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ヒーローズカースト  作者: 明智
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現実に立ち向かう日

設定の甘さも温かい目で、見ていただけれたらなと思います!

それでは楽しんで行ってください!

 この世界、いやこの国日本に『ヒーロー』という職業が出来る前の物語。

 二〇四〇年――世界的に問題になっていたエネルギー問題は、とある万能粒子の発見されたことで見事に解決された。

 人々はこの粒子の事を畏敬の念を込めて『ヒーロー粒子』と名付け、世のため人のために活用するよう研究を進めていった。

 その研究途中、ある科学者の息子がサンプルに偶然触れたことにより、この粒子の真価を発見する。

 ――それは人の想像力に反応を示し、無から有を創り出すという、まさに夢のような能力だった。

 だが、何故がこの粒子はいきなり大人には反応を示さず、子どもからではないと反応しなかった。研究が進んでいき、同じ研究者がある事実を突き止めた。

「この粒子に一番反応するのは高校生、つまり十五歳から十八歳が最も適していると言えます」

 この言葉により、世界の高校生の価値は大きく跳ね上がった。

 そしてこの発表から二年後、日本の高校生が妙なスーツを身に纏い、事故や事件を見事に解決していったのだ。

 それが噂になり、動画サイトから一気に火が付き、これを見た日本の閣僚は次世代の防犯体制を確立させようとしていた。

 粒子を高校生の時から体に馴染ませ、それを実際に卒業した学生たちを警察や消防、自衛隊などに配備して多くの人々を救おうと考えたのだ。

 そこからは政府の協力もあり、展開は早かった。

 日本中にヒーローを育成するための学校を作り、粒子に反応する若者たちを集めた。

 

 時代は進み、二〇四八年。ここ(とき)()市、(おお)(たける)学園に通っている高校二年の男子、(そう)()(こう)()(ろう)にこの先の物語を(つむ)いでもらおう。

 そう彼はこの物語の主人公。

 期待を胸に進学し、はや一年。紘太郎は現実という厚い壁の前に立っていた。

 日本中の学園はヒーローの階級を決めており、S級、A級、B級、C級、D級に分けられて、実力と働き次第でその順位を決められている。

 彼はここの最下層のD級に位置づけられていた。

 時代の波のせいか、学生ヒーローはS級以外あまり必要とされず、それ以外の生徒はただ社会に奉仕するだけの存在に成り下がっていた。

 学園のS級の七人、通称七英雄とその他の格上ヒーローの存在に彼は自分の実力の差に(なげ)き疲れ、努力することを(あきら)めてしまった。

「あぁ、つまんねぇー……」

 四月二十日の昼休み。学園内屋上。

 ベンチに座りながら紘太郎は友人であり、彼と正反対の努力家で真面目でクラスの委員長の()()(とく)(いち)(ろう)()()をこぼしていた。

「つまんねぇって、まだ二年生なって一ヶ月も経ってないんだぞ? きっと楽しいことが見つかるよ」

 爽やかな笑顔を紘太郎に向け、紘太郎はそれを横目で見る。こうも前向きな発言をされるとより自分が小さい人間だと思ってしまう。

 心の中で自嘲しながら溜め息を吐き、自分の(よど)んだ心とは違う晴れ渡った空を見上げる。

 空を飛ぶ一羽のカモメ。太陽に手をかざし、現実でも溜め息をつく。愚痴を聞いていた徳一郎は困った顔をして彼を見つめる。

「お前いつも溜め息ついてるよな。そう言えば最近ちゃんとトレーニングとかしてるか? ってかミッションは受けてるのか? それに模擬戦闘訓練も」

 ミッションというのは、この学園は学園生徒に共通の電子デバイスを渡され、それに困っている人々が依頼を出しそれに見合ったヒーローが駆けつけるシステムの事だ。

 依頼は携帯電話のメールでも発注でき、この市の住民たちにはこの学園のメールアドレスを登録することが義務付けられている。

 ミッションにはポイントがついており、そのポイントがランクを決める。他にポイントを獲得する方法がある。

 模擬戦闘訓練。第一体育館で行われる月二回の訓練。実際に殴る蹴るなどの戦闘を行い、勝った相手のポイントを総取り出来るのだ。それにより、生徒たちが手を抜くことを防いでいる。

「あぁそうだな。最近全然やってないな……」

「最近って半年間もやってないじゃん。こんなんじゃ、憧れのS級ヒーローなんかになれないぞ。いいのか? 俺に耳に()()ができるほど言ってたじゃんかよ」

「俺はさ……気付いたんだ」

「気付いた? 一体何に? もしかして今から進路決めないとヤバいとか? だとしたら今さらすぎだよ」

「違う。そうじゃない。現実ってやつだ。俺がどんだけ努力しても才能ってやつには敵わないってさ。見ろよ……」

 屋上の端で(うるし)塗りの弁当箱をつついている彼女。

 艶やかな黒髪で対照的な白い肌。スラリと伸びた手足。程よく潤んだ瞳、薄紅色の(くちびる)。凛とした雰囲気をさらに際立たせる視線と発言、行動。

 そして時に見せる笑顔は男子生徒の(ハート)を見事に打ち抜くことができるショートカットの女子生徒。

 彼女の名前は(ゆき)(かむろ)(せつ)()

「あぁ! 雪冠さんのこと? すごいよね、同じ年で同じクラスなのにもうS級なんだから。尊敬するなぁ。で? 彼女がどうしたの?」

「あれが実力の差ってやつだよ。俺ら凡人には手に届かない領域の人間だよ……」

「いやに弱気だね。いつもみたいに、がむしゃらにやってみたら?」

 徳一郎は弁当のハンバーグを二つに割り、片方を口に運び幸せそうな顔を浮かべていた。顔を見る紘太郎は呆れ半分で笑っていた。

 俺もこんな風に楽観視できたらな……。

 羨ましく見える。こいつもいずれ俺の先に行ってしまうのかと寂しい反面、どこか諦めを感じていた。

 一緒に歩むことなどどのみち、程度の低い志では到底この先に行けはしない。彼ら格上ヒーローは人の命を助ける場合もある。最早既に勝負は決しているのだ。

 圧倒的な紘太郎の負けで。

 悔しいと思う心も枯れてしまい、現実に屈し、夢を追う気力すら失せてしまった。

 どう足掻いても天才には、現実の壁には勝てないとこの半年、嫌と言うほど思い知らされていた。

「徳ぅ、お前は話を聞いてたか? 勝てないのに努力したって無駄だって言ってんだよ」

「その割にはまだバングルつけてるよな。それに馬鹿と天才は紙一重だって言うじゃん」

「じゃあ俺はどうやら馬鹿のようだな、紙一重で」

 バングル。手首につける言わば変身アイテムである。

 このアイテムには凝縮されたヒーロー粒子が込められており、それに手をかざすなどをして変身する。

 多くの学生ヒーローがこのバングルを使っている。

「ハハハ。あっ、そうだ」

 苦笑を浮かべていた徳一郎が思い出したように、手をポンっと叩き彼に話す。

 その時紘太郎はどうせろくでもない世間話だろうなと、勝手に決めつけほとんど聞き流そうと考えていた。

 だが、その話の内容がいかんせん興味をそそるものだった。

「あの噂知ってるか?」

「あの噂……?」

 記憶の中を探ってみるがそんなものは覚えが無かった。それを踏まえて彼は聞き返した。

「そう! この学園の地下にある今は使われていない部屋に、力を貸してくれるダークヒーローが住んでいるんだって」

「おいおいなんだその噂。力を貸してくれるダークヒーロー? どんだけ良心的なんだよ。そんなんじゃダークヒーローなんて呼ばねぇぞ」

 なんて笑いながらこの話を流した。

 もしこの話が本当だとしたら、どうして俺が困ってる時にその噂が無かったんだよ。と理不尽な怒りがこみ上げてきたが、馬鹿らしくなりその感情がすぐさま消えていく。

「さて、委員長。教室に帰るか。もう少しでチャイムが鳴るしよ」

「そうだね。さぁ今日も一杯人助けするか!」

「んなこと俺の前でデカい声で言うな。嫌味かこの野郎」

 冗談半分で徳一郎を責めながら、下に続く階段を降りる途中、ふと視線を上げる。

 そこには一台の防犯カメラ、この学園には防犯カメラが多い。バングルが保管されている場所もあるし当然かと納得させ、視線を外すが違和感を感じずにはいられなかったのだった。

 なんともおかしな話だが、カメラが紘太郎を追っていたように見えた。

 気のせいだと笑って通る。しかし彼はまだ知らなかった、その先に微笑む誰かの存在を。


 五時限目の国語は眠くなりながら耐えきり、六時限目の数学は気合を入れて耐えた。

 そして放課後――。

 掃除を終え、ほぼ全ての学生はトレーニングかミッションをしている。

「徳、お前はミッション受けないのか?」

 紘太郎はクラスに徳一郎しか残っていないので話しかける。何やら作業をしているようだ。

「俺はまだ仕事が残ってるんだ。まだまだ終わらないよ」

 彼は困っている人を見逃せない性格で、自分の仕事が残っているのにどんどん仕事を請け負い最後には身動きが取れなくなってしまうのだ。

 そのおかげで彼はまだC級。と言っても紘太郎よりは上なのだが。

「手伝おうか? どうせ俺暇だし」

「お! なんだ珍しく優しいな。ポイントはつかないぞ」

「んだよ、せっかく人が優しく言ったのに。止めちまうぞ?」

「ごめんごめん。じゃあこのプリントを地下の物置部屋に持って行ってくれ。頼んだよ」

「地下室?」

 あの噂の地下室がある場所じゃないか。

「なんだ怖いのか?」

「怖いわけないだろ。ちょっとな……」

「まぁ、よろしく頼んだよ。ポイントは上げられないけど、ジュースぐらいは(おご)るよ」

「あぁ、俺の好きなやつ奢ってもらうからな」

 少し気になっていた。あの噂の真相を。(きょ)なのか(まこと)なのか。

 気が付かぬうちに足早になっている。勿論、プリントを落とさないように。

 馬鹿らしいと思う心はある。だが、万が一。そう、万が一その噂が本当だとしたら(すが)ってみる価値はある。

 まさに藁にではなく、ダークヒーローに縋る気持ちで地下に歩を進める。

 これが、自分の人生を永遠に変える出来事だとは何も知らずに。

 

 地下に着き、プリントを物置部屋に置くと真っ暗な地下に光が漏れている部屋がある。しかも一番奥の部屋。

 この地下は普段誰も使わない、だからこそ多くの部屋が物置部屋と成り果てているのだ。

 だが、その一室だけがまだ生きている。本来の役割を果たしている。

 唾を飲み込み一歩、また一歩と足を奥に進めた。

 空間と彼を支配するのは好奇心と恐怖。握る手は次第に汗ばみ、心拍数が上がっていく。この扉を開けた先に何があるのか。

 人の本能に従い、扉のとってに手をかけるが彼のぎこちなかった動きはここで一旦止まる。

 彼の理性が止めたのだ。

 様々な思考が交錯する。このまま立ち去れば何も無かった日常に戻れる。もし、ここで扉を開けてしまえばもう戻れない気がしてならない。

 意を決して扉を開ける。

「おい、遅いんだよ。いつまで待たせる気だよ……おい、聞いてんのか?」

 荒い口調だが、声色は女性で間違いない。ハスキーな声だが決して聴きづらくない。むしろ聞きやすい。

 しかも彼女は誰かと紘太郎のことを勘違いしている。

「あの……」

 緊張のあまりか、(かす)れた声で話しかけてしまった。

「ん?」

 茶色い長い髪が(なび)き、椅子に座っていた彼女が振り向く。

 きめ細かい白い肌をした切り目の女子生徒。手にはチップス系のお菓子を持っていて口に運ぶ途中だったようだ。

「お前は?」

「あんたが、噂の……」

「あぁ、お前もしかしてあの噂を信じて来たのか? やっと誰か来たか。全く、噂を流してもう五日経ってんのに……あいつの集客効果全然だな」

 口角を上げてニヤニヤとしている。紘太郎の話を聞いていないのだろうか?

 しかし、そういうわけではなかったようだ。

「悪いこっちの話だ。で? お前はあの噂を信じてのこのこやってきたと。そういう解釈でいいんだよな。違うか?」

「いや、違うわけじゃないけど……意外と言うか、何と言うか」

「意外だった? 私が女だからか? まぁ、ダークヒーローって名乗ってるやつがこんな可愛い女の子だと困惑するよな」

「そこまでは言ってないけど……」

「つか、お前……」

 紘太郎の顔をじっと見つめる。彼はこれほど女性に顔をまじまじと見られたことが、随分と久し振りなので顔を恥ずかしそうに()らす。

「思い出した。私を見ていた奴だな? お友達と一緒に階段を下ったんだよな。私をじっと見つめて。久し振りにあんなに見られたぜ」

 笑い声を出しながら、くるくると椅子を回転させる。彼は何とも絡みにくい人物だなと、眉を(ひそ)めながら静かに見つめていた。

 彼女が噂を流した張本人。なのか?

 疑問に思いながら彼女がくるくると回るのを待つ。それにこの部屋は汚すぎる。

 部屋の中が少々暗く気が付くのが遅かったが、彼女の座っている前には真っ黒の巨大な画面。その前には食べた物のゴミが大量にある。お菓子にコンビニ弁当、飲料水。

 目が慣れ周りを見るだけで、一番に入ってくるのはゴミばかりだ。紘太郎は今まで生きていた中でいち早くこの場から離れたいと思ったことはない。

「そうだ。自己紹介をしてもらうか。私の名前は()(たか)(しのぶ)、学園の地下に住まうダークヒーローだ」

「おっ、俺は相馬紘太郎。二年B組」

 お互いに簡潔ながら自己紹介を済ませた。

「あぁ、だったらお前は年下だ。私は三年生だからな。敬語使え敬語」

「え!? そうなんですか!? すいません、気が付かなくて」

「当然だ、自己紹介してねぇからな。ちょっと待ってろ、相馬紘太郎? 聞かねぇ名前だな」

「ハハッ、有名ではないので」

 忍は真っ黒だった画面に電源と言う、命の息吹きを吹き込む。そこには分けられているどこかの映像が流れている。紘太郎には見覚えがあった。

 学校の映像だ。しかもリアルタイム。


「相馬紘太郎、二年B組。身長は一七五センチ、体重は六十五キロ。ランクはD、ヒーロースーツは未だに最低の性能のまま。半年前からポイントの獲得は無し。どうせ現実の壁に阻まれたって口だろ」

 全て言い当てられている。

 また別のパソコンに紘太郎自身の個人情報が書かれていた。

「どうしてそれを……?」

「ちょっと調べただけで簡単に出てくるんだぜ? 他にも色々調べれるが、まぁそれを置いておこう。お前はこれを見る限り、最低ランクの野郎だな。さて、そろそろ本題に入るか」

 飲料水を飲み、椅子に深く腰を掛けてから話し始める。

 紘太郎に緊張が走る、本題に入るとすれば彼女が自分に協力するということになるはず。

 だけど彼女にどんな事ができるのだろうか。(はなは)だ疑問だが、彼女を信じる他ない。

「まずは簡単な質問だ。お前はどうして学生ヒーローに成ろうと思った?」

「それは……」

 顎に手を当てて、考える仕草を取る。答えは既に出ているが、高校生としてこの答えは恥ずかしくてならない。

 だからすぐには答えられなかった。

「恥ずかしい理由でもいいんだよ。例えば誰かを助けたいとか、モテたいとか……これは違うか。まぁ取り敢えず言ってみろよ」

 間が空き、紘太郎は答える。

「俺は、誰かを助けれるヒーローになろうと思って。中学二年の頃の話なんですけど、事故に巻き込まれた俺をここの学生が助けてくれたんです。その人みたいになりたくて」

「ハハハハハハ! 結構な理由じゃねぇか! 良いね純粋で。いきなりお前みたいな馬鹿が来てくれるとこっちも助かる。力の貸がいがあるってもんだ。つっても、努力した結果がこれだけどな」

「え?」

「んやお前には関係ない話しだ。で、お前はどうなりたい? いや、正確に言うならどうなりたかった? 一年生に戻ったつもりで答えてみな」

「みんなを助けることができる。最高のヒーローになってみたいです。いや、なりたいです!」

 強く、強くそう答えた。最高のヒーローになりたいと。憧れたあの人を追いつくため、果てはその人を超えるため。

 今、憧れが目標に変わる。

「良いぞお前。最高だよ。成れる、成れるとも。成らせてやるさ私が!」

 その時、紘太郎のデバイスが大きな音を立て、騒ぎ始める。

 この音は緊急ミッションの音だ。


 ――緊急ミッションとは、文字通り緊急を要するミッションである。例えば逃亡した殺人事件の犯人を捕まえること、人質救出、災害派遣などが上げられる。

 それのどれかがたった今起きているのだ。

 紘太郎はデバイスを確認すると、そこには緊急ミッションと書かれており、メール内容を見ると。

「コンビニ強盗が、そのコンビニで立てこもり? しかも拳銃を持ってるって」

「あぁそうみたいだな。おい、紘太郎。助けに行け」

「え? いや無理です。だってこういう事件はA級、S級の仕事でしょ。俺たち格下ヒーローが出る幕じゃないんです」

「都合よくそいつ等はいねぇ。それにな関係ねぇんだよそんな階級、誰かを助けたいと思っているなら今行動しないでいつする? 困っている人を見捨てるのがヒーローか? それは違う。自分の命可愛さに行動しないのがヒーローか? それも違う。見ず知らずの他人や友人のために命張れんのがヒーローだろ」

 そう言って忍は何かを彼に紘太郎に向かって投げる。

 投げられた何かをなんとかキャッチし、手に取った物を確認するとそれは意外な物だった。

「イヤホン……?」

「これで指示を出す。私は生憎ここから出れないんでね。ミッションの受諾はもうしておいた。幸いにもこのコンビニは近い、さっさと行け! これがお前がヒーローになる第一歩だ」

「え!? なんで勝手に。あぁもう、行きます。行きますよ!」

 紘太郎はイヤホンを付けながら地下室を飛び出し、校内を駆け抜ける。

 人がいないのが幸いで、持てる力を籠めて走ることが出来た。

 久し振りに動かす身体はすぐに疲労を訴え、息を上げさせる。こんなことなら運動を適度にしておけばよかったと後悔しているが、それはもうどこかに置いて来た。

 ただ今はコンビニを目指すのみ。

 コンビニの近くになると人混みが増え始め、人の波を掻き分けながらひたすら前に進む。多くの人に()(げん)な顔をされながら、紘太郎は野次馬の最前列に出る。

 

「おらぁ! これ以上てめぇらは近づくな! この女撃っちまうぞいいのか!! あぁ!?」

 犯人と思しき人物が、か弱い女性店員を人質に取りコンビニ籠城を決め込んでいる。

 事件発生からまだ僅かに三分。人だかりだけできて警察がろくにいない。そしてヒーローも。ここにヒーローは彼しかいない。

「おい、誰かヒーロー呼んで来いよ」「あれ見たか? マジの拳銃だぜ」「撃たれたらヤバいよな」

「ここに来る前銃声したけどなぁ」「怪我人いるのか?」「早く来いよS級ヒーロー」

 人の声が混在する中で、唯一しっかり聞こえたのはイヤホンからの声だけだ。

「聞こえてるか? 返事はしなくていい。犯人の銃はここからの監視カメラを通してみると、既に五発撃っちまってる。録画も確認したぜ。たく、ここの警察はヒーローがいねぇとなんにも出来ねぇからな」

 忍は監視カメラからこちらの様子を見ているようだ。

 紘太郎は、彼女が見ているであろうカメラに視線を向ける。

「こっちも見なくていい。いいか、お前が突っ込んで勝てる見込みは今は少ねぇ。だが、残り一発の弾丸を無駄に使わせると勝率は大幅に上がる」

「どうやって!? 俺に撃たれろって言ってんですか? 嫌ですよ撃たれるなんて」

「デカい声出すなよ。大丈夫だ、最低なランクのスーツでも理論上弾丸は貫通しねぇ。防弾チョッキの役割をしてくれるはずだ。まぁ当たらないのがベストだがな。これで安心しただろ?」

「安心なんて出来ませんよ。銃向けられるのだって怖いんですから」

「またここで現実に負けるのか? なんのためにここまで来た? お前はあの時真っ直ぐ帰ることができたはずだ」

「それは先輩が勝手に受諾したから……」

「お前なら知ってるだろうが、ミッションはキャンセル出来る。それを知ったうえでここに来てんだろ? 違うか? いや違わねぇはずだ」

「……」

 黙り込む紘太郎に彼女は語るように話しかける。

 ゆっくりと、荒い口調のままだが言葉を選んで。

「私はここから出れはしないけど、言葉でお前の足りねぇ部分を補うことはできる。それは勇気だ。踏み出す一歩だ。誰だって一歩は怖い。だけど、お前は決めたんだろ? 最高のヒーローになるって。だったらここでヒーローにならなきゃいつなる? 変わるんだろ。なら踏み出せ、群集(そこから)出て境界線を超えろ」

 彼には見えていた。この境界線を。群集(ここから)出れば、もうただの日常に戻れない。答えは分かってる、行こう。

 いや、戻ろう。憧れていたあの世界に。

 踏み出す一歩は、現実の壁に阻まれ嘆いていた自分に別れを告げる一歩。そして、夢へ向かう一歩でもあったのだ。

 紘太郎は実際に群衆から抜け出し、犯人の目の前に立つ。

 だが、その恰好はなんとも(いさ)ましさとはほど遠い物があった。

 両手を上げて立っていたのだ。

「もう止めません? こんなことしたって無駄ですよ。直ぐに強いヒーローだって来ますよ。勝ち目なんてありません。ボコボコにされる前に自首したほうが……」

「うるせぇ!! なんだてめぇ、ぶっ殺されてぇか!! あんなガキどもに俺がやれるか!」

 犯人が激昂し、回転式拳銃の銃口を人質ではなく、紘太郎に向ける。

 相手の視線が泳ぎ、腕が震えている。これならこの距離でも外してくれそうだ。それに、この様子だと恐らく残弾数も数えてはいないだろう。

 残り一発を外してくれれば御の字なのだが。

「ああなった犯人は言葉で説得しようとしても逆上するだけだ。こうなったら、ぶっ叩いて気を飛ばすしかない。半年怠けたとしても、このくらいはやってもらわないと困るぞ」

「分かってますって。やれるだけやりますよ」

「銃弾を発砲されたら、腕で顔だけは守れ。お前はまだフルフェイス型のスーツじゃないからな、いくら変身しても顔を撃たれちまったら死ぬからな。撃ったら顔を守ること。いいな?」

「了解です先輩」

「何一人で喋ってやがんだよ! ぶっ殺すぞ!!」

 犯人の怒号が、紘太郎を襲うがその本人は全く意に介していない。

 上げていた両手を下ろし、目を(つむ)り自分に問いかけた。本当に出来るのかと。だが、それは必要の無い問いとすぐさま気が付く。

 深呼吸し、目を開けその双眼に敵を定める。

 右手を顔の近くまで持っていき、バングルに左手を添え、大きな声で言い放つ。


「変身ッ!!」


 眩い光とともに辺りは、紘太郎が発した閃光に包まれる。

 バングルに閉じ込められていたヒーロー粒子が、変身願望と言う名の想像力に強く反応し、無から有を創り出し、紘太郎は自ら想像したスーツを装着し、閃光が終わる時。

 ヒーローとなった紘太郎が現れた――。

更新ペースはちょっと遅いかもしれませんが、どうかお付き合いください!

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