表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヒーローズカースト  作者: 明智
13/15

黄金の夜明け

黄金の連休「ゴールデンウイーク」の始まりです!

 朝、いつもよりはっきりと目が覚めた。冴え冴えとした感覚、紘太郎はシーツが寝返りでくしゃくしゃになているシーツのベッドで覇気もなく、ボーっと天井を見つめている。

 カーテンの木漏れ日、溜め息交じりで一息つき携帯電話で時間を確認する。時刻は六時丁度。結果、二時間しか寝ていない。ゲームをやり込んだわけでも、深夜番組を見ていたわけでもない。午後十時にはしっかりと布団に入り寝る準備は完成していた。

 だが、寝付けなかった。気温は対して関係なく、身体状況も正常と言える。ただし、頭の中以外の話だが。

 紘太郎が不意に約束してしまったアトランティスとのデート。約束した日は、まさに今日。夜明けと共に目が覚めてしまい、太陽が元気つけようと余計に輝き、彼の背中を押す。

 ベッドから這い出るように抜け出し、目を擦る。目につくカレンダーが日にちに印をつけたのが幻ではないことを告げる。

 クローゼットを開けて、普段着ない服を奥地から取り出す。あまり服を持っていない紘太郎だったが、この時のために少しお洒落な服を買ってきたのだ。

 彼女にとって不足のない格好をしなければ。使命感のようなものが紘太郎に重くのしかかる。

 噂になってしまっている男女が、動物園や水族館に行っていれば確実に噂は現実味を増してしまい下手をすれば確定していまうだろう。

 もし見られてしまった時のために少しでも自分を着飾っているのだ。自分の服装がお洒落とは程遠いものがあったら、彼女のセンスを疑われてしまう。

 これだけは紘太郎としても避けたい所だった。

 果たしてこれで自分は少しでもマシに見えるだろうかと、鏡で自分の体と合わせてみるが首を傾げる。店員に手伝って選んでもらったが、どうも心配になる。

 二進も三進もいかない状況になるわけにはいかず、視線を落としながら寝癖を直す。

 きっちりと寝癖を直し、顔も洗った。

 溜め息を吐こうとしたが、首を振ってこれ以上幸せが逃げて行かないようにした。自分で頬を何度か何度も叩き、意識を覚醒させ、髪を搔き上げる。

 顔に覇気を戻し、歯を磨き買ってきたばかりの服を着る。

 まだ時間は早いが、朝ごはんや昼食を一緒に食べる予定なので、何かがあっても良いように三十分前には目的地に到着したい。

 大鴇(おおとき)時計台前。駅前にあって、多くの遊びやデートの約束の待ち合わせの場所になっている。この時計台は多くの出会いと別れを見てきている。

 紘太郎も見送る一人になる。

 靴を履き、ドアを開け、朝日が眩しい外に出た。初めてミッションを受けた時のような緊張感を覚えながら、一歩を踏む。

「よし、行くか」

 陽気とは程遠い感覚に襲われながらも、駅前の大鴇時計台前に二十分ほど時間をかけて到着した。

「さすがに、来てないよな……」

 時計台に視線を向けてみるが、一人だけ周りとは違う雰囲気が存在していること気が付く。あれは紛れもなく、見間違えるわけもなくアトランティスだった。

 繊細なレースをあしらったレイアード風の紺色の上品なワンピース。黒いストッキングと同じ色の踵が高いショートブーツ。

 バックを大事そうに抱え、紘太郎を待っている。

「おはようございます先輩。もう来てたんですか?」

 彼はそっと声をかける。

「あっ、おはよう紘太郎くん。ううん、ちょっと前に来たの。ほら、こういう約束って遅れたら失礼かなって」

「そうだったんですか。俺てっきりめちゃくちゃ待たせたのかと……」

 

 安堵の息を吐き、胸をそっと撫で下ろす。紘太郎の様子を見てクスクスと笑いながら。

「大丈夫だよ。さぁ、朝ごはん食べにいこ!」

「そうですね、俺なんてお腹ぺこぺこですよ」

 はりきって戦闘を歩く紘太郎の上着の襟を見て、にっこりと一時間前に来た疲労を飛ばすような笑顔を浮かべて彼にこう言った。

「襟に値札ついているよ? 取ってあげるからちょっと待って。えっと、はさみがあったはずだから」

 バックを必死に探し、なんとか見つけ値札を切る。

「すいません。こういう服あまり着なくて。かっこつかないですよね? ハハハ」

 苦笑いをしながら後頭部に手を当てて、アトランティスが切ってくれた値札を受け取る。ふと見つめると彼女の小さな顔が近くにある。

 まだ彼女を見つめられない紘太郎からすれば、近くにあるだけで胸が高鳴ってしまう。

「それじゃ、改めて行きましょうか」

「うん」

 互いに下を向きながら、適当なところで朝食をとることにする。ここで、一つ紘太郎の脳内で議題が上がった。

 どこで朝食をとるべきか。これは彼自身のセンスを試される。ハンバーガー店にするべきか、定食屋にするべきか。これは却下だ。

 気軽に食べれて、二人の衣装が浮かない場所。場所が限定されているようなものだった。ファーストフード店。ここしかなかった。

 幸い、大鴇時計台前には一軒だけファーストフード店がある。

「じゃ、先輩。ここにしましょうか」

「うん。ここのお店久し振りに入るなぁ」

「え、そうだったんですか。俺なんてここに入るの初めてですよ。っていうよりあんまりファーストフードを食べないというか」

「そうなの? 実は私もなの。中学生の時は時々友達と食べに来きたけど、高校に入ってからミッションが忙しくてきてなかったなぁ」

「思い出の場所なんですね」

「うん」

 自動ドアが快く招いてくれて、二人は店内に入る。

「何にしましょうか?」

「うーん、朝だから軽いものにしようかな」

 二人は自分が食べたい物をカウンターで頼み、席に着く。

「今日はどこに行きましょうか? えっと、先輩は確か動物が好きなんですよね? だったらここにしましょうか?」

「だったら、ここにしようよ。鴇馬動物水族館!」

「なんですか、その今日のために造られたみたいな場所! 水族館と動物園が合体したみたいですよ」

「そうだよ。その二つをいっぺんに味わうために造られたんだよ。ここの鴇馬市長も粋なことするよねぇ。私からすれば、ものすっごく嬉しいんだけどね」

「じゃそこにしましょう!」


 手早くご飯を食べて、鴇馬動物水族館に向けて歩を向けた。天気も良い、風も心地よい。これ以上に無い日だろう。

 隣を向けば、誰もが振り返る彼女と共にいる。意識などしてないが、こうもほぼ毎日会っていると恋愛に不慣れな紘太郎も気が全く無いとは言えなくなっている。

 しかし、彼自身も憧れか恋愛感情か分からなくなっていた。想うとすれば相手はあのS級で美女と謳われているアトランティス。

 そして自分は未だに下位のD級ヒーロー。月とすっぽんとはよく言ったものだと内心苦笑をしつつ、そっと気づかれないように彼女の横顔を見た。

 はっきり言って、彼女に惹かれている自分がいた。彼女の身に余るほどの優しさ、何よりも人柄や、笑顔に惹かれた。

 こう言った浮ついた気持ちになるのは、いつぶりだろうか。と想いを巡らせる。

 これが紘太郎の初恋ではなく、初恋は中学の時に破けて散った。胸が張り裂けそうな気持だったのを今でも鮮明に覚えていた。気が付けば、視線が彼女を追っていて思考の片隅にはいつも彼女の姿がある。

 恋だと気が付くのに、時間などかからなかった。そして夏休み、想い人の彼女に告白した。結果は火を見るよりも明らかで轟沈した。

 泣いたわけでも、どうしたわけでもない。心に喪失感と脱力感に襲われた。ただそれだけが、辛かった。どうせなら、泣き喚いたほうが心は楽だったのかもしれない。一ヶ月、物事が手に付かなった。そこからだろうか、恋愛に対して疎くなったのは。

 

「着いたよ。ここが動物水族館だよ!」

「あっ、すいません。ぼーっとしちゃって。さぁ、入りましょうか!」

 彼女は不思議そうに紘太郎を見つめながら、下を俯いた。

 ――自分と一緒にいるのがつまらないのだろうか。とネガティブな考えが彼女の思考を止めてしまう。横目で見た彼の顔はどこか浮かない顔をしていて、ぬか喜びをしていた自分が馬鹿みたいに思えた。

 かくいう彼女も恋愛にはそれほど詳しい訳でもなかった。人並みに人を好きになり、人並みに人に断られた。

 小学生の時、自分の名前のせいと綺麗な容姿のせいでクラスからいじめられた。原因が何か分からぬまま高校三年目を迎えて、運命的に紘太郎に出会った。

 初めて、性格を直そうと思った。顔が赤くなるのはしょうがないとしても、このネガティブな思考を止めようと決意した。

「ねぇ、紘太郎くん」

 呼び止めた。

「どうしましたアトランティス先輩?」

 深呼吸をして、いつもの自分に別れをした。

男原(だんばら)静夏(しずか)

「え?」

「私の本当の名前。アトランティスは、ヒーローネームなの。自分の名前が恥ずかしくって、隠してたの」

「どうして俺に?」

「紘太郎くんには知っておいて欲しかったんだ。私、男原って、男って書くからそれでいじめられたの。女なのに男ってはいってるってね」

 でも。と彼女は続けた。

「そろそろ乗り越えなきゃね」

「それじゃ、今度から……。あの静夏先輩?」

「はい。どうしたの? 紘太郎くん」

 顔をやや赤くして彼女が、久し振りに呼ばれる自分の名前に応える。

「でも、言い慣れないならアトランティス先輩でもいいよ。私も、この名前に気に入ってるから。さぁいこ!」

 彼の手を引き、アトランティスは意気揚々と入場口から動物園に入る。

 ――そうだ。私は貴方のことが好きなんだ。片想いでもなんでもいい。ネガティブはもう止めよう。きっと自分でも好きになれる自分になれる。

 期待や不安。複雑な気持ちが混ざり合ってるが、これ以上に嬉しい気持ちはなかった。

 彼女に引かれるように紘太郎も笑顔に変わった。

 園内に入ると、さすがに混んでいた。ゴールデンウイークの一日目。カップルや、家族連れが多くいる中、二人はライオンを見ていた。


「やっぱり、同じ猫科とか思えませんよ。流石百獣の王。迫力がすごい」

 紘太郎が寝ている(たてがみ)が立派な雄のライオンを見つめがら、感嘆の声を漏らす。

「でも、寝てる姿って本当に猫っぽいよね。撫でてみたいなぁ」

「ねこじゃらしでもあげましょうか? きっと、あいつも喜びますよ。先輩は犬派ですか? それとも猫派ですか?」

「うーん、あんまり考えたことなかったけど、どっちも好きかな。そういう紘太郎くんは?」

「俺ですか? そうだな……強いて言えば、犬派ですかね。実家で柴犬を飼っていて、良く顔を舐められました」

 ハハハと笑いながら、ライオンを見続ける。

「今もその犬は元気なの?」

「はい。元気すぎて、母が散歩には困るって言ってましたよ」

「フフ。私もいつか会ってみたいな。そのワンちゃんに」

 口元を手で隠し笑う彼女はあまりに可憐で、直視するのがやや辛かったが恥ずかしさを隠しながらおもむろにズボンのポケットからスマートフォンを取り出してギャラリーを開く。

「ほら、こいつがうちの犬です」

 舌を出して、首を少し傾げながら愛くるしい顔で座っている一匹の柴犬。これが紘太郎が家で飼っている犬だ。

「名前は(ふじ)って言うんです。おもちゃの縄で遊ぶのが大好きで。一度付き合うとなかなかしつこくて」

「相当懐いてたんだね」

「ええまぁ。名前を呼べば来ましたし、何かと可愛い奴でした」

 そして、二人は次のエリアに向かった。

 次はいぬ科の生き物。狼だ。子どもたちから人気も相当あるようで、小さな子どもたちがガラスにへばりつきそうになりながら飄々としている狼を憧れの眼差しで見つめている。

 やはり、男の子からの今も昔も人気が強いようでここにいる親以外はほとんど男の子しかいない。

「やっぱり、恰好いいなぁ」

 童心に戻ったかのようにじーっと狼を見つめる紘太郎は、ただ狼に憧れたたった一人の少年になっていた。

 家にいるペットの犬と訳が違い、(かれら)は可愛さを捨てた代わりに格好よさを手に入れたようだ。

「うーん、私的にはライオンの方が良いかな。あの佇まいがかっこいいかな」

「そうですか? ライオンの雄ってたしか、働かないんですよね? 雌にばっかり餌を獲らせに行くとか。百獣の王ならその威厳を見せて欲しいぐらいです」

「ライオンの雄ってのは、いざってときに動くんだよ。だからその為に力を蓄えているんだって」

「いざってときねぇ……」

 狼を見終わり、次は猛禽類エリアに向かった。次々に生き生きと動く動物たちを見終えていき二人を包む幸せな時間はいつしか過ぎていって、午後。

 紘太郎とアトランティスは水族館のイルカショーを見に来ていた。二人並んで客席の中段に座る。ここからだと良く見える。

「イルカショー開演五分前です。お客様は席にお付きください」


 女性の声のアナウンスが演目の始まりを告げると、イルカたちとトレーナーたちがウォーミングアップをし始める。

「楽しみだね!」

「俺、小さい時。イルカショーが怖くて泣いてました」

 恥ずかしながら、紘太郎が呟くと彼女が驚く。

「え!? どうして、泣いちゃったの?」

「イルカが水を叩きつける音が怖くて。母親に泣きついてました」

「意外と可愛いとこあるのね。小さい時の紘太郎くんに会ってみたいな」

「小さい頃は怖がりで、ずっと母親にすがりついてました。中学は何事にも無関心でした。先輩の小さい頃は?」

「私は内向的で、あんまり人と話さなかったの。今もそうなんだけど、人見知りだったんだ。私も紘太郎くんと一緒で、親とばっかいた。今も一緒に住んでるんだ。今日、遊びに行くって言ったらすごい心配された。ちょっと過保護気味なんだよね」

「いいじゃないですか、好かれてて」

「うん。私もお父さんもお母さんも大好きだから。あっ、始まるよ」

 この場全員がイルカとトレーナーに視線を集めた。女性が手を広げるとイルカたちが勢いよく水中から跳び上がり、宙を舞う。

 歓声と拍手が起きる。気を良くしたのか、跳んでいない他のイルカたちが嬉しそうに泳ぎ回る。

 愛らしい姿にアトランティスも紘太郎も、そして他の観客たちも夢中で魅入っていた。クレーンで吊るされた輪を跳んで潜り、着水。

「すごいね紘太郎くん!」

「ひっさしぶりに見ましたけど、やっぱりすごい迫力ですね」

 最終演目。何匹のイルカが飛び交い、水飛沫(みずしぶき)が高く舞い上がり前席の客にかかってしまうが、それでも客は喜ぶ。

 それにつられて紘太郎たちも笑いあう。

 程なくして、イルカショーが終わった。

「楽しかったね……」

 今まで起きていたはずなのに、終わってしまうと何ともあっさりと、口惜しさもなくしてただ平然とあの楽しかった雰囲気がどこかに消えて行ってしまった。

「楽しかったです。また、来ましょうか?」

「いいの?」

 彼らの他に誰もいないイルカショーの会場で、二人は何もせず佇んでいた。楽しかった雰囲気はきっと彼らの胸の中の心にしっかりと刻まれている。

 目には見えなかったが、確かに二人の記憶には残っていた――。

「はい。また休みの時に先輩が良かったら」

 彼女は顔を赤くして、こう言った。

「うん! 絶対また来ようね!」

 ゴールデンウイーク、一日目。紘太郎とアトランティスのデートは互いの気持ちに気が付き、無事に終わりを迎えた。

 そして二日目、また違う二人が新たな問題に立ち向かう。

今回はただのデート回です。次はあの二人です!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ