小悪魔リリンの珍しいお願い
「伝崎様」
小悪魔リリンが両手をぱっと広げて、歩み寄ってくる。
「ぎゅっとしてくださいデス……デス」
ただの洞窟の前で、一休憩中だった伝崎は振り返る。
戸惑いながら。
珍しいお願いだなと思った。
「あ、ああ、いいけど、減るもんじゃないし」
小悪魔リリンは万歳する。
「わーい、デス」
伝崎が両腕を開くと、すっぽりと小悪魔リリンが収まってくる。
それでぎこちない感じで、両腕の中に包み込んだ。
リリンの顔が丁度、自分の腹ぐらいに収まる。
やけに小さい体だなって思った。
ピンク色の髪から出ている小さな角も、後ろにあるツルツルとしたコウモリみたいな翼も、改めて見るとなんだか全部が全部不思議だ。
異世界に来ているんだなと改めて実感する。
回した手で翼を触ると、水気を帯びているみたいな滑らかな手触り。
身体全体がとても悪魔らしく冷たかった。
「くふふ……くすぐったいデス」
可愛いやつだなと思った。
リリン。
今までめちゃくちゃ協力してくれて、何から何まで助けになってくれている。
留守だって任せたら、充分以上の仕事をしてくれるし。
どれだけ恩に着ても着れないぐらいに、感謝している。
大切な、部下。
いいや、仲間だ。
自然にそう思えるぐらいに、リリンに対しては信頼が湧いている。
リリンは、くりくりとした金色の瞳でこちらを見上げてくる。
その金色の瞳には、綺麗な星型の光が浮かび上がっている。
頬はちょっとだけ紅潮しているようにも見えた。
伝崎は、その頬を触って真顔で言う。
「ちょっと熱があるようだけど」
リリンは恥ずかしそうに顔をそらして。
伝崎は、真剣に見つめながら聞く。
「風邪か?」
リリンはドテっと腕の中でずっこけそうになっている。
なんとか支えて、態勢を立て直させる。
「そんなの悪魔にないデス」
リリンは首を小さく振ってから、またぽっと赤くなったように顔をうずめる。
「ああ、それならいいんだけど」
伝崎は空を見上げたり、きょろきょろしながら彼女を両腕に包み込んでいた。
ずいぶんとゆっくりした時間だなと思った。
今まで、本当に追い詰められてきたから、こんなほのぼのとする時間も珍しい。
リリンが顔をあげて聞いてくる。
「伝崎様は、ずっとこの世界にいるデス?」
それは、と思ったけれどうまく言葉にできなかった。
そうだ。Aランクダンジョンにできれば、女魔王に元の世界に返してもらえる約束だった。
そんな基本的なことも忘れるぐらいに時間に追われていたなと思った。
「ずっといてくれるデスか?」
リリンは、確かめるようにもう一度聞いてくる。
ふと、伝崎は考える。
自分が元の世界の日本に戻ったら、このダンジョンはどうなるんだろう?と。
攻略されているようなイメージが一瞬だけ湧いて、首をとっさに振る。
しかし、一度湧いた疑問は消えず。
晴れてAランクダンジョンにできて元の世界に自分が帰れたとして。
その後、めちゃくちゃ強い冒険者が来たら?
絶対魔術師ヤナイや他のありえないぐらいに強い冒険者が来たらどうなるんだろうと。
リリンは。
軍曹は。
どうなるんだろうか?
ちらっと彼らが死んでいるような嫌なイメージが湧いて首を振る。
帰った後は、自分に関係ないことだと言えるか?
そういう奴らに勝てるぐらいにダンジョンを強くしておかないと。
だめだ。
伝崎は、がしがしとリリンのピンク色の頭髪をなでで。
「あー、心配すんな。大丈夫だ」
「ホントデス?」
「大丈夫」
きっと、そこに気持ちのすれ違いがあった。
話の流れでありありとわかった。
リリンは、ただ単に残ってほしいと思っているのかもしれない。
そうとわかっていたが。
自分がいなくても、大丈夫なダンジョンを作ることがせめてものお返しになると考えることにした。
リリンを両腕の中に抱きながら見下ろす。
小さい彼女。甘えるようにくっつき続ける。
(ホント、可愛いやつだな)
リリンや仲間たちがずっと生きていてほしいと素直に思う。
そんなことを純粋に感じている自分に、戸惑いを覚えてさえいた。
まだ、どうすれば、そんなダンジョンを作れるかの最終解答は自分の中にはなかった。
絶対魔術師ヤナイをどうにかできるダンジョンなんて今は想像がつかない。
だが、この先に答えがきっとある。
あるはずだ。
必ず答えが出てくるはずだ。
今は、目の前の問題を的確にクリアしていくしかなかった。
Dランクダンジョンにするという目標を達成することが先決だ。
そうでなければ、ゾンビ化されるんだから。
手はある。
あとは掛かってくれればいい。
伝崎は、いまだに腕の中ですりすりと顔を押し付けるリリンに。
「リリン、もうそろそろ離れてくれないか?」
「嫌デス」
妖精のオッサンは肩の上で、涙もろい中年オヤジみたいになぜか号泣していた。
家族の別れの場面を見ているかのように。