天狗
北海道では、ゴールデンウィークが過ぎる頃、ソメイヨシノが咲き始める。
オホランデにお願いされて、長い長い神社の石段を上り、やっと境内に着いた。
そこにはたくさんの桜。
だが、桜には細かい枝が密集して葉が茂っている。
本来であれば葉が出るのはもうちょっと先のはずなのに。
「あぁ、みんな天狗巣病にやられちまってるな」
美紅が首を傾げると、オホランデはポケットから出て来て、プンプン怒りながら木を押し始めた。
「美紅、手伝え。奴らを落としてやろう。これじゃせっかくの桜が台無しだ」
何の事だかわからなかったが、オホランデの言う通りに桜の幹を押してみる。
美紅の力では木を揺さぶることなどできないのだが、それでも一生懸命幹を押していると、ポコン、と、上から何かが降ってきて頭に当たり、地面に落ちた。
ソレは、真っ白でもふもふとしていた。
しゃがみ込んで両手で拾い上げてみると、ふわふわで温かだった。
「クゥーン」
小さな白い生き物は、短い尻尾をぱたぱたと振っている。
「ワンちゃんだ!」
拳大の真っ白な犬だった。
犬を撫でようとすると、オホランデが美紅の手に登って来て、追い払ってしまった。
犬は翼を広げてぱたぱたと飛び、桜の木の上の巣に戻っていった。
「あいつはな、天の犬、天狗ってやつだ。悪いやつじゃないんだが、あいつが巣を作るとせっかくの桜が台無しなんだよな」
オホランデは残念そうに溜息を吐いたが、美紅は目を細めて桜を見上げる。
「あの、葉っぱのあるとこ全部にワンちゃんがいるの? ワンちゃんは何食べてるの?」
「お前・・・・・・エサ持って来ようと思ってるだろ。あいつら、花の蜜しか食わないからな」
帰り道、美紅は梅や桃や水仙やたんぽぽや雪柳、色々な花が一斉に咲いているのを見ながら、これだったらワンちゃん食べるかな、あれだったらどうかな、と、いちいちオホランデに聞いてみたが、オホランデは呆れたように笑いながら頷くだけだった。