才能あふれるキキをどうやって覚醒させるか
「次々と、雷魔法を覚えていきますデス」
ただの洞窟の宝の山の後ろで。
獣人のキキがすごい勢いでノモンの黒魔術書の内容を習得していくようだ。
それを監督している小悪魔リリンは脱帽している様子だ。
・今日の朝までにキキが習得した雷魔法
ライ ちっさい電撃が出る。
ライノ ちっさい電撃が二つ出る。
ライジング 中くらいの電撃が出る。
ライルル 動きを止める輪っかの電撃が出る。
「もう、四つ覚えたのかよ」
まさに天才的だった。
魔法の怪物かよ、という習得スピードだった。
水を吸い上げるスポンジのような習得スピードだった。
与えるべきものは与えた。
伝崎は澄んだ瞳でキキの様子を見つめる。
彼女の頑張る後ろ姿を。
リリンが本を開いて、こうデスと読みながら教えると、キキがバチバチと手に電撃を起こしながら再現しようとしている。
徹夜したのだろう。
キキの目の下にはクマがすこしできているようにも見えた。
めっちゃ頑張る子。
確かにキキの成長は著しい。
まるで水を得た魚のように、ノモンの黒魔術書を与えてから一気に雷魔法を覚えていく。
植物が育つために必要な土壌が揃った。水を与えた。
確かにその成長というのは目を見張るが。
――まだ、覚醒じゃない。
伝崎にはわかる。
この一直線の成長を見ていくのは、とても楽しい。
楽しいものだが、人材というものはそれ以外の要素がいくらでもあるということを知っている。
まだ、彼女は壁を知らない。
あるいは、それが明確化されていないとも言える。
だからこそ、それがはっきりとしてきたときに本当のキキの覚醒が起こってくる。
必然性だ。
ぶつかったときに超えないといけなくなる必然性だ。
そのとき、キキがどうやって、さらに一段上にステップアップするか。
殻を破らせるかだ。
今、ここであえて厳しい言葉をかけたり、叱咤したり、尻に火をつけて追い詰めたり、褒めたり。
色んなリーダーシップ論があるだろう。
何をどうすれば、彼女が最高に育つのか。
土壌はある。
あと、必要なものは何なのか。
伝崎は両腕を組みながら、キキの後ろ姿を見つめている。
じっくりと見つめている。
それは何なのか。
キキは真面目な顔で、じりじりと指先に電撃を起こしながら魔法の練習をしている。
伝崎は、仏の顔になっていた。
右手のひらを前にかざして、慈悲の眼差しで半眼になっていた。
「よい、よい……」
妖精のオッサンは、見たこともない伝崎の表情に肩の上で腰を抜かしていた。
見守るだけでもう何も教えていなかった。
冒険者の質が向上したことで客数がしぼられて、ずいぶんと時間に余裕ができていた。
まだ早朝だが、1パーティ目は来ていなかった。
気づいたら妖精のオッサンが、いつの間にかポケットの中から抜け出していた。
そして、ただの洞窟の食糧保存庫に呼び出された。
いつにもなく、妖精のオッサンは真剣な顔で小さい氷の上に立ちながら切り出してくる。
「なぁ、ダンジョン経営は順調だけどなぁ。お前さん、このままだったら魔王にゾンビ化させられるんじゃねぇかぁ?」
伝崎はポケットに両手を突っ込みながら、目を丸々として聞き返す。
「ああ、その話?」
妖精のオッサンが背を向けて、氷の中をかき分けていく。
珍しい光景だ。
その小さい背を見せながら、オッサンは真面目に話すのだ。
「ズケとかいうダンジョンマスターにギルド新聞も操作されてるし、評価が全然あがっていかねぇだろぉ。冷静に考えるとそれって確実にDランクになれないから魔王の指令達成できないし、ゾンビ化確定じゃないかぁ」
どういう提案なのか、すぐに察した。
伝崎は片手をあげて。
「つまり、ギルド新聞に働きかけろと?」
妖精のオッサンはこちらを見ると、渋い顔になって。
「まぁなぁ、おいさんも大人の事情ってやつを知ってるからなぁ」
まるでマフィアのドンのような感じで、氷をイスにして腰かけながら言うのだ。
伝崎は、ふっと失笑してから、首を小さく振って。
「賄賂を賄賂で打ち消すとか、つまんねぇ」
妖精のオッサンは焦ったように両手を広げて。
「つまんねぇとかじゃなくて、現実問題としてどうするんだぁ? お前さんはもっとリアリストだろぉ」
「めちゃくちゃ腹立つだろ? あいつらが不正して得た金に、さらにこっちの金を上乗せするとか。
ズケだけじゃなくてギルド新聞も間違いなく、クソなんだよ。
人の悪口言いたかないし、俺の信条に反するけどな。
あいつらだけはその信条超えてきてる。まぁ、この世界も元の世界も似たようなもんだけどな」
「つまり、なんだぁ?」
伝崎は誓いを立てるように右拳を顔の前で握って。
「そういうやつらには1Gもやりたくねぇ」
妖精のオッサンは、「マックスレベルで共感できるぅ」と言いながらも。
一方で、すこし戸惑っていた。
珍しいぐらいの感情論を伝崎が吐いてきたことに。
そういうやつではなかったはず。
順調だからだろうか。何かがズレ始めているのではないか。
さっきの仏顔といい、調子に乗ってきていることで道をわずかに踏み外し始めていないか。
一抹の不安を感じていると。
伝崎が右手を差し出してきて、それに乗れと言わんばかりに手招きしながら言う。
「もっともっと面白いやり方があるんだよ」
「考えがありそうだなぁあ」
いや、きっと、自分の勘違いだと妖精のオッサンは考え直した。
伝崎に限って、そんな考え無しはないだろうと。
「まぁ、見ててくれよ。オッサン」
1パーティ目。
上級騎士LV47、重中戦士LV49、司教LV55、水中魔術師LV51。
前衛二人に。
軍曹が投げたゲイボルグの槍が分身して、ガガガガガという激しい音を立てながら襲い掛かる。
あまりの数の多さに圧倒されながら、上級騎士が防具を突き破られ、無数の穴を開けて即死に等しい形で息絶えかけている。
うわの空のような「あ、あ」という言葉で、何らかの防御スキルを発動しようとしたのがわかったが。
分身した槍は隣に立っていた重中戦士にもほとんど同時に襲い掛かっており、ガガガガガという音を立てながら、その盾を壊して、その鎧のいくつかに確実な損傷を与えている。
重傷だった。
伝崎はそれを唖然としながら見ていた。
(軍曹、ゲイボルグ攻撃やべぇえ……)
なんかひとりで局面を作れる感じになってもーた、とも思った。
ちょっと強くなり過ぎだろう、と思う暇もなく。
重中戦士がふらふらと倒れると、後衛の姿が見えてきた。
司教が重中戦士を助けるために回復魔法を唱えようとすると。
ただの洞窟全メンバーの弓攻撃と槍攻撃が白い雨のように降り注いで、がしりとえぐい音を立てて、司教を即死させてしまった。
伝崎は思った。
(俺の、出る幕なくねーか?)
ある意味、嬉しいことだった。
手塩にかけて育てた部下が活躍する。
それは嬉しすぎることだったが。
伝崎がその余裕にあぐらをかこうとしていると。
「水の精よ、ここに円の理を作りたまう」
氷中魔術師が詠唱を終えていたのだ。
あえて下級の水魔法を選択したのだろう。
思ったよりも速い詠唱の終え方だった。
両手の平ぐらいのサイズの水球が出て、それが噴射された。
なんと、それは後方中の後方。
ゾンビ部隊の頭上をぬって、上に下に進むと、白ゴブリンを狙い撃ちにする。
考える間もなく、白ゴブリンのじいさんの頭を包み込むと、窒息死させる感じでそこに水がとどまり、包んでいるではないか。
ごぼごぼ、と白ゴブリンのじいさんが息を吐き出したのがわかった。
陸で溺れかけている。
このままだと、息が絶えてしまう。
「リリン! じいさんを頼む」
伝崎はとっさに何でもこなせるリリンに指示を出して。
駆ける。
前に向かって、駆ける。
それは水中魔術師の方角だった。
すでに次の詠唱を開始していたが、伝崎がカクンっと踏み込むとただの洞窟中央から、側にまで駆け寄ることに成功した。
思い切り、ナイフを振るう。
水中魔術師は焦ったように、のけぞった。
だが、それは遅かった。
水中魔術師は右腕に深い傷を負いながら、時間差で大量の血を吹き出し始める。
伝崎は後ろに回り込んで、さらに攻撃を加えようとする。
しかし、その視界の向こうに、キキが詠唱を終えようとしているのが見えた。
伝崎はとっさに後ろから水中魔術師の体を両手でつかんで。
「やれ!」
キキの両手から、電撃が解き放たれる。
前に放った電撃が指先ぐらいの細さなら、今回は腕ぐらいの太さになっていた。
ライジング。
カクカクと、縦に下に揺れて、一瞬で水中魔術師にそれが到達する。
その直前に、伝崎は器用に手を離して後ろに頭を覆う形で倒れ込んだ。
水中魔術師が、びりびりという分かりやすい音を放ちながら、「ぐわぁああ」と叫んで感電していくのが見えた。
さらにその体中の水分どころか、服という服が蒸発して、次第に燃え上がっていくのが見えた。
(威力、たけぇ)
キキの魔力が上がってきていることもあるだろう。
しかし、それ以上に相性的に水に電気がめちゃくちゃ通った部分もあると思う。
水中魔術師が大の字になって倒れると、致命的なダメージだとわかった。
だいたい風呂に入りながら、電動ヒゲ剃りを落として感電したら死ぬって言われるが、その要領で身体に帯びた水に電気が通って大きなダメージを受けてしまったのだろう。
後ろの方で白ゴブリンの顔を覆っていた水がぴしゃっと分解されて、辺りに霧散した。
喉をおさえて白ゴブリンはひざまづくと、「はぁはぁ、ワシも年ですし」と言っていた。
リリンが側で背中をさすって介抱していた。
白ゴブリンのじいさんが助かった。
「ひぃー、なんとか行けたな」
伝崎は胸をなでおろした。
確かに危ない場面だった。
そういう場面はありこそしたが、以前よりは楽になっている感覚があった。
それは軍曹が成長し、装備を整えたことによって、一線級の戦力になった事によるところが大きいだろう。
他にも、今回はキキが新しく覚えた雷撃魔法で敵を倒すという大金星を成し遂げた。
「キキ、よくやったな!」
キキは獣耳を伏せながら、恥ずかしそうに顔を下げている。
伝崎はぱんぱんと手を払いながら、ただの洞窟の中央に戻っていく。
次第に冒険者のアウラから光が解き放たれて、キキや軍曹や他のメンバーに吸収されていくのが見えた。
特に、キキのレベルアップ時の透明感のある輝き方がすごかった。
しゅんしゅん、という音を四回も立てながら、爽快感のある光が駆け抜けていったのである。
そのたびにキキはびっくりしたように背中をはねさせていた。
伝崎は特に人材のステータスが気になって、洞察スキルで見てみる。
軍曹のステータス(ゾンビネスLV37→38)
筋力B-
耐久CC → CC+
器用E++ → EE
敏捷DD → DD+
知力C++
魔力D+
魅力C-
槍E
罠解除 C-
伝崎のコメント。
上級騎士を倒したからか、なんか耐久が上がったな。
器用が微妙に上がっているのは謎。あと敏捷も。
キキのステータス(獣人LV6→10)
筋力F+ → FF
耐久E+ → E++
器用D+ → D++
敏捷C- → C+
知力C++ → CC
魔力B+ → B++
魅力D++ → DD
詠唱スキルDD → DD+
伝崎のコメント。
低レベルなのに高レベルの水中魔術師を倒したから一気にレベルが4上がったな。
そのおかげで、全体的にステータスが上がったみたいだ。
特に獣人の性質のせいか、筋力が上がっているのが微妙だ。
それでも目に見えない成長の限界が上がってるだろうからありがたい。
伝崎はキキに近づいていくと、その顔をじっくりと見つめた。
キキは不思議そうにこちらを見上げて、まじまじと見つめ返してくる。
彼女の顔を見てみると、相変わらず顔半分に古い火傷の痕が残っている。
「やっぱりな」
レベルアップをしたのに火傷の痕が消えていなかった。
伝崎はその手を差し出すと、キキの顔の火傷の痕を確かめるように触る。
そっとなでまわすように、大切なものでも触るように、慎重に確かめてみる。
そこだけ通常の肌とは違うピンク色のつるつるとした肌になっていた。
火傷はできた直後は、浸出液といって体液が出てくる。
だが、時間が経ってある程度治ると、つるつるとした感じになってピンク色の痕だけが残る感じになる。
昔、伝崎も火傷したことがあるから覚えている。
キキの火傷は、かなり前にできたものだというのがわかる。
伝崎があまりにも真剣な顔で、キキの火傷の痕から何かをつかもうと触り続ける。
キキは口を結んで我慢していた。
しかし、ずっと触られていると我慢の限界に達したのか、クススと声をおさえて笑いを漏らしている。
くすぐったいのだろう。
それでも伝崎は触ることを決してやめずに、親指をはわせるようにその頬をなでている。
キキは両手をグーにして、身をよじらせている。
「しっかし、なんでだ?」
不思議でならないことがあった。
伝崎が背中の火傷を負ったとき、レベルアップしたら完全に綺麗な肌に戻った。
にもかかわらず、キキのこの古い火傷の痕はレベルアップしたのに残っている。
レベルアップ時の回復。
何か、まだわかっていない基準のようなものがある。
伝崎は記憶の中で回復していなかったものを思い出す。
そういえば、ダンジョンマスター仲間にいた。
エリカ・ビクトム→片足がなくなっていた。義足だった。
いつかどこかでレベルアップしてるはず。にもかかわらず、治っていない。
おそらく手足が切断された場合、レベルアップでも回復しない。
記憶の奥から引っ張り出す。
売られていた獣人の男→身体に大きな古傷があった。
レベルアップしても、古傷は治らない可能性が高い。
その古傷は傷口がふさがっているようだった。
レベルアップ時に治るものと治らないものの基準はなんだろう。
「どういうことだろうな……」
実際、古傷は痕があるだけで、ダメージとして残っているわけじゃない。
傷口はふさがっている。
古傷は、この世界の神の目からしたら「治っている」ということに分類されている可能性が高い。
だから、レベルアップしても消えないのだろう。
つまり、キキの古い火傷の痕は、古傷と同じ扱いでレベルアップしても治らないんだろう。
なぜ、この火傷の痕がついているかなど考えることもなく。
伝崎がこの世界の考察を進めながら、キキの顔半分をなでまわしていた。
無意識に、まるで奴隷扱いみたいに触り続けていた。
キキは不安そうになって、瞳をうるうるとさせている。
「ダメ……?」
キキが顔を見上げて、女の子らしい高く通る声で聞いてきた。
鈴みたいな声だった。久しぶりに声を聞いた気がした。
この火傷の痕が残っているのが、ダメなのかと聞いてきたのだろう。
その声や表情には、言葉にできない人間不信のような震えがにじみ出ていた。
どんな経験をしてきたのかわからないが、いまだに自分はどうなるのかわからないという不安があることがわかった。
まだ、キキはここを自分の居場所だと確信していない。
心を開いているわけではない。
わかる。わかってしまった。
あんなふうに必死に頑張るのは彼女が真面目だからではなく、捨てられたくなかったからだ。
その気持ち、全部、痛いほどによくわかる。
昔の自分がそうだったからな、と伝崎は考えて、一瞬の間に数年分の過去を思い出して目を閉じた。
ふっと、ため息交じりに目を開いてから。
伝崎はにぃーっと笑って、やけに通る声で言う。
「生きてるって感じがして俺は好きだ」
真っ直ぐに本音で肯定する。
キキは、ほっとしたように息をはーっと吐き出した。
「…………よかった」
それからちょっとだけ安心したようにその耳をぺたりと畳んでみせた。
それでも、細いその体はどこか震えていた。
キキも何らかの過去を抱えているのだろう。
そのやり取りをずっと見ていた小悪魔リリン。
家政婦は見た的なノリで、洞窟の影からずっと顔半分だけのぞかせて見ていた。
リリンは、悔しそうにどこからともなく取り出したハンカチを噛んでいた。
伝崎はただの洞窟の入り口まで歩いていきながら、外の森に気分転換で出る。
近くの木の枝に肩肘を起きながら、保存庫から持ち出した冷えたフルーツを頬張る。
リンゴのように赤い果実だったが、じゃがいものような形をしている。
名前は知らない。
凍ってるせいかシャキシャキとしていて、酸味と甘みが絶妙な感じで混じっていて結構いけた。
伝崎は森の遠くにある王都の空を見つめながら口を開く。
「目下の問題は、やっぱ今日やってくるサムライパーティだな」
「ああ、確かそうだったなぁ。あのサムライに今だったら余裕で勝てるかぁ?」
妖精のオッサンがそう聞いて来るが。
伝崎は遠い目になりながら、タバコを吹かしてないのに吹かしているかのように一息吐いて言う。
「あいつは、強いよ……」
サムライLV58。
身体に鳥のような刺青を入れている、やけに白い肌のサムライのことを思い出す。
立ち方がずいぶんと綺麗で無駄なく動きが早そうだった。
何より、脇に差していた紫色の大きな刀が何でも切れそうな雰囲気があった。
レベル的には今の中上級パーティの平均に見えるが。
直感的にわかる。
何か隠している感じの、やけに自信にあふれていた。
きっと、今まで来るパーティの中で上位の中の上位に入るぐらいに強い。
伝崎はそう感じていた。
だからこそ、戦えば今のただの洞窟の実力がわかる。
現在の王国歴198年3月7日。
伝崎のゾンビ化まで、あと58日。




