虚言癖などありません!!
5年という歳月で、私に対する評価は大きく変わった。評価だけじゃない。私を取り巻く環境や自分自身の立場だって、随分違う。
あの頃、「男に引けを取らない位がむしゃらに頑張っている」、そう言って可愛がってくれた上司や先輩方はもう居ない。
現在、とある上司には「仕事に打ち込みすぎで婚期を逃した行き遅れ」と可哀想な視線を向けられ、同僚や部下には「仕事振りは尊敬出来るけどプライベートは残念に違いない」なんて思われてるし、同性の後輩からは「ああなったら女として終わり…」とまで噂されている私。
29歳で行き遅れ扱いなんて、晩婚化が進んでいるこのご時世、多くの女性の批判を受けそうなものだが、残念ながら圧倒的に男性の方が多い私の職場。しかも女子社員は私以外みな既婚。同世代や年上は勿論、入社2年目3年目の女の子が立て続けに結婚し、その上入社して半年の子まで先日式を挙げたばかり。そりゃ感覚だって麻痺して、私は行き遅れにしか思えないでしょうよ…。
まぁ、職場といっても、私のデスクがあるこのフロアに限ったごくごく局地的な話で、会社全体がそうじゃないからあまり気にしていないけど。
それに何より、まだ結婚したいとは思えない。私にとっては結婚するメリットよりもデメリットの方が断然大きい。
それを酒の席で主張したら負け犬の遠吠え認識されたよ…。その上勝手に彼氏ナシのレッテルまで貼られてしまった。彼氏くらいいる!と反論すれば、嫌味な上司に「虚言癖まであるのか」と馬鹿にされた。
「彼氏の写真見せろ」と言われて、見せなかっただけで虚言癖とか酷い。こっちにゃ見せられない事情があるのだけなのに。それに彼氏いたら指輪をしてなくちゃいけないの?今時、結婚指輪だって普段から嵌めていない人だって多いのに…。そんなの偏見だよ?
毎日馬車馬の如く働き、休日出勤もして、誕生日とかクリスマスとかクリスマスとかクリスマスも勿論残業。所詮社畜ですよ?社畜に彼氏がいちゃあいけないんですか?
見た目が地味でイケてなくたって良いじゃないか!敢えてこのスタイルを貫いてるんだからな!!
相手の印象により残る様にかけ始めた黒縁眼鏡。両眼1.5の私に眼鏡は必要ないと言われたりもしたけれど、ブルーライトやUVから目を守る機能性は重宝している。度なしだからって伊達眼鏡と言うなかれ。有ると無いとじゃ目の疲れ方は全く違うんだぞ!
化粧は必要最低限、髪は引っ詰め、ダークカラーのパンツスーツを見に纏い、かっちりしたシャツを合わせる。デコルテは絶対出さない。いや、諸事情により出せないだけか。
人は見た目が9割と言うけれど、こんな見た目で上手くやってきた。つまりは自己プロデュースの結果、辿り着いたベストな私であり、言わば仕事仕様の最終形態とも言える。
この最終形態で、周りと同じだけ、いやそれ以上にがむしゃらに頑張ってきた仕事には誇りを持っている。
仕事のし易さを優先して、女らしさを極力削ぎ落としたのは自分自身。だって、女だからと馬鹿にされるのが嫌なのに、女を武器にして仕事を取ってくるのは矛盾しているでしょ?
それにそんなやり方じゃ自分のためにもならないし、将来、引き継いだ後輩のためにだってならない。
女子力皆無だとか、女を捨ててるだとか散々馬鹿にされるけれど、それはあくまで仕事上の私の話。
プライベートでは、オシャレだってするし、ゆるふわな感じは嫌いじゃない。むしろ好き。5年付き合った彼氏もいて、関係は非常に良好。実は3年前から同棲をしていて、事実婚状態だなんて会社では言ってないけどね!
だから言いたい奴には言わせておけと、酷い評価を甘んじて受け入れているけれど。
流石に虚言癖はないだろう、虚言癖は!!
***
「瀬戸のは相変わらず味気ないなぁ。」
また今日も始まった。部長のお弁当チェック。
同じフロアの大半は昼休みになると外に出たり社食に行ったり。残っている人達も、自作のお弁当だったり、愛妻弁当だったり、テイクアウトのサンドウィッチなどみんな美味しそうな物を食べている。
『弁当男子』なる人種が出てきてから、余計私の昼食は批判の対象。
私は食べるのが早くない。むしろ遅い。昼食をゆっくり食べる暇もない。だから、私の食事は大抵液体だ。今日も栄養ドリンクと、甘くないトマトベースの野菜ジュース、飲むヨーグルトで済ませている。食事のバランスは1日を通して考えているし、炭水化物と脂質の多い社食のメニューと比べたらこっちの方が栄養的にも優れていると思うんだけどな。
「瀬戸に比べて…日向の弁当は今日も美味そうだな。彼女の手作り弁当…瀬戸ぉ、日向の彼女の爪の垢でも分けてもらったらどうだ?」
とりあえず、余計なお世話だと目で訴えておく。嫌味部長は、手作り弁当こそ正義!という考えの持ち主。そのため、男性社員が持って来る愛妻弁当や彼女特製の弁当に対しての評価が高い。そして、その中でも、色鮮やかでバランスの良い日向の弁当を絶賛した上で、私を貶めるのだ。
当初は腹が立って仕方なかったが、毎日の事なのでもうすっかり慣れっこだ。日向も見事なスルースキルをもって適当にあしらっている。
私、瀬戸 薫と日向 夏樹は同期。いい意味でずっとライバル関係にあり、今は互いにチームリーダー。
私と違って、日向は部長のお気に入り。事あるごとに、日向を贔屓して私を貶す。
仕事ぶりは勿論、容姿や服装、憶測に過ぎないネタでプライベートまで比較しやがる。
部長に言わせると、日向は仕事も出来る爽やか系塩顔イケメンで、スーツの着こなしもさり気なくお洒落で、靴まで手入れが行き届き、美人で家庭的な彼女と日向が購入したマンションで同棲中の勝ち組らしい。
「日向みたいな奴をリア充っていうんだよ、まぁ、虚言癖のある非リア代表の瀬戸には分からないだろうけど。」なんて暴言も先日頂戴したばかり。何度も言うが虚言癖は無しだと思う。いくら奥さんと娘さんに冷たくされているからって、部下を貶めて楽しむのは趣味が悪い。
あーあ、日向がヘタレ扱いされていた5年前が懐かしい。今や日向は女子社員の憧れの的で、同世代で1番出世するだろうとも言われている。
実際ヘタレじゃなくなって、服装も垢抜けたし、仕事に限らず自信がついたのか以前よりも凛々しくて良い顔になった。
だけれど、日向の根本的なところは変わらない。
とにかく真面目。そして、自分と、仕事上で彼が信頼していたり期待をしている人物に対して厳しい。嬉しいことに、彼は私に対してとても厳しい。それはつまり、仕事上で彼が私を凄く信頼してくれているという事。
実際、言いたい事は思い切り言い合って、ぶつかる時はとことんぶつかる。
だけれど、私が困った時はいつも助けてくれるし、彼の仕事でトラブルがあった時は私を頼ってくれる。
そんな関係は本当に心地良い。
職場でのそんな関係を終わらせたくないから、「私は虚言癖のある負け犬」なんて評価をされても平気でいられるんだ…。
***
「また1つ貸しが出来た。」
黒い笑顔で嬉しそうに日向が言う。なるべく日向は借りを作りたくない。年末で仕事が立て込んでいて、睡眠時間が削られる予定なこの時期は特に。
だけど、得意先を怒らせてしまった後輩くんの尻拭いをしようにも、私だけの力では及ばず、奴の力を借りざるを得なかった。今回は本当に致し方ない。しかも今日はクリスマスイヴ。ただでさえ遅い帰りが更に遅くなったため、ご機嫌斜めの日向サマ。
「さぁて、瀬戸ちゃん、どうやって貸しを返してもらおうか?」
「えっと…日向サマには大変お世話になりましたので…後日焼肉を奢らせて頂きます!!」
「焼肉はイマイチ。」
「じゃあ、お寿司…」
「嫌だ。」
「蟹…」
「蟹って気分じゃないんだよね〜。それに、後日じゃなくて今日が良いんだけど?」
「今日は無理なんで…後日、後日必ず、和食でも、フレンチでも、イタリアンでも、中華でも…お好きなものを奢らせていただきます…それで勘弁して下さい!」
「だからさ、後日じゃ嫌なんだよね。そうだな、甘い物が食べたい。今日はちょうどクリスマスイヴだし、クリスマスケーキも良いかも…だけどクリスマスケーキじゃ物足りないかな。プラス、甘いモノで手を打とう。とにかく甘いものを心ゆくまで堪能させて?勿論付き合ってくれるよねー、瀬戸ちゃん…じゃなくて、薫?」
それだけはご勘弁を!私の身が持たない!!
断ろうにも、日向もとい夏樹の中では既に決定事項。クリスマスなら…23日は休日出勤して、後輩くんも一緒だったけどイルミネーション見て、夕食は居酒屋で楽しく飲んで、帰宅してケーキは2人で食べたじゃん?…その後、ナンダカンダ言って私の事も散々食べたじゃないか!!
結局、今回の借りもベッドの上での清算となりました。恐ろしく甘い声で、甘い言葉をお腹いっぱい頂戴した甘い甘ーい夜となりました。
そして、右手の薬指にはキラキラしたものが…夏樹曰く、虫除けだそうです。左手のはまたそのうち…って。あー、嬉しすぎて鼻血でそう…。
勿論、寝不足決定です☆
お気付きの事と思いますが、日向が私の彼氏です。付き合って5年、同棲して3年だけど、まだ結婚する気はありません。
だって、なんだかんだ言っても仕事が楽しいから。
社内恋愛が禁止されてる訳じゃないけど、バレたら私の配置転換は免れない。だから、付き合っている事は絶対に打ち明けられないし、周りに気付かれる訳にもいかない。
私も日向も、入社以来この営業部でひたすらに切磋琢磨して頑張ってきた。だから、今の立場も仕事も、仕事上での良きライバル関係もまだ手放したくない。
結婚は、私が仕事で完全燃焼出来てから。今はまだ時期尚早なのです。
***
「あれ?日向、今日は彼女お手製の弁当じゃないのか?」
今日も勿論、部長の昼食チェックは行われている。
「昨日の夜、彼女を殆ど寝かせてあげられなかったので、今日は弁当断ったんです。早起きさせちゃ可哀想ですから。」
「昨日はお楽しみだった訳か〜!」
馬鹿野郎!余計な事言いやがって。ニヤける部長の顔が最高に気持ち悪い。うわ、その顔でこっち見るな!
…確かに、その顔で見るのは嫌だと心の中で叫びましたけど、こっち向いた途端、憐れそうな顔になるのもやめて欲しいんですけど。右手の指輪見て溜息つくとかやめて頂きたい。勿論、既に突っ込まれて可哀想な目で見られましたけど、何か?…今更蒸し返さないでください!!
「なんだ、瀬戸。ひでぇ面してんなぁ。呑みすぎで二日酔いか?どーせひとりでさみしく呑んでるんだろ?日向とはエライ違いだなぁ。しかもいつものすら用意してないのか?たまにはマトモなもん食えよ。」
仕方ないじゃん。昨日の夜、殆ど寝かせてもらえなかったんだから。朝起きたらカラダのあちこち痛いし。
お弁当要らないって言ってもらえたから多少は眠れたけど、うっかり寝過ごした上、いつもみたいにはカラダが動かなくて、コンビニで昼食調達する時間とか気力すらなかったんだもん。マトモなもんって言われても…ぶっちゃけ面倒だな。ひとりで食べてもつまんないし、急いで食べるのもなんかやだし。
「瀬戸ちゃん、俺がマトモな飯奢ってやるよ。たまにはゆっくり食べたら良いじゃん。」
「日向、お前もこいつも、普段昼休み返上して仕事してるから、今日はゆっくりしてきて良いぞ。こいつがマトモなもん食ってるかちゃんと見届けろよ?この仕事バカ、ほっといたらまた栄養ドリンクで済ませるだろうからな。」
久しぶりに、美味しいランチを食べた。
いつもは嫌味ばっかで嫌な部長。だけど、ちゃんと私の仕事ぶりは評価してくれているのかもしれない。
部長が、日向の彼女の正体に気付いたらどんな反応見せるんだろう?そんな日を想像したらおかしくて。言われたい放題言わせておくのも悪くないな、なんて思った。
以前書いたものを無理やりクリスマスの話にリメイクしたので、無理矢理感が否めませんが…。
楽しんで頂ければ幸いです。
Happy holidays♬