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ヒーローズカースト  作者: 明智
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刀は語らぬが、交えれば雄弁

 朝の優しい日差し、小鳥の(さえず)り。そよ風が頬を撫で、それらが静かに朝を告げる。なんてロマンチックな朝は紘太郎には来ない。

 五月蝿(うるさ)く鳴り響く目覚まし時計はまだ夢心地の紘太郎に騒々しく朝を告げて、数秒後、彼の拳により黙り込む。

 強すぎる朝日は早く目を覚ませと急かしてくる。欠伸(あくび)をしながら上半身を起こして、スマートフォンでメールが来ていないか確認し、時計で時間を確認した。

 時刻は七時。いつも通りの時間だ。

 ベッドから立ち上がり、洗面台に向かう途中で干されている乾いたタオルを手に取り、鏡で今日の顔つきを見る。

 若干疲れている顔をしている。それもそうだ、昨日はあれほど走ったのだから。

 紘太郎は昨日の疲れを今日に残したまま目を覚ましてしまったのだ。

 ぐったりとしたまま、顔を洗い意識をはっきりとさせる。目が冴え、タオルで顔を拭く。それが終わると、タオルを洗濯機に入れ、服を着替える。

 部屋着からワイシャツ姿になり、洗濯機に電源を入れ洗濯をする。

 次は朝食を(こしら)える。朝はいつも適当に作るので、卵を冷蔵庫から取り出して油を引いたフライパンに卵を乗せた。

 朝食のメニューは目玉焼き。ここ一年で自炊にもすっかり慣れ、料理も手慣れたものだ。

 一分ほど待ち、目玉焼きが完成する。皿に盛りつけて、テーブルに置き炊いていたご飯を茶碗に盛り、朝食を頂く。

 醤油(しょうゆ)を目玉焼きにかけ、口に運ぶ。

 スマートフォンでニュースを確認すると、あのトラック暴走事件がネットニュースで検索数のトップを独走し、当然話題沸騰していた。

 あれは慎也が解決してくれたが、この時代に暴走事故とはまた珍しい。

 紘太郎自身、拭いきれない違和感を感じながらもこれ以上真相を知る由がなかったので気にするのは止めていた。

 程なくして朝食を食べ終わり、食器を洗う。洗濯物を干し、再び洗面台に立ち歯を磨く。

 ネクタイを締め、ブレザーを着て勉強道具を確認して、家に鍵をかけてアパートを出る。


 今日の天気は雲一つない青天の空。いつもなら嬉しいはずなのだが、今日ばかりはこの朝日は御免こうむりたい。

 季節を間違ってしまうほどに暑く、春の陽気な日差しはどこへやら。まさに夏の日差しだ。紘太郎は春が恋しかった。

 雲が無いせいで、日の光の矢が紘太郎に刺さる。一日の計は朝にあり、とよく言ったのもだなと。内心苦笑しながら通学路に歩を進めた。

 多くの大猛学園に通う生徒が、友人または一人で歩いている。紘太郎もその一人だった。

 だが、あの動画の一件があったせいで今も彼は奇異の目に晒されている。 

「おーい!」

 ただ一人除いては。

 良く知っている声が聞こえたと思い、気怠そうに後ろを振り向くとそこには徳一郎が破顔一笑させながら、近づいてくるではないか。

「お前よく朝からそんな笑顔できるよな。俺は筋肉が固まって、そんな笑顔出来ねぇよ。あっ、それとおはよう」

「なんでおはようが後なんだよ。いいか、紘太郎。笑顔は重要だぞ。人の心に余裕を持たせるだけじゃなく、見た人をいい気分にさせる。特にヒーローには必要だからな」

 朝からまた何か始まった。

 と笑いながらまた話を聞き流そうと腹積もりを決めていた紘太郎だったが、どうしても無視できない話題を振られた。

「あの動画のおかげで紘太郎も随分有名になったね。俺も最初は驚いたよ、まさかお前が戦ってるなんて」

「あれはな、まぁなんだ……上手く言えねぇが、俺が思った通りじゃなかったのは確かだ。誰だって戦ってるとこ、撮影されてるとは思わねぇよな」

「でも、あれは誰にも出来ることじゃないと思う」

「?」

 横に並びながら歩く、徳一郎の顔を横目で疑問の色を浮かべながら見つめる。

「だって、犯人は銃を持ってたんだよ? もし自分が撃たれたらって思うと怖くて普通は立ち向かえないよ」

「俺だって怖かったさ。実際に撃たれたしな。あれは痛かったな。だって腹を撃たれたんだぜ? 思い出しただけで痛みが蘇るよ」

 彼に見せるようにわざとらしく、被弾した部分を左手でさする。

「やっぱり、すごいよ紘太郎は。この前まではあんなに性根腐ってたのに、一体どんな心境の変化があったんだ?」

「背中を押してもらったんだ。そっとな。いや、間違いだ。多分背中を蹴り飛ばされたかな。それも思いっ切り」

「え!? どんな人に? この学園に背中を蹴り飛ばしてでもやれって言う人いたかな?」

 むう。と顎に手を当てて真剣に悩む姿を見て、それがいるんだよなぁしかも地下に。と声を出して笑いながら、そう思っていた。

「ダメだ、考え付かない」

 とうとう答えが出ずにギブアップをしてしまった。答えなんて出るはずがない。

 その者は、地下でポテトチップスでも片手に、この市のどこかを監視カメラで見ているか、それともオンラインゲームの中に潜って仲間とともに馬鹿でかい怪物でも倒しているのだろうか。

 全く見当もつかないが、暇をしているのは間違いないだろう。

「ハハッ、まっ、お前には分からないよ」

「なんか、馬鹿にされてる感じがするな。でもすごいよ。今まで下を向いていたと思ったのに、あっという間に俺を追い越して」

「追い越してなんかないさ。まだ俺は起き上がって、歩き出しただけだ。でもまたいつか転ぶかもしれないしな、その時はまた起きがいがあるようにド派手に転んでやるさ」

「格好いいこと言うね。でも、上ばかり見てると足元に転がってる石に(つまづ)くかもな。転ばないように適度に下を見るように」

「やっぱり委員長の言葉は重みが違うねぇ」

「からかうなよ。折角、人が格好いい台詞を言ったのに。これ言うの結構恥ずかしいんだぞ? なんだか疲れてるみたいだから元気づけてやろうと思ったのによ。お前の好きな缶ジュース奢ってやんないぞ」

「うげ!? ああ悪い! 格好良かったよ。滅茶苦茶イケメンだった」

「はいはい。しょうがない、奢ってやるよ」

 そうこうふざけ合っているうちに、学園の正門をくぐり、昇降口に来ていた。下駄箱を開けると、そこには靴がある。それが紘太郎の見解だった。

 しかし、有ったのは靴だけではなく――。

「……」

 沈黙。目を丸くして頭の中が真っ白になり、この状況を飲み込むのに数秒時間がかかってしまった。その混乱の原因は靴の上に置かれていた。

 靴の上には真っ白は手紙。

 それもただの手紙などではなく、時代劇でよく見るような果たし状のような手紙。勝負でも申し込まれるのだろうか。

「なんじゃこりゃ!?」

 玄関先で馬鹿みたいに大きな声を出して、周囲の視線を自分の意に反して集めてしまった。

 明らかに動揺する彼を隣で見て、徳一郎はこれが紘太郎の高校生活で初めて恋の春の到来の予感を直感した。

「下駄箱に手紙って珍しいな。ずっと都市伝説かと思ってた。なになに? 一体誰から? あの動画のおかげで有名になったからかな?」

 手紙には相馬紘太郎殿と書かれている。

 差出人を確認するために紘太郎は文の裏を恐る恐る確認すると、今すぐにでも絶叫したい気分に駆られた。その裏には雪冠と達筆な字で書かれていた。

 何故あいつが? どうして俺なんかに? 疑問だけが頭の中を縦横無尽に駆け巡る。心にこべりついた不安を感じながらも、ええいままよ。と何事も起きぬように心の中で祈りながら勇気を出して文を開く、そこにも達筆でこう書かれていた。

『相馬紘太郎殿、貴方に話さなければならない事があります。剣道場にて待つ』

 決闘でもするのかよ。と冗談半分に思いながらもう半分は本気にしていた。 

「行くのか?」

「行くしかないだろ。先に教室に行ってていいぞ。剣道場に行ってくる」

 徳一郎に一八〇度回転し、背を向けてとぼとぼと歩き出す。


 うな垂れながら溜め息を吐き、手紙を何度も繰り返し見返すが、どうにも夢ではなさそうだ。今回限りは夢であって欲しかった。

 ――俺が雪冠に呼び出される理由? 思い当たる節があるとしたら、昨日の事件しかない。

 だとしても、何か彼女の気に障ることでもしただろうか。剣道場に向かい間も考え続けたがついに思いつくことなく目的地に着いてしまった。

 この先に本人がいると思うと、不安で怖くてしょうがない。いきなり竹刀で切りかかられたりしないだろうか、自分でも行き過ぎた考えを馬鹿だなと思いつつ、道場の戸を開ける。

「雪か……むろ?」

 一歩、たった一歩だけ道場に足を踏み入れただけで紘太郎は彼女の世界に引き込まれた。

 引き締まった空気の中心で剣道着を着ており、何をするのかと見ていると姿勢を保ったまま立ち上がる。

 彼女はそこにいない相手に礼をし、立ち位置まで摺り足で三歩前に出て竹刀を構えながら蹲踞(そんきょ)して剣先を交える。

「やぁぁぁ!!」

 竹刀を振るい、透明の相手に鋭い一閃を決める。彼女の頭の中にはどんな敵がいて、どんな風に戦っているのだろう?

 実際に真剣で勝負しているように感じてしまうほどの鬼気迫る雪冠の動きに、暫くの間動きが取れなかった。

 簡単に言うなら見惚れていた。心を彼女の美しい剣先に貫かれ、息をすることも忘れていた。

 肌を刺すほどの、人を引き込むほどの集中力。唾を飲み込み、手先が痺れてくる。

 そして、勝負がついたのか元の立ち位置に戻る。再び蹲踞し、竹刀をおさめる。その後立ち上がり後ろに下がり、礼をして退場した。

 面を取り、ようやくこちらの存在に気が付く。

「やぁ。すまない、君が来ていることに気が付かなったよ。手数だがこっちに来てくれないか?」

 眩しいほどの美少女がにこやかに笑いかけてくると、不覚にも胸が高鳴ってしまい、直視できないまま近づく。

 防具を取り外し、雪冠も立ち上がろうとするが――。

「あぶねぇ!」

 疲労のせいなのか、ふらついてしまい紘太郎が慌ててそれを支え、肩を抱き寄せる形になってしまった。

 この状況を誰かに見られると非常に不味い。

 とんでもなく危険を察知した彼は急いで彼女を座らせた。

「ありがとう。少し疲労がな。そこに座ってくれ」

 近くでまじまじと彼女の顔を見てしまったことが、頭の中で永遠と回り続け、近くで嗅いだ匂いまで反芻していしまう。

 汗をかいていた。当然のことだが。女性を美しく引き立てるのは花束や宝石だけではないとこの時思い知らされた。

 健康的な汗でも女の子は美しく見える。

「私の顔に何かついているか?」

「え!? あっ、いや。なんでもない」

 無意識のうちに彼女の顔を見ていたようだ。それを指摘され、顔を赤くして痛いほどの視線から顔だけではなく身体ごと逸らす。

「ああ、汗か。君は汗をかく女の子が嫌いだったのか。私の配慮不足だ。今すぐタオルで拭いてくるよ」

「別に嫌いってわけじゃ……ないんだけどな。でも、風邪を引かれでもしたら困るから拭いて来いよ」

「心遣い感謝する。ではお言葉に甘えさせてもらうよ」

 近くに置いてあったバックから、真っ白で柔らかそうなタオルを取り出し、顔に滴る汗を拭く。

「お前、すごいな。昨日試合だったんだろ? なのに朝練なんてして。体大丈夫なのか? さっきもふらついてたぞ」

「だからこそだ。昨日、私は大将にも関わらず一本を取られ、一度負けてしまった。つい先ほども負けた相手を想像して戦っていた。女子剣道部には三年生はいない。私が皆を引っ張ってゆかねばならない」

 彼女はたった一度の敗北を思い詰めたような顔をして、紘太郎に話す。

「でも、お前は良くやってるよ。S級だし、確か部長でもあるんだろ? それに大将なんて。普通のヒーローじゃできない。もっと自分を誇っても良いんじゃねぇか?」

 紘太郎が至って真剣にそう話すが、当の彼女はその言動に失笑してしまったようだ。

「アハハハハ!」

「何が可笑しんだよ。人が折角良いこと言ったのに」

 そう言えば朝、徳一郎も同じようなことを言っていたなと思い、紘太郎は申し訳ないから後で何か奢ってやらないとと心のどこかで思っていた。

「いや、すまない。今までほとんど喋ってなかったキミに励まされるなんて。でもおかげで心の荷が下りた気がするよ。ありがとう」

 優しく感謝の意味を込めた微笑みを紘太郎に向けた。彼はそのなんとも言えぬ、心が洗われるような笑顔に、ここに来た本当の目的を見失いかけていた。

「って、こんな話をしてる場合じゃなくて。なんでお前は俺にこんな時代錯誤してる手紙なんかを? あれじゃどう見たって完全に果たし状だぞ」

 ずっと手に握っていた手紙を雪冠の眼前に掲げる。

「ふむ。後輩の漫画を見て真似をしたんだけどな。いけなかったか」

「お前の見た漫画は戦国時代でもモチーフにしてたのか」

「恋愛漫画だったんだけどな……なんせ殿方に手紙を初めてで。緊張しながら書いたのだが、なるほどキミには恋文の方が良かったかな?」

「なっ!?」

「冗談だよ。さて、本題に入ろう」

 本題に入り、やっと訊きたかったことが訊ける。

「いきなりですまないが、キミと依代慎也先輩はどういう関係で?」

「どういう関係って、そりゃ後輩であり友人だ。それがどうかしたのか?」

 雪冠の顔が神妙になった。目を瞑り、静かに語り出す。

「私はS級に今月なったばかりだ。それより以前にある人がS級にならないかと、誘われたそうだ」

 紘太郎は思い出した。あのトラックの一件で最後に彼女が言いかけた言葉があった。たった今聞いたことを照らし合わせれば、全て繋がる。

「まさかその人って……!」

「そうだ、その人こそが依代先輩だ。先輩は前々からずっと誘いがあったがそれを保留にしてきた。その時、私は一年生ながらA級だった。先輩は才能ある後輩に譲ると言って私にその座を譲ってくれた」

「どうしてそれを俺に? なんで先輩は譲ったんだ?」

 彼女は首を横に振り、分からないと伝えた。

「キミに教えたのは、彼の友人だったら知っておいてほしかったんだ」

 その時、校内にチャイムが鳴り響く。

「いけない。予鈴が鳴ってしまったな。そろそろ教室に戻ろうか相馬くん」

 二人は急いで教室に戻った。が、二人一緒に入ったせいなのか、徳一郎に何があった? と聞かれたが心此処に在らず。空返事しか出来なかった。

 雪冠から聞いたことが脳裏から離れない。寧ろ考えれば考えるほどにそれは脳に深く刻まれ、紘太郎の他に対する一切の思考を停止させた。

 S級は全てのヒーローの憧れと言っても過言ではない。ただそれになるのを夢見て努力しているのもいる。

 紘太郎自身もそうだ。最低ランクから這い上がろうとしている。理解が出来なかったわけじゃない、だけどどうしてそんなことを?

 これ以上、独自の解釈をしても意味がない。ここは本人に直接訊いてみるしかない。

 そのせいで、この日の勉強は全く身が入らなかった。

 そして、放課後を迎え深呼吸をし、地下へ歩を進めた。

何故、依代先輩はS級になることを断ったのか。

その真実とは?

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