ギルド新聞社の内情
「社長! 投書がすごいことになってますよ!」
ギルド新聞社内の社長室に大きな声が響いた。
社長室の机には、十列分の苦情の手紙がびっしりと積み上げられている。
社長のタチは、その手紙から目を背けるかのように窓を見ていた。
右腕のフルヤが早口でまくし立てる。
「すべて、わが社の新聞の苦情です。ただの洞窟の評価がおかしいという内容で、中には脅すものもあります。購読者の数も右肩下がりで」
ここ最近、さらに10パーセント近くも購読者が減った。
ギルド新聞社の社長タチは、背を向けていた。
いらいらしたように片足を揺すっている。
フルヤは長年支えてくれている有能な部下だ
編集局長を務めていて、次期社長候補と目されている若き才能。
誠実がモットーで信頼できる部下だが、こういうときは耳障りな意見をずけずけと言ってくる。
「確かにただの洞窟は今までクソでした。ずっとクソでもありました。でも、変わったんですよ。いい加減、ただの洞窟の評価を見直したほうが良い時期にきたんじゃないんですか?」
有能な部下ほど、耳の痛い意見を言ってくることが多い。
そして、それは耳が痛ければ痛いほど、図星だったりする。
無能な部下ほど耳触りの良い嘘を並べ立てるものだ。
どちらの意見を取り入れるかで社運すら変わるわけで、有能な人材の意見を聞くことが経営者の務めでもあるが。
「お前は、クビだ!」
社長のタチは、きっぱりと言った。
フルヤは信じられないという様子で聞き返してくる。
「えっ?」
「お前は」
「ちょっと社長待ってください。社のためにも、ですね」
聞くわけにはいかなかった。
「お前はクビだ!」
社長のタチは経営者として最悪の判断を当たり前のように下す。
彼の頭の中にあったのは。
もしも、ただの洞窟の評価を上げたら水晶にとられた映像をズケに暴露されてしまう。
賄賂を受け取っていた決定的証拠だ。
そんなことになったら社長の地位が終わってしまう。
どれだけ出世するのに時間が掛かったか。
何より、そんなことを水晶で暴露されたら、冒険者たちの凄まじい怒りを買うことになる。
冒険者など、所詮は荒くれもの風情の集まり。
自分のせいで命を落とした仲間がいるとわかったら、手が付けられるわけがなかった。
「お前はクビだ!」
経営において、有能な人材ほど大切なものはない。
人こそ、すべてと言っても過言ではない。
それを切って捨てるということは、経営がうまくいかなくなる可能性が高まるが。
タチは保身で、有能な部下を切ったのだ。
「見損ないましたよ」
フルヤはデスクの荷物をまとめて、周りに惜しまれながら出て行った。
ギルド新聞社内には、不信感が広まっていた。
それからというもの、不思議な現象がギルド新聞社内で増えるようになってきた。
最初はタチ愛用のヘアーブラシが消えた。
次に愛用品の高級ペンがポケットからなくなっていることに気づいた。
「へっ、落としたのかな」
タチは間抜けな声を出して、服のポケットを触っていく。
次に仕事中にベルトがなくなっていることに気づいた。
「ベルト……トイレで付け忘れたのか?」
社長室に戻ると、なぜか消えていた愛用の高級ペンがデスクの上にあることに気づいた。
ペン自身が起立していた。
突然、ペンがお辞儀すると、タンタタンタンとステップを踏み始めた。
誰かが何らかの魔法を使ったのだろう。
いつでも見ているぞ、と言わんばかりのペンの奇妙なダンスだった。
「これは……」
いよいよ、本格的にまずいことになっていた。
タチは社長室のドアノブを握りながら、へなへなとしたようにその場に座り込む。
顔をゆがめてから、次に意を決したようにきりっと眉をあげて。
「脅しに屈するかー!」
デスクのものをすべて腕で払い飛ばして、ペンを弾き飛ばした。
「何年かけて、たたき上げで社長に上りつめたと思ってるんだ!」
新聞社の社長。
脅しなど慣れたものだと言わんばかりだった。
実際には、単にズケに水晶の中身を暴露されたくなかっただけである。
あれは決定的証拠で、こちらは証拠なしの問題でしかないと考えたのである。
普通に脅しに屈していた。
しかし、そうだとしても。
「護衛を倍に増やせ!」
タチは部下に素早く指示を出した。
粘りに粘られたら、伝崎がゾンビ化してしまうことに違いなかった。
王国歴198年3月11日。
伝崎のゾンビ化まで、あと54日。