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飴転生  作者: 灰色セム
4/6

四本目

 どうにかして、この空気を払拭できないだろうか。


「ところでペロ君。ここには調理器具どころか台所も見当たらないけど、どうやって食事を作る気だい?」


 そう、ここはボロボロに荒れ果てている。テーブル以外の家具といえば、イスの残骸があるくらいだ。民家というより、雨風をしのぐだけの小屋だったのかもしれないな。


「ん⋯⋯そうですね。道具は持ち出せなかったので、全行程は魔法を使います。シアロミの肉は腹持ちがいいので、今回は三分の⋯⋯いえ、半分使いましょう」

「し⋯⋯? ええと、その鳥のことだよね」

「はい、そうです。どんな味付けとも調和する、美味しい鳥ですね。調味料はありませんが、空腹は最高のスパイスです」


 くー⋯⋯きゅるるる。控えめだが、確かな自己主張ってあるんだな。腹の虫が鳴って照れる場面すら、イケメン補正でかっこよく見えるぞ。


「なるほどなぁ。どんなふうに調理するのか、見ててもいいかな?」

「では、解説を加えながら捌いていきますね。まずはシアロミの羽根を取り除きます」


 そう言うと、指を空中に踊らせる。

 左上をダブルタップ、左下へ下がり、右、そして真ん中をタップ。

 するとシアロミの羽根が、一枚残らず根元から抜けてゆく。羽根たちは、風の流れに乗るかのように螺旋を描きながら、彼の右手に吸いこまれてゆく。いやぁ、すごいな。ハンドパワーの使い手だって、こんなに幻想的な料理はしないだろう。

 右手のアレも魔法なのかな。あとで聞いてみよう。


「血抜きは皿の上に載せた時点で処理しましたので、次は切り分けていきます」


 左をタップ、そうして右へ流れ、真ん中をタップ。さっきより短い動作だ。シアロミは各部位ごとの肉と内臓、そして皮と骨に解体される。おぉ⋯⋯骨に肉が少しもついてない。なんとも職人泣かせの魔法だな。皮と内臓が、やはり右手へと吸いこまれてゆく。


「肉はともかく、骨はどうするんだい?」

「これはあとで使います。鳥の骨は脆いぶん、加工しやすいので魔力の節約になるんですよ」

「ふむふむ」

「あとは全部まとめて保存食にします」


 皿に両手を添え、見つめる彼の瞳は真剣そのものだ。よく見れば、指の隙間から赤い光がこぼれている。


「サンヘサンヘ、サヤサヤシ」


 なんだ。なにを言ったんだ。瑞々しい果物や、処理したばかりの鳥肉が、みるみるうちにドライフルーツや燻製になったぞ。


「おぉーーっ、すごい! それも魔法なのか?」

「はい。保存食を作るための魔法です」

「魔法って便利なんだねぇ。勉強になったよ、ありがとう」

「ええ。魔法が使えてよかったです。シン様。その、失礼ですが、食べ始めても⋯⋯?」

「どうぞ、どうぞ。俺のことはただの飴だと思ってくれればいいから」

「では⋯⋯ヴィソチノ、イソユロヌ、レシヘム。リンヒンサース」


 魔法を使う⋯⋯わけじゃないみたいだ。彼の手が、また光ったけど、手づかみで食べてるしなぁ。神様に祈りを捧げたんだろうか。

 立ったままだから、彼の尻尾が千切れそうな勢いで振られているのが、よく見える。お腹すいてたんだね。


 そういえば彼⋯⋯少し綺麗になってるような。いや、変な意味じゃなくてさ。さっきまで服も身体も泥や埃にまみれていたのに、まるでお風呂上がりみたいだ。心なしか、髪も艶々しているな。やっぱり、さっきのは魔法だったのかもしれない。


「でも、どうしてこんなところに住んでいるの?それだけ魔法が使えるなら、どこでも雇ってもらえるだろうに」

「⋯⋯帰るところが、ありませんから」


 あっ、これ墓穴掘ったパターンだ。


「ごめんね、無神経なこと聞いちゃって⋯⋯」

「——シン様。あなたは、このあたりで亡くなられたのですか?」

「わからない。ただ、俺の故郷に魔法は存在しなかった。君のように動物の耳や尻尾がある人も、初めて見たよ」

「不思議な人ですね。それと⋯⋯なにか誤解されているようですが、私は人間ですよ」

「えっ、そうなのか!?」


 どこからどう見ても、不思議な人は君だろう。いや、まぁ飴になった俺も相当、アレだけどさ。


「犬と犬系人種という半端な生態ですから、驚かれるのも無理はありません」

「その姿や、犬になるのも、魔法の一種なのかい?」

「いいえ、これは私の意思ではありません。先日、村を壊滅させた何者かに呪われたのです」


 あっ、これ地雷踏んだパターンだ。


「今は1日のうち、ほとんどを犬として過ごしています。狩猟本能と帰巣本能のおかげで、生活するための最低ラインはクリアしています。ですが、正直言って⋯⋯きついですね。せめて塩が欲しい」


 大事なのは、そこなんだね。うんうん。塩は大切だよな。上空から見た限り、この近くに海はなかった。せめて商人でも見つければ、塩を売ってもらえるのかもしれないが⋯⋯。それなら保護してもらったほうが早いよなぁ。


 空っぽになった皿を、名残惜しそう見つめる彼の耳は垂れている。あれっぽっちじゃ足りないよな。ご飯も満足に食べられないんじゃ、遠出もできない。食料の備蓄も微々たるもの⋯⋯そうだ。


「ペロ君。君が嫌でなければ、俺を食べてくれないか。もともと、そのために拾ったんだろう?」


 彼の肩が跳ねる。


「——シン様は、飴なのですよ。不安定な存在だからこそ、触媒を必要とし触媒に縛られるのです。それがなくなれば、あなたは⋯⋯!」

「いいんだよ。こうして会えたことが奇跡だしね。飴として、君の役に立ちたい。ダメかな?」


 飴は、本来なら食べ物だ。もし、あのままシアロミに会わなかったとしても、蟻にたかられるのがオチだろう。

 飴になって、空を飛んで、魔法も見れた。いい、飴生だった。


 わけのわからないうちに死ぬより、ずっと幸せな最期だろう。彼は落ち着かない様子で、きょろきょろしている。耳がピクピクしているな。どうしたんだろう。


「来る⋯⋯!」


 彼が冷や汗をたらしながら、テーブルの下に潜りこむ。彼が勢いよく動いたせいだろうか。廃屋が、ギシギシと悲鳴をあげる。なんとなく、俺も真似して彼のそばに伏せた。この小屋どころか、外の景色まで揺れて見えるぞ。ネズミたちが、なにやら大慌てで外へ飛び出し、黒いものに踏みつぶされる。


 唯一の出入り口を塞ぐ、人とも獣ともつかないソレは——化け物だった。

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