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ヒーローズカースト  作者: 明智
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それ故にA級

「先生、これをここに飾ればいいんですか?」

「はい。これをここに」

「了解です。相馬君、あっちの方を頼む」

「分かりました」

 紘太郎は忍の提案したことにより、依代について行くことにした。その働きは自分の何倍も凄く、学ぶことが多いのだろうと多少なり期待していた。

 だが、実際のミッション内容は市内を綺麗にするゴミ拾いクリーン作戦、これは紘太郎も参加させられた。次にこの幼稚園の飾りつけ。これも勿論、紘太郎も手伝わされている。

 それが今だ。どれもこれも単純な仕事ばかりで、どうにもこれがA級がすることとは思えない。こんなのはD級の格下ヒーローですら、やるかやらないか分からない。

 どうしてこんなミッションを? いや、もっと言えばどうしてこんなポイントが低いことばかりするのだろうか。二、三時間一緒にいるがその答えは見つからない。

 しかし見つからないものだけではない。見つけたものあった。

 それもごく単純なもので、そう――彼の関わった人物は漏れなく笑顔だったのだ。どれも温かい笑顔で、疲れ切った心が癒される。

 紘太郎もその笑顔を見れて、とても満足感、充実感を感じた。

 周りの者を笑顔にすることができる人柄、それが依代慎也の不思議な魅力なのかもしれない。

「この飾りもよろしくできる?」

「ええ、任せてください」

 幼稚園の体育館で、お楽しみ会の準備をしている最中。今日は他の先生が出払っているらしく、女性の本間先生しかいない。

 それももう、九割がた完成している。折り紙の金と銀で出来た飾り。今見れば安っぽく感じてしまうが、昔はこれが本当に輝いて見えた。

 あの時のこれは昔の自分からすれば、本当に宝石だったのかもしれない。今の子どもがどうか知らないが、なんでも美しく見えたみずみずしい感性がそのままだといい。

 脚立に立ち、落ちないように気を付けながら、天井、壁に装飾を(ほどこ)す。これを見た子どもたちがどんな顔をするのか楽しみのなっていた紘太郎であった。

 程なくして、全ての装飾作業が終わる。

「お疲れ様二人とも。今飲み物持ってくるね」


 本間先生が笑顔でそう言うと、職員室に飲み物を取りに行く。紘太郎たちも、適当に座る場所を探して座る。すると、依代が話しかけてきた。

「お疲れ様、相馬君。ごめんね、僕のミッションに付き合ってもらって」

「いいんですよ。忍さんに言われたら従うしかないし……」

 ハハハと苦笑いを浮かべながら、依代に言葉を返した。

「あいつは強引なところがあるからな。わがままというか、何というか……。僕がお菓子を買い忘れた時なんか、僕を本気で殴ったんだよ? まぁ約束を忘れた僕が悪いんだけどさ。その後ちゃんと湿布(しっぷ)はしてもらったけど」

「ああ見えて優しいんですね。意外と、あっ、意外とって言ったら失礼か」

「いいだよ。意外とで。あいつは高校に入ってきた時から茶髪で、初めて協力した時なんかはびっくりするぐらいガン飛ばされたからね。最初は誰も喋らなかったけど、的確な指示、迅速な対応。新入生の中で才能は群を抜いていた。ヒーローではなく、指令する側だけどね。あんな性格だから(うと)まれもした。僕は直接見てないけど、頬に傷が出来た時もあった」

 神妙な顔つきで、装飾された天井を見上げながらつらつらと昔のこと、特に何も知らない忍のことを懐かしむように、どこか悔しそうに語っていた。

 今思えば、紘太郎は依代のことだけじゃなく、忍のことも良く知らない。何が好きだとか、何が嫌いだとか、どんなものが得意なのか、苦手なのか。

 ただ知っているとすれば、彼女の志のみ。折れない正義のみ。

 だからこそ今ここで彼や、彼女のことを知っておく必要がある。訊いておこう、彼女のことを。

「今思えば、イジメられたかもしれない。影で泣いていたのかもしれない。誰よりも華奢(きゃしゃ)な身体で辛い現実に立ち向かっていたんだ。あいつは誰よりも努力した、指示を出すために全員のスーツの性能を全て覚えた。だけど、みんな離れていった。戦わないやつが偉そうにって言って」

「先輩は、離れたんですか?」

 首を横に振り、紘太郎の顔を見ながら依代は答えた。

「僕は離れなかった。こう言うのもなんだけど、誰よりも忍の才能に……いや、彼女の努力を認めていたから。だから僕は戦えない忍の代わりに戦おうと決めたんだ。忍には「気持ち悪い」って言われて拒否されたけどね。ハハハハ」

「忍さんは、どうして戦えないんですか? 身体のどこかが悪かったとか? そもそもどうして地下室から出てこれないんですか?」

「答えられるものと、そうでないものに別れるな。まずは戦えない理由だろ? あいつは元々身体が弱いらしいんだ。詳しくは教えてもらえなかったけど。最後は答えられない。僕も知らないんだ。ごめんね」

「いえ、こちらこそ。答えられないことを質問してしまって……」

 本当に何も知らない。孤独だった彼女をずっと一人で彼は支えてきた。紘太郎はどうしてこんなことになったのか、余計に知りたくなったがそれを心の底にしまう。

 触れてはいけない(きん)()の扉を開いてしまいそうで怖い。彼もそれが怖くて、その境界線を越えられなかったのだろうか?

 それは本人たちにしか分からない。

 ――俺には見えないし、きっと越えられない。それを越えようとする勇気も今は無い。

「じゃ今度は僕から質問するよ。どうして相馬君は忍と協力しようと思ったんだ? 今まで接点の無かった二人が会うなんて、ロマンチックな言い方だけど、運命だ。それにキミは初対面の人物を信じた。それはどうして?」

 依代は紘太郎の目をじっと見つめて、その質問をした。この質問にはきっと意味があるのだろうと、心構えをきちんとして答える。

「それは実は俺にも分からないです。ただあの人の目は本当に正義を語っていました。それに惹かれて、信じようと思いました。……それだけです。ハハハ、おかしいですよね?」

 苦笑いをしながら、彼の方を向くと彼も笑っていた。蔑みでもない、(あざけ)てもない。優しい、共感を得る笑みだった。

「いい! 面白い。相馬君は本当に忍にそっくりだ。真っ直ぐな正義も、不器用だけど優しいところも」

「優しい? 俺が、ですか?」

「だって、キミは手伝う必要のないことを手伝ってくれたじゃないか。それを優しいと言わずして何て言う? きっとキミは最高のヒーローに成れるよ」

 親指を立てて、気持ちよく笑ってみせた依代だった。


 幼稚園を後にして、彼らは夕日が照らす道を並んで歩いていた。群れを作って紅の空を飛び回る(からす)。多くの子どもが遊び終え、親の作る料理に胸を膨らましながら帰路へ着く。

 道を歩いていると、良い香りがする。どこかの家はカレーなのだろう。この匂いはどこか懐かしい。

 紘太郎はこの学園に入学する際、遠方の両親の了解を経てこの市に引っ越してきた。勿論、一人だけで。料理はできるが、どうも母親と同じ味が再現できず、あの味が懐かしく今も鮮明に(よみがえ)る。

 両親はどうしているだろうか、元気でやっているだろうかと学生ながら心配し、久し振りに帰りたくなって来た。

 夏休みにでも帰ろう。

 そう考えながえていると、依代に話しかけられていることに気が付く。

「どうしました?」

「都合が合ったら今日一緒に、ご飯でもどう?」

「え? いいですよ、お金持って来てませんし、お誘いは嬉しいんですが」

「僕が奢るよ。互いの友情の証ってことで。どうかな?」

 ここまで言われたら、断った方が失礼になりそうだ。紘太郎は頷き、依代の誘いを快く受けた。

「海岸線に、海が綺麗に見える美味しいラーメン屋があってね」

「海の近くにラーメン屋……?」

 そんなものあったかのかと、考えながら道なりに歩く。

 ここに来て最低でも一年は立つが、海岸線にあまり近寄らないせいかその辺りのことに(うと)い。

「うん。隠れた名店ってやつで、結構うまいんだ」

「それじゃ、ご一緒させて頂きます」

 これから楽しい時間になりそうな夕暮れ時に、デバイスが大きな音を立てて鳴り響く。この音、緊急ミッションの音だ。 

 紘太郎と依代も急いでデバイスを確認すると、ミッションの内容が映し出されていた。

 緊急ミッションの内容は大体、検討が各々つくはずなのだが今回ばかりはこの鴇馬市全ての学生ヒーローの予想が外れたと言っても過言ではない。

「無人トラックの暴走!?」

 驚愕する二人を、(わら)うように烏が鳴き飛ぶ。

 この時代、有り得ない事件の一つでもあった。エネルギーはヒーロー粒子、勿論人は乗り込む。だがその援助として車は全て電子制御されているのだ。

 危険な場合は必ず、ブレーキがかかるように設定されている。これは車を運転する者の義務になっている。

 確かに設定上完全な自動運転は可能だ。だがそれは、もしもの不具合で電子制御が壊れてしまう可能性も否定しきれないと言う理由で、市の条例で禁止されている。

「運送用のトラックらしい。事故? 暴走? このままだともっと怪我人が出る可能性がある。行こう相馬君!」

「え、でも。場所は分かるんですか?」

「忍から渡されたイヤホン持ってる?」

 制服のポケットを探す。ブレザーの左ポケットにイヤホンが入っていた。

「それで忍にトラックを追ってもらって、その場所をリアルタイムに僕に電話して教えてくれ。忍のパソコンには僕とキミの居場所が分かるようになってる。いい?」

 依代は急いで携帯番号を紘太郎に教え、それが終わり次第走り出す。まだどこを走っているのか分からないトラックを見つけに。

 彼のその姿を見て、忍に連絡を取る。

「忍さん! 聞こえてますか!?」

「聞こえてるよ。耳元ででけぇ声出すな。どうせ、慎也の奴がトラックの位置を教えろって言ったんだろ?」

「どうしてそれを!?」

「ああもう、うるせぇな。長い付き合いだから大体あいつの考えが読めるんだよ。いいか、お前も向かえ。あいつの実力が分かるはずだ。トラックの居場所はもう捕まえた。大通りの商店街に真っ直ぐ向かってる。今すぐあいつに伝えろ」

「分かりました!」

 紘太郎も走りながら、依代に電話をかける。

「大通りの商店街に真っ直ぐ向かってます!」

「ありがとう!」

 電話をかけながら、トラックを追って走り出す。

 トラックの動きを先読み出来たとしても、どうやって止めるのだろうか。

 ようやく見ることができるA級の実力、これは見逃すわけにはいかない。紘太郎も依代の後を追うように、動き回るトラックを捕えに行く。

「トラックが動いた。海岸線方面に向かっている。トラックの動きを制約する。そこに慎也を向かわせろ」

「どうやって動きを?」

「信号を変える。今は、他のヒーローたちもトラックを追っている。そのおかげ有ってか、トラックの動きが短絡的になってる。いいな、チャンスは今しかない」

 忍からの連絡が終わり、そのまま言葉を忘れぬうちに依代にトラックの居場所を正確に伝える。

「今度は海岸線か、まずいな。移動中に人が()かれるかもしれない。その前に止めないと! いた、見つけた!!」

 

*****


 忍の指示を紘太郎に中継してもらい、見事にトラックの姿を捉える依代。後の問題はこれを止めるのみ。

 勝算はあった。犠牲者が出る前にここで何としても止める。彼が、トラックの前に飛び出る前に一人の男の子がふらっと躍り出る。

 道路に転がったサッカーボールを追って、近づく絶望に気が付かない。このままだと取り返しのつかないことになる。

 それを見た依代は考える、ことはしない。それ以前に使命感なのか、正義感なのか自分でも分からないが、持っていた携帯電話を投げ捨てその子に向かって飛びかかっていた。

 トラックに轢かれる直前にその子を何とか助け出し、すれ違う鉄の塊から庇うようにアスファルトの上を転がる。

「大丈夫かい?」

「うん……」

 男の子は顔面蒼白。だが、怪我はない。一安心したいところだが何故かトラックの動きが止まり、こちらを振り向く。

「行って。早く!」

 男の子はサッカーボールを持って、去っていく。

「全く、迷惑なトラックだ。怪我人が出なかったからよかったものの……。行くぞ、すぐに止めてやる」

 赤々と燃え上がる沈みそうな夕日を背にして立つ。敵を見る目は紘太郎を見る目とは違い、攻撃的で、情熱的だった。

 覚悟を持ち、勇ましく立つ姿はヒーローそのものだ。

 敵は唸り声のようにエンジンを吹かす。その目の前に立つ依代はスペインの闘牛士さながらでさしずめ、トラックは暴れ牛だろう。

「――変身!」

 腕に装着しているバングルを頭上よりも高く掲げ、そう叫ぶ。ヒーロー粒子が炎の如く荒れ狂い、依代の身体を包み込み、想像力を介してヒーロースーツを形成する。

 炎が完全に身体に(まと)われる時、真紅のスーツを装着した慎也が現れた。

 一足完全に遅れながら到着し、それを見た紘太郎が自分とかけ離れたヒーローの姿を見て感嘆の声を漏らす。

「すげぇ……」

 フルフェイス型のスーツ、荒れ狂う炎イメージしたスーツは美しいと想えるほどに赤く、紅く、朱い。

「あれがお前の憧れているヒーロー、依代慎也。いや、今はファイヤートルーパーと呼ぶべきか」

「ファイヤートルーパー……?」

 忍はどこかの監視カメラでこの様子を見ながら、紘太郎に彼のことを教えた。

「ヒーローネームだよ。B級以上からつけることが許される。簡単に言うなら、コードネームみたいなもんだ。そう、あいつがA級筆頭の火炎系ヒーロー、ファイヤートルーパーだ! しかとその眼に刻んどきな」

 唾を飲み込み、暴走した鉄の塊と炎の化身との戦いが始まる。

 両者睨み合い。タイヤが凄まじいほどに回転し、アスファルトを焦がす。トラックが依代に向けて発進し急加速。

 一直線に体当たりを仕掛ける。が、彼はそれを(かわ)すように彼は空へと飛ぶ。着地したのは地面ではなく、トラックの上。

 ここでこれを爆破するのは得策ではない。運転席に入ってブレーキを踏んで止まればいいが、そういうわけにはいかないだろう。

 ――冷静に考えろ。燃やすのはダメだ。動きを止めればいい。宙に浮かすか? いやこれは現実的じゃない。そうだ、海に落とす。

 これが一番の作戦だ。幸い海は近い。そこに叩き込む。

 ガラスを肘で割り、運転席に侵入しハンドルを握る。車の運転はしたことがなかったが、大体分かる。アクセルは全開、ブレーキとハンドル捌きだけを気を付ければいい。

 暴れる牛を手綱で操るように、スーツの性能を発揮し、力づくでハンドルを埠頭の方へきる。だがそう簡単に言うことを聞いてくれない。

「どこに行くんだよ今度は!?」 

「埠頭の方だ。あいつ、トラックを海に落として機能を停止させる気だ。まぁあいつなりに考えた結果だな。先回りは難しいが、後を追え」

「了解です」

 紘太郎が走り出すと、目の前に意外な人物と出会った。

(ゆき)(かむろ)!? どうしてお前がここに?」

 そう、制服を着て竹刀袋を持っている。ここにいるということは偶然ではなく、きっとあの暴走トラックを追っているのだろう。

「確か、相馬くん。だね? 同じクラスの。どうして君がここに? まさかあのトラックを追って? 私は剣道の親善試合の帰りにあのミッションの内容を見て、女子剣道部の部員全員に追わせていたのだ。見る限り人を避けるように進んでいると思っていたのだが、私の勘違いだったらしい。それで、あのトラックはどこに向かったのだ?」

「埠頭の方だ。きっと海に落とす気なんだ!」

「承知した!! 変身!」

 雪冠は変身し、閃光が切れる間に埠頭の方に飛ぶ。紘太郎もそれを追うように駆け出す。彼女と話している間にトラックは移動し、忍が言うならもう車は埠頭に入ったらしい。

 変身して走れば早いのだが、ミッション外での変身は禁じられている。もし、ここでしてしまえばまた罰が増えてしまう。 

 それだけは避けたい出来事だったので、疲れている身体に鞭を打って走り続ける。

 一方、車内では暴れる車と依代が格闘していた。目的の埠頭には辿り着いたが、海面には落とせていない。

 A級のスーツを持ってしても、これが精一杯だった。彼のスーツの性能が力に特化させていないからこうなったのかもしれないが、ハンドルを動かすだけでもかなりの力を使っている。暴れる力と制する力が拮抗が取れてしまっている。

 この場を早く打破せねばならない。

 依代の眼に、ある一人の少女が映り込む。それは雪冠雪菜。(はかま)を纏い、一本の日本刀を携えて潮風に当てられながら目を瞑り、神経を研ぎ澄ます。

「依代先輩、貴方の狙いは分かっています。私も、微力ながらその手伝いをさせて頂きます」

 彼女は突進する車に物怖じ一つせず、足を開き腰を落として刀を構える。抜刀の構え。勝負はすれ違った瞬間、ただ瞬く間に決まった。

 刀を振り抜き、タイヤを片輪(かたりん)二つを見事に切り裂いく。

 車のバランスが崩れたチャンスを逃さまいと、ハンドルときり海中へと突っ込む。

「先輩ッ!!」

 へとへとに走りつかれた紘太郎が、息を荒く吐きながらもようやく辿り着き、落ちた海面に向かって叫ぶ。

「相馬くん、先輩は?」

「まだ出てきてない。まさか、溺れたとかじゃないよな……」

 二人が狼狽し、心配しているとイヤホンから忍のやる気のなさそうな声が聞こえた。

「大丈夫だ。あいつは腐ってもA級様だからな。すぐに浮き上がってくるさ」

 そう言うと本当に依代が浮き上がってきた。すると頭部スーツが脱げ、汗をかいた顔を見せそれを見た一同を安心させる。

「大丈夫ですか!」

 紘太郎が叫ぶと、依代が笑顔で手を振る。これで事件が解決した。

 彼が海面から出てくると、変身を解く。

「雪菜ちゃん、電子デバイスを出して。キミの協力がなかったら、このミッションは成功できなかった。そのお礼としちゃなんだけど、ポイントを半分あげるよ」

「いえ、結構です。私はあくまでも手助けをしたまでです。それに今回は貴方の活躍が大きい。そのまま納めてください」

「そうはいかないよ。さぁ受け取って」

「そう言われると、断るのが失礼になる。仕方ありません、受け取っておきましょう。貴方はいつもそうだ。何もかも譲ったり、分けたりしてしまう。本当は私ではなく――」

「おっと、それは言わない約束だろ? あれは僕が望んだことだ。後悔はしてないし、キミも気にしなくていい。相馬君もありがとう。助かったよ。後、忍にも礼を言っておいてくれ」


******


 夕日が水平線に消え、空を彩る主役の座を月に交代した時間に、紘太郎は依代と一緒に誘われた海が綺麗に見えるラーメン屋でオススメラーメンの味噌ラーメンを二人並んで頬張っていた。

 香りを鼻で感じ、それで味を想像すると口の中にまだ知らぬはずの味が広がっていく。そして最初に口に入れるのは麺ではなくスープ。

 スープで口を慣らしたら、麺を喰らう。

「本当に美味しいですね! ここにこんなお店があったなんて、驚きましたよ先輩!」 

「そこまで喜んでもらえると、誘った僕も嬉しいよ」

 そのままラーメンを食べていると、紘太郎は質問したいことがあったのを思い出す。

「先輩、どうして先輩は簡単なって言ったら失礼かもしれないですけど、そんなミッションを?」

 彼は食べる手を止め、箸を置き質問に答える。

「僕も最初はポイントが高いミッションばかり受注してたさ。でも、ある時、ふと思ったんだ」

「何をです?」

「困ってる人を助けるのにポイントの高い低いは関係ないんだって。困ってる人は大勢いる。そんな人たちが無視されるのって、なんだか嫌じゃないか。だから僕は誰も受けないようなミッションを受けるんだ。人を助けるのに変わりはないからね」

「依代先輩は、そんな事を考えていたんですね」

 紘太郎には及びもしなかったことだ。一年生の時の自分もポイントの高いミッションばかり受注していた。恐らく今の自分もそうだろう。ヒーローが何かとも知らずに。

 人を助けるのに大きいも小さいもない。その事が、彼には分かっていた。

「慎也でいいよ。依代ってよそよそしいだろ? 僕も紘太郎って呼ぶから」

「いいんですか? 格下なのに……」

「別に気にしないよ。それに、友人に格上も格下もないよ。だろ?」

「じゃ慎也先輩、あと一つだけ質問していいですか?」

「ああいいよ。何でも訊いてくれ紘太郎」

「俺も先輩みたいに、立派なヒーローになれるでしょうか? 誰でも助けられるヒーローになれるでしょうか?」

「夢を追うってことは、同時に現実に追われるってことだ。それに負けないように志と覚悟を持つことだ。後は諦めないことだ。そうすれば、キミは最高のヒーローに成れるよ」

 再び言ったこの台詞に、心強さを感じ励まされた。彼は紘太郎に向かって爽やかに笑いかけ、親指を立ててみせた。

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