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ゾンビニ! 三話

次から話は動くはず

第三話


 安全管理上、シェードを下ろすことは禁じられているので、昼下がりの日差しが店内にいても眩しい。幸い店内はクーラーがガンガン効いているので、まだ六月下旬だというのに外は三十度を超えていても寒いぐらいだ。多分おでんを売りたいという店長の策略だろう。

 聡はレジの中でパイプ椅子に腰掛けて今日三度目の週刊少年ジャンプを最初から目を通す作業を始めた。店内清掃、商品の前出し、トイレ掃除などを済ましてしまえば基本的に何もすることがない。今、店長は奥の事務所でソーシャルゲームをして時間を潰しているし、ファミリーマーケット湾岸泉佐野店で唯一の女性店員である井上幸穂はカウンターの隅でコーヒーマシーンに隠れるように背中を丸めて原稿用紙を広げてマンガを描いている。彼女は二十三歳、ほっそりした体と顔立ちで、男所帯のこの店でモテても良さそうなものだが「人間嫌い」「三次元はムリ」と普段から公言している変わり者の漫画家志望のフリーターだ。一度どんなマンガを描いているのか後ろから覗き込もうとしたら奇声とともにGペンで刺されかけた。多分見られては恥ずかしい内容のだろう、以降詮索するのはやめた。俺も小説でも描いてみようかなあとぼんやり聡は思った。副業は自由だし客も滅多に来ない、命の危険さえなければ本当にいい職場だ。

 ジャンプを読んでいると聞くとはなしに聞いていたおにぎりの割引きセールを告げる店内放送に混じって、外から車のエンジン音が聞こえたので、ジャンプを閉じて立ち上がって見てみると、後方の荷台に機銃を取り付けた濃緑のパジェロが二台連なって駐車場に入ってきたところだった。井上もそれに気付いて原稿を慌てて片付け始めた。

 パジェロから続々と半袖の迷彩服とヘルメットを着て、肩にライフル銃をかけた者たちがキビキビとした動作で降りてきた。全部で八人。彼らは駐車場周辺にいた五体ほどのゾンビをあっさりと掃討すると、屍体を駐車場の片隅に積み上げた後、半分はそのまま周囲を警戒し、半分は店舗の方へ向かって来た。

「さすが自衛隊、無駄弾がほとんどない」聡の横に立った井上が腕を組んでつぶやいた。彼女のひょろっとした体型だと反動が強い銃は扱いづらいのだろう、店外作業の時は標準装備の散弾銃は使わずにニューナンブを愛用している。

 先頭を歩いていた者がIDカードを胸ポケットから取り出して入り口ドア横のカードリーダーにかざすと、チャイムが鳴ってドアが開き、「お勤めご苦労様です」と軽く敬礼しながら店内へ入ってきた。肩章によると曹長らしい。後ろに続く者達もIDカードをかざしてから入店してくる。レジの液晶画面には入店した人の氏名、年齢、職業、階級、前回来店日などの情報が次々と表示される。読み取った情報はコンビニ本部や自衛隊に転送されて、色々と活用されるらしい。

「いらっしゃいませー」外から入ってきた熱気と死臭に少し眉をひそめながらも、聡と井上は少々大袈裟な笑顔を浮かべて挨拶をした。人間同士の交流が少なくなってくると感情表現が乏しくなるから挨拶はわざとらしいくらいにやってくれ、と店長が言い出したのだ。そのおかげか他のコンビニよりも来客数が多いらしい。

「最近はどんな感じですか、この辺りは」聡は曹長に聞いてみた。

「和歌山市内で活動していた海外の窃盗団を壊滅させたよ。残党がこっちに流れてくるかもしれないから一応一見の客には気をつけてね。海自や水上警察が警戒しててもやってくるからな、あいつらは。ゾンビだけを相手にしている方がよっぽど楽だよ」

 汚染区域のコンビニのドアはIDカードを持っていなければ開かない。他人になりすまして入ろうとしても、公職以外の者は店内の方でロックを解除しなければならないので、他人のIDカードを拾ったり奪ったりして入店しようとする者も防ぐことができる。もちろん犯罪者もシャットアウトだ。

 パトロールに見つかって逃げ出す者は即射殺という扱いなので、ショッピングモールや家電量販店、無人の民家などを物色したりする輩はかなり減ったが、それでも密入国してくる外国人は後を絶たないらしい。人権団体がうるさいから犯罪者に対する強硬策については報道されていないのだが、逆にそれが犯罪者を呼び込んでいるという見方もできる。難しい問題だ。

「まだ報道にはのっていないんだけど、近畿地方はゾンビの密度が下がってきているんだが、強制退去地域では密度が上がっているという人工衛星画像の解析班の報告があった」

 現在自衛隊によって掃討作戦が繰り広げられているのが兵庫県を除く近畿地方と九州地方、山口県、広島県。自衛隊も撤退して完全にゾンビの支配下にあるのが島根県、鳥取県、岡山県、淡路島を除く兵庫県の四県だ。

「ということは……」

「ゾンビは相変わらず何処かから湧き出てきている、ということだな。あとこれは未確認情報なんだが……」曹長はちょっとためらいがちに続けた。

「あくまで噂なんだが、人間以外のゾンビが発見されたんだと。四国なんだけどな、野鳥に襲われて感染した者がいるらしい。騒ぎはすぐに収まったし、海を隔てても感染するとなったらパニックになるから報道はされていないけどな」

「鳥が屍肉を食べて感染したってことですか? それともゾンビが鳥を襲って、ということですか」

「まだわからん。今までは人間にしか感染例はないというだけで、そもそもなぜゾンビになるのかも解明されてないしな。感染感染って言ってるが原因がウイルスかどうかもまだわかってないし。これからは人間だけでなく動物も警戒しないといけなくなるかも、ということだ。そうなると被害は西日本だけじゃ済まなくなる。蚊のゾンビとか想像もしたくないな……」

 こういう危険情報は噂の段階でも教えてくれた方が聡たち最前線で命を張っている者にはありがたい。聡と曹長が話し込んでいると、入り口のチャイムが鳴った。店内へ入って来たのは名前は知らないが近所の一般人だ。

 機密上、パトロールの時間はランダムなのだが自衛隊が店に立ち寄ったことは近所なら自動車の排気音や、ネットに公開されている駐車場に設置された定点カメラでもわかる。自衛隊がいる間はゾンビが襲って来ても撃退してくれるので今がチャンスと買い出しに現れる客が多いのだ。

 一般客は四人になった。二十代の男性が二人、六十代の男性、四十代の女性。一般客はガソリンが入手困難なので徒歩で来店する。皆食糧や弾薬を大量に買い込み、ある者はネットゲーム用のプリペイドカードを買い込み、またある者は通販サイトのコンビニ受け取りの荷物を受け取り、どこかのスーパーから拝借してきたのであろうショッピングカートに荷物を積んで帰っていった。彼らがコンビニから立ち去るのを見届けてから隊員もパジェロに乗り込んで去って行き、再び静寂が駐車場に訪れた。

 しばらくすると、一羽のカラスがどこからか駐車場へ飛んできた。カラスは店内をじっと見つめた後、駐車場の隅に積み上げられた屍体の方へ飛んで行き、腐肉をついばみはじめた。






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