大声で嫌われた
それはとても意外性溢れるところであった。
「…………」
舟虎太郎。彼は馬鹿である。高校生にもなって、それを称号として頂いている。
勉学的な意味でも、性格的にも当たっている馬鹿が。授業中という、獣が眠る時間帯で真剣にノートをとる。
「それ、普通の生徒だろ」
その普通すらまともにできない。いや、する気がない生徒が珍しくノートにペンを走らせるという行為。目撃したクラスメイト達も驚いたことだろうな。
普段、英語を呪文のように吐く教師も。ラリホーが効かないとは珍しいと内心思っていた。
「ふぁぁ~……?」
一方で、舟と肩を並べられるアホがいる。彼の名は相場竜彦。教師のラリホー的な呪文を喰らう事無く、起立前から爆睡状態で英語の授業に突入していた。
そんな彼が目覚めたのは休憩時間の3分前。
友達でもある舟が真剣な顔で教師が書いている黒板に面を向けられることを発見し、なおかつノートをとっているのだから。
内心焦ってしまった。あの馬鹿、なに俺を出し抜こうとしてやがる!
急いで携帯を使いメールを、相場の親友。坂倉充蛇に向けて発信。
『あとでノートを写させてくれ!なんで舟が真面目に勉強してるんだよ!?』
これを受けて坂倉も、あっさりと本当に早く返信してくれた。
『いいぞ。ジュース1本だぞ!』
それぐらいなら安いものだった。とりあえず、馬鹿が馬鹿を出し抜こうなんて、アホが許すわけがない。同じレベルでいるべきなのだ。今から、真っ当な男子高校生になろうなんざ、馬鹿がさせない。馬鹿はアホと並ばなければならないだろうが!(俺1人にするな)
「なんだ?御子柴からか」
ノートの確保をしてから、今度はまたクラスメイトから意外なメールが届く。
『相場へ。舟が珍しく50分。英語の授業を受けてノートをとっていたから、中身を確認してきて』
なんで俺にそんなメールを送るんだ?そう思ったのはわずか5秒ほどだった。御子柴のメールの内容に、舟の奴がずっと英語の授業を聞いていたという状況。
マジで?と、相場もその事態に驚いてしまう。
それが分かると、舟がとるノートとは一体なんなのか。気になってくるのは事実だ。舟とは親友だ。声をかければあっさりとノートを見せてくれるだろう。
よし、休憩時間になったことだし行こう。
「舟ー、珍しいじゃねぇか」
「あ?」
「馬鹿なお前が、授業を真面目に聞いてノートをとるなんてよ。どんなノートをとったんだ?」
案外、落書きに夢中だったとかじゃねぇーのかな?っと、相場は8割方当たりそうな予想をしていたが。
それは凡に過ぎない。予想よりも上に行く馬鹿がいる。
「見るか?絶対、驚くぜ」
「どーせ綺麗にとってねぇーだろ。俺はもう坂倉からノートを借りる予定だ」
「そんなの関係ねぇ、ほら。持って見ろよ」
舟から手渡された英語のノート。開かれた状態で渡されたその中身に書かれたのは………
『おっぱい大好き、おっぱいが好き過ぎる、おっぱいならAでもFでも、Iだって構わない、女性の最大の魅力はおっぱい……………ETCETC』
「うおおぉぉぉっ!?」
舟のノートを一瞬でぶん投げるほど、おっぱいについて沢山書かれたノート。それも17ページにも及ぶものだった。
「アホか!?」
相場は激怒と焦りに、舟の机を思いっきり叩いて真剣に普通の生徒として語った。
「おっぱいしか考えてねぇじゃねぇか!!?馬鹿だろう!!」
真剣に授業を受けてたと思ったらこれかよ。落書きを力作に変えている方がまだマシじゃねぇか。それほど酷い出来の文章。懇願。
しかし、トラップだった。そのノートを投げ捨てるだろうと、舟も、発案者も予想済み。
「あらー。何かしらこのノート……」
小悪魔、御子柴が舟の書いたノートを拾い上げて読み始める。それを女子生徒が見たらドン引きするのは当然である。
「なにこれー!おっぱいの事ばかり書いてるんだけど!!」
「御子柴!それはな……」
御子柴の爆弾発言によって、クラス中が舟のノートに目が行ったのは事実だった。
相場はノートの表紙をこの時、ちゃんと見た。その時、そういえば御子柴がノートを見ろって、メールをしてきたことを思い出した。
「”相場竜彦”って、ノートに名前が書いてあるんだけどなー」
「!!?俺のノートじゃねぇよ!!英語の授業を受けてねぇよ!!舟のノートだ!」
全力で否定し、投げ飛ばしたことも肯定しようとするが。御子柴の手にそれが入ればもうおしまいだ。
どー考えてもクラス中の女子が、相場を変態という目で見るのは必然だった。口で言われるだけで嘘も事実も一緒になる。
「相場くんって、おっぱいのことしか考えてないのね」
「違う違う違う!!俺のじゃねぇから!」
「うっそー!絶対嘘!」
「違ーう!いや、女に興味あるけど、そこまで変態じゃねぇから!!おっぱいばかり見ないから!」
「じゃあ、他を見るんだー。変態ー」
「いいじゃねぇーか!それくらい!どーしろってんだよーーー!」
誤解を解くには無理がある。仮に御子柴に違うことが認められても、全員がそれを信用してくれるわけがない。嵌められた。凄まじい、冷たい視線がグサグサと相場の体に突き刺さる。休み時間が終わり、まともに黒板を見るのだが……。クラスメイトの大半が相場を変態として見ていた。
『ありがとな、御子柴。これで女子からの相場の評価はガタ落ちだ』
この仕掛け役の1人である舟は御子柴に感謝のメールを送った。友達であり、ライバルでもある相場を少しでも蹴落とし、可愛い子と戯れたい。
ただハッキリ言って。こーいったことをしている時点で相場と同レベルなのは確定である。
『いえいえ、どーいたしまして。まだまだ楽しめることがあるから』
一歩以上も行けるのはこの小悪魔だけ。御子柴はまだ楽しめるカードを手にしていた。
『ところで相場を陥れたノートはどこにやったんだ?』
『英語の教師に渡しておいたわ。舟の字だって分かってると思うわ』
『えっ…………?』
数学の授業後。舟は英語の教師から呼び出され、こっ酷く説教された挙句。2日ほど女子生徒から隔離される結末を喰らうのであった。
嵌めようとする者、嵌められた者。どちらも敗者である。勝つのは両者を操れる者だけである。