Last Enemy-38 街ノ”闇”-2
お待たせしました。
今日の疲れを癒すが如く、この小説をお召し上がり下さい……。
「――”裁く”……? 私を……? 悪魔にそのような権利はありませんよ……。
痛みを知り、生きる喜びを知り、救済を施す我々「バーン教」こそが、”正義”であり――信じずに、破滅へと導こうとする者は全て”悪”なのですから……!」
先程の壊れようが嘘のように、理路整然とした(ような)事を口走りながら、再び足から頭へと、徐々に透明化によって姿を暗まそうとするジャネバ。
〜ブンッ! キンッ! ダッ! ブゥンッ! ブモオォウッ…… 〜
しかし――!
「そう易々と逃がすかよ――!」
ボスはその逃亡に甘んじる事なく――奴の顔面に向け、足から引き抜いたナイフを投げつけ、それを奴が弾く前にダッシュ! 弾かれた瞬間を狙って、ダッシュの勢いを生かした大振りフックパンチによる”レバーブロー”を狙う! ――が、例の謎の魔法ガードによって、またまた間抜けな音が静かに響き、再び防がれてしまう……ッ!
「信じないなら全て”悪”だァ? そらぁ大変だなァ? だったら、もしも全人類――信じない時は”皆殺し”なんだろ? お前の信じる大切な人はどうだ!? もし、信じてなかったらどうなんだッ!?」――弾かれそうになる腕を押し込み、両脚を踏ん張りながら語るボス――!
「――悪魔めェッ!」――おやァ? ボキャブラリーが不足したのか、今までよりも大きな叫び声を上げ、再び”悪魔”オンリーになり始めるジャネバ。
「――そんなチンケな考えだから、信じない奴が出るんだよ。心のデカさ――”まずは自分から”――って言う寛容さがなきゃ、互いに信じ合う事なんてできねェん――だよッ!」――言い終わると同時に、押し込んでいた右腕を引っ込め、低い姿勢からの”ショルダータックル”を試みるボス!
「――悪魔めェェッ!!」――しかし、コイツの此処一番の叫び声と共に、再び謎魔法でボスの突進を押し止める……。
〜ガシッ!〜
「そしてなァ、裁くと言った以上――! 何であろうと、誰彼構わず皆殺しを仕出かしかねないテメェをッ! オレらは、見過ごすワケには行かねェんだよッ!」
――だが弾かれる直前、ボスはジャネバの腰をガッチリ掴んでいた――!
そこからはボスが気合一発、雄叫びを上げつつ奴を持ち上げ――そのまま頭から地面に落とすよう後方に投げ飛ばすのであったッ!
多少型は違うが、この投げ方はプロレスの投げ技「スープレックス」が一種、”ノーザンライト・スープレックス”を奴に対して繰り出したのだッ!
コレに奴は、想定外だったのか――投げられている最中に少々、驚愕の表情を浮かべずにはいられなかったようで、”よし! この一撃で決まるッ!”と言った具合に、ボスの背後の地面へと吸い込まれて行く――!
〜 ――ブンモオォウッ! 〜
――が、ジャネバの魔法は随分と応用が利くようである。
奴が地面に頭を直撃する直前、再びあの謎魔法が発動し、直後に無防備だった両手で逆立ちするように、更に衝撃を緩和させると、まるで”トランポリンへと頭から突っ込んだように”無傷のまま、ボスの後方に飛んでゆくのであった……。
~ キキンッ! シュボ! シュボッ! ~
しかし、ボスはこのことは想定内だったようだ。
その証拠に、彼はジャネバを投げ終え地面に接した瞬間、仰向けの姿勢から着ているスポーツジャケットの内ポケットに収めていた二丁の”フリピスを引き抜くと、奴の背中目掛け――引き金を引くのであったッ!
~ ズババァァァァンッッ! ~
ライフリングのないスムースボアから発射された鉛玉は、本来、安定しない弾道になってしまう”乱回転”をし、遠距離になる程命中率は期待できない物である。
――が、○者の皆さんにはあえて、忘れがちそうなので言っておこう……!
今までポンポンと、ボスやオルセット達の攻撃がヒットしていたのは場合は「ガンスリンガー」と言うスキルのおかげである。
このスキルは標的から余程、”明後日の方向に銃口を向けない”限り、使用者の腕前に高い命中補正が掛かり、今現在のように、ジャネバの背中に2発共が吸い込まれないなんて、ありえないないのだ!
勿論、こうも出来ているのは、補正に頼りきっているばかりでなく――本人が地球にいた頃に磨いた”腕”と、それを短期間で何とか彼女らに”伝授”し、更に彼女達もそれなりの”センス”があった事こそなのだが――。
~ ドサッ! ……グググ――ガバァッ! ボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリボリィッ――! ~
「アァァァァ! 痛いィィィィィッ! 背中が猛烈に痛いッ! だが生きてる! 私は生きているッ!
この痛みこそが私が生きている証拠! 生きている喜びだァァァァァッ!」
――なんと言う事であろうか……!
「死角を狙えば……」――と、例の謎魔法を推察していたボスが立てた、”仮説”を元に行った行動は、またもや失敗に終わってしまった……。
一応説明しておくと、この行動を行った根拠としては、まず彼は何度殴る、蹴るなどの”基本的な打撃的な攻撃”を試みても無駄だった事だ。
そこで彼は考えた。避けられない一撃で反撃されず”確実に謎魔法を発動”させ、更に仮説通り見えない死角である”背中が一瞬でも確実に見える”有効打となる格闘攻撃……。
それを考えた結果が、先程の”スープレックス”であったのだ。
そして、先程の失敗からコーチガンの”面”ではなく”点”による、謎魔法の防御突破を試みようと、”SAAよりも口径が大きく、”点”での近距離火力がより高いフリピス”で、選択し狙い撃ってみたのだが――。
結果はご覧の通り、”パンクロッカーがライヴの締めに、ステージ上で膝からスライディングした後”のように――白目を剥かんばかりに目を見開き、両手で撃たれた背中を掻き毟りながら、再びあの耳障りなキーキー声を、今度は恍惚とした表情で叫んでいるのだ。
しかし――ボスは確信した。
――だが、それはまだ”確証”にまでは至らない事でもあった。
まだ仮説の範囲……そして、最後のチャンスだ。
次にやる最後の”オルセットと協力して行う”仮説”がダメなら、自分たちは終わりになる……。
「クソォッ! これでもダメなのかよッ!?」
そう思うと――仕切り直そうと思うとも、ボスは思わず悪態付いてしまった――。
何故かって? それは彼の”残りの魔力”が関係していた。
また、少しスキル関連の話を挟んでしまう事になるが――他の”忘れてる○者の諸君のため”と思って、申し訳ないが聞いて欲しい。
ボスのスキル「オーバーチャージ」は、<1日一回、仲間となった”バディ”から”10%”の魔力を分けて貰えう事が可能になり、<MP>の最大値を上回る魔力を貯めれるようになる>……と言うスキルだ。
これを更に具体的に言えば、<仲間となった”バディ”の”10%”分の魔力が、ボスの最大魔力値に加算される。更に一日一度、「AM0:00」となった時に、仲間となった”バディ”から”10%”分の魔力を徴収し、その徴収量がボスの最大魔力値を”超えた時”に許容量以上の魔力を備蓄していく>……と言う物だ。
――これでも分からない? なら、下記にこの変態暗殺者と交戦する前までの、今日――ボスの魔力の使用経緯を記してみよう。
――えっ? それ以前に”ステータス”に書いてなかった部分がある? ……書籍化まで待てッ!
ゴホンッ! まず、”狩猟小屋で奇襲を仕掛ける”この日の早朝近くまで、連日”罠作成”や”ドライゼ銃の弾薬”の供給していた訳だが――睡眠によってボスの魔力が丁度、完全回復していたとしよう。
ボスの「バディバンズ」のスキルで、”腕輪”を身につけ、”バディ認定”されているのは「オルセット」と、「リフィル」の二人だけ。
そして、この二人から「オーバーチャージ」効果で、この日の早朝時に彼女達の魔力を徴収すると――ボスの魔力は<300+1130+1000+13= 2443 >
その後、”大乱闘”及び、”処刑人”の戦いを経て――現在進行中の”変態暗殺者”との戦いも含めると、現在のボスの魔力は「MP483」。その詳細は下記のようになっている
2443-〈1500+(150×2発)+(50×3回)+10〉=483
こうして見てみると、異世界初日と比べれれば、結構増えた訳であるが――
それでも、現在の残り魔力で<一定のダメージは防ぎ切れない>事に着眼して、強力な近代火器でゴリ押ししようにも――ボスの「ガンクリ」のスキルで作成できる強力な近代火器の供給に必要なのは、「拳銃」でも最低”数千から、一万以上”。
トーゼン、この作戦は立案前に却下される訳で――この少ない魔力で残るボスのみが使える”有効な攻撃手段”を挙げれば、「フリピス」、「コーチガン」、「SAA」、「持久戦に持ち込み、”魔技”による一撃を狙う」の四点である。
つまり、防がれたものの一発逆転、”短期決戦”を狙うのであれば――使える弾は”フリピス”なら<48発>。リロードしないで供給するなら<4丁>、コーチガンなら残り<3発>まで。
格闘をメインにした”持久戦”に持ち込むにしても、使える”回復魔法”は、後<8回>であり、何とか使わず――強力な”魔技”を叩き込んで行く戦いにしても残り<96回>。
更に、ボスのスタミナも無限ではなく――どの戦法も”ずっと同じモノを続ける”なんて事は、相手の動きが読みきれない以上――実質不可能に近いため、途中、魔力消費の多い手を挟み、更に嵩む可能性が高いのである――ッ!
――つまり、要約すれば「スープレックス」などの、奴をより翻弄させる奇策や、オルセット達の協力がない限り――
<ボスはとことん”ジリ貧”かつ、”勝ち目のない”状況に追い込まれて逝く>のである――!
――おいッ! 今の”行く”って……不穏な感じに聞こえたんだけどッ!?
――行くのである……。
――いやッ!? 今、絶対ッ言い直してないだろゥッ!? クソッタレェッ!
『ぼ――ボスゥ? 今がチャンスかな……?』
――と、未だに相手が”パンクロッカー”的な状態で、背中を掻き毟り続ける中――それを憎々しげな表情で見ながら、奴が即座に襲ってきても大丈夫なよう、立て膝の状態で次の策を思案していたボスであったが――不意に不安げな声が、ボスの脳内に届いてくる。
『すまない……まだだ、オルガ。今さっきので、仕留められれば良かったんだが……』――少し悔しげに、オルセットからの”コール”に応答するボス。
『そうだ、二人は大丈夫か?』――ふと、思ったボスは彼女に尋ねる。
『うん、リルちゃんは起きたみたいだけど――ラル君がまだ……』――どこか申し訳なそうな、ジョジョに萎んでゆくような声で答える、オルセット。
『そうか……しかし、何だよ? あの防御力!? 暗殺者の癖にガチガチすぎだろッ!?』――数十分前に戦った”処刑人”とは別ベクトルの”タフさ”に思わず悪態付くボス。
『う〜ん……でも、ボスゥ――少し前のあの”青い服のイヤなヤツ”と違って、”フジミ”――じゃあないんだよね?』――悪態付くボスを慰めようとしたのか、先程”コール”で話したと思われる”作戦内容”の一部を、確認するように聞くオルセット。
『あぁ、だろうな。変態だが――ダメージを気にして、ガードする頻度が多いんだ。不死身だったら、ダメージなんて気にしないハズだ』――今までの一連のジャネバと、倒した青き豚の行動から大凡の予想を立てるボス。
『だが……背中の”死角”までも防がれるとなるとな……次はどこに不意打ちをすれば……』
そう――悩ましい声を上げるボス言う通り、今までのボスの戦い方を見てくると、彼の定石となる戦法は、基本的に「不意打ち」なのである。
初っ端、”卑怯”と言われそうだが、考えてみて欲しい――。
「経験豊富なプロボクサー相手に、素人がいきなり勝利」
――なんて事ができるであろうか?
今の状況で言えば、そのプロボクサーは、”変態暗殺者”であり、対してボスは”素人”当然。
更に言えば、全く知らない”異世界”と言う土地の中、”相手の情報を調べられない事態”が起こるという”三重苦”を背負いつつも、ここまで来ているのだ。
ただ、”卑怯”と言われようが、”勝たなければ”待つのは<死>のみ。
――それが、この異世界なのだ。
そんな”素人”は、この世界で生きて行くのであれば――これから先に会い続けるであろう”プロボクサー”達を常に! 確実に! 撃退し続けなくてはならないッ!
しかし、先程言ったように、ボスは”この世界に関する知識”や、この世界での”戦い方”など、「真っ向勝負」できる”経験”も”力”も、まだまだないのに等しい。
重要だからもう一度言おう、そんな”無い無い尽くし”な状況でも、”勝たなければ”待つのは<死>のみ。――それが、この異世界なのだ。
じゃあ、どうすれば勝てるのだ? と言うので話が戻るのであるが、確実に勝つ方法は一つ――それは、プロも知らない技で”意表を突く”事。……即ち「不意打ち」となるのである。
「不意打ち」最大の利点は、”工夫次第で格上の相手に勝てる”事だ。
例えば、これまた卑怯ではあるが――「隠し持っていた胡椒で目潰し」するとしよう。
すると、喰らった敵は一瞬ではあるが”視界を奪われ”、”相手が何をするか分からなく”なり、<ボスと平等か、それ以下の力関係に成り下がる>のだ。(……余程、イレギュラーな相手でない限りではあるが……)
この例えの”胡椒”となる物を、”目潰し”となる方法を……ボスは、これから先で会って行くボクサー達に、毎回合わせて考えて行かなくてはならない――!
奴らから見た”異世界”の知識と技術を最大限に生かし、相手の”無知さ”に漬け込んで行くしかないのだ――ッ!
――とまァ、「異世界転移、転生の常識」(?)を再確認したところで、再びボスの脳内に”木魚の音”が響こうとした時、オルセットから意外な一言が呟かれるのであった……ッ!
『――”シカク”? え〜とォ……ボスゥ? なんで――水の入れ物がたくさん入っていた入れ物が関係してくるの?』
『いや、”ダンボール箱”の事じゃあねェよ!? オルガ! アイツが見ていない範囲の事を”死角”って言うんだよ!』――唐突で的外れな質問に、ツッコまずにはいられなかったボスゥ――。
『――”見てない所”? ……それって、背中だけ――なのかなぁ――?』
『ンンッ?』
『だってボスゥ、今日の朝に戦った時までに、森の中でボスは”足元”なんかにも”ジライ”を設置していたんでしょ? そこだって……いつもはあんまり”見てない所”なんじゃあ、ないかな?』
『それか……! それだよオルガ! それだッ!』
「なんで思いつかなかったんだッ!?」――と、ボスの頭の中で”不穏な音”を発していた”木魚”が叩き壊され、中から太陽の如く輝く”電球”が飛び出て来た所で、彼は自身の脳ミソを殴り付けたくて仕方なかった――!
「……奴が、どこまで見られているかは知らないが……恐らく、奴は完成品ぐらいしか見ていないハズ……!」――そう思ったボスは「取り乱すなよ?」と、一言オルセットに告げると、腰のポーチにしまっていた”コーチガン”を背面にそっと置いた後、奴に対して後ろを向き、そのまま”あぐら”で座り込んでしまった……ッ!?
「フアァァァァァ……堪りませんねェ……コレは……!」――恍惚とした表情で上体を戻すジャネバ……。
「――やはり、貴方には先程まで考えてた以上に、”感謝”としての”救済”を与えなくてはなりませんね……ンッ?」――その変態的な陶酔感に身を任せ、喋っていたジャネバであったが、ふとボスの方に視線を戻すと、少し目を見張った。
「……何を……しているのでしょうか……?」――急に、少しドスの効いた声で尋ね始めるジャネバ……。
「――降参だ」――迷わず”フリピス”を持つ両手を挙げるボス。
「お前の防御には恐れ入ったよ。背中の不意打ちにも効くなんてな……」――どこか投げ槍な口調で話すボス……。
「……何のつもりでしょうか……?」――先程の陶酔感の欠片もなく、ボスの背中を睨み付けながら冷酷な口調に切り替わるジャネバ……!?
「別に何もねェって。改めてお前の”救済”を受け入れるって言ってんだよ、ホラ……」――そう言うと、両手の”フリピス”を同時に放す……って、ボスゥッ!?
「今、落とした武器にはもう弾は入ってねェ……。つまり、今オレは”丸腰”だって事だ」――何故か、どこかサッパリしたかのように、ジャネバに語り始めるボス――。(やめロォッ!)
「……貴方……先程の街中で、どこからともなく”ハンマー”や、その”魔道具”を出していましたよね……?」――ずっと見ていた……対面当初に語った事を、証明するかのように、先程の大乱闘中の様子から、ボスによる再三の”不意打ち”を警戒し始めるジャネバ……。
「悪いが、もう魔力切れなんだ……。弾どころか、マジックのタネでさえ出すことはできねェよ……」――しかし、ジャネバには見えない――ボスのあぐらを組んだ内側で、”赤い光”が二回点滅する……!
「そう言わせておいて、再び私をズドン……。邪法で魔界にでもお送りする腹づもりなんですよね?」
「ねェよ」――そう言うと、腕を伸ばし――自身の背後をバンバンと叩くボス。
「下手にアンタに惨殺されるよりかは、腹ァ決めて受け入れた方が幾分か楽だと思ったからな……」
「……まだ懸念は残りますが、”約束”は何よりも大事ですからね……」
背中を見つめ続け、警戒していたジャネバはずっと奇妙な「違和感」を感じ取っていた。
しかし、今までの会話から「約束を大事にする事」をある種の”信条”としている奴は、自身が感じた”些細な違和感”よりも”約束”を優先すべき事だと判断したのだろう……。
右手に握りしめていたナイフを逆手に握り直すと、悠然とボスの元へと歩き出す。
迫る道のりを阻む者はなく、ただあるのは周囲の植木がなびき重なり合う静かな”音”と、二人の元に僅かばかりの”桜”のような花びらを運ぶ、緩やかな風だけ……。
目覚めたハズの”リフィル”を含め、エルフ姉弟の二人は未だに動かず、指示されたオルセットは行方知らず・・・。本当にボスの降伏通り、ここで彼は終わってしまうのであろうか……ッ!?
「そういえばよぉ……」――ボスの背中と、ジャネバの距離がおよそ1mぐらいになった時、不意に彼が声を上げた。
「ジャネバさんよぉ、アンタァ――オレの仲間が何人いたか判るか?」
「……唐突に何を?」――彼の背中まで残り半メートルと言った所で、急に立ち止まるジャネバ。
「素朴な疑問だよ。アンタの目には、オレの仲間が何人いたのか――旅立つ前に思った、そんな素朴な疑問さ」――何てことないような口調で語るボス。
「――随分と奇妙な質問ですね。……そうですね、町で見ていた無能な罪人二人を除けば――獣人の女性と、そこのエルフの”少年”と”少女”だと見積もると――貴方の仲間は3人って所でしょうか?」――ナイフを振り上げながら、少し呆れ気味に語るジャネバ。
「――そうか。じゃ~紹介するぜ……」
「今だオルセットッ! 後ろだッ!」
「ッ!? 何ッ!?」
突然叫ばれた、今まで聞かなかった名前を前に、ジャネバは後ろを振り向かずにはいられなかった。
しかし、その視線の先には、今にも飛び掛かる”獣人”も”ゴブリン”でさえもいなかった……!
だが、振り向いた瞬間、自身の足と腹に焼けるような傷みが走るのを感じる……。
視線を向けると、”緑色の棒のような物”が自身の左足を貫き、左脇腹にも伸びる緑の棒は今にも突き刺さりそうであった……!
「やっと――まともなダメージを喰らったな……?」
そう――もうお気づきだろうが、実は先程の”戦法”の中で挙げられなかった物が、一つだけあった。
「これは……何だッ!?」
「竹槍だよ。お前、エルフのクセに――いや、リフィル達が知らなかったんだから、知らなくて当然か……」
――何か締りが悪いが、そういう事である。奴を襲ったのはボスが仕掛けた”魔雷”に込めた新たな魔法”ウドウスト・バンジャベリン”による一撃だったのだッ!
2〜3m代の長さを誇る、小銃弾並みの速度で無数に飛び出した竹槍の一部が、先ほどの奴の足を地面に縫い付け、魔法で防ぐ腹でさえ、今にも串刺そうとしてるのだ!
えっ? 竹槍如き? 何を言うか!? 竹槍は正確に残っている記録であらば戦国時代、農民達の一揆や織田信長に謀反した明智光秀を討ち取り、第二次世界大戦末期以降では真面目な兵法や兵器として考案される程、立派な即席武器になった物であるぞ!? 更に言えば、記録がないだけでもっと昔――紀元前などに生えている場所があれば、簡単な加工で使える事から、木製槍よりも使われていたのかもしれない……。
「なっ、何を仕掛けたんだッ!?」
先程の異常な平常っぷりはどこへやら……冷や汗を流し、目を泳がせ続けるジャネバは強気に問う。
「ただの”ビックリ箱”さ。それとも……とっておきのマジックの種とでも言うかな?」
それに対し、ボスは彼なりの平常心で切り返す。
まぁ、”何処なのッ!?”って苦情を捌くために、◯者の諸君にだけネタバレをすれば、”ボスが地面を叩いた時に仕掛けた”――とだけ言っておこう。
「真面目に答えろ! これは何だと聞いているんだ!? この悪魔めッ!」
堪え切れなくなったのか、再びジャネバの”悪魔節”がぶり返し始める……。
「――オレの仲間を殺そうとした、頭のおかしいクソハーフエルフに親切丁寧に教えてやると思うか?」
ゆっくりと立ち上がり、ズボンに着いた土汚れなどを叩いた後、振り返りながらジャネバに向けて指を指しつつ語るボス。
「悪魔が! 調子に乗れば……」
~ブンッ! ブモォオッ……~
激昂したジャネバが服の懐に手を入れた瞬間、無数の竹槍の隙間を縫うようにボスが前蹴りを放ち、彼の行動を阻害しようとする。
「チッ、クソッ!」
しかし、例の”謎魔法”がお約束のように発動し、阻まれてしまった……!
「フン、そんな蹴りが神の御業の前に通じる訳が……」
〜ヒュ〜ン ドゲシャア! カラァァァン! 〜
「ゴッハァッ!?」
このままだとボスの胸に複数のナイフが投げ込まれてしまう……!
そう、運命が決しようとした時――奴の懐から五本のナイフが姿を現そうとした瞬間、奴はそのナイフを全て落としてしまったのだ。
何故かって? それは奴の後頭部に衝撃が走ったからだ。
領主館の屋根からダイブし、奴の真後ろへと落下していた”オルセット”が放った”ドロップキック”によって……ッ!
自由落下による加速が付いた盛大な一撃を喰らった奴は、当然前のめりに倒れ、未だに生え続けている無数の竹槍群へと・・・
~ゴシャアッ!~
――ダイブするのが運命だったが……どうやらこれまた、そうは決しなかったようだ。
時間切れなのか、ダイブ寸前に引っ込んでしまった竹槍の代わりに、ボスがすかさず放った右膝蹴りで、達磨の如く無理やり起こされたようだ。
『オルガ、助かったぜ。大丈夫だったか?』――前代未聞な領主館から飛び降りての一撃 という、今思えば自分の相当な無茶振りに 、快く答えていたオルセットに対し改めて心配するボス。
『うん! ヘーキ! ヘーキ! あのリョウシュカンよりも高い場所から飛び降りた事もあるから、むしろ飛び降りる瞬間、チョッピリ楽しかったぐらいだよ!』――と、どうやら杞憂だったようだ。むしろ、飛び降りた瞬間、見事な前転で受け身を取り、 膝蹴りの衝撃で脳震盪でも起こしたのか、覚束ない足取りで前後にフラフラするジャネバの後ろで、オルセットは無邪気に軽くはしゃいでいた。
『そ、そうか――スゴイな……』
『ボスもやってみるゥ? 楽しいよ!』
『――いや、今は遠慮しておくな……。とにかく助かった。ありがとな、オルガ』――冷や汗を流しつつも、彼女に感謝するボス。
『えへへへ……』
「あ、悪魔共が! 私をこんな目に合わせ……」――唐突に覚束ない足取りを止め、ボス達に指を指しながら抗議をしてくるジャネバ。
「『オルガ、スマンが後でな』――あれ? 4回もご褒美を貰えたのに、全然嬉しくないのかァ~?」――方鼻から鼻血を流しながら声を荒げるジャネバに対し、奴の右肩に手を掛けながらようやく少々嬉々とした表情で尋ねるボス。
「あ……悪魔めッ!」
「ふ~ん、しらばっくれるのか。じゃあ一つだけ、親切心を持って答えてやろうか?」――ジャネバの顔を覗き込みながら、話すボス。
「な――何をだ?」
「テメェの防御魔法だよ。鉄壁なようで、実はチート紛いなクソ魔法をなッ!」
「か、神の御業を冒涜するのかッ!?」
「――ハァ? 御業ァ? 冒涜ゥ? 何言ってんだよ? 全部お前の魔法だろ?」
「我が主より承った、この神聖な技を! 神を信じぬ背教者供が使う下賎な魔法などと同じに……」
〜ボコォッ!〜
「ゴフッ!?」――意識していない時に”ボディブロー”を叩き込まれ、思わず悶絶しそうになるジャネバ。
「ハイハイ、よ〜く分かったから。とりあえずオレの話、聞こうか?」――言い終わりに、実に良い笑顔になるボス。(コゥエェ……!)
「あ、悪魔め……!」
「……なぁ、さっきから悪魔悪魔ってうっせェんだよ……?
――今まで街の住民を散々暗殺しまくって、俺の仲間まで殺そうとしてた奴が、何棚上げして俺を悪魔扱いしやがるんだッ!? アァッ!? 黙って聴きやがれッ!」――と、先程の良い笑顔から一転、渾身の怒りとドスの籠った声で吠えるのであったッ!
「グッ……」――ボスの突然の気迫に思わず尻込むジャネバ。
「よしッ――と言っても、テメェには簡単な答え合わせをして欲しいだけだ」――飄々とした口調で語り始めるボス。
「……」――それに対し、親の敵と言わんばかりのような目線で、ボスを睨み付けるジャネバ。
「まずは賞賛しよう。敵ながらも良く”腹をもブチ抜く一撃”と、”死角からの一撃”、更に”予想外の頭への一撃”でさえも防ぎきり、オレの魔道具による連射攻撃を躱し切ると良くやったモンだ」
「……?」――と先程とは打って変わった突然の批評に、思わずキョトンとしてしまうジャネバ。
「しかし、全力では賞賛できない。何故ならお前の”防御魔法”には、弱点があるからだ」――左手の人差し指を立てながら、語るボス。
「……」
「まず第一に、その魔法を”常に全身に纏える”ワケじゃあない。 ……違うか?」
「……」――一瞬目が逸れた気がするが、変わらずボスを睨み付けるジャネバ。
「まぁ、答えなくてもお前が”YES”と言うまで続けるけどな。
じゃあ何でそう思ったのか……? 答えは簡単だ、俺がお前に与えられた有効打は、全て不意打ちだけだったからだ」
「……」
「不意打ちってのは、相手の”意表を突く”攻撃の事だ。
意表を突くって事は、言い換えれば相手の”意識をしていない”事で、搦め手を取る事だ」
「……」――昼間に差し掛かってきたのか、ジャネバのこめかみ付近に、汗が流れる。
「ここでオレは仮説を作った。魔法は”意識し続けていないと発動できない”んじゃあないか……ってな?」
「……」
「――じゃあそれが核心になった事実を教えようか? お前を地面に縫い付けているその”竹槍”だよ」
「……?」
「その竹槍、おかしいと思わないか? お前が後頭部を蹴られて無数の竹槍に飛び込もうとした瞬間、何故か竹槍は引っ込んだハズなのに、その竹槍だけは、未だに引っ込まずにいる……」
「……何の自慢でしょうか?」――気を持ち直したか、侮蔑がたっぷり込められたような声をボスに掛けるボス。
「――随分と威勢が良いな? けどまだ気付かないのか? お前もやっているハズなのに?」
「……ッ!?」――何を思ったのか、目を見張るジャネバ。
「そうだよ、オレが引っ込めたんだよ。オレが意識をして、ワザと串刺しにさせなかったんだよ」
「な、何故、そんな事を――」
「助けたとか勘違いすんな。確証のしようがなかったから、オレ自身で試しただけだ」
「――カクショウ?」
「テメェが、魔法でその防弾チョッキを”ON/OFF”してんだったら、種類は違えどオレだってできんじゃあないかと思ってな……」――と、唐突に奴の魔法を「防弾チョッキ」に例えて説明するボス。
因みに余談だが、「防弾チョッキ」は防弾し”致命傷”は防げるが、「弾が当たった衝撃」は防ぎきれず、猛烈な痛みが体に伝わる事があるのだ。
その知識をボスは知っていたためか、今までの奴の光景を見て例えに使ったのではないかと思われる。
「……神の御業をそのボウダンチョッキなどと、同じにしないで欲しいですが――成る程、殊勝な事ですね。神や主人に全く及びませんが……」
「そいつはどうも。じゃあ、答え合わせのご褒美に――お前の救済とやらでも、くれる?」
「――良いでしょう、とことん冒涜する貴方にとびっきりな物を与えましょう……しかし!」
――やっと、しゃべ……失礼。
お互いの皮肉の応酬の後、内心怒りが爆発したらしいジャネバは、懐から再びナイフを3本取り出すと、目にも止まらぬ速さで、背後へと投げつける!
「警告しましたよね! 魔道具以前に私に手を出したら貴方も裁く対象だとッ!」
〜ブゥンッ! スカッ……パァァァァンッン!!! ブンモォォ……ビスッ〜
「ハズレだよ、ベェ〜ッ!」
何という事であろうか! ジャネバの予想では、後ろでアホ面垂らして呑気に立っていたであろう、オルセットがいると踏んでいたのだろう……。
だが違った……。奴がナイフを投げた方面に居たのは、血溜まりの上に沈んだオルセットではなかった。
――右片膝を立てた仰向けの状態で、少し上体を起こしながら、銃口から濃厚な硝煙を吐く”SAA”を、両手で握り締めていた彼女だったのだッ!
しかもボスの”煽り精神”を順調に受け継いでいるのか、振り向いた奴の”右脚の付け根付近”に命中させた後、右手で「アッカンベー」をしている始末である。
何ともカワ……ウォホッンッ! 始末に負えない物である……。
「な――何故だッ!? 後ろで無防備にはしゃいでいた筈だろうッ!?」
「おい、意識し忘れて……怪我している場合か?」
〜ググッ! ドッパァァァァァァァァンッ!〜
「カハッ!? ハッ……!」
防ぎきれなかった右足の付け根から広がる痛みの次には、この男に最初に受けた以上の――悶絶程度では生温いような痛みが、ジャネバの左脇腹の一点から爆発的に広がっていった……。
その一点から辿っていくと、その痛みを起こした首謀者は――まぁ、当然だが我らがボスってとこだ。
彼は、いつの間にか右手に”コーチガン”を持ち、左手は首の頚動脈に当てていたのだ。
後は、◯者の諸君は「オルセットが予め、投げナイフを予測していた理由」が言わずともわかるであろうな……?
「そうそう、一つ言い忘れていた事があったんだ」――まるで日常で物忘れしていたとでも言うように、ボスは何気なく言う。
「な――何をだ……?」
「お前の弱点だよ。魔法以外のな?」
「何を言って――」
「何、自覚ないみたいに言ってんだ?」――撃ち終わった”コーチガン”を操作しながらボスは言う。
「じゃあ、言わせてもらうが……その”散弾をブチ込まれて内出血程度で済んだ腹”に、何で両手を伸ばしているんだ?」――そして、銃身に入っていた、2発の空のショットシェルを抜きながらボスが言う。
「ッ!?」――思わず、自身の脇腹を見てみると、確かに先程の散弾が貫通して出来た、服の隙間から覗く自身の肌の一部分が、大きく歪な丸状に、周囲の皮膚よりも赤く染まった部分が出来ており、無意識にジャネバは両手を伸ばしていた。
「癖なのか性癖なのかは知らねェが、その傷を掻き毟らずにいられるのは――果たして何秒なのか、何分なのか、何時間なのか……」――両手をジーンズのポケットに突っ込みながら語るボス。
「あ……」――ようやく、ボスが言っている事の意味を理解し、未だ腹から離せずに居る手が震え始める……。
「お前を倒しきる有効な弾薬は、今日はもう出せない。だが、オレらにはまだ戦うための体はある。
つまりだ、これからテメェは”再起不能”になるまで、徹底的にブチのめされる訳だが……その中で、無傷のまま――掻き毟らずにいられるかな?」
そう言い切ると、ボスは左の口角を上げ、不敵な笑みを浮かべるのであった……。
「あ、あ……」
自身の敗北と言う二文字が脳裏を横切り――必死に脚を動かそうとするジャネバ。
「行くぞ……オルガッ! ブチのめすぞッ!」
一方でボスはジーンズのポケットから出し、拳を構える。
「りょ〜かいッ! ボスゥッ! ボクも行くよッ!」
オルセットの方も、仰向けから素早く飛び起き上がり、左脚を前に出し、半身で構える独特な戦闘態勢を執る。
「……あぁぁ!」
恐怖したのか、さっきから動かそうとしている脚に、全力で活を入れようとするが……
「悪魔供めェェェェェェッ!」
それは意味のない叫びに代わって、失敗に終わる。
何故かって? ”右足の付け根の銃創”と”竹槍に縫われた左足”、”右脇腹の内出血”の3つの負傷を負った結果、<余りの痛みと恐怖に、脚に力が入らない>のであったのである……!
「オラァッ!」
「ウィドラマ・ウォーラァッ!」
咄嗟に、今まで謎になっていた魔法を叫び、顔面に迫るボスの右ストレートに対し、必死の抵抗を試みるッ!
――だがしかしッ!
〜 ブモオォウッ……ドゥゲシャア!〜
「ゴバァ!?」
ボスの右ストレートが阻まれた瞬間ッ! 掻き毟らずに済んだ震える右手を必死に動かし、奴が懐からナイフを抜き取るよりも早く、オルセットの容赦のない”回し蹴り”が右脇腹に叩き込まれ……。
〜フォン! ブモオォウッ……コンッ、グリッ――ゴシャアッ!〜
「アベェッ!?」
取り落としてしまったジャネバは、今度は背後のオルセットの後頭部を狙った”ハイキック”を何とか防ぐが、すかさずボスが”左ローキック”で、ジャネバの右足に刺さった竹槍を蹴り飛ばし、更に傷を抉って跪かせると続け様に”右アッパーカット”で奴の顎を殴り上げるッ!
〜ブンッ! ブモオォウッ……クルン、ドゥゲシャア! ゴッ、ガッ! メメキャアッ! 〜
「ブゥゴバァッ!?」
そして、アッパーカットで殴り上げた拳を返すように迫る”鉄槌打ち”を、条件反射で防げたと思えば、それを防いだ瞬間、背後からオルセットの”飛び後ろ回し蹴り”が炸裂!
直撃によって流れようとするジャネバの首を、押し返すかのように、ボスの”右フック”→”返し右裏拳”→”返し右ストレート”の連続コンボによって、更に奴の頭を叩きのめしに掛かるッ!
「か……神の……カミのォォ……!」
今までにこのようなダメージを負ったことがないのか、はたまた自身が”絶対に”やられないと言う、密かに持っていたのであろう”ちっぽけなプライド”をへし折られた事による物なのか……。
左脇腹は真っ青に染まり始め、左足の感覚はほとんどなく震える両脚で立つのがやっと中、前歯数本をへし折られ、後頭部を中心にタンコブと顔面青痣塗れ……こうなってしまった今のジャネバは、神に縋り始めることしか出来なくなる程、朦朧とし始めていた。
――だが、このたった”8発”の近接格闘で、只々、神に縋り付くような脆弱な”意思”なのであれば……。
「……」
「……」
互いに、一瞬目を合わせ、意思の確認のために頷き合う二人が、”これから”繰り出す……
「――オラオラオラオラオラオラオラオラオラ……ッ!」
拳の”ラッシュ”と……
「――ニャララララララララララララララララ……ッ!」
蹴りの”ラッシュ”の内心に秘められた……
〜ボモオォウッゲシャ! ゲモオォボシャァ! ボブモゲシャ! ゲブモボシャ! ボブゲシャ! ボゲシャ! ボゲシャ! ボゲシャ! ボゲシャ! ボゲシャ! ボゲシャ! ボゲシャ! ボゲシャ! ……〜
二人の”成し遂げる”と言う、誇り高き”意思”を前に、「死が救い」などと言う布教は、ただの質の悪い戯言として「ウィドラマ・ウォーラ」と共に、風に流されてゆくだけであろう……。
〜 グッ、ブブンッ! 〜
そして、ラッシュの果てに二人は決着を付けるため、同時にジャネバの頭を挟み込むような”上段回し蹴り”を叩き込むのであった……ッ!
教国宣狂師「ジャネバ」
再起不能
……?