一本目
祭りなんて、何年ぶりだろう。もう三十路間近だというのに、胸がドキドキしている。そう、忙しなく肩で息をして——。
「ちょっ⋯⋯と、休憩しよう。おじちゃん疲れた」
「ねぇねぇ、シンおじちゃん金魚すくい行こう!」
「あーーっ、兄ちゃんずるい! おじちゃんはボクとヨーヨー釣りするんだよ!」
「人を引っ張りあっちゃいけません。じゃんけんで決めなさい、じゃんけんで」
なんで小学生って、こんなに元気なんだろうな。ちょっと前は座布団におさまる大きさだったのに、デカくなったもんだ。弟夫婦も大変だよな、一人でも大変なのに、双子だなんて。
しかし、冗談抜きに腰が痛い。歩くたびに痛むなんて、仕事をクビになってゴロゴ——リフレッシュしていたのがアダになったか。なにより、これくらいで息があがるなんて思わなかった。たまには外にでよう。
まぁ、無職だからこそ、甥っ子たちとの触れ合いという僥倖にありつけたんだが。
とにかく少し休もう。腰をかばいつつ、飲食スペースの端に陣取る。ちびっ子たちの荷物をテーブルに置き、座ろうとして。
——身体がふらつき、周囲から音が消えた。
直後。祭りの喧騒が戻ってくる。
夕暮れどきに聞くと、やけに物悲しく響くカラスの鳴き声。甥っ子たちが繰り広げる、じゃんけん三本勝負。近くの屋台で、りんご飴や綿飴を売る弟夫婦。向こうの広場から聞こえてくるのは、盆踊りの音楽だろうか。クライマックスを彩るための打ち上げ花火も、着々と準備されているようだ。
誰にも見られてないよな。何食わぬ顔で腰かけ、スマホをチェックする。書類選考には通っただろうか。ちっ、全部お祈りメールだ。
「おじちゃん、これあげる!」
「これね、今日もたくさん遊んでくれたで賞の景品だよ!」
顔を上げた俺へと差し出されたのは……なんとも珍妙な物体だった。りんご飴が、なぜか綿飴でコーディングしてある。これは弟の入れ知恵に違いない。あいつは、ホットケーキにチョコレートシロップと蜂蜜をかけるほどの甘党だ。おおかた、俺が喜ぶとでも言ったんだろう。甘味は控えてるんだけどな。
「二人ともありがとう。いただくよ」
うぐあああ、しみるっ。だが、ここは踏ん張れポーカーフェイスだ。いや、笑え俺。この子たちの笑顔を守るためなら、例え火の中、水の中、飴の中。ほら、もうどこも痛くない。二人は、いつの間にやら買ってきたらしいヤキソバをパクついている。おじちゃんの分は無いのかね。
「金魚とヨーヨーは、どっちを先にするんだ?」
「ふぁふぇふぃ!」
「こらこら。飲みこんでから話しなさい、飲みこんでから」
「あのね、射的だよ。景品たくさんとってね!」
金魚でもヨーヨーでもないのかい。しかし、この子たちは見分けがつかなくて困る。せめて小物は色違いにしてほしいな。もっと成長したら、見た目にも個性が出るのだろうか。
ああでも、そのころには、俺のところへなんか寄りつかない可能性もある。お小遣い目当てでもいい、たまに元気な姿を見せてくれるなら、おじちゃんは満足さ。
見返りは⋯⋯そうだな、お前たちの孫を抱っこしてみたい。そのためにも、就職活動をがんばらないとな。
「おじちゃん、はやくーー!」
「こっちだよ!」
「わかった、わかった。いま行くよ」
おっと、またトリップしてた。子守に専念しよう。しかし、食後の腹痛も恐れずはしゃぎ回るとは。若いっていいね。そっと立ち上がり、目的の屋台へと、少なくとも俺だけは音もなく歩いてゆく。くっくっくっ、ミリオタの後輩に鍛えられたサバゲーの腕前をなめるなよ。どれでも好きな景品を、甥っ子たちに貢いでやろうじゃあないか。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「義兄さん、今日はありがとうございます。助かりました」
「なぁに、お安いごようさ。俺も気分転換できたしね」
「射的屋の景品を取り尽くしたんだ、そりゃあ楽しかったろうよ。頑張ったで賞として、ペロキャンの試作品をやるよ。コンセプトは温故知新だ」
「そりゃ、どーーも。嬉しくて涙が出るよ。しっかし、また奇抜な色合いの商品を作ったな。売れるのか、これ」
「職人が信じる、職人を信じろ」
「へいへい」
祭りも終わった帰り道。売り子たちに片付けを押しつけ——任せた俺たちは、道すがら話しながら歩いていた。甥っ子たちは遊び疲れたのか、寝てしまったので、おんぶ紐で弟にくくりつけている。
中肉中背なのは俺と変わらないのに、どこにそんな力があるんだろうな。親になるとは、こういうことなのだろうか。俺にはわからない。このペロキャンもなぁ。なんで極彩色なんだ。カラフルというよりケバケバしい見た目は派手だから、子供には好かれそうだけどな。
「それじゃあ、俺はこっちだから」
「なぁ、兄貴。うちの会社に来ないか」
振り返った先で、いまにも泣きそうな弟と視線がからむ。親父が入院したこと。弟が俺たちの不仲を心配して、たいそう気をもんでいること。こまめに義妹から連絡は貰っていたが⋯⋯病状が悪化したのだろうか。
「⋯⋯その気持ちだけ、受け取っておくよ」
「そんなこと言うなよ。親父だって、仲直りのタイミングを」
「いいんだよ、もう。親ってだけで無条件に信頼して尽くした俺が馬鹿だった。⋯⋯それだけのことさ。また、遊びに来るよ。おやすみ」
なおも言い募る弟に背を向け、早歩きで帰路を急ぐ。子供っぽいと思われただろうか。弟たちには、そのうち菓子折りを持って行こう。どうせなら、再就職の報せも一緒だと気が楽なんだけどなぁ
親父と口論になり、家の敷居も跨がせないと叩き出され、必然的に家業である飴野製飴所への就職も立ち消えたのは、もうずいぶん前のように感じる。
まぁ、親父はそれが契機となって溺愛していた弟からも少し距離を置かれ、あの広い家で一人ポツネンと過ごしていたらしい。因果とは巡るものだ。それにしても、本当に疲れた。早足で五分も歩いてないというのに、息があがって仕方ない。
「仲直り、ねぇ」
親父の声も長らく聞いていない。あんな奴を懐かしむなんてことも、あ——。なんだこれ。喉、が。
やばい酸素が足りない。視界がチラつく光で埋め尽くされてゆく。眩しくて気持ち悪い。息がうまく吸えない。頭がしびれてきた。たまらず倒れ込んだ俺の顔に、なにか当たる。
これは、手触りからして、さっき貰ったペロキャンだろうか。ああ、どうせならスマホがよかった。




