マホトは死んだはず
「ドドンダ、今日は回復薬をちゃんと用意しといてくれ」
マホトは、はっとしたような顔をしてから、そう言った。
かなり真剣な顔立ちで、そう提案したのである。
朝の酒場は本当に人が少なかった。
ドドンダは野太い声で甲羅の中身を見ながら言う。
「お前がそういうのはすげぇ珍しいことだなぁー」
頼む、という感じでマホトは片手を上げた。
次に振り向き直って、テーブルの片隅で髪の毛をいじっていたもう一人のパーティメンバーのすんのに向かって言う。
「すんの、お前のその手袋って確か詠唱速度を上げるんだよな。1,2倍にするんだっけ?」
彼女の手には白い手袋がった。
ハートマークの装飾があり、その周りが金色に輝いているようにも見えた。
マジックパンタクル(321万G)だった。
すんのは暇そうに髪の毛をくるんと指に巻きながら言う。
「そうだけどー、これなら中級魔法もおちゃのこさいさいって感じかな」
「それでもな。ただの洞窟の入り口に入ったら、詠唱を最初の時点で開始してくれ」
「なんで? やだよ。無駄打ち」
すんのは、露骨に嫌そうな顔をする。
マホトは顔を近づけて。
「頼むからさ。お前が使えるありったけ一番威力が高い氷魔法を唱えてくれよ。足止めするやつ。今晩の飯おごるからさ」
マホトがコップをテーブルの中央に置いて。
すんのは目を輝かせると聞き返す。
「え、この酒場の一番高い酒くれんの?」
そんなこと一言も言ってないが。
こういう場合はどうしたらいいかわかっている。
マホトはニカっと笑って調子よさげに言う。
「やるやる」
「仕方ないなっ」
マホトは机に酒瓶をぽんと軽快に置くと、背を向けて。
「オレはちょっと、小太刀を取って来るわ」
モフンも立ち上がって追いすがるように両手を広げて。
「なんでだ? お前がそんな入れ込むほどのことかよ。確か倉庫のって、刃こぼれ起こしたくないから使ってなかった名刀中の名刀だろ?」
「あっ!?」
マホトは眉をつり上げて、切れそうになりながらにらみつける。
ぎりぎりと刀の柄に手をかけて握り込んでいた。
冷たくも攻撃的なアウラがじわりと放たれていく。
「わかんなかったのか? あいつ、すげぇアウラ放ってたぜ」
「雑魚だって。あいつのほうこそ、こっちにびびってたんだろ? 一日そこらでなんか変わるのか? どうせ、逃げる時間が欲しかっただけだから」
「まぁ、とにかく俺がリーダーだから従えや」
「ああ、はいはい。こうなったら聞かないんだからな」
モフンはあきれたように両手を開いて首を振りつつも、どこか信頼しているようだった。
マホトは感じていた。
どう考えても、あいつは今までの何かと違う。
強いやつとやり合ってきたから、わかる。
――ぜってぇ、何かある。
マホトはそのまま早足で店を出て行った。
ドドンダがひげを触りながら言う。
黒服の男を思い浮かべて。
「そういや、あいつどっかで見たことあるなぁ?」
毎年、竜覇祭を観戦している彼にとって、記憶力が多少低くとも印象的なものだったが。
「いや、気のせいかな」
やはり、細かいことを気にせずに忘れる。
その悠々とした性格では思い出せなかった。
自宅裏の倉庫の中に入って、マホトは中をちらちらと見ていた。
「あれ、この辺りにあったはずなんだけど」
探しても探しても、小太刀『カンザキハンマー』(453万Gのレアアイテム)が見当たらない。
あらゆる刀はその性質上、刃こぼれを起こしやすいという問題を抱えていた。
引けば驚くぐらいに切れるが、ものにぶつかる形で当たると簡単に刃こぼれを起こしてしまう。
ある奇特な鍛冶師カンザキが出したアイディアは、もはや打撃武器として使える不思議な刀を作ることだった。
カンザキハンマーは叩いても特殊効果で切れるし、引いても切れるという優れものではあった。
だが、これはこれで癖が半端なく強く、使い手の技量があればこそ使える代物だった。
使い方を誤ると、刃こぼれを起こしやすかったのである。
刃先がハンマーの形状と同じく、両方に出っ張っていたからだ。
結局、あんまり当初の目的を達成できていない。
が、どんな接近戦でも対応できるところがマホトに愛されていた。
それが今、見つからないのである。
「どこいったんだ。おら」
穴を掘るかのように、物をがしがしと左右にかき分けていく。
ぱっと目に入ってきたのは、奇妙な光景だった。
なぜか倉庫の片隅に、見たこともない『階段』ができていた。
「こんなとこに、こんなのあったっけ?」
マホトは不思議そうにその階段を降りていくと、数段で地下に辿り着いた。
カンザキハンマーの小太刀が見えた。
だが、その中間地点に、マグマがぐつぐつと燃え盛る風呂があった。
その風呂の向こう側に、これみよがしに立てかけられていた。
「嘘だろ……」
手に持っていたつまようじを落とした。
床はつるつるとして、異様なほど滑りやすかった。
つるつると滑って、つまようじが弾けるように転がって地面で踊っている。
もう一度、つまようじを持ち上げて見てみる。
マホトは頬に両手を当てて、唖然としていた。
ぴこんと思いついたように、倉庫にあった小さなイスを持ってくる。
そのイスに乗って渡ろうとするが、ダンジョンの床がすごい滑って、こけてしまう。
マホトはそのマグマの中に落ちてしまった。
「……」
じゅーという音を立てながら、マホトの姿はマグマの中に溶けていった。
次の瞬間、マホトは滑稽な感じで刀を切り上げながら、なぜか倉庫の側に立っていた。
今度はホウキを手に持ってきて、地下に降りるとそれで取ろうとするが
マグマ風呂の上をホウキが通ろうとすると、マグマの熱さで燃え上がって折れてしまった。
「だめだこりゃ……」
今度は、もっと違うやり方を考えた。
マホトは壁に背中を張りつけながら、マグマ風呂のへりを絶妙なバランス感覚で進む。
じりじりと、剣士特有の優れた立ち方で歩を進めていくが。
やはり足が滑って、マグマの中に吸い込まれるように落ちてしまう。
マグマの中に沈みながら、親指を立てていた。
じゅーという音を立てて、マホトの姿がマグマの中に溶けていく。
このマグマ風呂の罠を仕掛けたのは、マホトの元恋人シーナだった。
金髪の幸薄そうな、ほとんど眉毛がないシーナが目を何度もぱちくりとさせていた。
「なんで? なんでなの……??」
倉庫の裏でその一部始終を見て驚きを隠せずにいた。
マホトは当たり前のように片手を上げながら酒場に戻って来る。
「ああ、ちょい遅れて、わりぃ」
マホトは何事もなかったかのようにカンザキハンマーを手に持っていた。
おお、遅いだろ、とかモフンや他のパーティメンバーが待ちくたびれたかのように立ち上がって言っている。
マホトパーティ一行は会計を済ませると、王都の酒場から出て、ただの洞窟に向かっていく。
酒場の路地裏で、二人の女子を前に元恋人シーナは声を荒げる。
「だから、私は言いたいの! マホトはあのマグマ風呂で死んだはずなんだって!」
なぜ、マホトが生きているのか。
謎だった。