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ゾンビニ! 一話

 原田聡はあくびをかみ殺すことなく大口を開けながら床のモップがけの手を止めてレジの後ろの壁掛け時計を見た。二時四十分。スカスカの雑誌棚の後ろの鉄線の入った強化ガラスから暗い外を見る。大阪市内から和歌山市へ大阪湾沿いに南北に伸びる湾岸道路沿いなので大型トラックも停車できる広大な駐車場だが車の姿はない。「ファミリーマーケット」「酒・たばこ」の看板の明りに照らされたゾンビが一体、ふらふらと駐車場の向こう側の歩道を南へ歩いていくのが見えた。目の焦点を外からガラスに映る自分に合わせる。丸刈りがスポーツ刈りになりつつある、そろそろ誰かにバリカンで刈ってもらわないと。それに無精髭も少し伸びている。十二時間勤務はつらいが、残業代と深夜危険手当がおいしいのでオーナーに頼んで深夜シフト中心で働かせてもらっている。

「劉さーん、そろそろ搬入のトラックがくる時間ですよ」と、レジの奥のパイプ椅子で仮眠を取っていた中国からの留学生、劉禎に声をかけた。通っていた大学が休校中なので元留学生になるのかな?

「あい、準備するヨ」といって坊主頭をボリボリとかきながらのそっと立ち上がってカウンターの下から散弾銃を二丁取り出してカウンターから出てきて、一丁を聡に手渡した。

 聡は弾丸が装填されているのを確認して、「行こうか」と言って自動ドアの前に立つ。名札に埋め込まれたIDチップに上方のセンサーが反応してピッと鳴ってドアが開いた。

 外に出て薄暗い駐車場でとりあえず伸びをする。光源は月明かりとコンビニから漏れる明かり、看板の光だけだ。生ぬるい風が道路の向こう側の大阪湾から磯の香りと死臭を運んでくる。劉さんは太極拳の套路を練習している。彼は小さい頃から中国拳法を習っていて大会でもいい成績を残していたそうだ。聡も簡単な套路を教えてもらったが、今の所使う機会はやってこない。聡もなまった体をほぐすため、うろ覚えのラジオ体操をしながら搬入のトラックが来るのを待った。

 ほどなくして遠くからトラックの音が響いてきた。二人は運動を止め、散弾銃をかまえて道路の方へと歩き出した。

 車体全体が白色と緑のツートンカラーに塗られ、横面に「ファミリーマーケット」のロゴがデカデカと入った大型トラックが、湾岸街道の北側からやってきて、「左へ曲がります。注意してください」という女性の合成音声と、ピピーピピーと警告音を鳴らしながら駐車場へ入ってきた。曲がる際に、茶色い汚れがこびりついた、まるでラッセル車のような巨大なバンパーでゾンビを弾き飛ばした。

 トラックに導かれるように後ろをよろよろと走って追いかけてきた三体ほどのゾンビを、聡と劉の二人は銃で撃ち倒し、トラックに吹っ飛ばされたゾンビが二人に向かって近くまで這い進んできていたので、聡は冷静にゾンビの頭部を撃ち抜いた。

「よお、お疲れさん」トラックを店の近くに停止させ、運転席から二人に声をかけながら、コンビニの制服を着た、まるでレスラーのような固肥りの中年男性が降りてきた。

「おはようございます、豪さん」聡はショットガンを掲げて挨拶をした。運転手の名は坂上豪。自衛隊からの出向だそうだ。

「また、掃除がメンドくさいね」動かなくなった屍を見下ろして劉はため息をついた。

「ゾンビどもは熱源や動くものによく反応するんだ、しょうがねえ。それに掃除は昼勤の仕事だろう?」

「今日のボクのシフトは昼十二時までなんです」劉は肩をすくめて嘆いた。

 残念ながらゲームのように死体は消滅してくれない。店の周辺に放置しておくと腐臭が酷いし、死体が積み重なってくると車が入って来られなくなってしまう。必然的に後処理をしなければならないのだが、マニュアルでは清掃の際には一人が見張り役、二人が清掃役の三人一組で必ず行動する事と定められ、また、ゾンビの活動が活発な夜間は掃除そのものが禁止されている。もし夜間に掃除をしている時にゾンビに襲われて怪我をしても労災が下りないのだ。まあ労災以前に自分もゾンビになってしまうのだが。

 聡と劉はトラックから荷物を降ろす豪をガードするように周囲を警戒する。これもマニュアルに従った動きだ。商品搬入時は必ず二人一組で搬入者をガードする事。深夜の一人勤務は危険だし、発覚すると営業停止だ。好きこのんでゾンビがウジャウジャいる地域で働く物好きを確保するのは容易ではないので、安全マニュアルは厳守だ。クオリティーの低い店員は粗方淘汰されてしまったので、周辺のファミリーマーケットは統廃合を繰り返し、泉州地方では三ヶ所に減ってしまった。これではライバルのセブンスヘブンに負けてしまう。

 豪は食料品が積まれたパレット、ビニールで梱包された新聞や書籍、コンビニ受け取りの宅配便の荷物などを次々と下ろして店内へ運ぶ。五分ほどで搬入を終え、伝票を聡に渡した。

「どうですか、何か変わったことはありますか」聡は豪に尋ねてみた。

「そうさなあ、こっちには関係ないが奈良の方で大規模な掃討戦が始まるって噂だな。あっちは大阪や兵庫ほど住宅が立て込んでないから試験的に対ゲリラ用の草の根ローラー戦略を試してみるんだと」

「面倒くさいっすね、爆撃でもしたほうが手っ取り早いのに」

「それも散々言われているけどな、核を使えとか。やっぱり自国を焦土にするのは気が引けるし、東に避難した人間もたまらんだろう。それに、爆撃で解決するならいいんだが、まだゾンビ発生の原因もわかってないんだ。一掃してもまた湧き出してきたら意味ないだろ?」

「原爆落としたら敵が降伏してくれるってもんでもないですしね」

「あと、配送スタッフに補充が入ってくるって」本来は配送のトラックも二人一組が基本なのだが、先日、配達途中に襲われている人を見つけ、それを助けようとした豪の相方は殉職したのだ。

「自衛隊の人ですか?」

「いや、一般人だそうだ、今研修中でもうすぐ配属になる予定だ。あ、そろそろ次の店舗に行かなきゃならんから、またな」豪は腕時計を見やり、トラックに乗り込んでエンジンをスタートさせ、街道を南へと去っていった。残された二人は店内へ戻った。

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