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ウエペケレ  作者: 柳瀬光輝
2/8

ハカナデ

 翌朝、早速オホランデの仲間を探す事にした。

 足元はお気に入りの、ピンクに白い水玉模様の長靴。

 祖母にコートの上から合羽を着せられる。


「あまり遠くに行くんじゃねえぞ。今日は風が強えぇからな。気ぃつけて、早く帰っといで」


 祖母に見送られて家を出ると、確かに風が強かった。

 雲が流れるのが早い。

 青空が見えているけれど、流れていく雲は黒く、時折雨が降った。


 昨日オホランデと出会った野原に来て、ふきのとうをつついてみたけれど、オホランデの仲間はここには居ないようだった。

 斜めがけにしたポシェットからお菓子を取り出して、オホランデと一緒に食べる。


「おーちゃん、風、強いね」

「そうだな、もう春だからな」

「春だと、風強いの?」

「冬を吹き飛ばさなきゃならないからな」

「ふー、ふー、って吹いて?」

「そう。ふー、ふー、って吹いて」


 誰が吹いてるんだろう? と思いながら、またふきのとうを採って、空になったポシェットに詰め込む。


「今日もふきのとうなのか?」

「うん、おかーさんがね、今度はふきのとう味噌作るから、また採ってきてね、って言ってた」

「そうか、美紅はまだちっこいのに偉いな」

「おーちゃんのほうがちっこいよ?」

「まあ、体はな。でも俺は美紅よりもずっと年上なんだぞ」

「ふ~ん」


 ポシェットがパンパンになったところで、雨脚が強くなってきた。


「今日はもうおしまい! 帰ろう、おーちゃん!」


 急いで家まで走る。

 玄関を開けると、ほわっと暖かい空気が美紅を包んだ。


「ばーちゃん、ただいま!」


 家の奥から「おかえり」という祖母の声と、杖をつくゴットン、ゴットンという音が近付いてくる。

 祖母は大きなふわふわのバスタオルで、美紅の合羽をごしごしと拭いた。


「荒れてきたねぇ。こりゃ、みんな早く帰ってくるね」


 こたつに入り、祖母の入れてくれたココアを飲んでいると、祖母の言った通り、祖父と父母が乗った軽トラックが敷地内に入ってきた。

 

「だめだわ、今日はもう仕事になんねえわ」

「ハウスのビニール、大丈夫だべか?」

「なんも、毎年の事だべさ。心配無いって」


 思いもかけない早い時間に家族全員が揃い、こたつに足を突っ込む。

 オホランデがいたずらな顔をしてこたつに潜り込んでいった。


「うお、もちょけえ!」


 父が突然笑い出す。

 オホランデがいたずらしたのだ。

 クスクス笑っている美紅を見て、父が「美紅~、おまえか~!」と、仕返しに美紅をくすぐった。


「ちがうよ~、美紅じゃないよぉ、おーちゃんだよ~、きゃはは」


 そう言っても父は、逃げるまで美紅をくすぐった。

 みんなで一緒に昼ご飯を食べて、みんなで一緒にテレビを見て、みんなで一緒に夕飯も食べた。


 父と一緒にお風呂に入り、茶の間で母と一緒に明日の学校の支度をする。


「えっとね、月曜日は、国語と、算数と、体育と・・・・・・」


 ガタガタと窓が鳴る。


「今日は本当に風が強いね。美紅、大丈夫? 今日はお父さんとお母さんと一緒に寝ようか?」 


 美紅は、小学校に上がったと同時に、一人部屋を与えられていた。


「美紅、もう小学生だから、子供じゃないから大丈夫」


 元気に答えると、お酒を飲んで顔を赤くした祖父がニヤニヤしながら小声でこっそり話しかけてきた。


「本当に大丈夫かぁ? こんな夜はな、ハカナデが出るんだぞ。じーちゃんが一緒に寝てやろうか?」

「おーちゃんが一緒だから大丈夫!」


 祖父はなんだかちょっとがっかりしているようだった。


 部屋に入り、電気を消してベッドに潜り込む。


 草木がざわざわと騒いでいる。


 ハカナデって、なんだろう?

 お墓を、撫でるのかな?

 そんな事を考えると、急に怖くなってきた。


「おーちゃん、ハカナデって何? おーちゃん知ってる?」


 窓がガタガタと鳴っている。


「ああ、知ってるぞ。妖怪だな」


 得意気に答えるオホランデの言葉に、美紅の目に涙が浮かぶ。

 ガタン、と、一際大きな音で窓が鳴り、大声で泣き出しそうになると、オホランデは全身を使って美紅の口を閉じた。


「違う違う、美紅、怖いやつじゃないんだ。そこの窓をちょっとだけ開けて見てみろよ。俺もついてるから大丈夫だろ。友達ってのは信じるもんだぞ、信じなきゃ友達じゃないんだぞ」


 友達、という言葉で、美紅はなけなしの勇気を振り絞り、泣きながらカーテンを開け、窓をほんの少し開けた。


 冷たい、でも春の香りを含んだ突風が部屋の中を駆け巡る。


 月明かりに照らされ、大きな大きな手が、木々を、葉を、まるで竪琴を弾く様に優しく優しく爪弾いていた。


「あいつはな、葉奏でって言って、春を知らせる音楽をみんなに聞かせてくれてるんだ」


 大きな手が暗闇に蠢いている様は、やはり幼い美紅には恐ろしく、泣き止む事はできなかったが、風の音は時折高音を奏で、ざわざわと鳴る草木の伴奏と重なると、何故か心の奥のほうがぽかぽかと暖かくなった。

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