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飴転生  作者: 灰色セム
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五本目

 決して立派とは言えない出入り口を埋め尽くす、黒。人ではない。獣でもない。室内の木漏れ日を反射するソレには、震えながらも視線を外さないペロ君が映り込んでいる。粗末な天井がきしみ、盛大に埃が舞い落ちてきた。地面が震えるような振動に上を見上げると、破壊された屋根から四角く黒いものがこちらを覗いている。髪も鼻も耳も存在しないが、赤く光る双眸は確かに俺たちを……少なくともペロ君の存在は感知しているようだ。


「まずいぞペロ君。やつはかなり大きい。どうする?」

「逃げます。――――リア、サレ、ユナンソユシ。身体能力を底上げしました。逃げに徹すれば撒けるかと」

「そうか」

「最も――」


 ペロ君がなにか言いかけた、そのとき。小屋の一角が圧倒的重量により押し潰される。外からの光に導かれるように、ペロ君が飛び出した。せめて周囲の安全は確認してほしい。景色が結構な速度で流れていく。すごい、新幹線と同じくらい速いぞ。魔法って便利だな。なにもできない俺は、せめて後方の安全を確認したくて身体ごと後ろを振り向く。


 そこには五メートルはありそうな鉄の塊が俺たちを見つめていた。小学生が粘土で作った人を、大人がいい感じに整えた――――そんな風体の化物だ。俺たちを追ってくるそぶりは無い。変なやつだ。まぁ逃げ切れそうなのはいいことだよな。化物と連呼するのもアレなので、便宜上ゴーレムと呼ぶことにしよう。ゴーレムの姿がゴマ粒サイズになるまで遠のいたところで、地面が大きく揺れた。


「うっ!?」

「おい、大丈夫か?」

「なんとか――――うわっ!」


 大きな横揺れ。地震か。子供のころに震度六を経験したことがあるが、それに匹敵するかもしれない。ペロ君の身体が揺さぶられ、盛大に地面へ激突する。柔らかい地面に上半身が埋まったペロ君が、土を撒き散らしながら起き上がる。土と草にまみれた彼が、ゆるく頭を降った。余震は…………ないみたいだな。


「ペロ君、大丈夫か!?」

「……土を少し食べてしまいました。身体能力を底上げしていなかったら危なかったですね」

「すごいな魔法!? どこか具合が悪いとかは?」

「速度が速度でしたので、少しふらふらしますが問題ありません」

「そうか。でも無理はしないようにな」


 今生が飴ということもあって、俺は本当になにもできない。轟音と更なる揺れに思わず後ろを振り向く。――山が斜面崩壊を起こしていた。先程まで俺たちが休んでいた小屋がゴーレムごと土砂に巻き込まれていく。もし小屋に留まっていたら危なかった。災い転じて福となったようだな。


「……あの崩落に巻き込まれたなら無事では済まないでしょうね」

「そうだな。俺たちは運がよかったよ」

「…………そうですね」


 ペロ君は複雑そうな表情で崩落した山を眺めている。耳がしょんぼり垂れているから、しばらくそっとしておこう。……おや、彼は肩を怪我しているじゃないか。薄く鋭利な石が肩に突き刺さっている。地面に滴る血はとどまることを知らないようだ。痩せ我慢したい年頃なのだろうか。手当してあげたいけど、この手はなにもつかめない。こんな俺にできることと言ったら――。


「いたいの、いたいの、とんでゆけ」


 俺の呟きに合わせて石が少し離れたところへ落ち、またたく間に血が止まり傷が塞がる。あとには服に開いた穴とまだ乾ききっていない血だけが残った。ペロ君が驚いたように肩を見つめている。なんだ今の……。ペロ君が俺に向かって勢いよく土下座する。うぉっ、どうした、どうした。


「今のは治癒魔術……! シン様、どうもありがとうございます。そろそろ魔力が枯渇しそうだったので助かりました。このご恩は一生忘れません!」

「ああ、いやほら顔をあげてほしいな。大したことはしてないし。ていうか魔法が使えるなんて思わなかったな。一度死んで新たな力に目覚めちゃったのかな? なんてね。わははは!」

「いいえ、いいえ! 魔法使いならばともかく、魔術師は才能が全てです。シン様が転生したのも無意識のうちに転生魔術を発動させたのかもしれません。ああ、村を焼かれ犬畜生に身をやつしたときは我が身に降りかかった不運を呪いましたが、まさか魔術師様に出逢えるとは! シン様。よければこのヘロペロスをお傍において頂けないでしょうか」

「とりあえず落ち着こう? 俺は君が所持してくれないと移動もできないんだ。飴が話すなんて、普通は恐れて近寄らないか見世物にでもされるのがオチだろう。でも君は普通に接してくれた。大自然の中に放置された俺にとって、それがどれほど嬉しかったか。その点では先に俺のほうが助けられてるんだよ」


 ペロ君が顔を上げる。困ったような嬉しそうな顔だ。


「……シン様」

「俺にもできることがあってよかったよ。でも魔法の使い方がわからないんだ。せめて魔力とかいうのを、君に譲渡できればいいんだけど」

「…………魔術というのは魔法と違いルールに縛られません。指パッチンで火を起こしたり、くしゃみで地面を爆破することもできるのです。ある意味では術者自身がルールなのです。もっとも食べ物を生み出すだとか、生き返るだとか、人の感情を操るといった禁術にはさすがに制約がつきまといます」

「そうなのか。ええと、それなら魔力を譲ってもいいかな」

「ぜひ。……シン様の身体は透明になっているだけで、いまもそこに五体があるのですよね?」

「ああ」

「でしたら、私の脈をとっていただけますか。脈に合わせて魔力を流しこむイメージをしていただければ、おそらく可能かと」

「やってみるよ」


 手を差し出したペロ君が目をつぶる。彼も魔力を受け取るイメージをしているのかもしれない。脈を感じる、脈を感じる……おお、なにか鼓動を感じるぞ。脈のリズムにあわせて計量カップから液体を注ぐイメージをする。こぼれないように、あふれないように。飴にできることは、これくらいだから。少しでも彼の役に立て、俺の魔力よ。


 どれくらいそうしていただろう。全力で走ったあとのように身体が重くなる。魔力が減るって結構疲れるんだな。たぶん脈をとる魔法……魔術とやらも使ってるようだし、本当に魔法ってすごい。そんなことを考えていると、ペロ君がふいに目を開けた。


「――ありがとうございます。魔力は満タンになりました。シン様は大丈夫ですか? お疲れでしょうし、ゆっくり休んでください」

「お役に立てたようで、なによりだ。俺は飴だからなぁ。これからどうするんだい?」

「非常食の残りは小屋に置いてきてしまったので、まずは狩りをしたいですね。あとは簡易的な寝床の作成でしょうか。体力回復の質はそのまま魔力回復速度と影響します。魔法による利便性と生存率の観点からみても重要なことです」

「なるほど」


 魔法とか魔術の違いだとか、魔力の仕組みはよくわからないけど、今はそれよりも大事なことがある。生活が落ち着いたら質問攻めにしてやろう。


「せっかく意思疎通ができるんだし、役割分担しないか? 俺は後方を見張るよ」

「お願いします。今はシアロミが繁殖期ですので、それを狙っていきましょう。うまくすれば卵でタンパク質もまかなえます。虫はそこら中にいるのですが、食べる部位は少ないしあまり美味しくないんですよね」

「ははは……たくましいな」

「臆病なだけですよ。シアロミの羽根もありますし、矢を量産しておきますね」


 ペロ君は言うが早いか、ムニャムニャ唱えて小枝や石を加工し、次々に武器へと作り変えてゆく。少し卑屈な好青年だとばかり思っていたが、なかなか神経が図太いな。というか俺なら犬になった時点で世を儚んで絶望する。ゴーレムと対峙したときの判断も的確だし、なにより生きることを諦めていない。俺が小説家なら彼みたいな人を主人公に据えただろうな。


 いつの間にか矢を作り終えたらしい彼に声をかけられる。


「おっと。悪い、あんまり手際がよかったから見惚れてた」

「あはは。お待たせしましたシン様」

「ん。…………なぁ、せっかくだし、そのシン様ってのやめて欲しいな」

「ですが」

「俺たちは、そう…………パートナーだ。上下関係なんてない。違うかい?」

「……それもそう、ですね。では行きましょうシンさん」


 よし、これで少しは名前を呼ばれるたびにむず痒くなることはなくなる。


――――それからひたすら鳥を射、鹿を追いかけ回し、逆に追いかけられたりしたものの、太陽が山間に沈むころには四食分の食料を確保できた。心許ないが、一人と一個のサバイバル初日としては上々の成果だろう。満天の星空のもと、焚き火にあたり眠るペロ君の寝顔は少し幼い。二十歳くらいに見えるけど、ケモミミしっぽ効果も相まって高校生にも見えるな。


……あれからゴーレムには一度も遭遇していない。本当に土砂に埋まったようだ。でもああいうのって復活するのがお約束だよな。考え過ぎだとは思うが警戒するに越したことはない。今夜は寝ずの番としゃれこもう。

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