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サムライの天才性

 サムライLV58。強戦士LV50。強戦士LV54。氷中魔術師LV55。


 サムライパーティ一行は、酒場にいた。


「なぁ、モフン」


 サムライのマホトは、朝から一杯ひっかけていた。

 硬派な東洋の酒が入ったビンを片手に。

 ちょっと酔ってるぐらいのほうが血色良くなって動きも良くなる、というのがマホトの口癖だった。


「なぁ」


 マホトがそう繰り返し話しかけると、モフンが長方形の四角いソードを手入れしつつ聞き返してくる。


「なに?」


「あいつ、今日もいると思うか? 昨日のダンジョンマスターさ」


 マホトは片肘を机につきながらそう言うと、モフンが首を振って否定する。


「いないって。だってさ、昨日金を積んで去ってくれて言ってたやつだぜ。今日行ったところで、ダンジョンはすっからかんだろ?」


 マホトは黙っていた。机のさかなを見つめながら。

 モフンはソードの手入れに使っている布が凍っていくと、それをぱきりと砕いて続きを言う。


「なんでお前は見逃したの?」


 モフンは、わかっている。

 マホトは情とか義理とかそういうのが好きな人間で。


「まぁー、なんつーか倒しても仕方ねぇって思ったからかな」


 マホトはごまかすのが下手な喋り方で後頭部をかいてそう言った。

 モフンはわざとらしく聞く。


「おかげで、逃げられたと思うな」


 マホトは酒瓶を机に置くと、姿勢を正して。


「賭けるか?」


「賭けてもいい。今晩のケポの実ジュース」


 モフンはポケットから金貨を取り出すと、それを机の上に軽く置いた。

 そうしたら、マホトがにやりと笑って言うのだ。


「俺はあいつが『いる』に100万Gかけるね」


「はっ、まじで?」


「あいつはいるよ」


「いやいや、いないって。行く意味すらないぞ」


 マホトはあの黒服の男の顔を思い出す。

 頬に冷や汗をたらしながらも、肝の据わった立ち振る舞いで乗り切ろうとする様を。

 あいつの放っていた墨のようなアウラを。


 ――あれは一体。


 マホトは、ぽつりと。


「心折れてるって顔してなかったからさ」


 明らかに何かがある。あの洞窟もそうだ。

 奇妙すぎるあのダンジョンマスターといい。

 あのアウラもそう。

 違和感バリバリで気になって仕方がない。


 それでも、必死こいて仲間を守ろうとするあの真剣な目だけは同じ感覚の持ち主だと思わせた。


 行かない、という選択について考える。


 行かなかったら、どうなるだろう。

 悔いなく、これからも生きていけるだろうか。

 気にならずにいられるだろうか。


 ――いいや。


 マホトは、黙って酒場の窓を見上げる。赤塗りの窓枠の向こう側に見える青空を。

 いつかの心残りを思い起こして、脈略なく言うのだ。


「決闘に遅れるのだけはもう嫌だからな……」


 行かない、という選択肢はなかった。




 城のように巨大なる道場で。

 背を丸めた小人のような爺さんが杖を片手に甲高い声で言う。


「マホトはなぁ、わしの弟子の中では三番目ぐらいの天才じゃな」


 その小さい爺さんは、マホトの師匠だった。

 道場の中央には、小さな家ぐらいのサイズの真っ二つに割れた岩があった。

 ホウキ石と呼ばれていた。


 白帯を付けた万年うまくならなそうな大きな少年が聞き返す。


「マホト先輩が三番目? また、微妙ですね」


「10万人の弟子をとって三番目じゃぞ」


 白帯の少年は膝を爺さんに近づけて、もっと話を聞きたそうに言う。


「天才じゃないですか。マホト先輩はどんな弟子だったんですか?」


「それはある二人の運命的な出会いと決闘の経緯を話せばわかるのう」


 まるで昔々の簡単な童話のように爺さんは話し始める。


 マホトとコジロウは運命の出会いを果たす。

 二人は近所同士だった。ただそれだけだった。


 コジロウは近所に住む剣術一家に生まれた。

 マホトは農家に生まれて近場の道場を覗き見る子供だった。


 マホトはコジロウに何度も何度も挑み続けては、まだ剣術を習い始めていないから「三年後まで待て」と言われた。


 二人は五歳だった。

 マホトは、ひたすらホウキで素振りを続けた。

 三年後の決闘を目指して。


「こじろおおおおお」


 晴れの日も、すごい晴れの日も、青天の日も鍛錬し続けた。


「ちょ、さすがに今日はナシ」


 雨の日は休んだ。


「なんか気が向かねぇんだよな」


 曇りの日もだいたい休んだ。


 三年後、コジロウに挑める日になった。

 決闘の日も、結構な曇りだった。

 半日近く待たせた挙句に気乗りしない感じで向かった。


 寝坊である。

 その間に、コジロウは引っ越していたらしい。


「どこ行ったんだよ、こじろぉおおおおお」


 ホウキの素振りをそれからも続けた。


「こじろおお、いつまでも貴様の帰りを待ってるぞ」


 マホトは、待ち続けた。


「くっそ、引っ越しやがって。こじろおおぉお。貴様が帰ってくる日までこの棒を振り続ける!」


 それでも雨の日は練習を必ず休んだ。

 コジロウを待って、10年の歳月が経っていた。


 師匠の爺さんは、しみじみと言う。


「その結果、やつはホウキで岩を斬れるようになりよった」


 爺さんは道場中央の大きなホウキ石を指差した。

 人の背丈の何倍もあり、ずいぶんと固そうな灰色の岩だった。

 それは爺さんが斬ったものではなく、マホトが斬ったものだった。


「ホウキでその岩を??」


「ホウキでじゃ」


「だいぶ休むようなその練習でですか?」


 白帯の少年は驚きを隠せない。

 師匠の爺さんは甲高い声で言う。


「だからのう、やつは天才なのじゃ」


 あんまり練習しなくても、すごい腕前になる。

 それが才能あるやつの典型だった。


「あいつはわしの秘中の剣もそんな感じの練習で体得しよった」


 その師匠の奇妙な剣技については、弟子といえども理解できないことが多かった。

 曰く「相ヌケ」と呼ばれていた。


 ちなみにコジロウとの決闘は10年経っても実現しなかった。

 だから、マホトは冒険に出たのである。

 剣と剣を心から競い合える好敵手を求めて。


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