいいのかわからなかった。


 美紅の住んでいる近所には、年寄りしか居ない。家は農家で、祖父と父母が畑に出ている間は、足の悪い祖母がいつも美紅の面倒を見てくれた。

 幼稚園も保育園も遠くにしか無く、祖母は車の免許を持っていなかったし、美紅の送迎をするには他の家族は忙しすぎた。

 結果、美紅は小学校に上がるまで、同年代の子供と接した事が無かったのだ。


 何を話していいのかわからない。

 彼女達が何を言っているのかわからない。

 ただ黙って、泣きそうな顔をしながら同席するだけの美紅に、彼女達の方が気を使い、だんだんと話しかけて来る事も無くなった。


「美紅ちゃん、みんなと仲良くしましょう」


 母よりも年上の先生がそう言うが、どうやったら仲良くできるのかがわからない。

 オホランデもポケットの中から、ほら、あいつに話しかけてみろ、とか、こうしろああしろと言うのだが、美紅にはどうしてもそれができない。

 逆に、誰かにそんな事を言われる度に、どうしたらいいのかわからなくて涙が出て、みんなを困らせてしまうのだ。


 授業が終わり、掃除の時間に、双子に「美紅ちゃんって暗いよね」と言われた。


 母に買ってもらったばかりの傘を持って校舎を出ると、雨が降りそうだった。


 立ち止まり、地面を見て、雨が降るのを待った。

 雨鼓、今日も見れるかもしれない。そう思って地面を見ていたのだが、なんだか悲しくなってきて涙が出た。


 ポツン


 美紅の涙が地面に落ちた瞬間、雨鼓が走って来て鼓を鳴らした。


 雨は、まだ降っていない。


 雨鼓は、辺りをきょろきょろと見回し、顔を赤くして頭を掻いて草の茂みへと走って行った。


「ふふ」


 雨鼓が去った茂みを見ながら美紅が笑うと、今度は本当に雨が降り出した。

 雨鼓はこっそりと、たんぽぽの陰から顔を出し、ポツン、と、鼓を打った。


「ふふふ、あはは、あははははは」


 お腹を抱えて笑っている美紅の背を、誰かがポンと叩いた。


「どしたの? 楽しそう。あたし、美紅ちゃん笑ってるの初めて見た」

「仁科さん・・・・・・」


 双子が美紅の後ろで微笑んでいた。


「だから、仁科だとどっちかわかんないよ。あたしはむつみ」

「あたしは七瀬。にしなななせだから、みんな『ななな』って呼んでる。で、どうしたの? なんか面白い事あった?」


 美紅が笑っていたせいか、双子もにこにことしている。その顔を見て、美紅もまた笑顔になる。


「美紅、俺や妖怪の事は、誰にも言うなよ。お前にしか見えてないんだから、そんな事言ったらお前が変な奴だって思われちまう」


 オホランデが美紅の肩に乗り、囁く。

 だから美紅は、新しい傘をさして、二人に笑顔で言った。


「ん~ん、なんでもない。なんかね、楽しかっただけ」


 双子は顔を見合わせて笑った。


「美紅ちゃんって、変な子だね」


 どちらにしても変な子だと思われてしまったが、今までの事が嘘のように、3人は笑いながら色んな話をして、途中まで一緒に下校した。


 この日、美紅に初めて、オホランデ以外の友達ができた。


 それからしばらく経ってから、美紅はふとオホランデに聞いてみた。


「そういえば雨鼓ってどっか行っちゃったのかな? 最近いないよね」と。


 オホランデは、ただ微笑んだ。


 以前の美紅は、下ばかり見て歩いていた。

 だから、雨粒の最初の一滴が落ちる場所、そこで鼓を打っている雨鼓に気付いたのだ。

 今の美紅に見えるはずが無い。

 美紅は、今ではいつも前を向いて歩いているのだから。

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