Mission-39 ”カルカ”ノ為ニ鐘は鳴ル
大変お待たせしましたッ!
二ヶ月近くお待たせしてしまい申し訳ありませんッ!
今回、セリフ選びが難産でした……。
記憶に残るような場面作りってムズイです……。
3 Days later……
11:04 AM
???
「……うっ、ウゥゥゥ……?」
〜ヒソヒソヒソヒソヒソヒソ……うわッ、やっと起きたよ……!
……ねぇ、王国を裏切ろうとしたって本当……?
……あぁ、帝国の手土産にこの街を焼こうとしたらしいぜ……?
……あの時は、ジャックさんがヤバい奴だと思ってたけど……。
……本当は、必死にあの罪人供から私達を助けようとしてくれたのね……!〜
「こ……これは一体……!?」
――彼は、必死に思い出そうとするが、思い出せなかった。
霞みが掛かり、朦朧とする記憶を前に――何故、自身がうつ伏せに寝そべり、眼前に広がる愚民供に、ジロジロと見られなくてはならないのだ……ッ!?
そして何故、私は処刑場でもあるこの街の”中央広場”に居るのだ……ッ!?
――思考の中、彼はそこで立ち止まっていた……彼にとっての”奴”が現れるまでは……!
「よう、お目覚めかい?」――彼の視線の上方から、ヌッと……突然180度反転した屈託のない笑顔で現れる奴。
「ッ!? きッ、貴様はァァァァッ! グッ! グッ!?」――必死に首を前に出そうと奮闘するも、なにかに挟まれ、身動きが取れない彼。
「おっとっと……それ以上、醜態を晒さない方がいいんじゃあないか?」――戯けながら下がる奴……。
「最後まで、お貴族様として……アンタらの”格”や”メンツ”落としたくないだろう?」
――さて、そろそろ回りくどい事は終わりにしようか……。
会話の内容から察している◯者の諸君もいるだろうが、ここまでの”彼”は赤クソ豚であり、”奴”は勿論……我らがボスである。相も変わらぬ、煽りっぷりだ……。
「それよりも貴様ァ……ッ! 一体全体、この状況は何なんだッ!?」――噛みつくように叫ぶ赤クソ豚。
「あれ? もう忘れちゃった?」――一方のボスはそんな怒りを華麗にスルーしつつ、戯けた口調で話す。
「アンタらは負けたんだよ……オレらにな?」
「巫山戯るなッ! 愚図な悪魔の貴様などに……ッ!」
「フザケてないよ〜」――至って真面目な顔をしながら、巫山戯た声で応答するボス……。
「その証拠に――お前の右手、見てみなよ?」
「何を抜かすッ! こんな状況で、両腕を拘束しないなどあり得ない……エッ!?」――ボスの言葉に憤慨しつつも、自身の右腕を動かすと――腰辺りで両手を拘束していた縄から、スッポリと……驚く程簡単に右手を眼前へと持ってこれたのだ。
「――あっ……」――しかし、紡がれるハズの罵倒の声はここで途絶えてしまう……。
「――ホラな? そんな親指しか残っていない右手じゃあ……首の枷を外せる訳ないから、縛る必要もない訳よ……」
「あぁ……!」――そして、彼はジョジョに思い出して行く……。
「ウワァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!」――3日前の出来事を……!
「うっ……動くなァァッ! 動くとこの娘の頭が、消し炭になるぞッ!」
赤クソ豚は焦っていた……。
地下の拷問室へと繋がる階段の突き当たり……その壁の向こうにある石壁に囲まれた小さな「隠し部屋」に、人質として連れてきた罪人である「カルカ」と共に潜伏し、奴にとっての最後の切り札である教国の暗殺者「ジャネバ」が、悪魔供を掃討するのを今か今かと待ち望んでいた……。
「大丈夫だ……! あれだけ高い金を積んで雇った暗殺者なんだ……! あんなポッとでの――高が、おかしな魔道具を使えるだけの奴らに負けるハズがない! 絶対ッ! ……負けるハズがないッ!」
――と、呪詛のようにブツブツと呟きながら極度の緊張からか大量の汗を流し、過呼吸気味の中――左手に掴んだ「水晶ドクロ」を強く握り締めた……。
このドクロ……ボスは”悪趣味な成金の置物”としてスルーしていたが、実は、魔道具であったのだ……!
効果は「念話」と「生命探知」の二つ。
念話は、設置した場所からごく狭い範囲内の対象に、対となる小型の「水晶ドクロ」を持つ者と、念話ができる物。
「生命探知」は、現代的に言えば「生体センサー」であり、このドクロに登録された魔力以外を持つ人物を識別、「侵入者の発見」の警告を、随時登録者の頭に”念波”として送る事ができる、案外高性能な物だったのだ……!
だが、それ以外にもう一つ機能があり、対となる小型の「水晶ドクロ」の持ち主が”死亡”した際、2つのドクロが同時に砕け散るという効果を持っていたのだ……!
〜ピキ…ピキピキ……パリィィィィィィンッ!〜
「ッ!? ……う…嘘だ……ッ!」
しかし、奴の望みは自身を鼓舞した後――数秒もしない内に、「左手の中のドクロ」と共に砕け散ってしまった……。
「ち……違う! き…緊張のし過ぎだ……緊張のし過ぎで……手に力が入り、割ってしまっただけだ……! 私が割ってしまっただけなんだッ……!」
彼は必死に叫びそうになるのを抑えつつ、自身の心にそう訴えかけ続けた……!
「――アンタの負けよ……!」
「……何ッ!?」
だがしかし――その支えは、近場の石壁にもたれ掛かるように座り込み、奴の右手の鎖から伸びる首輪に繋がれた「カルカ」によって、罅が入れられ始める……!
「その砕けたドクロ……ここに私を連れてこようとした時、この部屋に入った直後――慌てて取ったでしょ?」
「……」
「それが詳しく”何”を伝えるかは私は解らないけど……
……そんな、直ぐにでも逃げ隠れなきゃいけないこの状況で、入る直前に慌てて取る程……相当大事な物なんでしょ?
それが砕けたって事は……アンタにとっちゃあ非常に不味い状況なんでしょ?」
「……」
「ねぇ、そうでしょ? 私、何度もあの執務室を覗いた事があるのよ……。
その際に、あの水晶ドクロは置いてある位置はたまに違えど、必ずアンタの執務室内の机から、必ず見える場所に置いてあった……あんな悪趣味で高そうな物を――常に、目が届く場所に置いていた……! それだけ大事な物なんでしょ……!?」
「……」
「――そのまま黙っていようが、アンタが負けた事は変わらない。
……それとも、何? 今更、命が惜しくなったの……?」
「……命?」
「なら――せいぜい生き延びればいいわ……。
このままここで、哀れな子羊のように――一生、震え……怯え続ける人生を送れば良い……。
そうすれば……外に居る狼達に見つからず、平穏無事に過ごしていけるかもね……?」
「哀れな子羊……!? 平穏無事だとッ!?」
赤クソ豚は乱暴に鎖を引っ張り、彼女をたぐりよせると、その胸倉を掴み上げた……。
「そう……名誉も、爵位もない……平穏無事な生活……」
「名誉も、爵位もない……!?
私は貴族だッ! 妾子で貴族の矜持も持たぬ! 穢らわしい妾から生まれた、愚民如きに言われたくはないわッ!」
「無理よ、アンタは万年男爵のクズ野郎……こんな状況も覆せないんじゃあ……永遠に帝国の公爵になるなんて、夢のまた夢ね……!」
「万年男爵の…クズ野郎……だとッ!?
巫山戯るなッ! このような状況など、貴族の私に掛かれば容易く逆転してみせる事を……! 今直ぐ証明してみせるわッ!」
そう言って彼女の鎖を乱暴に引っ張っていき……執務室の窓から彼女の頭に右手を添えながら、窓から身を乗り出して叫んだのが、この回想部分の冒頭セリフだ。
この後の展開としては、ボス達がカルカを離すよう呼びかけ、助けに向かうと思う◯者の諸君も多いだろう……。
しかし……だ。思い出して欲しい。前話の終盤辺りの展開から、ボス達はまだ継戦が可能な状態であっただろうか……?
否……ボス、オルセット共に重傷――ラフィルに至っては、まともに”SAA”や”ドライゼ銃”の訓練を行なっていなかったため、遠距離攻撃手段を全く持っておらず、二人の救護をする以外、役に立たない状況であったのだ……。
更に、予備弾薬の供給や、魔法の行使を行おうにも……雀の涙程度の魔力しか、彼らには残されてなかったのである……!
またまた予期せぬこのピンチ……!
――では一体、ボス達は罵倒をする以外に、どうやってここを切り抜けていたのであろうか……!?
〜 プパァァァァァァンッン!!! ビッシャァァァァッ! 〜
……そう、この執務室の中で響く「ドライゼ銃」の発砲音!
前話で急な離脱をした”リフィル”が、執務室の入り口から赤クソ豚が今にも魔法を放とうと右手振り上げた瞬間ッ! 振り下ろそうとするその手を撃ち抜いたのが、この音である!
彼女は、ボス達と共にシラミ潰しに領主館内を捜索する最中、何故、逃げ込んだ赤クソ豚の姿が全く見えなかったのか……ずっと気になっていたのだ。
そして、オルセットから治療を受けた後、自身の癖でボス達へと迷惑を掛けた事を知った彼女は後悔し、ラフィルと会話する最中……彼女は幼き日からの友である、精霊兄妹の妹である”エナ”に頼み――ずっと、領主管内で探し損ねた場所がないか探すよう……頼み、独自に探していたのだ。
……その後、壁と隠し扉の僅かな隙間から件の「隠し部屋」を見つけた”エナ”はリフィルに通達、奴らの一連の会話と行動を監視し、それに合わせた行動を取るため、リフィルは一時離脱していたのだ。
後は前述の通り……確実に”カルカ”を救出するべく、領主館を囲むお堀を飛び越え、壁の上を渡り――執務室前の部屋に潜伏しながら、ずっとこの時を待っていたのである……!
そうして――奴の右手が”サムズアップ”にしか使えない手になった瞬間……!
〜ガブッ! ドンッ!〜
繋がれていたカルカは、首を絞めつけていた左腕に噛みつき、拘束を解いた後、素早く窓から奴を突き落としたのである……。
後は流れ作業のように、窓下に居たボス達によって、お縄になり…現在に至る……と言う訳である……!
「――ァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!」
「……思い出したか? ――つ〜か、もう叫ぶのやめろ……」
「――私の! 私の右手がァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!」
「やめろって……ッ!」
「――貴様ァッ! よくも私の右手をォォォォォォォォォォォォォ……ッ!」
「……やめろ、言ってんだろうがッ!」
〜 フォンッ、ボゲシャアッ! 〜
まぁ……容赦ないな……。
親知らずの一本が吹っ飛ぶ程の、腰の入った下段回し蹴りを叩き込むなんてな……!
……るセェ、これでも足りないぐらいなんだよ……ッ!
「貴ザマァァ……! よグもバたしに……こんな仕打ちヴォして……タダで済むと思うのかァァ……!」――蹴られた衝撃からか、ボスを睨み上げながら喋る赤クソ豚。
「……そうだな、タダじゃあ済まねェな……」――視線を落としながら、何故か肯定するボス……。
「でファ何故……ッ!?」
「ハァ? 言っとくが、タダじゃあ済まないのは、テメェらの方だよ? 10年間もツケを払ってないのに、今まで良く偉そ〜にしていたな……?」――呆れるように喋るボス。
「10年間……? ツケ……? 何を言って……!?」
「ツケ……借金の事だよ? お前らだけで金だの、女だの、暴力だの……”甘い汁”を啜りまくってただろ? この街を10年間もないがしろにしてきて……?」
「ヴァ……私は、この街の発展に貢献してきたのだぞ!? 悪いのは、王国だ!
あの愚王が私を認めないから……!」
「――だからグレて、この街を苦しめました……と?」――心底、底冷えする様な声で質問するボス……。
「グレ…るとは、意味がわからないが――これ以上愚民の分際で、私を侮辱する様な言葉を言うのであれば……!」
〜 フォンッ、ボゲシャアッ! 〜
「ギゾグッ!?」
――赤クソ豚の言葉が紡がれる前に、ボスは下段回し蹴りが入らなかった、反対側の左頬に、鋭い下段後ろ回し蹴りが叩き込まれ、更に2本の歯が吹っ飛んで行く……!
「……黙れ。それ以上――テメェの選民講座なんて聞きたかねぇよ……」
「アガガ……ガァ…!」
――ボスは、赤クソ豚が気絶したのを確認すると、広場に居た群がる民衆達に向け、両手を広げながら語り始めた……。
「フゥ……皆さん、お見苦しい所を見せてしまい、大変失礼いたしました……。
さてさて……ここに並ぶ罪人達の罪状は、あらかじめ皆さんに述べた通りですので……。
それでは、処刑を進める事を前提に、皆さんにご紹介したい人物がおります……!」
〜ザワザワザワザワ……〜
「――では皆さん! 新たなこの街の支配者をご紹介しよう!
Mrs.カルカ・ディシードだ!」
――”どんな人物なのか……?” 会場内でヒソヒソと騒めき合うBGMの中、ボスによって名前を挙げられた”カルカ”は、民衆達から見て右手側の階段から、ボスの居る処刑台の壇上へと登って来た。
壇上に上がる際の彼女は、ボス達と行動を共にしていた際の見窄らしい男装ではなく――この世界特有の物なのか……派手すぎる装飾はほとんどない、すっきりとしたエンパイアライン風の淡い黄色のドレスを身に纏い、髪には麦穂のような金細工の髪飾りを付けた、礼服を思わせる服装をしていた。
多少緊張していたのか、壇上の中央辺りに来るまでは”瞳”と”手”が震え……非常に落ち着きがなかったものの、民衆を目にした途端――その震えはジョジョに収まり、曇りのない真っ直ぐな眼になっていた……。
「皆さん、初めまして……。
私は……私は、カルカ・ディシードです。
まず……皆さんに言わなくてはならない事があります……。
10年もの間……不肖の兄達が皆さんを苦しめてしまい……本当にすみませんでした……ッ!」
そう言い切ると同時に、彼女は頭を下げていた……。
これを見た周囲の民衆は、大変驚愕していた。
10年もの間、自分達の支配者となっていた「豚供」は一度たりとて頭を下げた事がなかったからだ。
これは現代的に言えば、市長や知事がテレビの記者会見で謝るような物である。
彼女は、まだ正式な支配者となった訳ではないが……腹違いであれど、同じ家に生まれた身として……この地の新たな支配者となる覚悟を示すため……あえて、”カルカ”ではなく、”カルカ・ディシード”として――まずは、挨拶と誠心誠意を込めた謝罪をしたのだ。
……これに対し、民衆達の反応はどうであろうか……?
〜……シ〜ン……〜
おぉ、良かったではないか……! 掴みはバッチシのようで……
〜……ふざけんなよ……!〜
……とまぁ、世界や時代は違えど――どこでも「抑えきれない不満」という物は溜まる物だ……。
「じゃあ……じゃあッ! お前はその処刑台に居る、黄色い豚野郎に連れ去られた、オレの恋人を返してくれるっていうのかよッ!?」――民衆の中に居た、2、30代ぐらいの青いチェニックを着た男性が唐突に叫びを上げる。
「おッ、おい! やめろ!」――近場に居た、茶色いジャケット風の服を着た男性が止めに入る。
「うるセェ! 黙れよッ!」――しかし、チェニックは止めに入ったジャケットの腕を払い除ける……。
「落ち着け! ”ディシード”ってあの女は言っただろ? いくら女でも貴族様に歯向かうんじゃあ、オレらの首が……」――何とか、興奮したチェニックを宥めようと、次に紡ぐ言葉を探すジャケット……。
「黙れよッ! じゃあ、オレはいつこの不満をッ!
何処の誰に、ブチ撒ければ良いっていうんだよッ!?」
〜……シ〜ン……〜
「オレは恋人を連れ去られる際に、こう言われたんだ! 「ちょっと、異端審問をするだけだ……」って……。
そして――10年……アイツらが言ったちょっとの10年をッ! オレは死に物狂いで待ち続けてたんだぞッ!?
10年もの間ッ! 「彼女はどうしたんだ!?」……って言っただけで、捕まり首を刎ねられると聞いた――恐怖に怯えながらッ! オレはずっと待ってたんだぞッ!?」
このチェニックの叫びに、辺りはいつの間にか静まり――その男に集まっていた軽蔑の視線が、好奇に変わり始まっていた……。
一方の二人も、ボスは少々苦々しい表情で見つめ――カルカは憐れみの込もった、悲しげな表情で見つめていた……!
「なぁ……みんなはおかしいと思わなかったのか……ッ!?
10年以上も前、あの処刑台に居る奴らが領主じゃあなかった時は、オレ達はこんな苦しくて惨めな生活を送らなかっただろうッ!? ”出街税”だなんて馬鹿げた税金なしに! 何処からも商人や冒険者達が来て……たまに森や川へと、自由気ままに行けただろうッ!?
いつだって、活気と笑いに満ち溢れていた……何処にでも誇れる商業都市だったろッ!?」
〜……シ〜ン……〜
「それが今はどうだよッ!? アイツらの所為で――10年の間に、ここまで腐りきったッ!
オレの爺さんがこの街を作り上げるのに、五十年以上掛かったと聞いたのを――たったの十年でだッ!
オレらの街の誇りをッ! アイツらに汚されてきたんだよッ! オレ達はッ!
……あんな女は見た事はないけど、アイツもあの処刑台に居る奴らと同じ家だって言う奴が謝ってるなら……それを見逃したら……ッ! オレらは一体! 何処の誰にッ! この不満と、汚された誇りへの怒りをォッ! 打つければ良いんだよォォッ!?」
……ここまで叫びきり、まっすぐと壇上の”カルカ”を見つめていたチェニックの表情は、般若の如き憤怒と、愛する者がもう戻らないと半ば悟ったやるせなさから来る、哀しみの涙に溢れ返っていた……。
ここまでの出来事を壇上からずっと静かに見ていたカルカは、右手を胸の上に置くと語り出した……。
「本当に……本当に、すみません……。
――貴方の恋人さんの事は初めて聞きました……とても心痛む出来事で……」
「巫山戯んなよッ!」
「ッ!?」
「じゃあ……じゃあッ! 何で申し訳ないと思うのなら! 何でお前はそこのディシード家の豚共ように、ギロチンに入っていないんだよ!?」
「そ……それは……」
「お前だって、ディシード家の女なんだろッ!? 責任感じてんだったら、そこの処刑台に入れよッ!」
「え……ッ!?」
余りの理不尽な無茶振り発言に、彼女は思わずたじろぐ……。
「何だよ――嫌なのか……?
だったら――だったら、オレの恋人を返せよッ! 今すぐ返せッ!」
「そ……そうだ! オレの妻も返せッ!」
〜……ザワザワザワザワザワザワ……そうだッ! そうよッ! そうだよッ!
八年前の私の旦那は、まだ生きているのッ!?
六年前の僕の嫁は、どうなんだッ!?
五年前に連れて行かれた俺の娘達は……ッ!?
二年前のワシの孫は……ッ!?
一年前のワタシの息子達はどうなのッ!?〜
……10年、クソ豚供が溜まりに溜めたマケットの住民達の怒り……哀しみ……それら全てが、火山から吹き出す無数の”火山弾”のように、カルカに向けて降り注いできた……!
その非難轟々の熱さに、彼女は一歩……また一歩とたじろいで行ってしまう……!
「み……皆さん! 落ち着いて! お願いですから落ち着いてッ!」
「黙れよッ! 人殺しがァ! テメェも責任持って死ねよッ!」
〜そうだッ! そうよッ! そうだよッ!
死刑だッ! 死刑だッ! 死刑だッ! 死刑だッ!
死刑だッ! 死刑だッ! 死刑だッ! 死刑だッ!
死刑だッ! 死刑だッ! 死刑だッ! 死刑だッ!
死刑だッ! 死刑だッ! 死刑だッ! 死刑だッ! ……〜
チェニックが叫んだ「死ねよッ!」と言う言葉に、呼応するように……周囲からの「死刑コール」が無数に湧き上がる……!
この惨状に、酷く胸を痛め何を思ったのか……カルカは懐から震える手でナイフを取り出すと、自身の首に向け――ゆっくりと、その切っ先を喉元に収めて行こうとした……。
〜 パァァァァンッン!!! 〜
「ッ!?」
しかし……その行為は天に向けて放たれた、1発の銃声によって止まる事になる。
カルカの左奥……ギロチンに挟まれた黄クソ豚近くまで下がっていたボスが、静かに彼女に近寄り、そのナイフに手を掛けて下げさせたのだ……!
「……カルカ、その護身用に渡したナイフをしまえ……」
「えっ!? でも……ッ!」
「いいから仕舞えッ!」
そう言い、ボスは彼女のナイフを懐に収めさせた。
そして、少し彼女の前に出ると――先程の銃声で既に罵倒が収まっていた民衆を少し見渡した後、この騒ぎを起こし始めた張本人である”チェニック”に視線を向けた。
「な……何なんだよ! お前ッ!?
何でそこのクソ女が責任を取ろうとしていたのを、止めたんだよッ!?」
「まぁ、待てよ……。
オレの説明がなかったのも悪かったが、そう狂犬みたいに噛みつくなよ……」
「……ハァ? 説明? さっき説明はし終わったって言ってただろッ!?」
〜 そうだッ! そうよッ! そうだよッ! ……〜
――チェニックに便乗するかのように、処刑場に居る無数の民衆が野次を飛ばす。
「いや、悪かったって……。
だが、彼女が後ろにいる罪人達と同じ”ディシード家”でも、何をやってきたか――彼女が話す事に耳を傾けても……」
「黙れよッ! 今更そんな言い訳なんて聞きたくねェんだよッ!
……お前らが責任とって死なないのなら――オレが殺す……ッ! オレがその女をブッ殺してやるゥッ!」
〜 パァァァァンッン!!! バスッ!〜
「ヒイッ!?」
チェニックが拳と共に雄叫びを上げ、立ち塞がる民衆を掻き分けて処刑台へ突撃しようとした時……。
彼はマヌケに踊るかのように、その場で飛び退けたのだ。
理由は単純。突撃するチェニックに合わせ、直線上に人の波が開けた彼の足元の土に目掛け――ボスが再びSAAを発砲したのだ……!
銃口から撒かれた濃厚な白煙が晴れると同時に、彼は少し俯いたまま語り出す……。
「……あのなぁ、お前を含め――この処刑場に居る全員――調子こいてんじゃあねェよォォッ!」
この叫びに、チェニックを含め……処刑場に居る全員はポカ〜ンと呆然としてしまった……! 当然であろう、自分達が逆ギレされる理由も分からずに唐突に怒りを打つけられたのだから……ッ!
「ふ……巫山戯るなッ! 何で虐げられてきたオレ達が、テメェなんかに怒られなきゃいけないんだよッ!?」
ボス目掛けて指を指しつつ、怒りの声を挙げるチェニック。
「じゃあ、聞くが……この後ろのクソ罪人供を捕まえられたのは、誰のおかげだと思う?」
「なっ、何なんだよッ!? 唐突に話の内容を変えて……」
「誰かって聞いてんだよォッ!?」
――必ず答えろッ! ……と脅すような勢いで、怒鳴り声を挙げるボス。
「……あ、アンタだろ? アンタがそこの罪人供を捕まえて……」
「違うな」
「えッ?」
一瞬、チェニックと共に処刑場の民衆一同は、その意外な答えに驚愕する。
同時に、周囲の怒気はいつの間にか四散し、彼らの目線は処刑台に堂々と佇むボスに集まっていた……。
……カルカもまた、驚愕と共にボスの方に目が離せなくなり始めていた……!
「……何を隠そう、この街を救ったのはここに居るカルカと――ダース商会の会頭であるダースの――二人のおかげだッ!」
「「「「「ッ!?」」」」」
――この一言に、会場は再び驚愕一色に染まり上がり、処刑場一同が求める答えを……再びこの男が求めた。
「な、なんでだよッ!? 捕まえたのはアンタじゃあ……」
「確かに、捕まえたのは俺らだ。だが、オレらはこの街に来た時は――このクソ罪人供を捕まえる気は毛頭なかった。
――嫌だとは思っていた……だが、オレらは傭兵だ。
倒すのに失敗すれば……確実に俺らは犯罪者になる、面倒で利益のない事だと思っていた……。
だけど、この街を救おうとオレらに思わせたのは……紛れも無い、彼女達だ!」
――そうボスは、オーバーリアクション気味な身振り手振りを、話の最中に盛り込みつつカルカ達のおかげと言う事を声高々に強調した。
そして、彼は続け様にまた身振り手振りを交えながら話し始めた……!
「そして、それを踏まえてアンタ達に聞こう!
ここに居るカルカ以外に、この罪人供をフン捕まえて――この処刑台のギロチンにブチ込める度胸ある奴は居たのかッ!? ……お前はァッ!?」
……銃口を向けられた男は両腕で顔を庇いつつ、目を背けてたじろいだ……。
「お前はァッ!?」
……銃口を向けられた女は、素早く後ろを振り向きつつ、その場にしゃがみ込んで震え始めた……。
「言い出しっぺをした、お前はどうなんだ……ァッ!?
……銃口を向けられたチェニックもまた、たじろぎつつ視線を逸らした……。
「少なくとも……この処刑場に居る奴全員、居ないだろうォッ!?
そんな出来ない事を、彼女達はやったんだ! この街を救いたいがためにッ!
同志を集めて……敗れ続けようが10年も、彼女達は諦めずにこの街を救おうと必死だったんだよォォッ!」
いつの間にか、まだポツポツと残っていた罵倒は収まり――処刑場にいた民衆は、ボスの言葉に聞き入っていた……!
その一方でボスは、ここまで叫び切り、ひどく荒げてしまった呼吸を整えると――SAAをジーンズの尻ポケットに仕舞った。そして再び軽く周囲を見渡す……。
その間、3分にも満たない沈黙であったが、カルカを含め処刑場にいた民衆は、次に彼が何を言い出すのか――その事ばかりに頭を埋め尽くされていたのだ。
だがそれも当然であろう……もし、これを博識な転生者が見れば、恐怖していたかもしれない……。
何しろボスがやっている事は、一時期世界を恐怖に陥れた……演説だけは評価された――とある独裁者のやり方を、軽く模倣した物であったのだから……。
しかし、ここで大事なのは善人が使うか、悪人が使うかの”使い方”である。
処刑場の民衆とカルカ……そして◯者の諸君に向けて、ボスは大きく息を吸い、その続きを述べる。
「そして……オレが率いる、傭兵団を見つけられた――見つけられたからこそ、彼女がこの街を救えたんだッ!」
「だからいいか……? 彼女達こそが、この街の英雄だ。
そして……アンタらがさっき”死ね”だの”死刑”だの言っていた事は……英雄様に対しての立派な侮辱なんだよッ!」
その事実を聞き、処刑場の一同は騒然とした。
見せる反応は様々であったが、一同が感じていた事は皆共通していた……。
「自分達は、何て事をしたんだッ!?」……と。
そしてボスは、そんな悲嘆に暮れる会場に容赦もなく止めを刺した……ッ!
「……いいか? 生きている人に”死ね”って言う事は、相手への最大の侮辱であり、自分自身の最大の恥だと思え……! そんな人を殺すかもしれない言葉を……理由も知らずに軽々しく使ってんじゃあねェよォッ! 分かったかァァッ!? クソ供がァァァッ!」
――やっと言い切れた、そうボスは思っていた。
……先程も言ったが実際に”マケットの街”を救ったのはボス達、傭兵団だ。
しかし、それを実行に移せたのは……紛れもなくカルカ達の勇気があったからだ。
諦めずに10年もやり続けた勇気……それに魅せられて、ボス達は動いたのだ。
そして、その誇れる勇気を――何も知らずに侮辱した、”マケットの住民達”に対し、ボスは腸が煮えくり返えらんばかりの怒りを抱いたからこそ、このような形で報復したのだ。
結果は上々。
……少なからずボスを罵倒する者が出たが、ほとんどの住民がまるでお通夜のように、自身達の愚かさに対し、嘆いていた……。
「ほら、これで自己紹介の続きができるだろ?」
そう言いつつ、ボスがカルカの方へ振り返ると……?
「……えっ?」
……彼女は、無意識に両眼を見開き、涙を流していた……。
「どうした? 泣いている暇はないぞ?」
「……いえ、ボスさん……その……酷過ぎますよ……!」
――しかし、しゃくり上げながら喋る彼女の声色には、否定するような感情は込められていなかった……むしろ、感謝すら抱いているような……。
「……オレはムカついたから言っただけだ。
アンタが真の英雄でないと、否定された事に腹が立っただけさ……」
「でも……あれじゃあ……ボスさんが……」
「オレは英雄じゃない」
「えっ?」
「オレらは傭兵だ。オレらはただ……アンタに頼まれた仕事をこなしただけだ。
それに……」
「……それに?」
「カルカ、オレらが街を出て行った後は……一体、誰がこの街を治めるんだ?」
「ッ!」
「ほら、行け……! 胸張って行けッ! 御膳立ては済ませたんだからなッ!」
そう言うと、ボスはカルカの後ろに回り込み――軽く彼女の背を押すのであった……!
彼女は突然の事に、少し前のめりによろけそうになったが、何とか持ち直し、処刑場に広がる民衆達の前に出た時……一瞬、出た瞬間に彼女の身がすくんだ。
救った以上――自身が治めなくてはならないと、前々から心構えていた事が、急に来た事に驚いてしまったからだ。
しかし、自身の不甲斐なさを……彼が汚れを被ってでも持ち直してくれたこの場を、無駄に出来ないと思った彼女は、涙を静かに拭った後、両手を握りしめ――民衆に向け語り出した……!
「み……皆さんッ! 聞いてくださいッ!」
この一言に、お通夜状態であった処刑場の民衆達は、一斉に彼女の方へと地面から顔を上げた……。
「私は……私は!
一生を賭けてでも償いますッ! 皆さんを10年もの間、救えなかった事をッ!」
――処刑場の民衆達は、何も言わずカルカの言葉に耳を傾ける……。
「突然出てきた不遜な輩だと思う人がいるでしょう!
女だから、政治や統治は無理だろうと思う人もいるでしょう!
でも、私は……この10年間ッ! 片時も貴方達を救おうと努力を欠かさないで来ました!
10年もの間、私はどんなに苦しくとも……貴方達を見捨てる事を考えた事は一度もありませんでしたッ!」
――ジョジョに、処刑場内にしゃくり上げたり、すすり泣くような音が増えて行く……!
そしてカルカの方もまた、しゃくり上げながらも声のボルテージをジョジョに上げて行った……ッ!
「私は……この街と、貴方達が好きだったから……!
10年前のあの頃の……みんなの笑顔を見たかったから……!
私はここまで頑張ってこれたんです……ッ!」
「ですから……皆さんッ! 皆さんが言ってしまった事は水に流しましょうッ!
領主としては初めてですが……皆さんへの贖罪のため、私にこの街の領主をッ! 務めさせて頂けないでしょうかッ!?」
カルカは十年もの間、溜め込み続けた己の無力さを今、ここで出し切るべきだと感じながら叫んでいた……。
その双眸から、絶え間なく”大粒の涙”を流しながら……。
さて……彼女の叫びに対し、処刑場の民衆の反応は……?
〜ワアァァァァァァァァァァァァァァッ!
勿論だぜ! 賛成よ! 反対なんてするかッ!
ゴメンな〜ッ! 心ないこと言っちまって〜ッ!
期待しているぜ〜! 新しい領主様〜ッ!
新しい領主様、バンザ〜イッ!〜
見事な大賛成……と言ったところであろう。
……えっ? 最後は泣き落としだって? まぁ、故意だとしても少し待って考えたまえ……。
欲望のままに人を殺しても何も思わない”クソ豚供”と、町を救おうと必死に奔走した”カルカ”……。
どっちが街を治め、幸せにできるかは明白であろう……!
「皆さん……本当に、本当にありがとうございますッ! ありがとうございますッ!」
西洋な場所なのに、何度もお辞儀を繰り返すちょっと奇妙なカルカを横目に――ボスは一瞬微笑みながら、彼女の前に出る。
「……フッ、それでは皆さん、新しい領主様も決まった訳ですし……今回の処刑、最後の催しを……!」
「……巫山戯るなァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!」
……しかし、そのハッピーエンドを遮る者が一人――再び目を覚ます……!
「この恩知らず供がッ! 貴様らをこの街に住まわせ、王国民として住めるようしてやったのは誰かッ! 明日のパンに困らぬよう街に金を回したのは誰かッ! 10年も貴様ら愚民供の面倒を見てきたのは――誰だと思ってるのだァァァッ!?」
熱狂の止まないライブ会場に、突然自らステージに乗り上がって支離滅裂な言葉を叫ぶ、頭のおかしな野郎……長い例えになったが、それが今の赤クソ豚であり……
〜……シラ〜〜〜〜〜ン……〜
養豚場のブタでもみるかのように冷たい目で、奴を見つめる処刑場の民衆とボス達が居る、この現状である……。もう、彼が何を言おうとも……
「な……何をボサッとしているッ!? え、衛兵ッ! 衛兵ッ! 今すぐ私達を助けろッ!
早くコイツらを捕らえて、地下の拷問室にブチ込まんかッ!」
〜……シラ〜〜〜〜〜ン……〜
「な、何故来ない……ッ!? 衛兵ッ! 衛兵ッ!
……ええいッ! 目の前の貴様らでもいい! 早く私達をここから助け出せェェッ!」
〜……シラ〜〜〜〜〜ン……〜
どう足掻こうとも……
「早く解放しろッ! このクソ供がァッ!
貴様ら平民の分際で、貴族である私に楯突こう物ならどうなるのか、分かってるのかアァァァァッ!?」
「ハイ、そこまで……」
〜 グンッ 〜
「むぐッ!?」
無駄なのである……ッ!
「……残念だね〜アンタァ、ダメ押しで自分の命を投げ捨てるなんてね〜」――赤クソ豚が無駄な講釈を垂れている間に、奴の真横に移動し、頭をグイッと押さえ込んでお喋りを強制キャンセルさせながら、皮肉げに語るボス……。
「なっ、何が自分の命を投げ捨ててるだッ!? 私は自分のやった事を……」
「オレの話聞いてなかった〜? 選民講座はいらねぇ〜って〜ッ!」――言いながら更に強く頭をおさえつけるボス……。
「むぐぐッ!?」
「それに……忘れたのか? お前に従う衛兵を含め、私兵や冒険者は全員――オレら傭兵団が倒した。
だから、いくら呼ぼうと来ねェよ……」――そう、呆れた口調で語るボス。
「……ふ、フンッ! なら貴様も忘れたのか? 貴様らを一度追い詰めた我が弟のヴァイオがいる事を……! おいッ! ヴァイオッ! 我が弟よッ! もう起きている筈であろうッ!? 今すぐその拘束を壊し、私達を助けろッ!」――負け犬の遠吠えにしか聞こえないが、最後の望みを左に居る青クソ豚に託す赤クソ豚……。
「……」――しかし、無言のまま項垂れ、目を覚まそうとしない青クソ豚。
「お、おいっ! ヴァイオ! 巫山戯るなッ! 早く目を覚ませッ!」
「……」
「ムググ……ッ! ええいッ! アリウストッ! 起きろッ! 貴様の魔法鞭で何とか出来んのかッ!?」
「……」――しかし、無言のまま項垂れ、目を覚まそうとしない黄クソ豚。
「……ウガァァァァァァッ! 一体全体どうなっているッ!?」――あまりの反応の無さに、親指しかない右手を振り回しながら、思わず取り乱してしまう赤クソ豚。
「……じゃあ、聞いてみようか?」
〜ボカァッ! ボカァッ!〜
「グッ!?」
「プギャアッ!?」
……少し戯けた口調でボスが行った後、反応のなかった二人の頭を軽く殴り付け、無理矢理起こしたのだ。
殴られて声を上げた二人に、「ハロ〜、グッドモ〜ニ〜ング〜ッ!」……と彼が陽気に声を掛けると、その声に気付いた二人が、瞬時に顔を向けた瞬間……携帯のバイブレーションの如く、ガタガタと震え出したのだ。
「おや〜? 二人とも寒いのか〜? 今日は快晴だっていうのに〜?」
〜ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ……〜
「まっ、いっか。それじゃあ――二人共を起こしたのは、二人のお兄さんが何かを言いたいんだってさ〜」
〜ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ……〜
「そ……そうだッ! おいッ! ヴァイオ!
震えていないで、今すぐ貴様の力で何とかこの状況を脱するのだッ!」
〜ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ……〜
――しかし、青クソ豚は震えたまま、ずっとボスを凝視していたのであった……。
だが、ボスが一歩一歩――悠然と彼に近づくに連れ、彼は視線を逸らし……ボスが腕をその首に掛けた時には、その視線の角度は、一気に処刑台の板へと振り切っていた……。
「……だってさ? どうする? ヴァイオ君?」
〜ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ……〜
「い……イヤだ……イヤだァッ! もう……もう、あんな目には、合いたく無いィィッ!」
「なッ!? 何ィィッ!?」
驚きを隠せない赤クソ豚。
だが、それは当然であろう……。何せ10年もの間、数多に立ち塞がる反逆者達は、彼にまともな傷を残せず、その息の根を止めた者がなかった事から「不死身」の異名を付けられていた……。
そして、自身は負け知らずと豪語していたあの青クソ豚が……怯えた子犬のような声しか出さずに、あの反逆者を前に震えきっているのだ……!
「おやおや残念……お兄さんの期待には応えられないみたいだねェ……?
じゃあ、末っ子のアリウスト君だったらどうだろうか……ねェ……?」
ネットリとしたいやらしい口調でボスはそう言うと、今度は黄クソ豚の方へと一歩一歩――悠然と歩いていき、彼の首に腕を掛けた。
すると、彼は一瞬ビクッとした後……正面を向いたままうわ言のように、何かを呟き始めた……。
「ボクチンは偉い……! ボクチンは偉い……! ボクチンは偉い……!
ボクチンは死なない……! ボクチンは死なない……! ボクチンは死なない……!
ボクチンは偉い……! ボクチンは偉い……! ボクチンは偉い……!」
……以下略である。醜態でしか無い繰り返しなので。
「あ……アリウストまで……ッ!?」
……と、大した期待の込もってない声であったが、赤クソ豚の希望は儚く砕け散ったのであった……。
「何故だ……! 何故なんだッ!?」――焦燥を隠しきれない赤クソ豚。
「……なに、ちょっとした遊びに付き合って貰っただけだ」
「遊び!?」
「あぁ、アンタ達のしていた「奴隷狩り」って遊び……アレって、響きからして面白そうだな〜って思ったからやってみたんだよ」――飄々としつつも、陽気に返すボス。
「”奴隷狩り”を……?
では……では何故、貴様はそんなのうのうと――正気を保ってられるのだッ!?」
「……お貴族様って、”偉さ”に関しては頭ァ沸いてんのかね……逆だよ、逆」――やれやれと、呆れながら語るボス。
「”奴隷役”は、ここの二人が快く承ってくれて――あんまりにも楽しかったもんだから……ほぼ三日三晩、アンタ達がやってたって言う領主館裏の森で……ねぇ? 二人共?」
「ヒィッ!? や…やめてくれッ! も……もう、俺を殴らないでくれェッ! 脚にあの魔道具で穴を開けないでくれェェッ! 大剣で斬り刻まないでくれェェェッ! 俺は……俺はもう不死身じゃあないんだよッ!」
「ブタれるのはイヤ……ブタれるのはイヤ……ブタれるのはイヤ……
爪剥かれるのもイヤ……爪剥かれるのもイヤ……爪剥かれるのもイヤ……
火かき棒もイヤだ……火かき棒もイヤだ……火かき棒は…特にイヤだァァァ……!
アツアツのを……熱々のを……オシリに突っ込まれるのは……イヤだァァァァァァァァァァァァッ!」
ボスの語った日の記憶が余りにも恐ろしいのか……青クソ豚は一心不乱に泣き喚き、黄クソ豚は、恐ろしげな内容をうわ言のように呟き続け……終いには余りの恐怖に叫んでいた。
しかし……だ。彼らが述べた”拷問”と思わしき内容の割には、ボロボロに成り果てた彼らの貴族服から垣間見える体は、まるで生まれたての赤ん坊のように傷一つ無かったのだ。
……恐らく、察しのいいベテランラノベラーな○者の諸君はお気づきであろうが、そうでない○者の諸君のために一つ、例え話をしておこう……。
ここに、「ナイフ」と「回復魔法」がある。
「ナイフ」は敵を傷付け、相手を殺傷するためにある物である。
「回復魔法」は、そんなナイフなどによる傷を癒し、無かったも同然にできる、医者が逃げ出すような奇跡であろう。
それを、「ナイフ」→「回復魔法」→「ナイフ」→「回復魔法」……と延々と繰り返すとどうなるであろうか?
……つまり、ボスが二人に施した事はそう言う事なのである。
だが――二人の今までの恐慌っぷりに、ボスは証言以上の事をしていたようだが……ここから先はR指定なため、詳細は○者の諸君のご想像にお任せしよう……。
「こ……この下衆がァッ!
このような人でなしの所業が、許されると思うのかァァッ!?」
兄弟の絆か…はたまた恐怖を顔に出したくない所以なのか……赤クソ豚は、ボスに噛みつくように叫んだ。
しかし、ボスは恐ろしい程に冷酷な目付きで見下しながら、凍りつくような冷ややかな声で語り出した……。
「…… <フィフティ/フィフティ>……」
「……は?」
「”何事にも対等であれ”……オレの信条だ。
そして――これを守るなら、テメェらが仕出かして来た10年分なんて……たった3日の過酷な…拷問ぐらいじゃあ、足りねェんだよ……ッ!」
「ヒッ!?」
「まぁ……流石に10年の拷問なんて今は出来ないし、飽きるから――この処刑なんだが……それでも足りないもんだから……ナァ?」
――肉体では出来ない分、とことん精神で追い詰めてやる……ッ!
……それが、今のボス自身が出来る――仲間達のための復讐なのである……!
その圧倒的な気迫に対し、赤クソ豚は唾を飲み込みつつ、押し黙ることしかできなかった……。
その一方――この時のボスは、目の前にいるクズ共の脳天に”コーチガン”の散弾を、原型を留めない程にブチ込みたくも、それが出来ない事を――非常に口惜しく思っていた……。
だが……これはボスの復讐ではない。故に、”コーチガン”は絶対抜けない……!
この復讐にケジメを付けるべきなのは、”カルカ”と”エルフ姉弟”なのである。
行ってしまえば、それは彼が望まぬ偽善となり……彼女達の覚悟を侮辱する事になってしまうだろう……。
だからこそ、直前に”心の決意”を示していた彼なのだが……。
それでも、今も腰のウエストポーチに入れてある”コーチガン”を、引き抜こうと思ってしまえる程の煮えたぎる灼熱の怒りを堪えながら――ボスは、カルカに指示を出したのであった。
「……カルカ」
「はい?」
「ギロチンの操作は……お前に任せる」
「えッ?」
「……辛いかもしれないが、お前が領主になるなら――これは避けて通れない道だ……」
「……」
「どうだ? 出来るか?」
「……大丈夫です。覚悟は……出来てます……!」
「そうか。じゃあ、俺が指をこう……”パチンッ!”……って、鳴らしたら、お前に渡したナイフで、そこの真ん中のギロチン側面に掛けてある、3本のロープを纏めて斬ってくれ」
「分かりました……」
「……頑張れ、もう少しだぞ……」
……自身の合図で、全てのギロチンの刃を支える”ロープの束”を解放する事を……!
「さて……じゃあ、処刑の再開を……」
「……巫山戯るなァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!」
……しかし、赤クソ豚は、相当、往生際が悪いようだ……。
自身の罪はハッキリしていると言うのに、まだ自身の貴族としての誇りを糧に、活路を見出そうとボスに噛み付くような叫びを浴びせたのだ。
近くで突然の叫ばれたために、ボスは思わず両耳を塞いでしまったが――叫びが止まった瞬間、横目で睨み、怒りの込もった声で問い掛けたのだ。
「……何だ? まだ自分は無実だとか、おめでたい事を言いたいのか?」
「無実以前の問題だァァッ! 貴様ッ! 貴族を何だと思ってるのだッ!?」
猛るように吠える赤クソ豚前に、ボスは遂に呆れ果ててしまったのか――奴から視線を逸らした後、左手で顔を拭い、空に向けて軽いタメ息をすると、再び奴と向かい合い――より一層呆れた口調で語り掛けた……。
「ハァ……もう…いい……。
じゃあ、一回だけチャンスをやるよ……」
「……チャンス?」
――不本意ながらも、期待掛かった声を挙げる赤クソ豚。
「アンタら全員が、”無罪放免”になる方法をな……」
「「何ィッ!?」」「ボヒィッ!?」
その一言に、三匹の豚供は声と共に素早く顔を上げた。
「ちょ、ちょっと! ジャックさんッ! 話が違うじゃあないですかッ!」
しかし、この提案に異議を唱える者も、当然居た。
先程ボスの合図に合わせてロープを斬ろうとしていた”カルカ”である。
――自分を認めてくれた事は嘘だったのか……ッ!?
彼女にとっては、そう思ってしまう程の早急な事であり、その早急さは、即座に彼の方に詰め寄る程であった……!
「……だがッ!」
「「「「ッ!?」」」」
――しかし、ボスは決して彼女を認めた事が嘘でない事を、次のように表明して見せたのだ……!
「その”偉さ”とやらを盾に、オレの仲間の母親を含め、この街の大勢の住民を殺しまくった……。
そして、オレとオレの仲間も……くだらないテメェらの立身出世の為に、死にそうな目にあった……。
それを加えて、10年にも続いた”罪”を……オレら傭兵団は絶対に逃すことは出来ないなァ……?」
「……な…何を言いたいのだッ!?」
「……だから選べ。
その罪を1人……お前らの3人の中から一手に引き受ける奴を選べ。
ただし、今から10秒以内の間……3人、全員賛成の満場一致でだ……!」
「ふ……ふざけるなッ!? それでは3人全員が無罪放免ではないじゃあないかッ!?」
「選択次第では、誰でも無罪放免にはなるぞ?
だが、誰が”尊い犠牲”になるかなんてのは、オレが知る由もないからな……?
……これでも、お貴族様への最大の譲歩なんだけどねェ……?
選べないなら……このまま死刑続行だ」
「ぐぬぬぬ……ッ!」
「それに……アンタらの”兄弟愛”が良ければ、10秒も要らずに決められるよなぁ……?」
ボスは見抜いていたのだ……!
この三匹の豚供の心を完膚無きまでにへし折りつつ、確実にカルカに治めて欲しいと民衆が思うようになる決定的な場面を……拷問室での戦いの直前に! 見聞きしていたのだッ!
「……さぁ、始めようか……」
「ま……待てッ! そんな10秒で決められる事では……ッ!?」
「じゅ〜うッ」
――やっと、あのクソ兄者も行きやがったか・・・。
……と、唾を吐き捨て…急に豹変した青クソ豚を見てッ! 思いついたのだッ!
「おっ、おいッ! アリウストッ! 今回の事態で最も役に立たなかったのは貴様なのだから、貴様が犠牲になれッ!」
「ブベェッ!? な……何を言うんだよ〜アニィ〜ッ!? そ……それなら……一番戦い慣れているハズのヴァリニィも失敗したんだから……責任を取って……」
「巫山戯るなッ! この色狂いのクソ豚野郎がァッ! テメェが一番役に立って無かっただろうがァッ! クソッタレェェッ!」
「は〜〜〜ちッ」――ボスがゆっくりと数える中、兄弟達は助け合うどころか、責任を押し付け合い始め……。
「そ……そんな、ヴァリニィ……」
「……そ、そうだッ! アリウストッ! だから貴様が……ッ!」
「あ……アリニィ……!?」
「調子こいてんじゃあねェェェよッ! クソ兄者ァッ! テメェもだろうがァァァッ!」
「……黙ってれば見逃したものの……何だ、その態度はッ!? 兄に対して言う口調かァァッ!?」
「黙りやがれェェェェェッ! そもそもクソ兄者が、”帝国の貴族”になるなんて目指さなければ、こんな目に合わなかったんだッ!」
「ろ〜〜〜くッ」――ボスがゆっくりと数える中、その酷く醜態にしかなっていかない光景に……。
「……何だと? ヴァイオ……貴様ァッ! それは我らの夢であろうがッ! 何故侮辱するッ!?」
「うるせえェェッ! それはテメェだけの夢だろうがッ!? 俺様は、帝国に歯向かうバカなクソ供をとことん嬲り殺せるようになるから、テメェに付き合っただけなんだよォッ! テメェのくだらねェ夢なんて知るどころか、クソに投げ込んで斬り刻んでやりたかったよォッ!」
「な……何だと……ヴァイオ……! 私の……夢に共感して……」
「ねェ…なァ……? 聞いた十年前から、微塵もなァッ!」
「そ……そんな……」
「し〜〜〜ぃッ」――ボスがゆっくりと数える中、カルカを含めた民衆達は……
「それによォ……ッ! オレらを売りやがった癖に、偉そうに言ってんじゃあねェェェェェェッ!」
「……売った? 何をだ……!?」
「オレらに拷問したクソ野郎から聞いたんだぞッ!? ”弟達を差し出すから、自分の身の安全を保障して欲しい”……ってなァッ!」
「……ち、違うッ! ヴァイオ聞いてくれッ! 私は……!」
「に〜〜〜ぃッ」――こんな奴らにもうこの街を治めて欲しくない……ッ! と再認識していたのであった……ッ!
「うるせえェェェェッ! オレらが地獄のような拷問を受けている間、一人ヌクヌク牢屋の中でマヌケ面こきながら、三日間もメソメソと寝てたんだろうッ!? そんなクズ野郎の話なんて聞くかァァァァァァッ!」
「い〜〜〜ぃちッ!」
「黙れェェェェェッ! もう時間がないんだぞォォォォォォッ!」
「静かにしてよォォォォォ〜ッ! 二人共ォォォォォ〜ッ!」
「「ッ!?」」
「時間がないでしょ〜!? アリニィ〜! だから、喧嘩している場合じゃあないってぇ〜ッ! ヴァリニィ〜ッ!」
「そ……そうだな……」――いつも自分達の中で、最も頭の弱いハズの”アリウスト”が、正論を言っている光景に思わず相槌を打ってしまう、赤クソ豚……。
「あ……あぁ……」――以下同様に、驚きを隠せず頷く青クソ豚……。
「だから……」――二人を助けるために自らが犠牲になるのか……次第に、彼の涙袋の中身が溢れて行く……!
「偉いボクチンのために死んでよォォォ〜! 二人共ォォォォ〜ッ!」
……と、泣き叫ぶのであった……。それに対し、二人の反応は……?
「「お前が死んどけッ! クソ豚野郎ッ!」」
……当然の反応であろう。ここだけは正に兄弟と思える程、綺麗にハモった二人なのであった……!
……しかし、分かったであろう。
ボスが見抜いた3匹の豚供の「致命的な弱点」……。
「ハイ、そこまで〜」
「「「ッ!?」」」
「結局……満場一致の、尊い犠牲は出なかったモンだね〜。
しっかし、本当酷いな……お前ら3人、ホントに兄弟なのか?」
「巫山戯るなッ! この下衆がッ! 私と愚弟で”アリウスト”だと決まっただろうがッ!?」
「待て! 待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待ッてくれッ! ”クソ兄者”だよ! ”クソ兄者”ッ! クソ豚以前に、決まんなかったのはクソ兄者のせいだろッ!?」
「死んでよ〜! 二人共〜ッ! ボクチンはまだ、エンジェルちゃん達とブヒブヒしたいんだ〜ッ!」
それは……!?
「お〜お〜、誰もが我先にと――レンガの家へ走りこもうとするなんて……。ホント……とんだ醜い、クソ豚野郎供だよな……!」
「な……何を言っている……!?」
「お前らは知らなくて良い……。
むしろ――今すぐ知るべきなのは……テメェらに貴族どころか、人の先頭に立つ資格は毛頭ねぇ……。
あるのは……ただ”狼”に貪り食われるように……黙って処刑されろ……って事だけだ」
「おっ……おいッ! 待てッ! 分かった!
謝るからッ! もう二度と拷問や処刑はしないからッ! やめろ! 助けてくれッ!」
あの暴君っぷりはどこに行ったのやら……勧誘を断られる寸前の落ちこぼれセールスマンのように、幼稚で見っともない命乞いを捲し立てる青クソ豚……。
「ベェ〜〜〜んッ! アニィ〜! ヤダよ〜ッ! 怖いよ〜ッ! 助けてよ〜ッ!」
……余りにも幼稚なので、ノーコメントとさせてもらおう。
「やッ、やめろ! 私はッ! 死にたくない……! 死にたくない……! 死にたくない……! 死にたくない……! 死にたくない……! 死にたくない……!」
しかし、三匹の豚くん達がいくら謝ろうとも……側に居た狼さんの目付きが、養豚場から出荷寸前の豚達を見下ろすような……冷酷な目付きから変わる気配は、ありませんでした……。
むしろ、余計に目が据わり、怒ったように見えました……!
「……おい、豚供――その戯れ言、叶って生き延びた罪人クン達は、お前らの記憶の中で何人いる?」
「「「ッ!?」」」
「いないだろ? なら……もう二度とチャンスはない……」
「ま……待てッ……! 待ってくれッ! 私は……ッ!」
「……拷問室で言ったハズだぞ?
”必ずテメェら兄弟を、絶望の淵へブチ込んでやる”……。
……それが今なんだ、やらなくてどうする?」
「「ヒィィ……ッ!?」」
このボスの言葉を聞いた瞬間……三匹のクソ豚さん達は、頭の中が真っ白になって行くのを感じましたとさ……チャン♪ チャン♪
「死んでよ〜! 二人共〜ッ!」
……若干……一名の……おバカな…クソ豚さんを除いて……(汗)
「カルカ、準備をしろ」
「は……はいッ!」
「や…やめろ……ッ! やめろ……ッ! カ…カルカッ!」
……唐突に、自身の側へと駆け戻り、三本に纏まったロープにナイフを宛てがおうとしたカルカに、藁にもすがる思いで自身の妹に呼びかける赤クソ豚……。
「カルカッ! 我が妹よッ! 助けてくれッ! あの下衆を今すぐ捕えてくれッ!
そ……そうしてくれた暁にはッ、貴様を家老筆頭に召し抱え……!」
「……私に、兄はいません」
「な……ッ!? う……嘘を言うなァァッ!
貴様は下賎な庶子とは言えど、私の妹だろうがッ! 兄に代わって謝ると言っていたではないかッ!?」
「……それでも、私の本当の兄はいません……」
「……はッ?」
「私を認めてくれなかった……自分達を兄だとほざく反逆者が、3人程居たのは確かです。
だから……私はずっと兄のいない……1人だけで、今日までを生き延びてきました……。
ただ……強いて挙げるなら、そちらにいらっしゃる”ボスさん”を、私の本当の兄だと……呼びたいぐらいです……」
「おいおい、唐突に勘弁してくれよ……これ以上妹が増えたら面倒見きれないぜ……」
「……ハハッ、それなら誰がいるんだい? ボスさん?」
「えぇ……と、獣人とエルフで……2人……。
いや、故郷に残してきた妹を含めて3人か……。
あっ、いや……厄介な弟も含めれば……4人だな……。
……流石に、お前も含めて5人は厳しいんだよ、カルカ……」
右手の指を一本ずつ折り曲げながら――少々楽しげに、ボスは微笑みながら返事を返す。
「……そうですか。非常に残念です……」
……こちらは少々、本気に思ってしまうような……寂しげな声で小さく、ボスに応答したカルカであった。
「このォォォ……このッ! 権力に溺れた……下劣で、下賎な、下民で、妾の、雌豚がァァァァァァァァァァッ!」
「……何度でも言います。私に……兄はいません」
しかし、もうどれだけ豚に口汚く罵られようが、カルカの表情が崩れる事はなかった……。
なにせ、その表情はもうただ己の無力さに、悲嘆するばかりの少女の顔ではなく……決意と覚悟に満ちた、立派な女領主の顔になっていたのだから……。
そんな彼女の細やかな成長に一瞬、微笑を浮かべつつも……その後は今も罵倒をやめず、喚き続ける三匹の豚達に嫌気が刺したのか、呆れたようにボスは一つため息をした後――切り出した……。
「……ハァ……じゃあ、処刑を再開するか……」
「ッ! や……やめろッ! やめろッ! やめてくれェェェェェェェェェッ!」
「……チェックメイトだ……」
〜 パチンッ! シャカシャカシャカシャカシャカシャカ……バツンッ!
シャァァァァァァァァ……! 〜
「私はッ! 男爵のまま、死ぬわけにはァァァァァァァァァァ!」
〜リィンゴォォォォォンッ! リィンゴォォォォォンッ! リィンゴォォォォォンッ! ……〜
――ボスの指パッチンが鳴り響き、ナイフでロープを斬る音が数秒鳴った後……クソ豚供から”赤い大輪の花”が咲き誇る瞬間、その残酷な音が響くよりも早く――この街の入り口にあった門の方角から3つの鐘の音が、この街全体を包み込んだ。
その音は、町中の鳩(らしき鳥)達を一斉に大空へとはためかせ……この街に、ようやく平和が訪れた事を鳴り告げるのであった……!
〜おおッ! この鐘の音は……!
門の方からだ! あの赤い3つの三角帽子の塔からだ!
これは……朝と昼の時や、戦勝時にも鳴らしていた……なんと懐かしい……!
でも誰が鳴らしているんだ? あそこは”3豚達”によって封鎖されてたハズ……
別にいいじゃあねぇか! こんな嬉しい日に誰が鳴らそうが、どうだっていいだろッ!?
そうだよ! 俺らはついに……! あの豚供から解放されたんだァァァァァッ!〜
広場に集まるこの街の民衆達が歓喜を挙げる中……ボスは少しの間、その彼らの様子を微笑ましく眺めた後、彼らと同様に三角帽子の塔を、首の右側面の頚動脈に中指と人差し指を当てながら、見上げ出した……。
『……どうだ、感想は?』
『ボスゥ〜ボク、眉間から外れっちゃったよ〜!』
『……チッ、何でこんな回りくどい事を……』
『昨日、説明したばかりだろ? ラフィル。
これをしないと、お前達は余計な敵を増やして、また逃げ回る人生を送る事になるんだぞ?』
ボスが見つめる、肉眼でかろうじて見えるおおよそ”1km”先、それぞれの三角帽子の真下……そこに一人ずつ伏射の状態で、”ライフル”を構えている影が三つあった……。
その影の主は、左から順に……ラフィル、リフィル、オルセット……処刑場にいなかったボスの仲間達あった……。
彼女達が何をしていたって? 直前の会話がヒントだ……。
……そう、彼女達は”ギロチンの刃”が落ちる瞬間、その刃よりも早く「シャスポー銃」で、”3匹の豚”を撃ち抜き、<復讐>を果たしていたのである!
……「シャスポー銃」? どっから出てきたって? まぁ、後2話でこの2章”商業都市編”の話は終わるから、その後の「Data - W2」でも見てくれたまえ。
一応、言うならば……フランス製、威力と射程がパワーアップした「ドライゼ銃」の改良型ライフルとだけ言っておこう……。
そして、ここで言っておこう、今までの処刑からこの鐘の音が鳴り響くまでが、全てボスの作戦であった事を……!
ボスは彼らに会った当初から言っていた。「復讐に協力する」と……。
しかし、嫉妬に駆られたラフィルによって当初ボスが考えていた”暗殺”の形は無くなってしまった。
更に、エルフ姉弟を助け出した後、彼らが潜伏する三日間の間に彼らは、犯罪者に仕立て上げられてしまった……!
だから――その誤解を解くために、ボスは私怨で復讐を終わらせるのではなく、処刑という形で――本当の自由をエルフ兄弟に与えたかったのだ。
……そのため上記の様な処刑の一瞬に、「狙撃による暗殺」という回りくどいやり方で、二人に何とか納得してもらう様、ボスは苦心していたのだ。
その一幕中、ボスが言っていた2日前、彼はラフィルにこう話していた……。
「本当にすまない、でもこれ以降二人が自由になれて、復讐を果たすには――この方法しかないんだ……」
「巫山戯んなよ! 何でオレが直接、あのクソ野郎共を叩っ斬んのがダメなんだよ!?」
「……じゃあ、別に良いぞ。復讐をただ果たすだけでも……」
「じゃあ! 今すぐにでも……ッ!」
「けどなぁ……ミソッカスとは言えど、只々私怨の赴くままに、この国の権力者をブッ倒し、犯罪者にランクアップして――更に数千人の人間に追われるようになるのと……。
アイツらを公開処刑に出して、この街を救った英雄として……数千人以上の人間を味方に付けるのじゃあ……どっちがもう逃げずに済むと思う?」
これを聞いた後のリフィルが、納得の表情で頷く一方……。
ラフィルは、言い放ちそうになった言葉を即座に飲み込み――苦虫を噛み潰したような表情で、ボスを見つめていたという……。
――そして今も鐘が鳴り響く中、暗殺が終わった3人は、この後の手筈で領主館に集合することになっていた……。
しかし、3人が消えようとする直前、その内の二人である”ラフィル”と”オルセット”が姿勢を低くしたまま塔の中へと消えゆく中、彼女は何故かライフルの構えを解き……ボスの方を見つめていたのだ。
当然、向かおうとしていた二人は戻るように彼女に言うが、リフィルは何かを言ってラフィル達を先に返すように促し、鐘楼部分に残ったのであった……。
『――どうした、リフィル? ちょっと巫山戯て言っただけだ。
無理に感想を言わず、もう領主館に戻って休んでもいいんだぞ……?』
『……』
一瞬、沈黙するリフィルであったが……
彼女は、ボスが再び問う前に、静かに答えを出していた……。
『……家族の……仇です……ッ!』
……その声は、「コール」のため、表情は見えなかったが、とても喜んでいるとは思えない感情が込められた――とても悲しげな声だったと……ボスは思ったそうだ……。
因みに、ボス達が重傷を負ったのにも関わらずピンピンしているのは、リフィルの「息吹の蝶」のおかげです。
赤クソ豚を落とした後、彼女は窓から素早く飛び降り、ラフィルに奴を捕縛するよう指示を出しながら、二人の治療に当たりました。
勿論、上記の強力な自己再生スキルをボスとオルセットに使う前に、彼から指示を貰いながら「ウドノ・スプラウト」で生やした木で即席の箸を作り、弾丸を摘んで摘出してから使ったので体内に弾丸はありません!
……えッ? 魔力? 魔力フルじゃあないと自己再生、使えなかったかだって?
……それは彼女がこの襲撃日の朝、もしもと思い用意していた弾薬ポーチに用意していた――小瓶の中の”緑茶”によるエルフ限定の魔力ブーストで、急速回復、フルチャージという感じで……。