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魔の森の奥で  作者: 002
3/3

魔の森に住まう(後) ~ 駆け出しのハンター・ミュカレ ~

・・・すっかり機を逸したようでもあるけれど、練習段階と割り切って続行。

年内どこまでいけるかな。

 さんざっばらスープをおかわりしてようやく満足したミュカレは、なんという醜態をさらしてしまったんだろう、と、真っ赤になって恐縮した。

 黒衣の少女は気にした風もなく、食後のお茶とデザートを出してくれた。

 見慣れないフルーツの盛り合わせと、琥珀色の薫り高いお茶だった。

 あまりの高級感に(おのの)きつつ、それでも美味しそうで、ミュカレは恐る恐る手を付ける。


 ものすごく美味しくってパクパク食べた。もちろんお茶も美味しかった。

 果物のうちいくつかは、先程の果樹園に実っていたもののようだった。


 お茶のお代わりを注ぎながら、黒衣の少女は口を開いた。


「さて、落ち着いたところで、状況の確認と行こうか。ラスタールのハンターギルド所属、ミュカレ・ファンタールさん。

 とりあえず、まずはこれだけでも返しておくよ」


「あっ・・・」


 黒衣の少女がテーブルに置いたのは、ミュカレの懐中時計と方位板(コンパス)、そして貴重品入れとして使っている巾着袋だった。

 懐中時計と方位板はどちらもそれなりに高価だが、ハンターの必需品でもある。

 ミュカレがハンターになることを決め、故郷の村を離れる時に、両親から贈られた物だ。


「・・・ありがとうございます。この方位板、祖母から受け継いだものなんです」


 懐中時計と方位板にはミュカレの名と所属が刻まれているが、方位板のほうにはもう一つ、ミュカレの祖母の名が刻まれている。

 ハンターたちは愛用品に、自らの名を刻んでおくことが多いが、これは紛失時の対策と言うよりは本人確認のためだ。

 主に浅層とは言え、魔の森に挑んで魔獣を狩るハンターたちには、当然、生命の危険が付いて回る。

 ハンターギルドが創設され、数々の効果的な狩の手法と、魔獣の生態に関する詳細な情報が広まったことで、ハンターたちがその身を魔の森に散らす確率は確実に減ったが、それでも年に数人は犠牲者・行方不明者が出る。

 たとえその身は魔の森から帰ることが無かったとしても、名を刻んだ持ち物が残れば、その消息を遺族や仲間たちに知らせることが出来るかもしれない。

 そんな願いを込めて、ハンターたちは愛用品に名前を刻む。これはハンターギルド設立以前から、歴代のハンターたちが行ってきた習わしだった。

 もちろん、生きて帰るのが一番いいのだけれど。


「そうか。古いものだが、大切に使っているのだね」


「はい、お守りのようなものなんです」


 ミュカレは懐中時計と方位板をそっと握りしめた。両親と祖父母が守ってくれたような気がした。

 ミュカレが少し落ち着いた様子を見せたことに安堵して、黒衣の少女は話を進める。


「他の服や装備は、とりあえず洗って干してある。まぁ、後で確認してもらうとしよう。

 さて、色々と分からないことだらけだろうが、まずはこちらが把握していることを話すから、落ち着いて考えを整理してほしい。

 思う事があったら何でも言ってくれていいからね」


「はい、わかりました」


 ミュカレは居住まいを正すが、黒衣の少女はそんなミュカレにリラックスするように言うと、淡々と説明を始めた。


「今から三日前のことだね。

 君はモルタリー村の近くで、ハンターリーダーのアルダース・ラノンが指揮するラージアント討伐隊に参加していて、偵察行動中にトラブルが生じてチームからはぐれた訳だ。

 ここまではいいかな?」


「は、はい」


 ミュカレの認識と相違なかった。


「ちなみにトラブルというのは、討伐隊の本隊にイノシシの魔獣(ダスクボーア)が突っ込んで来て、若い魔術士が慌てて魔術を使ってしまったらしい。本隊に犠牲者は無し。

 ラージアントの討伐も既に完了していて、なんとこれが総数93匹を数えるでかい群れだったようだ。

巣分かれ、というか、群れが分裂する直前だったんじゃないかな。迅速に討伐成功して何よりだった。

 最終的には軽傷者三名、行方不明者一名。なかなか優秀な成果だね」


 森の中を逃げ惑っている間、ミュカレは自分のことで精一杯で、討伐隊の事を心配していられるような状況ではなかった。

 とはいえ落ち着いてみれば、仲間たちのことが気にならない筈もない。


「・・・行方不明者が出たんですか」


「君の事だからね?」


「あっ、そうか」


 どうやら討伐隊は全員無事だったらしい。

 自分のことはさて置いて、胸をなでおろすミュカレの様子に苦笑しつつ、黒衣の少女は説明を続けた。


「ええと、討伐隊はその際、鼻にナイフを突き刺したままもがいていたフォレストタイガーを発見。

これも仕留めている。

 このナイフは君の持ち物だったと、討伐隊のメンバーが確認している。

 フォレストタイガーは鼻が敏感だし、柔らかい部分だから弱点と言っていい。

噛みついてくるから普通は狙いにくいけど、よく狙えたね?」


「偶然です。いきなり近くに現れて、槍をへし折られて、もう必死で・・・」


 今思い出しても、身の凍る思いがした。

 あの時、出くわす寸前まで、フォレストタイガーのほうもミュカレに気が付いていなかったように思う。

 嗅覚に優れる筈のフォレストタイガーが、あんなに接近するまで気が付かないなんてことがあるのだろうか。

 改めて回想してみて、ふと浮かんだそんな疑問をミュカレが投げ掛けると、黒衣の少女は深く頷いた。


「なるほど、ラージアント用の臭い消しがフォレストタイガーにも効いてしまったのかな。

 嗅覚が麻痺していたとか、ああそうだ、別の臭いに気を取られていたのかも知れない。

 あの薬は臭い消しと言うか、ラージアントの嗅覚を麻痺させる刺激成分が入っているんだけど、フォレストタイガーにとっては、ちょっとした誘引剤みたいな、というか興奮剤みたいな作用がある筈だ。

 せいぜい、ちょっと気になる匂いがする、くらいの効果の筈だけどね。好奇心の強い個体だったのかも知れない。

 でも、惹き寄せてしまうなら危険だな。臭い消しの効能に注意書きを書き足しておかないと」


 普通なら、フォレストタイガーはラージアントには近付かないのだという。

 単独で行動するフォレストタイガーにとって、群れを作るラージアントは適切な獲物ではないのだ。


「そもそも甲殻に包まれていて食べにくい上に、食べて美味い訳でも無いからね。

 大型の肉食獣は大抵、ラージアントには見向きもしないんだよ。襲われでもしない限りはね」


「そういうもの、なんですか・・・」


 ギルドにあった魔獣の資料といい、黒の天使さまといい、魔獣の『味』に関して言及するのは何故なんだろう、と、ミュカレは不思議に思った。

 ミュカレは魔獣を狩るハンターだけど、害を成す魔獣を駆除するのが目的で、魔獣を食用にするなんて考えもしなかった。食べたいとも思わない。

 ・・・ホップスパイダーのスープはとても美味しかった、けれど。

 中身を知っていたら、食べる勇気を持てただろうか?いくら空腹だったとは言え。


「さて、ギルドのほうで把握しているのはこれくらいだね。

 そのあと君は二日間、魔の森を彷徨(さまよ)った挙句、ずいぶんと深くまで入り込んでしまった所を、私が助けた訳だ。

 行方不明者の報告は受けてたけれど、まさかこんな所まで潜って来てるとは、ねぇ。

見付けられるとは思わなかったけど、ダメもとで森に入ってみて良かった。

こう言っては何だけど・・・よく、生き延びたなぁ。運が良かったよ」


 ミュカレを発見出来たのは、本当に偶然に近いことだったらしい。

 普通に考えれば、広大に過ぎる魔の森の深部で、当てもなく逃げ惑うたった一人の遭難者を発見するなど、可能性はものすごく低いのではないだろうか。

 事前に出来る限りの準備を整えて魔の森に挑むハンターでも、踏み込むのはせいぜい浅層のみ。

 それでも毎年数人は行方不明者が出ているし、実際、捜索隊を出しても結局見つからないことが多いのだ。

 ミュカレは己の幸運を噛み締めた。


「本当に・・・死んだと思いました。ついさっきまで」


「あはは、自分が生きていることに気が付かないって、なかなか聞かないよ、そんなの」


 笑われてしまったけれど、ミュカレ自身、その通りだと思う。

 自分が死んだのだと思い込んでいたのは、この屋敷が現実離れした空間だと感じられたからでもあるが、そもそもあの恐ろしい魔の森を彷徨って、生きた心地がしなかったのだ。


「さて、後は君の話を聞きたいのだが・・・大丈夫?無理はしなくていいよ?」


「・・・いえ、大丈夫です」


 そうは言ったものの、魔の森の奥で体験した様々なことを思い出すと、心が波立つような感覚を禁じ得ない。

 少しでも落ち着こうと、お茶のカップを手にするが、すでに空っぽだった。

 黒衣の少女が、お茶をもう一杯注いでくれた。


「恐ろしい体験をしたんだ、心穏やかではいられないだろうが、話してみれば意外と落ち着くかもしれないぞ?」


 ミュカレは礼を言って、お茶を一口、飲み下した。


「・・・ええと、どう話したらいいのか・・・とりあえず、ラージアントを発見したんです、あの時。

そしたら魔法の音が聞こえて、モーゼスさんが指示を出して、討伐隊から群れを逸らさないとって・・・」


 † † † † †


 ミュカレは感情が(ほとばし)るままに、魔の森での体験を語り続けた。

 話さずにはいられなかった。やはり平静を欠いていたのだろう。

 よみがえる恐怖の体験を吐き出すように、ただひたすらに言葉を紡ぎ続けた。


「それでっ、それからっ、けほっ・・・っ、そしたら、そいつは簡単にワイヤーを引き千切って、(おもり)に使った石なんか全然意味が無かったんです、ダンゴムシの魔物(モルクローラー)の甲羅には傷一つ付かなくて、簡単に跳ね返って、けほっ、それで、それで私・・・けほっ、こほっ」


「・・・よし、今日の所はこれくらいにしよう。もう夕飯の支度をしないとな」


「・・・えっ、けほっ、あ・・・」


 ふと気が付くと、窓の外は暗くなっていた。いったい何時間しゃべり続けたのだろうか?

 咳込むミュカレを気遣って、黒衣の少女はお茶をもう一杯、注いでくれた。


「話の続きはまた、後で聞かせて貰うとしよう。少し休んでいてくれ」


「あっ、私も手伝いま、けほっ」


 食事の支度をするといって台所に立つ黒衣の少女を追って、ミュカレも腰を浮かそうとした。


「いいよいいよ、君はお客様なんだからゆっくりしていてくれ。

 話し疲れただろう、まだ体力も戻っていない筈だし、少し休んでるといい。

・・・今度は忘れずにパンも焼くからな」


 そう言うと、黒衣の少女の背中から二対4枚の翼がするりと伸びた。

 この4枚の翼が実に器用に動き回り、遠くの物や高い所の物を取ったり、食材を切り刻んだり、(かまど)に火を(おこ)したり、本人の両腕と連携しながら、ものすごい効率で料理を進めていく。

 どうやらミュカレは邪魔になってしまいそうなので、おとなしく座っていることにした。

 ・・・あの翼、さっきは一対2枚じゃなかっただろうか、と思いながら口に含んだお茶は、温かい上に甘かった。

 先ほど、話し始めた時に飲んだものとは違う種類のお茶のようだが、同じポットから同じように注いだと思ったのだが。

 それに全然、お湯が冷めてない。


 改めて室内を見回すと、窓の外は既に暗くなっているのに、室内はふんわりと明るく、手元を見るのに不都合が無い。

 光源を辿ると、壁や天井の数ヶ所に、光を放つ何か柔らかそうなものがわだかまっていた。

 ふわふわの毛玉が集まっているように見える。あんなものが昼間にあっただろうか?

 カップを手にしたまま、ミュカレが視線を送り続けていると、光を放つふわふわがもぞりと動いた。


「!?うわっ生きてる!」


「ああ、光蟲(ひかりむし)は初めてか。見られるのを嫌うから、あんまりじっと見ないでやってくれ」


「光蟲。これが・・・」


 ハンターギルドの資料で見た覚えがあった。


 光蟲。魔の森の深部に生息する発光する生物。

 同種以外の光源を嫌い、松明などを持っていると逃げてしまう。

 外見はこぶし大の大きさの毛玉だが、本体は親指の先程度の芋虫である。

 この本体表面が発光しており、透明な長毛が光を乱反射させて柔らかく光る。

 洞窟などの狭い空間を好み、一体だけでは発光せず、群れを作って環境が安定すると発光する。

 基本的に無害だが、光蟲が生息する所には強力な魔獣が共生している場合が多いので要注意。

 小さ過ぎる上に独特の苦みがあり、食用には向かない。


 そのような知識はあっても、棲息しているのは魔の森の深部である。

 光蟲なんて噂話の中の謎生物だし、本物を見るのはもちろん初めてだった。


「光蟲・・・飼ってるんですか?」


「いやー、まだ研究・観察段階でね、なにしろ生態がほとんど謎なんだ。

 ある種の香料で呼び寄せることは出来るようになったんだけど、明るくしてると近寄ってこないし、数も色合いも安定しないんだよね。

 いずれは夜の間の照明として、安定して使えるようにしたいもんだけど、まだ何を食べるのかも判ってない状況なんだ。先は長いね。

 ああ、今夜は結構集まったほうだな。君のことが珍しくて寄って来たのかもね」


「珍しいの、私のほうですか!?」


「そりゃあ初めてのお客さんだもの、珍しいよー」


 当たり前のように言われた。光蟲の本物なんて、ラスタールの街に持ち込んだらきっと大騒ぎになるのに。

 なんとなく釈然としないものを感じつつ、ふとミュカレは別の感覚を感じた。

 これは夕飯の前に、是非とも片付けておかなくてはいけない問題だ。


「あ、あの・・・すみません、トイレを貸していただけますでしょうか・・・?」


「あー、こっちだよ。どーぞー」


 翼の一枚で示されたドアへと、ミュカレはそそくさと駆け込んだ。

 何しろ昼頃(であろう時間)に目覚めてから、水を飲み、スープを味わい、お茶を数杯も楽しんだのだ。

 割と切羽詰まっていた。


 ・・・切羽詰まっては居た、のだけれど、そのドアの向こうへ駆け込んだミュカレはそこで静止した。

 普通、トイレと言ったら屋外に離れとして設けられるものである。母屋からの続き部屋という形式は珍しい。

 床に穴が掘ってあったり、ちょっと高級な所になると水路を引き込んで、排水路に流したりするものなのだけれど、ここにそんなものは無かった。

 小部屋の真ん中に、踏み台のような形の、背もたれのない椅子が置かれている。しかも座面には布を巻いて飾ってある。

 戸外へ抜ける次の扉がある訳でもない。

 ああもしかして、これがふたの代わり、かな?と思って椅子を除けようとしてみるが、床に固定されているようでびくとも動かない。


「ど、どうしよう、私、ちゃんとトイレって言ったよね、ドア間違え無かったよね?

 聞き間違い?いやそんな、でもだけどっ・・・うえええっとっ!」


 いよいよ困り果てたミュカレは、ドアを開けて黒衣の少女に声を掛けた。


「あっあのっ黒の天使さま!」


 しかし、黒衣の少女は無言で料理を続け、反応を返さない。


「あれっ?すみませんあのっ、天使さま、黒の天使さま!?」


 聞こえていない筈は無いのだが。

 仕方ないので、台所へ近付いて大きな声を出した。


「ううっ、うくっ、あのおっ、て、天使さま!?」


「うん?ああこっちか。どうした?」


 その反応を不思議に思ったがそんな暇は無かった。


「トイレが分かりません!」


「ええ!?分からないって・・・ああそうか。ふたを開けて座るんだよ」


 黒衣の少女はすぐに駆けつけてくれて、小部屋の中の椅子の座面を引き起こした。


「ここに座って用を足す。終わったらこのレバーを引いてね」


「・・・えええ・・・」


 小部屋に一人残されたミュカレは、恐る恐る椅子の中を覗き込んだ。

 中には石を削ったものだろう、排水設備があるようだ。

 見知った設備とあまりに異なり、困惑するものの、背に腹は代えられなかった。

 とても落ち着かない環境の中で、ミュカレは恐る恐る用を足し、言われたとおりにレバーを引いた。


 † † † † †


『ひゃあああああ!?』


 ミュカレの悲鳴が小部屋の外にまで響いた。

 黒衣の少女もさすがに料理の手を止め、神妙な顔で呟いた。


「あー、説明足んなかったか・・・かるちゃーしょっく、て、こういうのかな」


 † † † † †


 見知らぬ設備に度肝を抜かれたミュカレが、どうにかこうにか体裁を整えて小部屋から出てくると、テーブルには数々の料理が並べられていた。

 黒衣の少女は既に翼を仕舞い、テーブルに着いている。


 先程、昼食(?)に出された物よりも更に手の込んだサラダ。野菜の種類が増えているし、クリーム状の調味料が和えてある。

 スープは同じもの・・・と思いきや、こちらも具材や調味料を加えて味付けを変えてあるようだ。

 そして宣言通りに、焼き立てのパンが登場する。大皿に盛られたパンは一つ一つは小さめだったが、どれも見た事のない形をしていた。

 メインは肉である。どんと大きな肉の塊。何かの肉のステーキである、らしい。付け合わせは数種類の根菜のようだ。


「っ・・・一体いつの間に、こんな・・・」


 両腕と4枚の翼を使った調理は、確かにものすごく迅速で効率的だった。

 しかし、あまりにも早すぎる。正確に測った訳ではないが、調理にかかったのは実質20分程度だったと思う。

 なのにどの料理も、そこそこ手の込んだもののように思える。手早く簡単に、なんて済ませられる作業工程では無い筈だ。

 例えば焼き立てのパン一つを取っても、ただ焼き上げるだけでも結構掛かる筈だ。いったいどうやったのだろうか。


「ふふん、まぁそこは、ちょちょいと、ね。気にしない気にしない。

さぁ、冷めてしまう前に、早く戴こうじゃないか」


「えっ?あ、はい!」


 ミュカレも急いで食卓に着いた。


「ふわぁ・・・」


 見た事もない豪勢な料理、という訳ではない。

 それなりの金額を支払えば、ラスタールの街のちょっと高級な料理屋でも、似たような料理を食べることは出来るだろう。

 まぁ、ここまでしっかりしたディナーを堪能する機会など、一介の駆け出しハンターに過ぎないミュカレにはまずありえないのは確かだが。

それでも、料理の一つ一つに限って言えば、知らない料理ではないし、食べたことが無い訳でもない。

 問題は、その食材が分からない事だった。

肉も野菜もパンさえも、ミュカレが知っているものとは何かが違っていた。


「ささ、遠慮なく食べてくれ。お口に合うといいのだけれど」


 ミュカレはスプーンを手にして、料理を口へと運んだ。

 サラダは瑞々しく、しゃきしゃき爽やかだった。複雑な味のソースがぴしゃりと決まっていた。

 スープはこってり濃厚で、風味豊かでホクホクだった。体の芯から温まる。

 パンは一つ一つの味が異なり、歯応えが異なり、香りさえ異なった。いくつ食べても食べ飽きない。

 肉は柔らかくジューシーで、付け合わせが味を引き立てていた。しっかりした満足感があった。


 結論から言うと、どれもこれもめちゃウマだった。

 ミュカレはしばし、夢中で食べた。


 † † † † †


「ぷはぁ、ごちそうさまでした!」


 食後のお茶をいただきながら、ミュカレは満面の笑みを浮かべた。

夕食は結構な量があった筈だが、苦も無く全部平らげてしまっている。

たくさん食べるのはハンターなら当たり前のことである。お年頃めいた恥じらいとは無縁なのだ。


「お粗末さまでした。どうだっただろうか?満足して貰えたかな?」


「全部すっごく美味しかったです!こんなの食べたことなかったです!」


 ミュカレは最大限の賛辞を送った。それが単なるお世辞ではないことは、その表情が証明していた。


「う、うん、なら良かった。料理に関しては、ここでいろいろと研究はしているものの、その・・・あまり、誰かに手料理を食べて貰う機会というのは、なかなか無くてね」


 黒衣の少女は照れたように頬を掻いた。

 ここへ来訪したのはミュカレが初めてだ、と言っていた。彼女の言う通り、こんな所で一人暮らしをしているのなら、この料理を食べさせたのもミュカレが初めてだったのかも知れない。


「・・・あの、黒の天使さま、ここはその・・・本当に、魔の森の深部、なのですか?」


「うん?ああ、そうだよ。・・・あー、そういえば・・・自己紹介もしてなかった。何やってんだ私」


 黒衣の少女は席を立つと、右側の背から音もなく、黒い翼を一枚だけ伸ばした。


「この翼は黒く見えるけど、光に透かすと、少しだけ青みかかってるのが分かるかな?」


「はい、とっても綺麗です!」


 間髪入れないミュカレの賛辞に少したじろぎつつ。


「・・・ありがとう。厳密には黒じゃなくって青み掛かったこんな色を、とある国では濃紺(のうこん)とか藍色(あいいろ)って言うんだ。

この色に引っ掛けて、私はアイ、と名乗っている。そう呼んで欲しいな」


「アイ様、ですか?」


「そう、私の名前はアイ。ハンターギルド所属の深部探査担当官だよ。

 この、魔の森の中層に拠点を開拓して、魔の森深部の生態とか、魔獣の分布なんかを調査したりしているんだ。

 つまりまぁ、ここは正式にはギルドの施設、と言っていいな」


 ギルドが魔の森の深部の調査をしているなんて話は、少なくともミュカレは聞いたことも無かった。


「ギルドの施設、なんですか・・・深部探査担当官なんて、全然知りませんでした」


「これは極秘事項だからね。ギルドでも、ここの存在を知っているのはギルドマスターだけだ。

もちろん君にも守秘義務が課せられることになるかな」


「しゅひぎむ・・・?」


 聞きなれない言葉に、ミュカレは首を傾げた。


「うん、一応、ここの事は秘密にしておいてくれってことだけど、あまり難しく考えなくてもいいよ。

・・・さて、少し今後のことを話しておこうか」


 黒衣の少女、アイは席に座りなおすと、改めて話を切り出した。


「君はハンターギルドの一員として、私が責任をもって身の安全を図ることになる。

このままここで少し様子を見て、体調を整えたうえで、近くの町まで送り届けることになると思う。

それでいいかな?」


「は、はい、よろしくお願いします!」


 ミュカレの返事に、アイはにっこりと微笑んだ。


「んでまぁ、折角こんな処まで来てくれたのだから、もしよかったら少しでも、私の研究を手伝ってはくれないだろうか?

 いや、大したことじゃない。ここでの成果としての作品をいくつか、試しに使ってみて欲しいんだ。

もちろん、完成品として安全を確認出来てるものばかりだよ。どうだろう?」


「え、ええ、私で出来ることなら・・・」


 これはハンターギルドで公式に行われている研究、である筈だ。ミュカレに否やは無かった。

命の恩人であるアイの頼みでもあることだし。

 ミュカレの返事を聞いて、アイの表情がより一層輝いた。


「よし!とりあえず、先ほどの夕食の感想を詳しく聞かせて欲しいな」


「ゆ、夕食、ですか?さっきの料理が、何か・・・」


「実は先ほどの料理、全部魔の森で採れた食材で作ったものなんだ。

ああ、有害なものは入っちゃいないぞ。安全性は間違いない。

どうだろう、口に合っただろうか?」


 研究への協力は、すでに始まっていたらしい。

実は風邪をひいて10日ほど寝込んでしまって。

雨の中で屋外仕事するものではないね。

休んでる間に書き進められるかと思いきや、ぐったりでそれどころじゃなかったよ・・・

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