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飴転生  作者: 灰色セム
2/6

二本目

 ふわりと意識が浮上する。あれから、ずっと寝ていたらしい。視界いっばいに青空が広がっている。俺は助かったのか。いや待て、一晩中外にいたということになるが、ここはどこだ。周囲を見回す限り、現代では貴重な大自然のド真ん中に放置されてるようだ。誘拐して、捨てられたとでも言うのか。いや、何の取り柄もない無職をさらうメリットが存在しない。

 そのわりには身体も痛くな——。


「は⋯⋯? なんで半透明なんだよ」


 そう。身につけているものを含めた俺の身体は、向こう側の空間が透けていた。普通なら身体に遮られて見ることの叶わない風景が、見えている。俺の濃度としては、ペイントツールで不透明度を半分にしたときの色合いに近い。なんとも頼りない。まるで。


「まるで、死んだみたいじゃないか」


 こんな身体になったというのに、背中がゾクゾクする。腰の痛みも感じずに立てたが、そんなことはどうでもいい。だが、足は地面に縫い止められたように動かない。くそっ、なにがどうなってるんだ。


 下唇を噛みしめ、うつむくとペロキャンが落ちていた。街頭の下で見るよりも、ケバケバしく見える飴の包装には、小さなカードが同封されているようだ。しゃがみ、汚れをはらう。そこには、たまには帰ってこいとだけ記載されている。

 筆で書かれたらしい右肩上がりのソレは、少し震え、掠れていた。俺も弟も、もちろん義妹も筆ペンなんて使わない。かつての力強さなど見るかげもない、年老いた父にお似合いの字だ。


「なんだよ。本当に仲直りしたかったのか? あれだけ好き勝手しておいて、いまさらっ……!」


 あと一日早く、この飴を貰っていれば。

 あと一日遅く、俺が倒れたのならば。未練がましくこの世に留まらずに、済んだのだろうか。いや甥っ子たちの成長も見守りたかったし、再就職もしたかった。最近は、おふくろの墓参りだって行ってなかった。それから、それから。


 くけぇ、と間の抜けた声が足元から聞こえる。そこには、平均的な個体より一回りは大きそうなニワトリに、クジャクの羽根をくっつけた生き物がいた。ニワトリもペロキャンも派手な色合いで、周囲から完全に浮いている。この俺にも色を分けてくれないかな。


「おい、やめろ。喉に詰まるぞ。あっち行け」


 ニワトリは、首を傾げながら地面のペロキャンをつついている。食べるのは構わないが、放置して死なれても夢見が悪い。なんとか追い払おうとするが、手は虚しくニワトリをすり抜けるばかりだ。


 くえぇ、と一声鳴いたニワトリが、ペロキャンの持ち手をかじり、飛び立つ。すると、どうしたことだろう。あれほど動かなかった俺の身体が不自然に浮き、そのまま大空の彼方へアイキャンフラーーイ。


「うぉわあああああっ!? 高い高い高いっ! 落ちたら死ぬ!」


 いや死んでるっぽいけどさ。あああああ、地面が遠い。足が竦むし、息子も縮みあがっている。不規則に揺れる視界の隅には、悠々と滑空するニワトリもどきがいた。その羽根、掴んでいいかな。どうせすり抜けるにしても、なにかに縋ってないと、吐きそうだ。


 ヒュン、と空を切り裂く音が、耳をかすめる。今度はなんだ。ニワトリは棒のような物に頭部を貫かれ、重力に従い落ちてゆく。そして俺も母なる大地目指してアイキャンフラーーイ。

 いやこれ飛んでるんじゃなくて、落ちてるんだけどさ。


「って分析してる場合かーー! 助けて母さん!」


 落ちるなら、最初から浮きたくなかった。やっぱり、人は地に足をつけて生活するのが一番なんだよ。地面がぐんぐん迫ってくる。幽霊になるくらいだ。輪廻転生の概念があっても不思議じゃない。せめて、来世こそ親孝行を——。


 衝撃に備えて、目を閉じる。……なにかの足音が、近づいてくるようだ。おい待てどうなった。もしかして一気に閻魔大王のお膝元なのか。そっと目を開けると、見るも無残なニワトリが視界を占領した。やめろ心臓に悪いだろう。ニワトリの頭部に突き刺さっているのは、矢だ。


 俺の記憶が確かなら、こいつは飛行機と同じくらいの高さを飛んでいたはずだ。超距離狙撃用の銃ならともかく……弓矢で狙えるものなのだろうか。まぁ俺がこうして存在して、あまつさえ無事なわけだし、深く考えないでおこう。


 ここから離れたいが、俺の足はまたもや一歩を踏み出せない。まったく、わけがわからないな。幸い、方向転換は可能なようだ。現実と死骸から目を背けたところで、足音の主を発見した。


 紺色の毛並みに、ピンと立った耳と、キリリとした切れ長の瞳。毛並みはともかく、犬だな。サイズはゴールデンレトリバーに近い。矢に犬か。凄腕の猟師が、どこかに潜んでいるのだろうか。少し離れたところに森はあるが、あそこから弓矢で仕留めるなんて、まず不可能だろう。


 ニワトリとペロキャンを器用にポーチへと納め、犬が立ち去る。それにつられるかのように、あれほど渇望した俺の足も前に進む。犬が道草をくうたびに、俺の歩みも止まる。犬のペースにあわせながら、のんびり散歩する半透明の俺。……シュールだな。


「なぁ、お前のご主人様はどこにいるんだ? なぁ。おーーい。花まで食うな、花まで。腹壊すぞ」


 動物は幽霊を感じ取る力があるって、ホラー物の定番だよな。だが、俺たちの視線があうことはない。だよなぁ。俺、半透明だし。本場の幽霊のほうが、もっと写真写りはいいだろう。勝手に期待して悪かったよ。


 まぁ、おかげで現実と向き合う余裕はできた。俺は死んだ。そして、なんらかの原因により、このヘンテコな地域にいる。

 ニワトリに会ってから、こうして奇妙な散歩に至るまでの共通事項は、ただひとつ。飴が動くと俺も動くということ。


 つまり俺、飴野真は——飴に転生したらしい。

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