表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
96/119

キキの課題(壁)がはっきりする

「ゴーレム一体か……」


 伝崎は上半身をななめに切り落とされたゴーレムの顔に手を置いていた。

 そのゴーレムの目には、本来あるはずの黄色い光がなかった。

 真っ黒な空洞だけになっており、死んでしまったのだろう。


 短い間だったが、仲間として頑張ってくれた。


 伝崎は目を閉ざすようにして、そのゴーレムの顔をなでた。

 キキが心配そうにこちらを見ていた。

 おずおずと近づいてくると、彼女はゴーレムの頭をなでて、「ありがとう、ゴーちゃん」とだけ言った。

 知らないうちに名前を付けていたのだろう。 

 キキは悲しそうな顔をしたかと思うと、次に目を強く閉じて悔しそうな顔になった。


 他のゴーレム二体は全身を凍らされていたが、リリンが初歩的な魔法で作り出した光玉をあてている。

 その熱源で次第に氷が溶かされていき、固い岩の表面がむき出しになってきた。

 ゴーレム一体は全身の氷を強引に砕き、両手を振り下ろした。

 ただの洞窟全体が揺れた。

 二体とも目から黄色い光を放っており、生きているようだった。


 サムライパーティ戦の被害は、ゴーレム一体。


 伝崎は澄んだ眼つきでただの洞窟の現状を分析する。

 軍曹が中上級パーティの強戦士を圧倒できないまでも、タイマンを張って止めていたのは感慨深い光景だった。

 はからずも彼はゾンビの成り上がりに過ぎないのである。

 ラッキーパンチではなく、実力で戦えるようになってきたのだ。

 将来有望すぎる。


 確かにキキの個人戦闘能力は上がってきている。

 そのおかげで、サムライを雷魔法で足止めできた。

 それは本当にナイスだった。このまま強くなれば個人ですごい力になるだろう。


 だが、まだゴーレム部隊をちゃんと指揮できていない。

 命令を下して効果的に動かしているというよりは、盾になってもらっているだけだ。

 ゴーレム自体がとても優秀なモンスターで、120万Gもする。

 値切れば、もちろんそれよりも安くなるが。

 最上級のモンスターなのだから、ちゃんと指揮して育てていけばより強くなる。


 ゴーレムの基礎ステータスLV1

 筋力B-

 耐久B+

 器用G

 敏捷D

 知力E

 魔力D

 魅力E


 彼女がゴーレムを生かせるようになるかが、いわゆるひとつの課題だと見えてきた。

 ゴーレムといういわば、この洞窟の中核を成すであろうモンスターをいかにして生かすのか。

 まさにキキの部隊は、この洞窟のアキレスになるだろう。

 彼女の指揮にかかっている。


 経営者の視点で考えれば、ゴーレムの指揮官を賢い小悪魔リリンに変えるということも考えられるだろう。

 より、指揮がうまい人間に扱わせるという選択肢もある。

 あるいは、ここでより何らかの指示を与えるという選択肢もある。


 だが、伝崎は黙っていた。

 両腕を組んで何も言わずに、キキがどうするかを見つめていた。


 キキは本当に残念そうに、今も動かないゴーレムの傍らで膝をついていた。

 悔しそうに地面を何度も小さく叩きながら。


 妖精のオッサンが肩の上で立ち上がって聞いてくる。


「お前さん、なんでサムライを逃したんだぁ?」


 妖精のオッサンの言いたいことはよくわかった。

 あのサムライを倒せば良い装備を手に入れることもできたし、倒すチャンスは充分にあったと言いたいのだろう。

 にもかかわらず、なぜ見逃したのか理解できないというのだろう。


 伝崎は両腕を組んだまま。


「宣伝だ」


 とだけ言った。


 妖精のオッサンは首をかしげて。


「宣伝って、あいつらにただの洞窟のことを知らしめてほしいってかぁ? すでに十分宣伝できているんじゃないかぁ」


「まぁな」


「どうも、おいさんは納得できねぇんだよなぁ。温情かけてるようにしか見えねぇっていうか」


 伝崎は黙っていた。静かな表情で。

 妖精のオッサンは渋い顔でこう思う。


(おいさんは確信したよぉ。お前さんは変わり始めているんだよぉ。自分でも気づかないレベルでなぁ)


 それがこれからただの洞窟にどんな影響を与えるのか。

 誰も想像だにできなかった。

 妖精のオッサンには、それがいつか伝崎自身の致命傷になるように思えて仕方がなかったが、うまく理由を言葉にできず、説明しても変えられないような運命のような気がして、それ以上何も言うことができなかった。


 今、経営者としての決断に迫られている。

 ただの洞窟にゴーレムを補充するか、あるいはもっと別の強化をするか。

 微妙な戦力バランスで成り立っているただの洞窟において、中上級パーティとはぎりぎりの戦闘内容が多かったが。


「このまま続行だ」


 伝崎は人差し指を前に突き出して宣言した。




 3月7日。

 1パーティ目。上級騎士LV47、重中戦士LV49、司教LV55、水中魔術師LV51。

 2パーティ目。サムライLV58。強戦士LV50。強戦士LV54。氷中魔術師LV55。

 3パーティ目。傭兵LV52。強戦士LV51。上神官LV54。雷中魔術師LV56。

 4パーティ目。斧中戦士LV55。荒野武士LV52。遊び人LV50。踊り師LV57。


 3月8日。

 1パーティ目。槍中戦士LV47、黒騎士LV58、正僧侶LV55、中弓士LV47。

 2パーティ目。村長LV59。武道家LV56。強戦士LV54。氷中魔術師LV55。

 3パーティ目。傭兵LV53。傭兵LV52。重中戦士LV54。白魔中道士LV55。

 4パーティ目。サムライLV52。サムライLV51。サムライLV54。忍LV45。



 3月9日。

 1パーティ目。傭兵LV49、上級騎士LV53、正僧侶LV55、黒魔中道士LV51。

 2パーティ目。強戦士LV52。荒野武士LV55。荒野武士LV54。司教LV55。

 3パーティ目。斧中戦士LV58。強戦士LV55。中忍LV61。ダンジョン案内人LV58。

 4パーティ目。境剣士LV58。強戦士LV50。遊び人LV54。魔物師LV60。

 5パーティ目。傭兵LV58。傭兵LV57。騎馬兵LV58。牙指揮官LV59。



 伝崎は拳を握って叫ぶ。


「うおおおお、この調子だ!」


 サムライパーティ戦を乗り切ったことで、中上級パーティと戦えることが判明。

 勝って勝って、勝ちまくって、すごい利益が出始める。


 財宝額が跳ね上がる。

 わずか3日で13パーティを倒して、2681万Gの収益があった。

 被害はぎりぎりのところをうまくやりくりして、出なかった。

 大金を使って行った強化が効いていた。


 伝崎は、期待の星であるキキの様子に注目していた。

 キキは十分に活躍していた。

 弱点持ち相手にライジングを喰らわせると一発で倒せたが。

 ほとんどの場合は一発喰らったぐらいだと、また立ち上がって襲ってきた。

 まだまだ耐久の高い戦士クラスだと、キキの魔力では二、三発のライジングを耐えられるようだった。

 また詠唱速度もまだまだで、次の詠唱が間に合わないことが多々あった。

 それでもライルルなどの足止めの雷魔法は役に立つことが多かった。


 財宝額が上がるにつれて、徐々に敵が強くなってきているのは確かだ。



 3月10日の4パーティ目の最後の戦闘で「それ」は起きた。

 4パーティ目。強戦士LV51。傭兵LV53。炎中魔術師LV59。司教LV57。


 パーティの中に炎中魔術師が混じっていた。


 伝崎が必死の形相で傭兵の胸にセシルズナイフを突き立てている。

 足元には矢がいくつも突き立った強戦士の死体が転がっていたが。


 後方の炎中魔術師が両手を前に出して、詠唱を終えようとしている。

 両腕に炎がぐるりと渦巻いて、まるで発射準備をする砲台のようになる。


「やれ! キキ」


 伝崎がそう声を上げるが。

 しかし。

 その声に対する応えはなく、とっさに振り返ると。


 キキがゴーレムの側で、腰を抜かしたようになっていた。

 両手は天井に向けられて、唇はぱくぱくと動くだけで何も唱えていない。

 まるで泡を吹くかのようになって、その場で動けなくなっているのだ。

 彼女の瞳には炎がめらめらと浮かび上がっているだけだ。


「おらっ!」


 炎中魔術師の両手から出た業火のような炎が、ゴーレムの頭をぶち抜いた。

 まるでビームのような攻撃だった。

 伝崎はすぐに前に転がって、次の詠唱を始めようとしていた炎中魔術師に攻めかかった。



 戦闘後、伝崎は乱れた服を整えながら、ただの洞窟を歩いていく。

 なんとかさっきのパーティを倒すことができたが。


 キキが苦しそうな顔をしている。

 彼女の側には頭だけが破壊されたゴーレムの胴体が膝をつくようにしてあった。

 二体目のゴーレムが破壊されてしまった。残るは一体になってしまった。

 破壊されたゴーレムの胴体をなでながら、キキは悲しそうに「グーちゃん」というのであった。


 またもや、彼女は部下を失った。


 しかも、今回は彼女の不手際が原因だった。

 攻撃を加えて足止めしないといけない場面で、彼女は腰を抜かしてしまっていた。


 そういえば、と伝崎は思う。


(前も炎魔法を使えるやつが来たら、動けなくなってたな)


 そのときに彼女をかばって、背中を思い切り焼かれたから覚えている。

 まだ、戦闘に慣れてないから、腰を抜かしていたのかもしれないと思っていたが。

 今回の戦闘でわかったことがある。


 ――キキは、火が怖いらしい。


 炎中魔術師が来るまでは、ちゃんと働いてくれていた。

 ところが、炎中魔術師が来た途端、その炎を見たときに動けなくなっていた。

 前もそうだった。

 おそらくだが、彼女の顔の火傷の痕と何か関係があるのだろう。

 トラウマみたいなものがあるのかもしれない。


「伝崎ぃ、リーダーとしてやらないといけないことがあるんじゃないかぁ?」


 妖精のオッサンが肩の上で、落ち込むキキを見つめながら言うのであった。


 ミスをした部下がいたとしよう。

 どういう言葉をかけるべきなのか。

 叱咤してやるべきか。それともより具体案を冷静に述べて、次々と反省点を上げるべきだろうか。

 リーダーとして、どういう態度が理想的なのか。


 それ次第で部下の成長が決まり、経営の行く先が決まるわけで。

 何事も部下ごとに柔軟に対応しなければならないが、今回の場合は。


 キキはぐすんぐすんと涙ぐみながら、声をこらえている。

 今にもわめいてしまいそうなぐらい悲しそうなのに、小さな肩を震わせて声を出さないように我慢しているのである。

 ゴーレムの体をなでながら、ただこらえていた。


 伝崎は顔の前に右手の平をあげて。


「次、頑張ればいいんだよ……大丈夫だ」


 仏顔で言うのであった。

 右手の平を前に出す、いわゆる仏のようなポーズを取っていた。

 特に何も教えることなく、そう言うだけだった。


 みんな、まぶしくて、ひるんだ。


 妖精のオッサンは不安を感じ始めて言う。


「おいぃ、さすがにそこは上司としてしっかり締めないとだめなところだろぉ。おいさんでもわかるぞぉ」


「大丈夫。大丈夫。いいからな、キキ」


 伝崎は、泣きそうなキキの背中をさすっていた。

 優しい上司と化していた。


「何もミスしたくてしてるわけじゃないからな。いいんだよ」


 伝崎は当然のごとく擁護するのであった。




 3月10日のすべての戦闘を終えた時点で。

 ただの洞窟の財宝額ともいえる所持金が跳ね上がっていた。


 所持金は2055万4255Gから、5547万5771Gになった。


 3月9日までに2681万Gを稼ぎ出し、さらに3月10日の811万G近くの収益を合わせて、これだけの所持金になった。

 期待以上を積み重ね、中上級パーティを倒すことで収益が爆発的に上がっていた。

 ゴーレム二体という損害を差し引いたとしても、大いなる黒字だったのである。


 妖精のオッサンには、わからなかった。

 伝崎の上司としての態度は計算によってなのか、心からの優しさか。


 それとも油断ゆえなのか。



 王国歴3月10日。

 伝崎のゾンビ化まで、あと55日。


次話は今までの冒険者を倒したことによる軍曹や人材の成長と可能性などを描きます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ